へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

『少女革命ウテナ』二次創作SS

Le Paradoxe Ⅰ

Le Paradoxe Ⅰ 本文

「ウテナ、ウテナったら、早く起きないと遅刻しちゃうわよ」
 自分を揺り起こす感覚と聞き慣れた声で、天上ウテナは目覚めた。
 ――ああ、そうだ、早く起きないと遅刻どころか朝食も食べそこねてしまう。…今日はなんの日だっけ?…あ、二学期の終業式だ。
 そんなことを考えながら布団の中でもぞもぞしていると、奇妙に小さな手のひらが、ウテナの顔中を撫でる感触がした。
「!!」
 さすがにびっくりして目を開ける。そこには見慣れた小さな生き物がいた。
「チュチュ…!………おはよう。」
 ウテナの目の前で、チュチュがしきりに何か食べる仕草をしている。
「朝ご飯かい? 姫宮に……」
 おねだりしなよ…と言おうとして、ウテナは口ごもった。
 ――『姫宮』……『姫宮』って、誰だっけ?
 布団の上に座り、チュチュを手のひらに乗せてウテナはしきりに考える。思わず口をついて出た名前…であろうが……。
 ――名前…なのかな?
 わからない。
「ウーテーナ―――――っ!!」
 突然横から大きな声がする。手のひらにちょこんと座っていたチュチュがびっくりして飛び上がり、ウテナの髪の中へ隠れてしまった。
 こんなことをするのは…。
「わ・か・ば~~~~~~(ー"ー;)」
 キンキンする耳を押さえながら、ウテナはこの朝っぱらからのいたずら者であり、ルームメイトであり、そして自分を起こしてくれている篠原若葉の方をむいた。タマネギ頭のポニーテールが今日もぷりちーに揺れている。
「起きないボクが悪いのはわかっているけど、ホラ、チュチュがびっくりして隠れちゃっただろ?」
 ウテナは怒りをあらわにするというよりも、だだをこねる子供といった風情で若葉に文句を言う。しかし若葉も負けてはいない。いつものように芝居がかった調子でつっこんできた。
「おヌシ、朝ご飯を食べそこねないように気を使っている親切なルームメイト・若葉さまに向かってなんたる暴言。………ホントに食べらんなくても、知らないわよ~~~~~。」
 人差し指を突き立て、若葉がウテナに詰めよってくる。その勢いに圧倒されたかのようにウテナが上半身を引くと、バラ色の髪の中からチュチュが顔をのぞかせ、ちょうどそれが詰め寄ってくる若葉の指先と「ちゅー」をする格好になってしまった。
「………ぶっ」
 一瞬、時間が止まったのち、とうとう若葉が吹き出してしまった。
「あ――、もういいわよ。」
 先に笑い出した方の負けだとばかりに左手をひらひらさせ、でてくる笑い涙を人差し指でふきながら、若葉はウテナに背を向けてドアの方へゆっくり歩いていく。
「早く着替えてらっしゃいよ。終業式に遅刻したくないでしょ?」
 そういい終わると同時にドアがばたんと音を立て、若葉はその向こうに消えた。






 バイキング形式になっている食堂の朝はあわただしい。
 充分余裕をもってやってくる者、ギリギリに駆け込んできて残ったおかずを適当にかき集めて食べる者、朝こそ十分に食事をせねばと意気込んで食している者、とりあえず一式トレーに取り、飲み物とサラダだけ食べて残りをお弁当にいれようと画策する者。食事をとる場所もそれを作る場所も一種の戦争状態になっている。
 そんな中、ウテナは親切なルームメイトがやや早く起こしてくれたおかげで、自分の欲しいメニューをしっかりとゲットし、チュチュを肩に乗せて食堂をうろついていた。目的は、もちろん我がルームメイト殿である。やがて、鬼気迫る食堂の一角に、やたらと目立つタマネギのポニーテールを見つけ、その正面に陣を取った。
「おはよう、若葉。さっきはありがとう。」
 トレーを静かに置きながら、ウテナは鳶色の大きな瞳と髪を持った親友に話しかけた。若葉はべつだん機嫌を損ねてはいないようだ。いつものくりくりとよく動く瞳でウテナを見つめ返してきた。喋らないのは怒っているからではなくて、食べ物をほおばっているからだ。
 ウテナはそんな若葉ににっこりと微笑みかえし、自分も食事をはじめた。すでにチュチュは肩から降り、ウテナの朝食の一部を失敬している。
「ねぇウテナ、ひとつきいていい?」
 ナプキンで口を拭いながら、若葉が眉をひそめて訊いてきた。
「なんだい?」
「そのサル、いつから飼い始めたっけ?」
 箸の先でチュチュを指している。
「え…いやだなぁ。チュチュはペットじゃなくて友だちだよ。」
 ウテナは若葉の質問にかなりとんちんかんな答えをしたのだが、当の本人は気づかなかった。
「友だち――? じゃ、そのサルといつ『友だち』になったのよ?」
 若葉は形のいい眉をハの字に上げてすっとんきょうな声を出した。まわりにいた何人かがその声にちょっとびっくりして振り向いたが、犯人がこの寮の名物二人組だと判るとすぐにまた目の前の片づけ事に集中する。
「……ボク達ずっと友だちだよ。ね、チュチュ。」
「ちゅ――――(^▽^)」
 ウテナは笑いながらチュチュの頭を人差し指のひらでなでた。チュチュは満足そうに、自分の1.5倍ほどの長さのあるしっぽをゆっくりと左右に揺らしている。
「……ま、いいけどね。」
 極上の笑みをこぼしているウテナを見ながら、若葉は毒気を抜かれたようにため息をついた。





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