オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 時間外

天下の回りもの

天下の回りもの 本文

(あずまやの玄関の外から声がする)
春花。春花。……ちょっと、いいかな?
はぁい? ……て、何?
悪いが、開けてくれ。
はいはい……どうしたの、それ?
ちょっとね……岩下(あっち)から、もらってきた。
上がるよ?
ええ……でも、よくトモ兄が「いいよ」って言ったわね?
……母さんからもらってきたのさ。母屋のじゃないよ。
はぁ。
食べたくなってね。
だったら、漬けたのをもらってくればいいじゃない。
ここで漬けるの? 大変よ、毎日かき回さないといけないんだから。
ぬか漬けは床(トコ)から上げたてが美味い。
そうだけど。
お前はいらないんだね。
そうじゃなくて。
気に入らなかったら、僕の部屋で飼うけど?
本宅の厨房に置いたら、シェフが泣く(笑う)
それよりも……この家に置いておきたいんだ。
……貴ちゃんのぬか床だもんね。
厳密には、僕らの曾祖母(ひいおばあ)さんの床だけどね。
そうなの?
そうらしい。母さんが言ってた。
それも、二代目なんだそうだ。
初代は?
もらってきて、さほどしないうちに、世話が途切れたらしい。
めずらしいこと。
その頃、貴子さんはよく失踪してたらしいしね。
失踪ー?
連絡が取れたと思ったら、外国だったということも多かったらしいよ。
カホリ小母さんのトコね?
いや。全然知らないトコだったりね。在国大使館から問い合わせが来て、はじめてその国に行ってたのが判明したりしてということだよ。
……ああ……そういうことね。
そういうこと。
相変わらず、難儀な人……(言葉尻に愛おしさがほんのりと出る)
僕らが生まれて、ちょっと落ち着いたってことだけど、それでもよくフラリといなくなったりしてたね。
落ち着いたのは、お前が生まれてからだよ。いきなり高飛びしたりは、しなくなった。
せいぜいカホリ小母さんのトコに出掛けるくらいかな。
……それでも南半球なんですけど?
連絡が容易に取れるところにしか行かなくなったって話さ。
小母さんのところじゃなかったら、あとはたいがい愛媛だね。
チヨ子さん、好きだったもんね。
そうだね。
……で、この子は愛媛からもらってきた二代目ちゃんなのね。
そういうこと。
貴子さんと母さんが交互に世話をしてたヤツだよ。
今母屋にある、トモんトコのは、これをベースにした床だね。ちょっと味が違う。
混ぜる人や飼ってる家で、味が変わるって言うもんね。
……で、この床どうするの?
少し増やすよ。糠を入れて少し熟成させよう。
その前に、ちょこっとこの床だけで漬けたのを食べたいわね。
そういうと思って、母さんと漬けてきた。漬け方を教わるついでにね。
そろそろ4時間くらい経つから、食べ頃になってると思うんだが。
用意の良いことで。
お前は誰にそれを言ってるのかな?
柳原グループの秘書室ナンバーワン。無欠鉄壁の秘書室長サマ……かな?
メシで食うか、酒で食うか。
どっちも捨てがたいけど、ご飯ないのよね。
じゃ、米を仕込んで、先に飲みながら、メシが炊けるのを待とうか。
了解。……お米研ぐわ。
とびきり美味いメシをよろしく。
……誰に向かってそれを言うのかしら?
……柳原グループの、泣く子も黙る型破りな総裁さんに……さ。
ふふふふ……。
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