オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 時間外

バリアフリー

バリアフリー 本文

いつも感じてる…。
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ふいー。あっちあっちー。
お疲れさま。いつも悪いわね。
いいえー、どういたしまして。
てか、なんで春花はあたしと入りたがるんかね?
あなたを独り占めできるからじゃない?
む?
子供たちは大なり小なりオバちゃんっ子だけど、春花は格別にオバちゃんっ子ねぇ。
あら?
お母ちゃん、妬ける?
いいえー。
母親らしいことはあまりできてないもの。それ以前のお話よね。……はい。
あ、ありがと。助かる。
…………(ぷはー)
いくら私が熱湯好きでも、夏の長湯はさすがに喉が渇くわ。
春花は?
茹だってすでにぐっすりこんこんよ。
とーちゃんが抱っこして布団に連れてったよ(呵々と笑う)
(ため息)
落ち込まない。落ち込まない。
せっかく早めに帰ってきたのに。
だからこそ気が沈むのよ。
『私の存在意義は何だろう?』……って?
ええ。
……あんたがいるから、この家は成り立っていると、私は常々思っているんだけどなぁ。
……。
私がいなくなっても、この家は変わらないよ。
やめて。
いんや、止めない。
あんたはしっかりとこの家の要の役をやってる。兄貴は骨。ふたりがしっかりくっついて支え合ってる。……子供たちは扇面だな。三者がしっかり自分の役目を果たしているから、扇は扇として存在できるんだよ。
……じゃ、あなたは?
私? ……私は、そーだなー……さしずめ、要のトコからぶら下がってる朱房ってとこじゃないかな?
あれば華やぐけど、なくても大勢に影響はないよ。
……。
あなたもね……
んー?
そーやって自分をどうでも良いようなモノのように言うのは止めて頂戴。
だってその通りじゃん。
アタシはこの家にしがみついてるだけだもの。そのうちヨメに行くか、フラっとどっか行っちゃうかもよー?
……後者は充分にあり得そうよね。
でっしょー?
男はチョットねぇ(苦笑する)
男の人は嫌い?
んー……面倒くさいだけ。女の子相手の方が気楽。てかもー、カホリさん……以外はどーでもいい感じ。
……あら? 佐和子先生とはどうなのかしら?
ぶっっっ!!!
つき合ってるんでしょ?
そ……そりゃいつの話よ!? とっくの昔に切、れ、て、ます!
あら、ホントだったのねぇ。
……あ"。
確信は持てなかったのよねぇ(鼻先でふふんと笑う)
……ひでぇ……。アタシがセンセに叱られるじゃない。もー。
と言うことは、まだお付き合いが続いているのかしらー?
たまーにね。
メシ食いに行ってるだけ。あの人にとっては、私はただの観察対象でしかないから。アレは完璧に医者の目だもん。
そう。
そーです。自分が手がけた患者の経過観察をしてるだけだよ。
つき合ってた頃もそんな感じだった。
センセとヤんのはもうパス。あの人、サドなんだもん。
あら? あなたでも苦手な人はいるのねぇ(くすくす笑う)
そりゃー……ねぇ。
(とても可笑しそうに、くすくす笑う)
おーい……(苦り切った顔)
うふふふ……ごめんなさい。
もー、いいけどさー。
うふふふふふ……。
……はいどうぞ? 熱いのもいるでしょ?
ありがと。……はー……夏の熱い焙じ茶は美味いよねぇ……(言う割には苦い顔)
……ところでさ、やなぎはら。
なぁに?
……。
(真面目な顔で)ホントのバリアフリーって一体どういうモノだと思う?
……え?
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バリアフリー?
そう。バリアフリー。……んー……そこまで大層なモノのお話ではないんだけどね。
うん?

自分が片腕に(こう)なって初めてわかったんだけどさ。
……。
左利きには不便な世の中だね……て話。
……。
左手で使えないモノが、多い。
うん。ハサミとか缶切りとか、その代表選手よね。
アタシらが子供の頃に主流だった缶切りは、左手じゃ絶対に使えないモノだったけど、最近の缶オープナーはそうでもないわよ。それ以前にパッカンだらけだし。
そうね。
ハサミとか包丁とかの刃物類は仕方ないわ。元来そういうモノだし。最近は左専用も手に入りやすい。
そーゆーあらかじめ判りきってるコトじゃなくてさ。
うん。
えーと、何だっけ? えりごのみく……??……あれ?
エルゴノミクス?
あーそれそれ。そんな響きだった。
人間工学に基づいてってヤツね。
んー。そーゆーモンでもないんだけどさ。
んん? ……なんだか要領を得ないわね。
ともかく……だ。
どっちかの手でしか使えないってヤツは、大変に野蛮なモノだなと思ったワケ。
……。
具体例。例えば?
んー。バターナイフ。
バター?
ナイフ。
……出してみそ? 冷蔵庫、入ってるし。
……。
……。
……?
左手で持って、マーガリン掬ってごらんよ。
…………あ。
お解り頂けましたか?
使えないわけじゃないけど……。
そう。とっても使いにくい。
こないださー、チリトリ買いに行ったの。トモが壊してくれやがったからさ。
あら、それはごめんなさい。
それは構わない。オノコは元気が一番さ。
でさ。チリトリ買いに行ったワケ。したらばさ、左手で持つことしかできない形のがね……
あったの?
うん。
あらま。
人間工学科なんだかエリゴノミなんだか知らないけど、右利きと左利きが混在している家の人には使い勝手悪すぎよね。
そういう家の人は、左右対称の形のものを買うんじゃない?
そう、それ。左右対称!
左右対称ってすごいと思うのよね。
どうして?
右がダメなら左でも使えるんだよ。利き手とか関係なくて、使ってる腕の位置関係とかで利き手じゃない手で使った方が楽なときもあるじゃない。そういうときに左右対称は威力を発揮する。
……と、気がついたわけね。
まぁ、そういうこと。
実はさ、以前買ったマウスが使えなくなっちゃってさー。
ああ。アレね。お気に入りだったのに、とても残念ね。
ま、しゃーないね。使える手が無くなっちゃったんだし
……貴ちゃん。
あ。でも大丈夫よ。使えるトコに使ってるから。
(指さした先に変なオブジェ。その一角に、右手用のエルゴノミクスマウスがつくねんと……)
……。
(半ば呆れて)相変わらず、転んでもタダでは起きないわねぇ。
そりゃ、アタクシですから。
(安堵のため息)
へへへ……。
実はね、バターナイフを探してんの。昔さー、どっかの国のホテルで使ったヤツ。
どういう形の?
パレットナイフ……じゃなくて、コーキングヘラみたいなね、形をしていたのよね。
とにかく、左右対称の形。
ああ、アレね。
ウチにもあるじゃない?
ウチにはないわよ?
……いえ。
ああ、柳原の家ね。
ええ。ごめんなさい。
なんで謝るの?
……そうね。
あちらから、一本持ってきましょうか?
んー……それはありがたいけど、もちっと世間で探してみたい。
そしてまた世の中に憤るのね。
……。
知っていたいんだよ。この世の中がどれだけ生きづらくて、どれだけ優しいかを。
……。
そんなことはどうでもいいんだ。
とにかく、左手しか使えない人間には、この世はとても世知辛い。……そう思っただけ。
そーしてさ、そんなことを痛感したら、いろんなものが見えてきた気がする。
そう?
例えば、あんたんトコのでっかいデパートがあるじゃない。
リューゲンね。あれは大型ショッピングモールと言うのよ。
そこのさ、フードコート。あれ酷くない?
どの店の?
ウチからいちばん近いトコ。
はいはい。あそこね。どこが酷かった?
テーブルとテーブルの間の空間が狭すぎる気がする。あれ、車椅子が安全に通れるの?
そんなに?
うん。車椅子だけじゃなくてさー。
昼時が終わってすぐくらいの時間に行ったからだろうけど、イスが通路にまで散乱してる感じでさ。
普通はあるはずの通路が、なくなってるって感じだった。
アレだと、杖ついてる人とか、通れないんじゃないかなー。
ほら、外国のカフェテラスとか、テーブルとテーブルの間隔が広いとこが多いじゃない。それを見習ってほしいなぁ。
……ちゃんと規定はしているのだけどね。店舗によっては来館者が多くて、それだけテーブルを出さないと座れない人が多く出るのかも。
そーなると必然、割を食うのは障害を持ってるほうなんだよね。
遠目だったんだけど、杖ついてる人がさ、ぐるーっと迂回して通ってるのを見た。
……。
結局、人間は自分の尺でしかモノを見れないから、できる能力があると、他の人もそうだと思っちゃう。それが生まれながらに不自由がないとしたら、余計にわからないのよね。
自分もそうだったし。つい最近まで。
……そういえば。
うん?
最近仕事関係で知り合った人に、遠近感がないって方がいらっしゃるわ。
……平面の世界に住んでるってことか。
日常生活にあまり支障はないらしいのだけど、調子が悪くなったりすると、思っているところに物がないことが多いのですって。
机の上のペンをね、取るときに、指を机の上に滑らせてペンの位置まで移動させるのですって。
言われてみたら、必ずそうされているのよ。言われないと気がつかないくらいにさりげなくすーっとね。
指に触れたら取るのか。
ええ。
そしてね、その方運転もされるのよ。
それは怖い。
ええ。高速を走っていて、前方のテールランプが近づいているのか遠ざかっているのか判らないときがあるって。
危ないなぁ。
だからね、車間はかならず必要以上に開けて走るそうよ。
なるほど。知恵だね。
ええ。交差点で後ろの車からクラクションを鳴らされようとも、確実な車間があると確信できない場合は、絶対に右折しないのですって。
なるほど。普通免許は視野角は必要だけど深視力はいらないから、免許取れちゃうもんねぇ。
運転するか否かは、その人次第だけど。
運転しないと、仕事にならない方だしね。その方。
なるほど。
そう考えてみると、人間って大なり小なり、他人には見えない障害を持ってる人って多いんだなー。
そうね。
だからこそ、本当のバリアフリーってなんだろなー……って考えちゃうんだけどね。
これでもずいぶん、平たい世の中になってきたと思わない?
んー……なんか違う気がするのよ。
違うって?
アタシたちが子供の頃とかから比べれば、確かに障害を持った人に配慮した世の中にはなっているけどね。でもなんだかズレてる気がする。
……ふむ。
結局、分からない人が分かった気になって悦に入ったバリアフリーが多いってコトじゃないかなぁ?
本当に不便だと感じている人の意見や考えが、反映されていないような気がするんだよねぇ。
……。
さて、やなぎはらさんは、この先どう考える?
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
うん。
これは、考えを発展させる方向によっては、雇用拡大にも繋がる問題よね?
ほ。そこまで考える?
まぁね。能力さえあれば、肢体不自由だとかなんとかってのは、ウチでは関係ないもの。
リサーチ部門の中にそういう部署を作ってもいいかもと思うくらいよ?
要はどれだけ理路整然とそして物怖じせずに意見を言えるか。そして出せるか。
なるほど。
いい話を聞かせてもらったわ。
……家ではそういう話し方は止めようよー。
……ごめんなさい。
いえいえ。どういたしまして。
もともとこっちから振った話だーしねー。
とりあえず、バターナイフ。探してらっしゃい。
うん。そーする。
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