へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

『少女革命ウテナ』二次創作SS

Le Paradoxe Ⅱ

Le Paradoxe Ⅱ 本文

 二学期の終業式は滞りなく終わり、ウテナは若葉と二人で寮への道を歩いていた。彼女らの周囲にも鳳学園の生徒たちが自分の寮への道のりを急いでいる。
 今日で二学期は終わり。どの学生も今から始まる長期の休暇に胸躍らせている者が多いようだ。彼らのほとんどはすでに今から帰るべき自宅へと心馳せているに違いない。それはウテナの横にいる、若葉も例外ではないようだ。
「ウテナは冬休みをどうするの?おばさま、日本へ帰ってくるの?」
 ウテナの家の事情を多少なりとも知っている若葉が、少し遠慮がちに訊いてきた。
「…いや、百合花おばさんからまだなんにも知らせが来ないんだ。…たぶん新年くらいは日本で過ごすと思うんだけど…。」
 ウテナの叔母・百合花はは、八年前に亡くなった両親の代わりにウテナを育ててくれた人だ。今はアムステルダムに単身赴任している。実はウテナもアムステルダムに行くはずだったが、両親が亡くなって以来 初めてのわがままを言って、日本に残ったのだった。
「そろそろ手紙が届く頃なんだけど…ね。」
 百合花叔母が日本を発って一年数ヶ月。いま一番忙しい時期に入っているらしい。定期的に届いていた手紙が、ここ数ヶ月はさっぱり届いていない。しかし今、ウテナはまったく別のことに気を取られていた。若葉への受け答えが鈍いのもそのせいだった。


 「ただいまより、○○年度 二学期終業式を始めます。まず始めに生徒会長からの挨拶です。」
 舞台の中央に設けられた講演台に、すらっとした長身長髪の生徒会長・桐生冬芽が歩み出た。この壇上は生徒会役員が陣を取り、理事長・校長をはじめとした経営・教師連はそれを見守るように部隊の一段下、生徒達の左右に分かれて座っている。まるで生徒会と教師の力関係を生徒に誇示するかのように、その空間はかたくなに隔たっていた。
「今日で二学期も終わり―――」
 広い会場に、マイクを通して生徒会長の明朗な声が響き渡った。
 初等部から高等部までを一括運営する生徒会を持つこの学園では、その生徒全員が参加する行事が少なくない。終業式もその一つだ。
 何千人もの生徒が整列する中、ウテナははるか彼方に見える壇上の生徒会役員の面々を見て、なにか引っかかるものを感じていた。
 生徒会役員の顔を知らない者は、この学園には一人としていない。知らない者がいるとすれば、それは転校してきたばかりか、入学して以来さぼりまくっているか、やはり入学以来ずっと休学しているかのいずれかということになる。
 ウテナももちろん生徒会役員の顔と名前くらいは一致している。一介の中等部生徒である彼女には、彼らは「雲の上の人たち」のはずであった。しかし今、ウテナは壇上の面々がもっと自分に近しい人間であったように感じられてならない。視界の中の、手のひらに全員乗りそうな、小さく遠い存在ではなく、もっと等身大の人たちであったような…。
 ――変だな、あの人たちとは話もしたことがないのに。
 ウテナの当惑をよそに、すでに式は生徒会長のあいさつを終え、校長・理事長の訓示を終え、生徒会執行部各所からの長期休暇中の細かな注意・伝達事項が述べられる頃となっていた。式は生徒会書記の薫幹・通称ミッキーの司会によって滞りなく進んでいる。
 生徒会執行部唯一の中等部生徒である少年を、ウテナはじっと見つめた。彼は自分たちより一学年下であると、他の女の子たちから聞いたことがある。
 中等部一年でありながら、大学部でも特別なカリキュラムを受け、ピアノとフェンシングの腕は全国レベルだという少年は、噂からのイメージとは裏腹に、少女のような外観をもっている。まだ明確な成長期へと移行していないのであろう少年の体は、はるか彼方から彼を見つめているウテナの目にも、はっきりと小柄だということが判った。
 少年の横に、威圧感を放ちながら座っている紅一点、高等部一年・有栖川樹璃のほうが、背も高く肩幅も広いようだ。
 何ごとにも真摯な態度で正面から取り組んでいる様子のミッキーと、日常の些末なことなどどうでもいいといった風情の樹璃が、とても対照的な存在に、ウテナの目には映った。
 ――二人とも相変わらずだなぁ。
 ウテナは脈絡もなしにそう思うと口元をほころばせた。そして次の瞬間首をかしげた。
 相変わらず…? 相変わらずとはどういう意味だろうか?そんなことを思えるほど、彼らと親しいわけではないのに。ウテナの中で、疑問という名の波紋が広がっていく。
 ミッキーの声を聞いてホッとし、樹璃の凛とした態度を見て身が引き締まり、生徒会副会長・西園寺恭一を認めて腹が立ち、桐生冬芽の訓辞を聞きながら 相変わらずキザなことを と半ばあきれ、内心微笑んでいる自分を発見する。話したこともない人たちなのに、どうしてこうも百面相のように自分の感情がコロコロと変わるのか、どうしても説明がつかない。
 ――これってもしかして既視感(デ・ジャ・ヴ)? これからあの人たちと知り合いになれるのかな?
 半分以上無理矢理にウテナが納得しようとしたとき、生徒会長の言葉が終業式をしめくくった。
「――では諸君、充実した冬休みを。」



「――ナ、ウテナったら。」
 若葉の声でウテナははっと我に返った。どうやら思考が先ほどの終業式に飛んでいってたらしい。あわてて声の方をむく。そこには困り果てた顔の若葉が、ウテナをのぞき込んでいた。
「あ…ゴメン。ちょっとボーっとしちゃって……。」
 若葉が自分のあごの前で両手をお祈りよろしく組み、ポニーテールを揺らして、ウテナにぴょん、と近づいてきた。視界いっぱいに若葉の顔が見える。たぶん若葉もそうだろう。はたから見ると若葉がウテナにちゅーを迫っていると見えるかもしれない。ウテナは気圧されてちょっと首を引いた。
「本当にごめんなさい。私ったら浮かれちゃって」
 どうやら若葉は、ウテナがぼーっとしているのは、おばさんから手紙が来ていなくて落ち込んでいるせいだと勘違いしているらしい。若葉は明朗快活すぎて他人のことはお構いなしにみえかねないが、自分が悪いことをしたと感じたら、すぐさま謝る実に素直な女の子だ。しかし今回謝るべきはウテナの方である。何しろまったく別のことを考えていたために若葉に気を使わせてしまったのだから。
「ね、なんだったら冬休みの間、私の家に遊びに来てもいいのよ」
 ウテナが謝ろうと口を開く一瞬前に、若葉が先を制して提案してきた。
「実はね、昨日の夜、家に電話をしてお母さんに訊いてみたの。そしたらね『是非ともいらっしゃい』…って。もちろん、断ってもいいのよ。おばさま帰っていらっしゃるだろうし。――あ、そうだ。おばさまが日本に帰ってらっしゃるまで、私の家で過ごしたらいいわよ。ね♪」
 若葉がまくし立てるので、ウテナは謝りそこねてしまった。毒気を抜かれて目を白黒させながら、目の前のタマネギ王女さまを見つめる。若葉は本気のようだ。その証拠に茶色の大きな瞳はウテナをまっすぐに見つめてきらきらと輝いている。若葉の瞳はウソがつけない。うそを言っているとき、その視線は落ちつきなく地面をはっている。でも今はその反対だ。
 ウテナは若葉の申し出が心からうれしかった。たぶん冬休み中ひとりになるであろう自分のことを思って両親に相談したのであろうことは想像に難くない。だから若葉にイエスと言いたかった。若葉と過ごせる冬休みはとても楽しいものになるだろう。でもウテナは躊躇した。
 百合花おばさんも今、ひとりアムステルダムでがんばっている。そしてボクも一人でがんばっているだろう、となるべく早く仕事を切り上げて帰ってくるに違いないのだ。
 ――だからボクは、おばさんを待っていなくちゃ。
 ウテナは最大のわがままを言ってこの鳳学園に転入し、日本に残った。百合花叔母は「ウテナ(あなた)を連れていきたい」と言っていたのに。
 空港で百合花叔母を見送りながら、ウテナは心に誓っていた。これ以上のわがままは許されない、と……。
「ごめん、若葉。君の申し出はとってもうれしいんだけど、ボク、おばさんを待っていなくちゃ。」
「ウテナ…。」
「おばさん、帰ってきたとき、ボクがいなかったら、きっとがっかりすると思うんだ。だから……ごめんね。」
 ウテナは足を止めると体を約90度に曲げて若葉に謝る。二人はすでに寮の前まで来ていた。
「…ウテナ…。」
 わずかな沈黙が二人の間を流れていった。
 やがて、ぽんぽん…と若葉の手のひらが、かるくウテナの頭頂部をたたく。ウテナが顔を上げると、若葉が寮に入りながら、肩越しにこっちを見ていた。
「そう言うんじゃないかと思っていたわよ。夏休みもそうだったもんね。」
 若葉は微笑んでいる。ぜんぜん気にしていない様子だ。
「さ、なかに入ろ。そんなトコ立ってると、風邪ひいちゃうわよ。」
 若葉はおどけてチュっと投げキッスを送ってくると、磁石の力で踊るバレリーナ人形のようにくるくると回りながら寮の中へと消えていく。
「おーい、待ってくれよ、若葉ぁ。」
 声を立てて笑いながら、ウテナもまた若葉を追って寮の中へ消えた。
 明日から冬休みである。



『Le Paradoxe Ⅲ』へ
Content design of reference source : PHP Labo