へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

『艦隊これくしょん―艦これ―』二次創作SS

風向き、よし! ~ヒナセ基地定期報告書01~

一景 ヒナセとアサカ

「——で? 実際にはあと誰がいるのかしら?」
 日生日向子《ヒナセヒナコ》の前にある広いデスクの向こう側で、浅香広海《アサカヒロミ》海軍中将が、誰に言うこともない独り言の風情でそうつぶやいた。
 ハイバックの黒革張り椅子に座っている、ヒナセよりもやや小柄な女次長は、仕事中に決して無駄な行動をすることはない。だから、たとえ独り言にしか聞こえなかったとしても、それはヒナセに対して発せられた質問である。
 ならばごご希望通りに……と、ヒナセは口を開いた。ただし、相手の可聴域ギリギリの小声と速さ、さらに顔の表面だけでにっこりと笑うサービスまでつける。完璧である。
「比叡長門龍驤最上——」
 艦名を言うたびにヒナセの頭部が揺れる。同時にやや上向き加減な団子っ鼻にちょこんと乗った眼鏡も揺れる。眼鏡のレンズが、さほど大きくはないヒナセの目を隠すように、ときおり光を反射した。
「——望月不知火黒潮暁響五月雨漣。そしてイムヤ《伊一六八》、というところですね」
 神速で九九を諳《そら》んじるようなヒナセの名人芸的艦名羅列を、アサカはさも退屈そうな興味のなさそうな顔で聞いている。そんな芸当は誰でもできると言わんばかりの様子だが、ヒナセはそんなことくらいで挫けたりしない。
——この人の部下プラスαを、20年近くやってるのは、伊達じゃありませんから……。
 もっとも、好んでそれをやってるわけではない。世の中にはままならぬ事情というものが確かに存在する。だが、そんな事情を呪うことすら面倒くさいと感じるくらいの年月がすでに流れ、いつだったか、当時勤務していた基地の生ゴミ処理容器に放り込み、今に至る。
「それにしてもよく集めたこと」
 ややあってアサカが言った。そうは聞こえにくいが、ねぎらいの言葉だ。ヒナセは口だけでニコ、と笑った。
「ありがとうございます」
 上司に褒められるのは嫌ではない。その上司が自分よりも年下であろうとも義理の妹であろうとも。
「でも、ものの見事に偏ってるわね」
 暗に空母が多いと言っているのだろうか、書類に視線を投げながらアサカが言う。しかし視線は紙の上を意味なくすべっているだけで、何も見ていないのは一目瞭然だった。
「最近はドロップ艦のほうが多いですしね」
 ヒナセは当たり障りのないことを言い、ついでに口をへの字にして見せる。『あなたのその言いようが、私は遺憾ですよ』との意思表示だが、残念なことにアヒルが苦笑しているような表情にしかならないのは、本人重々承知している。
 そんなヒナセをやや上目遣いでじっと見つめる、アサカの双眸が目の前にある。
 アサカの瞳は大きくて、それを縁取るまつげが長い。実年齢よりもかなり若く見える。十人中八人が美人と言うだろう。しかし彼女の顔は、表情が乏しくて、感情が見えにくい。仕事中だとなおのこと。だから今、目の前にいるこの上司が何を考えているのか、ヒナセには分からなかった。ただ、何となくだが、内面を探られているような、そんな気がする。
 ほんの数秒の間。室内はしん…と静まりかえる。お互いの視線が絡み合う。
 ヒナセは一瞬だけアサカから視線を逸らし、また戻した。
 対するアサカは、ほんの一瞬わずかに目を細めると、ゆったりとした動作でデスクに肘をつき、両手を組んで、その上に形のいいあごを乗せる。彼女の育ちの良さが、そんな何でもない仕草から垣間見える。ヒナセは内心もやっとしながらそう思った。
「……アナタのことだからそんなことはしないと思うけど……」
 アサカがゆるりと声を発した。
「はい?」
「空母じゃなかった艦は、そのまま投棄なんてこと——」
「しませんよ」
 ヒナセはにっこりと微笑んで、アサカの言葉を遮った。
「それだと基地の存在意義がないじゃぁありませんか。もっとも、回収時の状態によっては解体して、近代化改装の資材にしたりは、してますが」
「それもそうね。……失礼したわ」
 アサカは組んでいた手をほどき、ヒナセが提出した書類を手に取ると、デスクの脇に置いた。はらりと乾いた音が耳に届く。
「ところで……」
「はい」
「……長門までいるのね」
「……は?」
 ヒナセは目を見開いた。下がり気味の眉が角度を帯びてハの字になり、小さな目が見開かれて、今度は『驚いた信楽焼のタヌキ』みたいな顔になる。
「失礼ながら。次長が、秘密裏に当基地を監視させるために、それ相応の資材をよこしてきたんだとばかり思ってたんですが?」
「まさか」
 即座に低く、ぴっしゃりとした否定の声が返ってきた。
「私はてっきり、秘密裏に大型建造でもしてみたのかと思ったわ」
 次の瞬間にはいつもの様子と声のトーンに戻っているアサカを、相変わらず器用な人だなとヒナセは思った。
「それこそご冗談を。そんな資材どこにもありませんよ。逆さにして振り回したって出てきません。そうでなくても徐々に艦娘は増える。演習もすれば訓練もする。多くはありませんが、出撃だってします。修理だ入渠だ食事だおやつだ。はては赤城があの調子だと来て、どこに大型建造する余裕があるとお思いですか?」
 ヒナセが顔に苦笑を張り付かせたまま肩をすくめてみせると、アサカは無表情のまま「そうね」とつぶやいた。
「……と、言いたいところなんですけど——」
 ヒナセは声のトーンと音量をさらに下げ、腰を曲げて上体を倒し、アサカに顔を近づけた。
「……実は。基地周辺での訓練中に、漂流している長門らしき艦娘の残骸を見つけまして」
「……」
「で、回収はしたんですが、残念ながら損傷が激しかったので、解体して資源化しました」
 ここまで言ったとき、アサカが手振りで、デスクの脇にある、背もたれのないパイプ足の丸椅子を指さした。下から見上げ続けているのも辛いらしい。アサカの指示どおりにヒナセは椅子をデスクの近くに寄せて座り、話を再開した。
「そのすぐあとくらいに明石が来ましてね。特配だと言って資材を大量に置いていったんですけど、それはご存じないですか?」
「ないわね」
「あ、やはり。定期便ではない上に事前連絡なしの寄港だったので、怪しいなとは思っていたんですが。なるほど。じゃ、こちらの明石じゃないんですね」
「ええ、たぶんね。あの子が別の基地に行く途中で予定外行動をしたのでなければね」
 ならば、さらに“上”からのプレゼントということになるな、とヒナセは考えた。もちろん、アサカがしらばっくれていたり嘘を言っていなければのお話であって、そうである保証はない。
 「同名艦同士を見分けるのは難しいわ」
 アサカが言った。だからアナタが分からなかったのも仕方がないでしょう、と。
 確かにその通り。同名艦同士というのは、同毛色の純血腫兄弟犬や猫みたいなもので、技術部や整備科のエキスパートですら初見で見分けるのは至難の業。ほぼ無理という話だ。そのへんはよく分かってる上司で助かるが、定期便でやってくる明石のニセモノが現れたとなると、ちとやっかいだ。
 ヒナセはアサカの様子を見た。しかし平然としている。上司の内実をその表情から探るのは、分かっちゃいたが、ほぼ無理だった。
 会話は何事もなかったように続けられる。
「……なるほど。で、その解体資材で大型建造をしてみたのね」
「ええ、そうです。前々回あたりの報告書提出時に、次長が『解体直後の資材を中心にして建造をすると、同じ艦が生まれる可能性が高いみたい』だとおっしゃっていたので、試しにやってみたら、ドンピシャでした。ただ、試したのはこれ1回限りなので、データにはなりませんけどね」
「そうね。ファーストラッキーでしょうね」
 アサカの言葉に、ヒナセは肩をすくめてうなずいた。
「たぶんそっちでしょうね」
 予想していた反応ではあるが、こうも予想どおりだと、なんとなくがっかりする。もう少し違ったおもしろい反応をしてくれないものか、この上司は。
 そんなことを思いながら、ヒナセは言葉を続けた。もちろん、声は落としたままで。
「……で。大型建造ドックが完成している話は、まだ“上”には伏せておくとのことでしたから、書類上は、響《ひびき》ができた、ということになっています」
「ああ……それで、響が二人いたのね」
 さすがアサカ中将。興味がなさそうにしているが、そのあたりはちゃんとチェック済みだ。
「はい。ま、あの……実際、響はふたりいますしね。……それでまぁ、かたっぽは、のちのちベルーヌイにしようかと思いまして」
「コレクションでもするの? あまり褒められたことではないわね」
 アサカの声に非難じみた響きが混じる。能力が微妙に違うとは言え結局は同じ艦だから、艦隊運用の観点からすればあまり意味がないのかもしれない。しかし……
「……双子として育成してみたらどうなるのかなって、思いまして」
「暁型が揃っているのに? あまり意味のあることとは思えないわ」
「んー、確かにそうかもしれませんが。……まぁ、単なる思いつきです、思いつき」
 ヒナセが弁解がましく言うと、アサカは小さく鼻でふん、と息を吐いた。
「ま、お好きになさい。……ところで、書類上“響”の長門は今、どうしているの?」
「レベルがヒトケタ(まだまだお子さま)なんで、日向が主に面倒を見ています。ふたり仲良く畑で野菜を作ってますよ。今日はみんなで、サツマイモの植え付けをやってるはずです」
 ヒナセはにへら、と笑った。
「……相変わらずねぇ」
 アサカが呆れたような声を出す。
「いえ、それほどでも」
「褒めてないわよ」
「ええ、分かっています」
 ヒナセは口の右はじを上に引き上げ、歯を見せて、心からにっかりと笑った。
拍手送信フォーム
Content design of reference source : PHP Labo