へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

『艦隊これくしょん―艦これ―』二次創作SS

風向き、よし! ~ヒナセ基地定期報告書01~

第二景 ヒナセとアサカ、そして艦娘たち

 扉を開けて体を廊下へ出し、くるりと半回転。「失礼します」と部屋の中の上司に一礼してから扉を閉めた。はぁ、と盛大なため息を漏らして、手を体の前で組み、手のひらを返してぐぐぐぐ…っと押し出す。
 手の甲よ、自分の体から出来るだけ遠く行ってしまえ。
 そんな気分。
 さらに、突き出した腕を組んだまま、今度は天井に向かって押し上げる。
 思いっきり伸びをすれば、少々痛いが気持ちいい。
 とにかく肩が凝ったし、体中が強ばっている気がする。
 今の基地に着任するまで、実はヒナセはアサカの副官《秘書》と幕僚を合計で十数年やっていた。だから直接話をしたからといって、緊張するようなことは、まったくない。
 腹の探り合いをしながら会話するのは日常茶飯事化していたしていたし、お互い手の内を完全に見せるようなこともしない。信頼関係で繋がった上司と部下というよりは、相手にこちらの弱みを握られないようにしながら、いかにして相手を煙に巻き、自分の主張を通すかという、緊張感が溢れすぎている関係。でも相手のことは尊重しているし信用もしている。それはたぶん、あちらも同様に。
 そんなわけで、今日の会見も通常運行。会見の最後にアサカのデスクの引き出しからチョコレート菓子の小袋が出てきて、ありがたくもらっちゃうのも通常運行。
 じゃ、なぜ体中が凝ってる気がするかと言えば、アレだ。
 盗聴とか盗撮とか……。
 どこかに仕掛けられているかもしれないし、仕掛けられていないかもしれない。
 そんな、あるのかないのか分からないものを意識しながら、いつもの会話を演じ続けることは、ナカナカ素敵なストレスとなる。あの部屋でずっと仕事を続けているアサカ中将の精神力は大したものだとつくづく思う。空母用の係留ロープかなんかでできているかもしれない。
 組んだ腕をさらに右に左に…とぐるぐる回して伸びを続けた。何も知らない人が見たら、次長執務室前で何をやってるのか? と訝しまれそうである。だが、ヒナセがひととおりの動作を終えるまで、誰ひとりとしてこの部屋の前と周辺の廊下を、歩いてくる人も艦娘もなかった。日頃の行いがいいと、こういった小さな幸運に恵まれる仕様に、世の中はなっている。
 左手で右肩を押さえ、右腕を九十度に曲げた状態でぐるぐると回しながら、ヒナセは歩き始めた。
 行き先は隣の棟にある、艦娘の控え室である。

 艦娘たちは、提督同士の会見に立ち会うことを基本的に禁止されている。情報漏洩を防ぐためだ。同名同型艦は外見がまったく同じで、自分の所有艦同士ですらぱっと見で間違うことがある。昔はそれを悪用した情報漏洩が絶えない時期があったらしい。なので、基地内であっても、そのあたりで適当に待たせておくことは禁止されている。
 提督が他基地に行く際は、かならず同行の艦娘全員をその基地にあらかじめ報告しておき、基地に入る際に全員を同行して報告書に間違いがないか変更はないかを確認された上、変更がある場合は書類を書き直し、あらためて許可が出るまで、別室に入れられて延々と待たなければならない。ヒナセが任されているところのように提督がひとりないしは数人しかいず、どの艦娘が誰の所有艦かがはっきりしているような小さな分基地ならいざ知らず、規模が大きな基地や泊地そして鎮守府では、そのくらい艦娘の出入りにナーバスになる。
 人の形こそしているが、軍内では艦娘はあくまでも兵器だ。きちんと管理をしておく必要がある。ただ、この“兵器”には思考能力と一部抑制されてるとはいえ感情がある。それが問題を難しくしている。
 さらに、提督たちが会議や所用で他所の基地等に赴く場合、ほとんどが所有艦を使う。その時々の秘書艦である場合が多いようだ。移動に艦を使わなければいいのだが、なにせ海軍だ。基地のほとんどは海に面しているし、大きな基地の高級士官ともなれば体面もある。提督の護衛の観点から言っても、武装設備のある艦を使用するのは理にかなっている。
 所有艦を使えば、その艦《ふね》の艦娘がもれなく同行することになる。艦なのだから港湾施設や沖合に係留し、艦娘は艦に待機させていれば良さそうなものだが、そうは問屋が卸さない。会議の目的や内容によっては提督たちが100人単位で来航する。そうなったら準備期間も含めた会期中は、基地湾内のみならず、沖合数キロ先まで軍艦がひしめき合うことになり、一隻の艦が出入りするにも、艦同士の接触事故だなんだと危険きわまりない。だから艦たちは人型である艦娘へ変化《へんげ》する。すると今度は艦娘が基地内にあふれかえることになる。
 そのようなわけで、鎮守府や一定規模以上の泊地・基地の一画には艦娘たちを待たせておく控え室棟が数棟あり、基地に入る際に割り当てられた部屋に、同行の艦娘を待たせておくことが義務づけられた。数日滞在する場合は宿泊施設として専用の官舎を割り当てられるが、出勤の際は同行の艦娘全員と一緒に基地に入り、秘書業務に携わる者一名以外は控えに入れておかねばならない。
 艦娘は一艦名ひとりというわけではなく、提督の数だけ同艦がいると思ってていい。今回同伴した艦娘のひとりと同名同艦の艦娘を、ヒナセはこの基地入ってから、すでに三人は見たろうか。もっともこの基地は航空隊の教育基地でもあるので、その一環として“彼女”を秘書艦にしている提督が複数人いたとしても、おかしくない。だからこそ、提督ごとに割り振られた艦娘控え室は必要だといえる。

 目的の部屋に近づくにつれ、ヒナセの足は速くなる。用はすんだ。とっとと帰ろう。そんな気持ちでヒナセはいっぱいになっていた。
 もともとこの基地に勤務してはいたが、一度出て行って別のところに住み心地のいい地盤ができると、古巣であっても気詰まりがする。ヒナセは控え部屋の前に着くと歩いてきた勢いのままドアを三回ノックし、「どうぞ」の声を聞く間もなく把手《ノブ》を回してドアの内側に滑り込んだ。
「さ、帰りまし……おい、なんでここにいる?」
 部屋の中に入ったとたん、ヒナセは顔をゆがめた。いるべき艦娘以外の人物が、部屋の中にいる。
「いやなに、鳳翔さんにあいさつをと思ってね」
 部屋に入った時そいつは肩越しにヒナセを見ていたが、今は体ごとくるりと向き直ってニコニコ笑っている。
「鳳翔さんならおめーんとこにもいるでしょうが、河内《カワチ》少将」
「いるとも。しかし君の鳳翔さんは滅多なことにはお目にかかれないだろう。やはりここはきちんとあいさつをだね……」
 カワチ少将とは旧知の仲。士官学校の同期。さらにアサカ中将の麾下にある、つまりは同じ部内の同僚だ。ヒナセが鳳翔さんを伴ってこの基地に来ると、かならずどこからか嗅ぎつけてやってくる。
 このいつも自信ありげな微笑を絶やさない二つ下の女を見ていると、なんとなくだがハラが立つ。どうも馬が合わない気がする。だからヒナセはできるだけ接触しないようにしているのに。
 てかオマエ、別課の課長代理だろ。こんなところで油売ってないでとっとと仕事に戻れよ。
 ヒナセは心の中で悪態をついた。口に出さなかったのは、鳳翔さんがにこやかにしている顔が見えたのと、もうひとりの同行者である電《いなづま》がこの部屋の中にいることを思いだしたからだ。ヒナセが視線を横に動かすと、電は少しはなれたところにちょこんと大人しく座っていた。
 よかった、とっさに大きな声が出なくて。ヒナセは肩の力を抜いた。
「では、君たちのご主人も戻ってきたことだし、私はここいらで退散することにしようか」
 カワチは涼やかな声で笑ってヒナセの方へと歩いてきた。
「ご託はいいから、さっさと帰れ」
 カワチの進路を塞がないよう、ヒナセは大きく右に一歩よけた。普段はあまり乱暴な物言いをしないのだが、カワチ相手だとなぜかそれが崩れてしまう。
「ははは、わかったかった。ひさびさに君の顔も見れて嬉しいよヒナセ。健康そうに日に焼けてるね。元気そうで何より」
 カワチは行き違いざまに、ヒナセの肩をポンと軽く叩いた。
「だから、それをやめろと……」
 ヒナセとカワチの身長差は約一五センチメートル。いくら相手が同性でも、カワチのような態度で来られたら、やはり圧迫感がある。さらにタヌキ顔のヒナセと違って、目鼻出しがはっきりしてて“美人顔”の部類に入る女だから、あまり近くに来られると迫力負けして威圧感すら感じる。
 あーもー、だからココにはできるだけ来たくないのに……。
 ヒナセ心底うんざりした。気持ちがぜんぶ顔に出ていたってかまうもんか。どうせ相手はカワチなんだし、とも思った。
「あの……カワチ提督さん」
 消え入るような電の声が間近に聞こえて、ヒナセははっと我に返った。見ると電は、椅子から立ち上がってヒナセのそばまで来ていた。
「あの……ケーキ、ありがとう…ございました、なのです」
 電はヒナセの上着の裾をぎゅ、と握りしめて声を発した。
「……ケーキもらったの?」
 ヒナセは電に手を回して、その肩を抱き寄せた。
「はいなのです」
 電が上目づかいに肯定する。鳳翔さんのほうを見ると、彼女はゆっくりと首肯した。
「いえいえ、かわいいレディとお話できたからね、そのお礼だよ」
 膝を折って電の視線に下りたカワチが、にっこりと笑いながなら、電の頭をやさしく撫でた。電は一瞬身を硬くしたが、すぐに力が抜けて、ちょっとくすぐったそうに笑った。
「私からも礼を言うよ」
 電の様子に、ホッと息を吐きながら、ヒナセが言った。
「なぁに、今朝、君らがこの部屋に入るのを見たからね。休憩時間にレディお二人への表敬訪問に伺っただけだよ」
「……たらしめ」
「なんとでも好きに言うがいい。ではね」
 カワチは立ち上がると、電同様ヒナセの頭もくしゃくしゃと撫でて部屋から出て行く。
 だから、それをやめろと言ってるんだ。バカ! 曲がりなりにも私の方が年上だぞ。ヒナセは心の中でドアに向かって一分近く悪態をついた。もちろんドアは平然としていたし、ドアの向こうに消えたカワチに悪態が届くこともないだろう。

「……さて、帰りますか」
 ヒナセは一息入れて、自分の顔をいつもの表情に戻してから、鳳翔さんと電に振り返って言った。
「はい」
 鳳翔さんが微笑んだまま返事をし、それに呼応するように電がうなずいた。
 ヒナセにとって鳳翔さんは今の秘書艦で、電は初代の秘書艦だ。軽空母鳳翔に搭乗し、駆逐艦の電を護衛につけたというのは建前で、鳳翔に電と乗ってきたが正解である。
 様々な理由がかさなって、出撃と遠征以外、ヒナセは電を常に手元に置いている。だから今回も同行させたが、一抹の不安もあった。電はヒナセ以外の人間をまだ怖がるのが主な理由だ。だが、カワチ少将には多少慣れてきたらしい。それが証拠に自分からお礼が言えた。前に連れてきたときまでは、カワチになにかををもらってもお礼が言えず、代わりに鳳翔さんやその前の秘書艦だった赤城さんや伊勢が言っていたから、これはかなりの進歩だ。いい傾向だと言える。これをくり返していければ、そのうちに自分の後ろに隠れずに人間に相対することができるようになるだろう。できるだけ早くそうなって欲しい、とヒナセは思った。
「提督」
 鳳翔さんが言った。
「カワチ提督から、提督の分もとケーキを頂いているんですが、いかがなさいますか?」
 どいつもこいつも、人をお子様あつかいする。
 こういうとき、ヒナセは自分の背の低さと童顔さを呪わずにいられないが、半分はひがみだろうと自覚している。
「いや、今はいいです。それよりさっさと出航しましょう」
「はい。そうおっしゃるだろうと、カワチ提督が……」
 ほら、と鳳翔さんがケーキの箱を開けて中を指し示したので、ヒナセは近づいて覗いてみた。
 ケーキは三つ。
 つまりは帰りの道中で食えということか。
 ヒナセは少々不機嫌な表情を作って、肩をすくめた。
「では、参りましょうか」
 鳳翔さんはケーキ箱を閉じながら言った。
「お片付けは済んでおりますので」
 さすがは鳳翔さん。立つ鳥濁さず。使ったモノは元通りに。来たときよりも美しく。
「電も、お手伝いしたのです」
 カワチにお礼を言ったときよりも、ずっと元気に電が言った。
「そうですか。えらいねぇ」
 ヒナセはぐりぐりと電の頭を撫でる。ちいさな駆逐艦は心底嬉しそうに笑った。


 部屋を出て鍵をかけ、その鍵を返して基地を出る手続きをする。
 返す部屋に鍵をかけるのは、もし部屋に重要物なんかをうっかり忘れてしまってた場合に、遺失物が第三者によって持ち去られないようにするためだし、それを悪用して重要書類等が流出しないようにするためでもある。また基地から出る際にも、連れてきた艦娘と連れて帰る艦娘が同じかのチェックがある。とにかく組織・施設が大きくなればなるほど、心配事や面倒が多くなり、そのための手続きが煩雑になる。しかし今回はこれでお役御免だ。緊急の呼び出しでもなければ、向こう三ヶ月はのんびり“我が家”で過ごせるはずである。
 確認書類に最後の署名をしながら、ヒナセは思わずヒュヒュッと小さく口笛を吹いた。その音が聞こえたのか、目の前にいる警備担当の水兵が一瞬ギョッとした顔をした。しかしすぐにしかめ面に戻って、何事もなかったかのように目をそらした。
 ヒナセはペンを置くと顔を上げて軍帽を目深にかぶった。
「では、ごくろうでした」
「お気を付けて!」
 その場にいた水兵たちが一斉に敬礼をする。
「はい。ありがとう」
 軽い調子で敬礼を返し、艦娘ふたりを従えて、ゆっくりと玄関から出る。そろそろ夕方近い時刻だけれども、空はまだ青く、夕焼けの気配もまだまだだった。
「では、提督。お先に」
「はい。よろしくお願いします」
 鳳翔さんが軽い足取りで駆けていく。やや傾きかけた日の光が海に反射して、キラキラと鳳翔さんを包んでいくのがまぶしい。
 係留岸から迷わず海に飛び出した鳳翔さんは、沈むことなく着水し、まっすぐ滑走した先で、その姿を“軽空母鳳翔”へと変化させた。
 全長約百八十メートル。全通式甲板。世界ではじめて完成した航空母艦。ちいさな船体ゆえに、改装後は甲板上にあったアイランド型艦橋は撤去され、甲板下格納庫の前部両舷に移設。フルフラット形状の空母になった。空母が大型化し艦載機の滑走距離が長くなってからは、もっぱら離発着訓練用艦として使用されることも多くなったが、ヒナセのように鳳翔を旗艦とする者も少なくない。こと飛行科出身の艦隊指揮官にその傾向が強く、若い頃のノスタルジィと言ってしまえばそれまでだが、たぶん、理由はそれだけではない。艦娘・鳳翔の物腰のやわらかさ、しっとりとした年長の落ち着き、気配りの細やかさ等々が、彼女の密かな人気の理由ではなかろうか。
 軽空母鳳翔がゆっくりと係留岸に戻ってくる。神業のような正確さで接岸すると、岸壁で待っていたヒナセと電を迎えるべく、艦娘・鳳翔さんがタラップを下りてきた。
「お待たせして、すみません」
「いえいえ。いつものことながら、見事な接岸ですね」
「いえ、そんな……ありがとうございます」
 ヒナセは鳳翔さんと電を先に艦に上げ、ふたりの後ろからゆっくりとタラップを上がった。ふと基地の方を見ると、ヒナセがこの基地にいた頃に作っていた畑の一角が遠くに見えた。誰が世話をしているかは知らないが、どうやら今は花壇として使われているようだ。野菜ではない色とりどりの花が咲いているように見える。
 タラップを上りきり、さらに歩いて艦橋へと入る。鳳翔さんと電がすでにそこに待っていた。
「準備よし。いつでも出航できます」
 鳳翔さんが言う。このときばかりはいつものやさしい“鳳翔《おかあ》さん”ではなく、戦いに赴く戦乙女の顔になる。その表情を見ると、ヒナセもピリッと気が引き締まり、背筋が伸びる気がする。
 ヒナセは所定の位置に立ち、軍帽の位置を正し、足にぐっと力を入れると、すぅ……っと息を吸い込んだ。
「艦橋、全窓開け」
 号令に呼応して、艦橋の窓が開放される。すべての窓から風が吹き込み、ざぁっと唸りを上げて外と中の温度がほぼ同じになる。ヒナセは朗々とした声で号令を下した。
「風向き、よし! 抜錨。離岸」
「抜錨、離岸いたします」
 艦はゆっくりと離岸し、基地湾内を出口に向かってするすると滑るように進んでいく。
「進路上に艦影船影なし。こちらの進路に向かってくる艦もありません」
「このまま微速前進。湾内から出てのち、基地帰投に進路取れ」
「了解致しました。湾内から出てのち、基地に進路取ります」
 艦橋内にヒナセと鳳翔さんふたりの声が響く。艦は“妖精”の力を借りて、鳳翔さんの意のままに動き、やがて、ゆったりと外洋に出た。外洋に出てからの風は追い風。悪くない。
「速度、巡航へ。そのまま基地に帰投する」
 艦はヒナセの号令に従って速度を上げ、海をかきわけ滑っていく。
 気がつけば、西の空はうすく紅を差しはじめていた。この色が濃くなれば、すぐそこに夜がある。夜を越え、朝日を拝み、頭の上をギラギラ焼かれ、また空に紅が差すころ、基地に帰り着くだろう。
「巡航速度よし。進路固定しました」
 鳳翔さんの報告を聞いて、ヒナセは艦に乗ってからはじめてにこりと微笑んだ。
「ふたりとも、とりあえずお疲れ様でした」
 軍帽を脱いでそう言うと、艦橋の左舷側に座っていた電が駆け寄ってきた。
「まだなのです。お家に帰るまでが任務なのです」
 電は必死の様相で訴える。
「……ありゃ」
「一本、取られましたね」
 ヒナセの右前側《みぎぜんそく》に立っている鳳翔さんが振り返りながら笑った。
「ですねぇ。帰り着くまで、もちっと気を引き締めてないと、ですね」
「その通りなのです!」
「でもね、電《デン》。私は喉が渇きましたのです」
 ヒナセは電の視線に下りると、いたずらっ子のように笑いながら言った。
「じゃ、お茶の用意をしてくるのです」
「はい。よろしくおねがいしますのです」
 元気よくかけていく小さな駆逐艦を見送ってヒナセは立ち上がり、視線を進行方向に戻す。
 遙かなる水平線の向こう、さほど遠くない距離だが、ヒナセたちの基地はある。そこには自分たちの“家”があり、自分たちを待つ“家族”がいる。
——帰ろう。あの娘《こ》たちのいる、あの島へ。
  帰ったら畑に新しい野菜を植えて、次の季節に備えよう。
  ああ、その前に台風対策もしなくちゃね。そろそろシーズン突入だ。
  みんながいるから、手分けすればすぐ終わる。今年はずいぶん楽だろう。
 ヒナセは水平線を見つめながら、“我が家”で待つ艦娘たちの顔をひとりひとり思い浮かべ、顔をほころばせた。
 たった五日ぶりの再会なのに、こんなにこんなに待ち遠しいなんて。自分はなんて幸せな提督なのだろうか、と。

 軽空母鳳翔は海の上を滑っていく。
 海は追い風、風向きや良し。
 まずは南南西へまっすぐに。やがては西南西に進路取れ。


 風よ運べ 我が思い
 妹《いも》らにとどけ この心
 この海の果て かえりゆく
 茜さす空 また見るときに
拍手送信フォーム
Content design of reference source : PHP Labo