オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

九苑-くおん-

苑Ⅱ ~クルマ屋カメちゃん、かく語る~

苑Ⅱ ~クルマ屋カメちゃん、かく語る~ 本文

 こら、えれぇごつ なるバイ!
 まず思ったんはそれだった。
 山ン上の寺の坊(ぼ)ンさんが、『もう儂も歳だけん、隠居ばしようち思うちょる』ち言い出したんが、そもそもの始まりやった。
 俺(おる)んトコの集落は大小の山がいくつか重なり合うた裾にあるんやけんど、大昔は、そげん大ききゅうはねぇ街道沿いの、小(こ)まか宿場もやっとたっちゅうとこなんよ。
 神社は無かが、寺はある。集落ン外れンほうの小山ンてっぺんあたりにばってんが、そらそら古ィ寺があると。神社にゃまったく縁がないかち言うたら、そげんこつはなか。ちょっこっと離れた隣の集落ん中っちゅーか外れにこれまた小ンまか神社があって、そこがウチと隣(となる)、二つン集落の面倒ば見てくれよる八幡さまっちゅーわけだ。ちなみに隣にゃ寺はない。二つの集落に寺が一つ神社が一つでトントンちゅーこったい。
 ばってんがくさ、地元密着型の神社とは違(ち)ごて、寺の方はウチと隣の集落を中心に県内のあちゃこちゃに門徒の家が散らばっちょっと。遠かとこは遙か彼方県庁所在地のあるでけぇ市にもおるっちゅーことじゃ。商売繁盛でよかごつたいね。
 まあなんか。俺(おる)んトコの集落と隣の集落では、田舎によくある『ないモンば隣からでん借りて来(こ)。ばってん困っとんならいつでも助くるバイ』ちゅー持ちつ持たれつの関係を、集落単位でやっとっとたい。今風に言うたらシェアなんちゃらってヤツよ。そんなんやき、神社も寺もやりよることはあんま変わらん。なんでかっちゅーたら、住んじょる者(もん)が、ちょっとした祭事やったら手近なところですませるもんやきねぇ。
 新し家ば建てるき地鎮祭ばしてくんないち寺に言やぁ、住職がやってきてそれらしい事ばしてくるる。結婚式もちょっと前までは仏式が多かったつたい。俺(おる)も寺で結婚式ば上げたもんね。ま、そげな話は今はどうでんよかな。
 ともかく、寺の坊ンさんがいきなり住職ば辞めたいち言い出した。そらそらちょっとした騒ぎになったたい。
 ……ち言うてもくさ、この手の話題は何十年かにいっぺんは起きると。なんでかちいうたら、ウチげの寺の住職ぁ、代々独身(ひとりもん)の変人が来るきたい。変人やき坊主になるんか、変人やき独身のままなんか、俺(おる)はよー分からん。とにかく、若か住職が寺に来ても嫁はおらんし来る気配もなか。村のオナゴも嫁になろうち誰も言わん。住職もひとりでのほほんとしちょお。寺ができてから三百年くらいなるらしいとばってん、ずーっと同じことを繰り返しよるらしい。だけん何十年かにいっぺんは、住職が隠居して次の新しい住職が来るっちゅー一大イベントが、どうしても発生するわけたい。
 その山の上の坊ンさんなんだが、俺が子供(こま)か時にはもう爺さんみたいやったし、ゆるーっと落ち着いちょんなさぁけん、俺(おる)はずーっと、坊ンさんはすげぇ偉か人じゃろと思うちょった。ばってん、俺の親父は「そうでもなかぞ。えれぇ変人やったばい」ち言う。そうは見えんとやがねぇ。ま、実直で馬鹿正直だけが取り柄の親父が言いよらすとやき、あながち嘘じゃなかろたい。若かときは変人でも、歳ば食ってくっとだいたいが性格の丸ーぅなって、それなりに落ち着いてくるき、そげなことなんやろう。……人間ち不思議たいね。
 俺んちは代々 寺の門信徒会の世話役――世話役は十人おって、何年かごとに総代ば持ち回りでやるとよ――ば勤めちょってっさ。そやきウチの親父が、寺の坊ンさんの隠居したいち話を、門徒の誰よりも早く聞いたひとりちことになるんよ。
 その日、親父は緊急に集められた世話役会から帰ってきて、でかかため息ば吐いて、ちょうどメシば食いよったお袋と俺と俺の嫁女にこう言うた。
「ご院家(いんげ)が隠居するち言いよらすき、ちょうど良か。俺(おる)も栄(ヒサシ)に世話役ば譲ろうかちな……」
 つまりは、山の坊ンさんと一緒に勇退するち言いだしたと。
「……そら良かばってん、まだ栄じゃ若すぎんね?」
 母ちゃんの言うことはもっともと思ったね。このころ俺(おる)はまだ三十代の中頃にさしかかった頃やったし。家業の自転車屋ちゅーかバイク屋ちゅーか……軽トラやら耕耘機やらなんやらの修理屋ちゅーか……まあ、機械のことならなんでも引き受けまっしょ……という何でも屋を親父から受け継いだばっかりで、まだまだいろいろ覚えないかんことが山んごとあったし、やりたいこと(単純に言うたら事業拡大っちゅーやつな)もあったしで、「おいおい親父さんよ、俺(おる)を過労死させるつもりですかい? てかアンタはとことん隠居してなにをするつもりよ?」と、正直思たさ。
 思いはしたばってん、口から出したら大ゲンカになるのは火を見るよりも明らかたい。ここはじっと我慢の子じゃってぐっと黙っちょったら、よりにもよって母ちゃんが俺の言いたかことばツルっと口から出しよった。おかげでケンカにゃならんかったばってんが、親父がしばらく微妙に不機嫌やったつはしゃーないタイ、母ちゃんにゃ誰も頭が上がらんとやきねぇ、はははは……。
 その親父の言い分はこうタイ。
『今までの慣例からすると、新しか住職は栄(ヒサシ)たちと同年代かもう少し下かだと思われる。今後のつきあいの長さを考えるなら、世話役の仕事も早めに次の世代に渡しておいた方が何かと楽だし、新しい住職が今の住職に輪をかける変人だった場合に寺の運営が大きく変わる可能性だってある。そのときに自分たち古い頭の世話役がいつまでものさばっていると、早晩寺と門徒の間に大きな亀裂が入らんとも限らん。だから、早めに次の世代に世話役も引き継ぎしておくほうが、結果的に良い方向に転がることが多い。』
「俺(おる)たちゃ途中で親父たちから門信徒会ば引き継いだけん、ご院家といろいろ“ぜねれーそんぎゃっぷ”があって大変やったきねぇ。栄たちにゃその苦労ばさせたないったい」
 最後に親父は言い加えたが、こら単なる後付けの言い訳やなと、その場におったみんなが思ったね。そらどうでも良かばってん。
 ……まぁ、つまりは、だ。
 この機に乗じて、門信徒会の世話役会メンバーもごろっと変えちまえってことなワケたいな。
 そんなこんなで次の日曜にゃ、新しい世話役になる予定の若っか者(モン)が俺(おる)ん家(ち)の工場(こうば)に集まった。工場ち言うてもなんか作ってるトコじゃのうて、単に作業場ちゅーだけの場所。半分外で吹きっさらし。初夏とはいえ猛暑と言われた年だけに、風がない日は常になんか飲んどらんとすぐに干からびるんじゃぁねぇかと思うくらい汗が出る。この日もそんな日やった。
 集まった若衆(わかしゅ)は全部で八人。俺(おる)たちはちょっと神妙な面持ちで、ウチの母ちゃんが持ってきてくれた冷たい麦茶ば握りしめたりじりーっと飲んだりして、あとから来る予定の二人を待っとったつたい。みーんな親から世話役を押しつけられそうになってるっちゅーか、もうほとんど決まっちょおけんさ、どげんしたもんかち思案しあぐねて、あんま喋らん。
「なし今なんかのぉ」
とか
「俺(おい)らに務まっとかな」
とか。弱音ばチラホラ吐く合間に、誰かがそれらを否定するように言葉を吐きすてる。
「務まるとか務まらんとか関係あるか。せなタイ」
 言い方は勇ましかばってんが、どっちかっちゅーたら、自分の身の内にある不安ば吹き飛ばそうとしとるだけ。みんな分かっちょる。わかっちょるけん、いつもならそげな勇ましかことば言うたら茶化しおうて笑いとばすげな仲なんに、この日ばっかしはみーんなどこか神妙になって、軽口たたく気も起こらんやったたいね。
 そのうちに俺の嫁女が冷やして切ったスイカば持ってきてくれる。ばってん、これも誰も手ば出さん。気温の高かけん、スイカもだんだんぬくもって終いにゃ煮えたごとなっとる。
 そこに残りの二人がやっぱこれ、途方に暮れた顔でやってきた。汗ばぶるぶるかいて、顔ちゃ真っ赤になっとった。冬に畑ば荒らしに来るサルでん、あげん赤(あこ)はならんばい、ちゅーくらい真っ赤っかやった。
 二人は来た早々、スイカがあるのを見てガっと掴んで口いっぱいに頬張ったかち思ったらすぐに『ぶはぁっ!!』と豪快に吐きだした。そらそうたい。煮えたスイカはえろう熱かもん。うっかり食うとヤケドばするもんね。畑から失敬してきたばっかのスイカとか、子供(ちび)んときに必ず一回はやらかすとばってんが、まさか三〇過ぎてもやらかすちゃ思わんかったやろ。
「かー。こら何かっ!! 煮えちょるが!!」
 醤油屋の汰一が吐き捨てるごと言うて、皿にスイカばドスッと戻した。
「気をつけんきたい。粗忽もんが」
 と雑貨屋の真(まこと)がたしなめる。
 年代はそこそこ近い俺らばってんが、その中でも真がいちばん年上で、だけん、真にたしなめられると文句を言うヤツは誰もおらん。汰一は自分のやらかしを重々分かっとぉけ、それ以上は何も言わんと、空いた酒瓶ケースをひっくり返して置いただけの椅子もどきに尻ば投げ出すごとして座った。
「そん様子じゃぁ、なんかあったとか?」
 と、これは隆司。隆司ん家(ち)は代々農家で米ば作っとる。
「おお……あったもなかったも……」
 汰一と一緒にやってきたもうひとり、農協勤めの弘太郎が口をモゴモゴさせながら言った。
「コータ、シャッキリ喋らんかい。おめーは昔っからそうじゃ!」
 弘太郎をコータと呼んだのは一郎。一郎の家は肉の卸屋をやっとる、昔は集落ン中に小売り用の店があったっちゃけど、数年前に閉店して町の大きなスーパーの中に店を出しちょる。他にも、真んちの雑貨屋に日に数個卸したり、スーパーが休みの水曜には、ウチと隣、二つの集落くらいの範囲なら個人宅にも配達してくれる。だから一郎の家はいつも忙しい。ばってん代々寺の世話役もやっとる。ご苦労なこっちゃ。ちなみにこの一郎が、俺らの中では一番若い。
「うるさい(うっせ)、イチ! 話の腰折んな」
 弘太郎が噛みつく。弘太郎と一郎は同じ学年だけん、ポンポン言い合うのが常だ。誰も気にせん。
「寺の新しい坊ンさんのことなんばってんがな」
 汰一がぬるくなった麦茶をコップに三杯、立て続けに飲んでから話し始めた。
「どうも、次来る坊ンさんな、女(オナゴ)ち話ぞ」
「ああん!?」
「はぁっっ!?」
「何ちか?」
「うやっ!?」
「ぃえ!?」
「をを??」
 そらもうここは未開の地かと思いたくなるような音が出た。ありゃ声じゃねぇ。音だ。
 人数が足りないのは、高さは違ったが同じ音を出したのが何人かおるっちゅーこった。
「……汰一よ、もっぺん言うてくれんか?」
 比較的立ち直りが早かったらしい真が言った。真は『今信じられん話を聞いたような気がするが……とにかくもういっぺん確認しよか』といった感じで汰一を見ちょった。汰一は真の視線の強さに耐えられんかったみたいで、一呼吸分のあいだ目を背けちょったばってん、つぎにこっち向いたときゃ、さっきとはまるで違う顔つきになっちょった。一皮剥けた……て感じやったねぇ。
「寺のご院家から直接聞いたとばってん。こないだ、ご院家がご本山に行きなさったやろ」
 汰一は淡々と話し始めた。俺(おる)たちは、実際にこそせなんだが、気分的に正座ばしちょった。
「ふんふん、そいで?」
 茶農家の保行(ヤス)が身を乗り出して先を促す。
「そこでな、次の坊ンさんと会(お)うたちたい。そいが目的で行きなさったとばってんね」
 まぁ要約するとこういうことタイ。
 寺のご院家がこないだご本山に、正式に住職ば辞めたいちいう届けと、引き継ぎの坊ンさんとの顔合わせに行きんしゃった。そこで紹介されたんが女(オナゴ)の坊ンさんやった。
 その女の坊さんは俺らと同県人でほぼ同年代。今は自分の実家の寺で役僧ばしよる。そこんちは親父さんが住職で、兄ちゃんだかが副住職。兄弟姉妹みーんな坊さんちいうなんかエリートっぽい感じがするんやが、単に坊さん余りで行く先も居り先もないし、かといってどっかの寺に嫁に行こうて気もない。本人は説教師のほかに住職の資格も持っちょぉけん どこか無住寺はねぇかち探しよるとこに、俺ンとこの住職が隠居したいち言い出して、そらちょうど良か……と県支部もご本山も本人も乗り気になった……と、こういうコトらしい。
「なんか、年の半分くらいどこぞに説教に行かっしゃぁげな、坊ンさんちぞ」
 汰一はそう言って締めくくった。
「ばってん、そげん忙しか坊ンさんが、住職とか勤まるとか?」
 保行(ヤス)が俺ら全員がたぶん思った疑問を口にした。
「さーぁ?」
「さー? じゃなかろうが!!」
「そげなこつ、俺に言うたち知らんが!!」
 言葉は荒かばってんが、別にケンカばしよるワケじゃなかとよ。こいういうもの言いの地域なんよ。
 保行(ヤス)と一郎(イチ)のいつものやりとりが始まったぞ……と俺(おる)ら全員が思いながら、煮えたスイカにぼちぼちと手を出してかぶりつき始めたころ。遠くから、このあたりじゃ耳慣れんエンジン音が、かすかに聞こえ始めたとっさ。
「お。なんじゃ?」
 俺は手を止めて、音が聞こえてきた西のほうに首をのばして耳を澄ました。
「なんや、なんか来(く)っとか?」
 他の連中は俺の様子からなんかが近づいて来よるち気がつく。ま、そのくらい小さい音ちこったい。エンジン音に気がつくのが誰よりも早いのが、俺の自慢さ。
「しっ! ちょっと黙……」
 口に指を当ててみんなに黙れち言おうとした時には、そのエンジン音は誰でん分かるげな大きさになっちょった。音がだんだん近づくにつれて、それは音ちいうより振動ちいうたほうが良かげな、腹の中が揺さぶられるような、低く・重く・規則正しい、単車好きなら一度聞いたら絶対に忘れんエンジン音。
 その音を発しちょる物体は、俺んちの前にゆっくりと停まっったとよ。俺以外の全員が、『おお!』とか『うお!』とか思わず声を上げて立ち上がったさ。そらそうたい。でっけぇ黒いハーレーダビッドソンが、店の前に停まったっちゃもん。それも側車付きのが。側車っちゃあれたい……えーと……そうそう。サイドカー。
「カメちゃん、ありゃなんか?」
 単車は好きばってんがそげ詳しゅうはない亨が指さして言うた。
「ばか、ありゃハーレーやろうもん」
 これは汰一。答えは合うとるが、単にでかくて音の大きい単車はハーレーち思い込んじょるだけで、これがドゥカティでもハーレーち言うたね。
「そうか、あれがハーレーかっ!」
 そげなこつばめいめいに口走りながら遠巻きにどよめきよる。単車に乗っちょぉ人間からはきっと滑稽に見えたっちゃなかろうか。
 ライダーはあんまし大きゅうはなかった。どっちかっちゅーたら小さい。小さいけん、ハーレーの上にちまっとまたがっちょるように見えた。
 ライダーはフルフェイスのヘルメットをかぶっちょった。俺は『せっかくのアメリカンタイプの単車なんにフルフェイスのメットとかかぶってから格好悪ぃのぉ』とか思いよった。思いよったらライダーがメットの顎のトコをぐっと持ち上げて、バイザーと顎(チン)ガードが一体になったパーツをメットの上に引っ張り上げて顔ば出した。かぶちょったヘルメットはフルフェイスじゃのぉてフリップアップやった。さすがの俺もちょっとびっくりしたね。
「すみません。ちょっとおたずねしますが」
 フリップアップ型ヘルメットは、スライドアップするとジェット型みたいになる。メットの中から出てきた顔と声に、俺たちは度肝を抜かれた。
『……女(オナゴ)……?』
 誰も声が出んかったが、おんなじことを思っちょったと思う。そんな空気が流れたもん。
 メットの下から覗いちょる顔だけじゃわかりにくかが、聞こえてきたのは女の声。女にしちゃぁちぃと低か声ばってんが、間違いなく男の声じゃなか。
 たぶんオナゴのそのライダーは、こっちのビビりぐあいなんぞ全然気にもとめてないちゅーか気がついてもおらんっちゅーか、とにかくニコニコと人なつこそうに笑いながら、これまた良ぅ通る声で続きを言うた。
「西勝寺はまだ先でしょうか? このあたりだと聞いちょったんですが」
 西勝寺?
 ……ちゃぁ山ン上の寺たい。
 で、そこに何の用事があって行くとか?
 頭ンなかに三段論法のごとつらつらつら~~っっと言葉が浮かんできた。とにかく寺の客には間違いなか。こっから先はそげん難しい道じゃなかが、みーんな驚きすぎてる上になんとなーく悪い予感に襲われたもんでっさ、なんち言うたもんやら分からんごとなって黙ーっちょぉ。終いにゃ『カメ。こかお前ン家(ち)じゃろが』とみんなから小突き回されて、俺が応対するごつなった。
 みんなから押し出されるごとして近くに寄ってみたらっさ、ライダーは女なんか男なんかよーわからんごとなった。男にしちゃ確かに背は低いし細かばってん、こげな体格の男もおらんわけじゃなか。近づいたがためにイメージがぼやけてしもたっちゅー感じやった。それよか俺は単車の方に目が行ってしもうて。こらもう職業病ちゅーか……とにかく好きなんよ。単車とか車とかが。
 その単車――ハーレーはもともと側車がついてるヤツじゃのぉて、カスタマイズで側車を付けたある意味貴重品。いやもう、すでに生産終了になっちょる型やけん、それだけでも貴重品な『ヘリテイジ・ソフテイル・スプリンガー』。そのサイドカー付き、て。こらどっから持ってきたとか!?
 みんなとは別の意味で度肝を抜かれてしもた俺が、ちぃっとしどろもどろになりながら西勝寺への道のりを説明していると、びっくりよりも野次馬根性のほうが勝ってきたらしい他の連中が、そろそろと近づいてきてそのライダーと単車を取り囲んだ。ハーレーも気になるがライダーのほうがもっと気になったっちゃろ。つまりは性別も含めて何者なんかっちゅーことが。
『なぁなぁ。この単車、えろぅかっこええなぁ』から始まり、『アンタ山ン上の寺に行きなさぁちが、何をしにきなさっと?』を経由して、とうとう『俺が案内しちゃろうか?』まで言い出す始末。しかしライダーは、終始にこやかに返事を返してくる。シャキッシャキッと歯切れが良いもの言いで、聞き取りやすか声だ。ところどころオナゴ言葉がまじっとる。なら、たぶん女だろう……と、結論した時やった。
「近日 西勝寺の役僧として入山する予定の者ですが、ちょっと用事で隣の市まで来たので、ご院家にご挨拶をと思いまして」
 この言葉を聞いたとき、一瞬全員が目配せしたね。
 この人が次のご院家なんじゃねぇ?
 じゃ、やっぱ女(オナゴ)ばい……と。
 側車付きのハーレーに乗ったオナゴは、すがすがしく礼を言うて走り去った。俺たちは呆然とそれを見送ったんばってん、単車が見えなくなり、音もかすかになったあたりで一郎が言った。
「なぁ、お寺に行ってみんか?」
 驚いて周りを見たら全員ポカンと口を開けて、なんとも間抜けな面を並べちょる。たぶん俺も同じ顔やったと思う。
「行って、どげすっとな?」
 至極当然なことを、真(まこと)が言う。しかし一郎はさも「当たり前だろ」と言わんばかりの口ぶりでこう言った。
「どげち……そら、あの坊ンさんみたいなんが、ホントにオナゴか見に行くとたい」
 一郎よ、お前は人の話ばゼンゼン聞いちょらんやったつな。男は女(オナゴ)言葉ば使うわけがなかし、近いうちに寺に入るち言いよったろうが。俺はそう思ったが、あのオナゴは本当に坊ンさんで、本当に次のご院家になるんかなってほうが気になった。他の連中も、大なり小なりなにかしらの疑問があるらしく、理性とか自制心は、好奇心に負けてしもた。負けたらするこたひとつたい。
 そう。山ン上の寺に、全員でノコノコ出掛けて行ったとたい。
 山ン上の寺は、言葉通りに、山のほぼてっぺんに建っちょる。山自体はそげん大きくはなか。大昔は山全体が寺の敷地やったらしいが いろいろ大変やき、寺の建物とその周りぐるっとと、山道(さんどう)だけを寺の敷地っちゅーことにして、山は自治体にやってしもたげな。だもんで山道がはじまってるところに、寺の名前が書いてある山門(さんもん)がある。山門ち言うても屋根はない。石の柱が道の左右に立っとるだけやけん、ぼーっと走りよったら通り過ぎてしまう。
 山道は舗装されちょらんけ、道のあちゃこちゃに水たまりが干上がったでけぇ穴がボコボコ掘(ほ)げちょる。舗装すりゃ良かとばってん寺も門信徒会も金がないき、舗装したいち誰も言わん。年に一度、十二月の第一土日に青年部総出といいつつ手の空いちょぉ門徒がゾロゾロ出てきて、山道の整備やら寺の掃除やらするき、そん時穴ぼこも修繕すると。
 なんで十二月の頭にやるかっちゅーたら、ウチの寺は御正忌(ごしょうき)を十二月にするからなんよ。御正忌ちゃ御開祖さまのご命日たい。一週間くらいずっと、寺に門徒が集まると。お経が上がったり偉か坊ンさんが来てありがたーいお説教を聞かせちくれたり。あと、門信徒婦人会の婆(ババ)ちゃんたちが作る、ぜんざいやら豚汁(ぶたじる)の振る舞いもあるねぇ。
 そんなわけで俺たちは二台の軽トラに分譲して、穴ぼこだらけの道をひたすら寺に向かって上っていた。荷台に三人ずつ乗せちょぉけん、スピードは出されん。スピードば出して走りよったら確実に穴ぼこに突っこむ。突っ込みゃ車が跳ねる。車が跳ねりゃ荷台の奴らが転げ落ちるの三拍子そろって大事(おおごつ)になるけんね。本当は荷台に人ば乗せたらいかんとばってん、それはそこ、田舎のことやけんさ。
 途中で駐在さんに会(お)うたばってんが、山門にかなり近づいちょったもんで『お寺に行きよらすと?』『はいそうです』で見逃してもろた。三十代の男が十人も軽トラ二台で寺の方に向かいよら、寺でなんか作業でもあるとやろって認識になるとよ。まぁ必ず一言『ほんとはイカンとばい』『すんまっせ~~ん』ち常套句ば言い合うんも忘れちょらん。
 さてあのハーレーは無事に寺にたどり着いたんやろか。途中でずっこけたりしちょらんか……とか、そんなことを思いながら、ぼこぼこ道を上って行ったらっさ、今度は屋根の付いちょる古くてでかい山門が出てくる。これは内山門(うちさんもん)ち、みんな言いよる。ここから本格的に寺になる。
 車は内山門ばくぐれん。ばってんその横は塀とか無ぉて、がばーっち大きくひらけちょる。歩いて山に上ろうち根性モンは、今はほとんどおらっせんで、みんな車か単車かスクーターで来るきね。だき、駐車場が広ーく作っちゃぁと。……で、例のハーレーは、その駐車場にきちんと駐めてあった。転けもせんと無事平穏に山を上りきったみたいやな、と感心した。側車付きであのボコボコ道にタイヤば取られんちゃ、それなりの腕ば持っとるちゅーこったい。
 おのおの車から降りて団子のごとかたまる。来てみたはいいが、こっから先をどうすりゃ良いか誰も分からん。そらそうくさ、行き当たりばったりなんじゃもん。しかしまぁとりあえず、いつもんごとお御堂(みどう)のほうに向かってゾロゾロ歩き出す。寺に来たならまずはお参り(まんまんちゃん)ばするとが当たり前やき。だけん住職が不在でもお御堂はたいがい開けちゃぁと。
 お御堂に行く。今日も御拝口は開いちょぉ。そしてご院家の声じゃなかお経が聞こえてくる。ご院家は頭のてっぺんから出るげな高か声でお経ば上げなさるんばってん、今日はぜんぜん違う。低ーい、ばってんが間違いなくオナゴの声。それがだんだんと大きく明瞭になっていく。テンポもちょっと早か。
 おお? さっきのオナゴがお経ば上げよっとかいな? ちて、俺たちはだんだん早歩きから半分走るごとして御拝口に着いた。誰かがお経を上げよらす、その坊主頭がチラリと見える。
 それからお御堂に上がろうち思て階段をのぼろうとしよるとに、心が逸りすぎちょるもんで思うように足が前に出らん。やっとのことで全員がお御堂に上がった時にゃ、お経そのものが終わっちょった。
「おや皆さん、どうなさいました」
 その声は、間違いなくさっき俺ん店で道ば聞いたライダーの声。御拝口下からチラと見えたんは、頭を丸めたオナゴの坊ンさんがお経を上げよらす姿やった。
 ライダーのオナゴ(たぶん)がこっち向いて笑いよる。さっき着ちょった上着ば脱いで、黒のお衣を着て輪袈裟ば首からかけちょった。そんな格好をすりゃどげな人間でも坊主に見えるんやが、こと頭ば丸めちょったら余計に……ん? いやちょっと待て。
 よーっく見たら、頭には髪があった。しかしものすごぉ短い。頭にぺたーっと張り付いたげな感じに短く切ってあったのはまぁともかくだ。それよりもビックリしたんが、その髪が、白っぽい金色に染めてあったとたい。そら遠目でみたら、頭ば丸めちょぉ坊ンさんにしか見えん。ウチの宗派で頭ば丸めちょる坊さんはめずらしいなぁとか思ったんばってんがな。ちゃんと髪はあったと。
 さて、俺らがどう返事をしたもんやらと、目を白黒させたり口ばぱくぱくしよったら、そこにご院家が庫裏のほうから茶を入れた盆を持ってきた。
「こらまた感心やな。雁首並べてさっそく挨拶に来たつか」
 そう言われたら、俺たちも挨拶ばせなちいかん気分になって、めいめいにきちっとお御堂に座った。座ってから、ご院家にそろーっと聞いた。
「あんのぉ……もしかして、この人が新しかご院家にならっしゃぁ、お人ですかいな?」
 何とも間抜けな質問やね。
「そうたい。おんシら、もう会うたとやろも?」
 ご院家がこともなげに言う。
 会うた会うた会いました。それがもう知られちょるのもびっくりたい。田舎のプライバシーのなさも真っ青なくらいタイ。オナゴは来てすぐご院家に何を言うたとやろか。……とか思いよったら、金髪のオナゴが笑いながら言うた。
「ご院家が『迷わなかったか』とお訊(たず)ねになったので、『下の自転車屋さんで道を尋ねました。自分と同じくらいの方がたくさんいましたよ』と申し上げました」
「そんなら、おんシらしかおるめぇが」
 ……ごもっともです。参りました。てかやっぱりこの金髪の坊ンさんが、次のご院家っちゅーことか。俺んちは自転車屋じゃねぇとか、そげん事(こつ)ぁどげでんよか。
「改めまして、佐藤久世(きゅうせい)と申します。来月の一日(ついたち)からこちらでお勤めさせて頂きますので、みなさん、よろしくお願いします」
 金髪のオナゴ坊ンさんはにっこり笑ろて、深々と頭ば下げた。俺らもつられて思わず頭を下げた。
「いやいや……俺らも世話役を親父達から譲られたばっかしでなんもわからんけん、こっちこそ……えーと……とにかくよろしゅう頼んます」
 真がそんなこつ言う。ちょい待てまだ正式に世話役を継ぐとか誰も決めちょらんめぇもん……と他の連中を見回してみたが、みーんなオナゴ坊ンさんの雰囲気に飲まれっしもうた顔で、うんうんうなずきよる。俺も気がついたら首がへこへこ動いてうなずいちょった。
 もう逃げられん。なんちゅーてもご院家が見よる目の前やし、次のご院家になるらしいオナゴ坊ンさんにうなずいてしもうたとやき。
 こら、えれぇごつなるバイ! とにかく腹ぁくくってかからんと。
 下手すっと、この坊ンさんの勢いに負けて、なんでんかんでん好き放題されるかもしれん。オナゴのくせにオナゴにゃ見えんのも問題やが、さらに頭ば金色に染めちょぉとか……これから先、俺んげの寺はどうなっとやろか。
「まぁ、こっからは、若いもんたちだけでゆっくり話したらよかたい」
 まるで見合いの時みたいなことば言うて、ご院家はゆーらゆーらお御堂から出て行かっしゃった。俺たち男の間に困惑が走る。
――そげなこと言われても、何話したらいいか、分からんが。
 みんなでチラチラと目配せしたあとにオナゴ坊ンさんのほうをそろそろ見たら、ヤツは相変わらずニコニコと笑って茶をすすりよった。その余裕綽々なんも気に入らん。
「とりあえずですねぇ」
 オナゴ坊ンさんが口を開く。
「皆さんのお名前を教えて頂けませんか? そのあとに、そうですねぇ。ちょこーっとだけ、私の話を聞いて下さい。聞いて、私のことをどうしてもダメだと思ったら、遠慮なく仰って下さい」
「……ちゅーたらなんな? もし俺らがアンタを好かんち言うたら、アンタはここの住職にはならんとね?」
 真(まこと)がはっきり訊く。こういう時、真は頼りになる。
「はい。ご院家と上に申し上げて、他の方を派遣して頂きます。ご門徒さんに『受け入れられん』と判断された坊主は、住職になるべきではないでしょう」
 ニコニコしながらばってん、なかなか言いにくいことをシャッキリ言う。
「もし私がここの住職になったとすれば、皆さんとは長くお付き合いをすることになるでしょう。その時に『そげな話は聞いちょらんやった』と揉めるのだけは避けたい。ほんの少しですが、しかし私自身について、正直にお話ししておきたいことがあります。それを聞いて頂いた上で、そのあとのご判断は、皆さんにお任せします」
 オナゴ坊ンさんはすでに笑っちょらんかった。いや、表面的には微笑んじゃおるとばってんが、目の奥は笑っちょらん。俺ら十人を見わたして、まっすぐ心をぶつけてきた。
 俺ら男衆(おとこし)は、この雰囲気にただならんモンを感じた。気がついたら、みんな正座になっちょったね。
「……わかりました。そこまで言わっしゃぁなら、お話ば聞かせてもらいまっしょう」
 真がオナゴ坊ンさんをまっすぐ見返して言うた。こっから先は真剣勝負たい。蛇が出るか邪が出るか。
 俺らが覚悟を決めてオナゴ坊ンさんを見つめる。ややあって、相手はニコっと笑ってこう言った。
「ではまず皆さん、足を崩して下さい。私も崩させて頂きます」
 はぁ?
 俺たちが坊ンさんの言葉に驚いていると、ヤツはさっさと足を崩して胡座になった。これがまた妙に様になっちょる。
「ささ、どなたから自己紹介して頂けますか?」
 そう言って、ニコニコ笑いながら真のほうを見る。
 そうやった。俺らが自己紹介してから自分の話をするち言いよったな。
 俺らは結局相手のペースに飲まれて、あれあれと足を崩し、しどろもどろになりながら順番に自己紹介をしていく。名前やら職業やらなんか言うと、オナゴ坊ンさんから合いの手が入ってさらに自分のことを喋らんといけん。
 相手に乗せられてでらでらと自分のことを喋る幼なじみたちの声を聞きながら、結局俺らはこの坊ンさんに丸め込まれてしまうんやろうなぁと思いはじめた。この金髪のオナゴ坊ンさんが何を話してくれるとかはゼンゼン想像がつかん。ばってん、たぶん何を言おうとも、この坊ンさんがご院家やったら俺らはずーっと退屈せんっちゃなかろうか。
 次の次に回ってくる自分の自己紹介で何を言おうかち 頭の隅で考えながら、佐藤久世っちゅー坊ンさんがこのお御堂にすでにしっくりと馴染んどるのに気がついて、これはきっと長ーいつきあいになるぞぉ、と確信したとたい。
 ……あ、このあとに聞いた、久(キュウ)ちゃんの話な。
 全員どう理解していいかわからんで、久ちゃんが正式に寺に来るまでの約三週間、俺ら新世話役は何度も寄り合って、あーでもないこーでもないと話し合う羽目になったたい。
 ばってん。それが良かったとち思いよる。
 じゃなかったら、のちのち起こったあれやらこれやら。なんかが起こるたんびにすったもんだ大騒ぎやったと思うきねぇ。
 ……ホント、食えんお人たい、久ちゃんな。なぁ。
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