へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

『マリアさまがみてる』二次創作SS

白梅・紅梅

白梅・紅梅  本文

1

 実はね、引っ越しをしたの。
 二月のとある土曜の夜のこと。私の部屋《アパート》を訪れている恋人・水野蓉子がそう言った。
 でね、みんながお祝いをしてくれるっていうから、明日、新居にみんな集まるのだけど、聖も来る?
 ……いや、来る? と言われましても。
 というか、引っ越しとかって、今の今まで一言も聞いてないし、つか、私に相談なしですか、そうですか。わかりました、ありがとう。
 はっきり言って、かなりへそを曲げたね。
 だって、びっくりさせようと思ったんですもの。
 蓉子は悪びれずに言う。そして春先に暖かくなってふくらんだ、花のつぼみのように笑う。
 ふっくらほっこり。
 私はこの笑顔に、弱い。
 ああ、その笑顔が見られるなら、もうなんでもOKですよ。何でも許しちゃいましょう! …て、ついつい思っちゃう。でもね、
「いきなり明日とか言われてもねぇ……」
 とりあえず、へそを曲げたふりをして言う。こういうことは、ちゃんとしとかないとね。あとあとなにかと引きずるし。
あら、明日は何もないから、おべんと持ってどこかに行こう、ってさっき私を誘ったじゃない?
 それともいきなり何か都合が悪くなった?
 ……さすがは水野蓉子。元・山百合会総司令(違)。肝心なことはしっかり押さえてらっさる(さらに違)
「じゃぁ、今からその新居に行こうよ。みんなと一緒じゃ、やだ」
 私だけ特別じゃなきゃ。だって、恋人同士なんでしょ? ……とは口に出して言わなかったけど、ココロの中ではしっかり叫んでいた。窓の外、夜空にぽっかりと浮かんでいる、あのまっ白いお月さまの裏にだって届いちゃいそうな勢いで。
 でもココロの叫びは、もちろん蓉子には受け取ってもらえなかった。蓉子がテレパシストだなんてことは一度も聞いたことないしね。……にしては、気がついたらいろいろ知られちゃってることがたくさんありすぎると思わなくもないけど。ま、肝心なことはちゃんと伝わらないっていうのは、今に始まったことでも蓉子に限ったことでもない。それはともかく。
 蓉子は私にとって極上の笑みをこちらに投げかけながら、「ダメよ」と言った。
 びっくりさせたいと言ったでしょう?
 だから、今夜はダメ。
 その代わり……ね?
 蓉子がゆっくりと近づいて来る。
 なに?、と予測するヒマもなく、ものすごく柔らかくて甘いものが私の唇に乗せられる。視界には蓉子しかいない。いや、蓉子じゃなくて、蓉子の閉じたまぶたと、それを彩る黒くてしなやかで、上へ向かってゆるやかな弧を描いているまつげしか見えない。
 硬・直。
 よ……よよよ、蓉子、から、キス、して、くれ、たー!!
 そう自覚した瞬間、心臓から体の先端に向かって放射線状に、一気に血が吹き出した。
 体の末端まで、一瞬で沸騰する。
 もし頭に水の入った笛付きケトルが乗っかってたら、
「ぴゃ————————————————ッッ!!!」って鳴ったに違いない。
 そしてそれ以降、朝までの記憶がない。
 ……いや、蓉子を押し倒したところまでは憶えてるか。

2

 そんなわけで日曜日。私は今、恋人・佐藤聖と、新居の最寄り駅の南口で、みんなが来るのを待っている。
 さすがに体がだるいけど、今日はポーカーフェイス乗り切らなければ。
 昨夜、私の新居に行きたいとごね始めた聖をごまかすために、清水の舞台から飛び降りる覚悟で度胸を決めてあんなことをしたのだけど、文字通り「体を張った」結果になってしまった。
 興奮しすぎた聖はちょっとしたケダモノだ。
 以前それで、着ていたものをめちゃくちゃにされたことがある。次の日聖は服を貸してくれたけれど、さすがに両親に不審に思われるのはまずいと思い、途中で同じ物を買って着替えて自宅に帰ったのだった。それなのに、ああ、それなのに。
 昨夜あらためてそれをイヤと言うほど思い知らされた。
 そりゃまぁ、初めて私からキスされて、何が起きたか理解できないという顔で目を白黒させていた聖は、正直言ってすごく可愛かったのだけど。だけど。だけど。
 いっぺんで懲りた。
 次からは違う方法を考えないと、こっちの身が持たない。
「最寄り駅って、ここなのー?」
 聖が虚をつかれたような声で訊いてきた。形の良い眉をハの字にして、何度も確かめるように駅名が書かれている看板を見上げている。
「そうよ、あなたと同じなの」
 しれっと答える。そして微笑みを添えることも忘れない。昨日からこの技《ワザ》を使い続けているような気がするけど、テキは気がついているだろうか?
「へー、じゃ、あんがいお互い歩いて通える距離だったりして」
 なんて。屈託なくだらけたニヤけ顔で言う。美人が台無し。真面目な顔をしていれば、、男女問わず10人中7、8人くらい、面食いならばほぼ10割の打率で振り返られたり、ちらりと盗み見られるほどなのに。
 聖は単に自分の希望というか妄想というか、都合の良いことを口走っただけなのだろうけど、しかしなかなか鋭い。ここまでの予想は完璧に当たってる。なんと言ってもまさに新居のすぐそばを通ってきたのだから。
 でも焦らない。顔には出さない。たぶん気がついていないから。こういうことはとことん鈍感な人だし。というか、少なかったとは言え、引っ越しの日に、聖によく気がつかれないで荷物を運び込めたものだと、我ながら感心する。
 まぁ、ほとんどを新調した家具類は、大きなものはもちろんのこと数量すらもなかったから、それこそものの30分で終了したし、とりあえず持ってきたものは必要最小限。それも聖の部屋に通うついでにすべて運び込んだから、自分以外のことに(自分のことですら)あまり関心を持たない聖に、気づかれる要素はあまりなかったのだけど。
「ちょっと早く着きすぎちゃったかしら?」
 左の手首につけている時計。そこに表示されている時刻を見ながら、私はつぶやいた。親友・鳥井江利子——実は今日の会の発起人——から指定された時間はあくまでもアバウト。11時くらいに最寄り駅の南口で。そして現在時刻は、午前10時40分。
「んー? まぁ蓉子っぽくていいんじゃない?」
 聖は少し眠そうに、とろんと答える。
 そりゃぁ眠いでしょう。一体ぜんたい昨夜……というか今朝、解放してくれたのは何時だと思っているのかしら。たぶん聖はそんなことまったく気にしていないだろうけど。それに付き合うこっちの身にもなってほしい。これから先がちょっと思いやられる。
 そんなことをブツブツ考えていると、聖が私にとって極上の笑みを向けてこう言った。
「ねぇ、寒くない? あったかい飲み物でも買ってこようか?」
 指さす先には駅前のコンビニ。黄緑と白と青。3色ストライプ看板のそれ。
 ちょっと寝坊して、さらに聖を起こすのに手間取ったから、朝ご飯を食べていない。そのせいか、確かに寒さが身に染みる。
「え……ええ、そうね。お願いしようかしら?」
 ……ああ、今日はそんなに優しくしないでちょうだい。江利子にそそのかされたとはいえ、あなたをただ驚かせたいという一心だけで、隠し事をしている私がなんだかどんどん悪人に思えてくるから。
 聖の優しさに当てられてすごく胸が痛んだが、もちろん目の前の恋人は気がつかない。「なにがいい?」なんて無垢な笑顔で訊いてくる。
 ああ、マリア様。こんな私をお許し下さい。
 私がリクエストした白地に青ラベル金縁取りのホットミルクティーを買いに、駅前のコンビニに入っていく聖を見送りながらそう心の中で独りごちていると、「ごきげんよう、お姉さま」と後ろから声をかけられた。
 振り返ってみると、果たしてそこにはリリアン女学園時代の私の“妹”と“孫”・小笠原祥子と福沢祐巳ちゃんが仲良く並んで立っていた。
 ……って、祐巳ちゃん、ちょっと顔が青い?

3

「ごきげんよう、お姉さま」
 私は水野蓉子さまが待っていらっしゃるという駅の北口で、“お姉さま”である小笠原祥子さまに挨拶をした。わざわざ反対の入口を選んだのはほかでもない。単に、小笠原家の車を回せるロータリーがこちら側にしかないという理由。ただそれだけ。
 祥子さまは直前まで、私と一緒に電車で来る予定だったのだけど、お祖父《じい》さまが同じ方向にご用があるとかで、急遽送っていただくことになったのだ。
 連絡は直接私の携帯にきた。
 家を飛び出しつつバス停に走りつつ聞いた祥子さまの声は、とても落胆していた。
「ごめんさい祐巳。いいって何度も断ったのだけど、お祖父さまがどうしてもって」
 あなたと一緒に電車に乗るのが楽しみだったのに。と、祥子さまは言った。
「大丈夫ですよ、お姉さま。帰りは一緒に電車に乗れるじゃないですかっ」
 できるだけ、息を切らして走っているのがバレないようにしてたのがマズかったのか、あんまりフォローにならないことを口走ったけど、お姉さまは立ち直って「そうね。その通りだわね」と声を弾ませた。
「では、駅前で」
 そう祥子さまが言って電話は切れた。そして私はバスに乗り遅れた。
 バスに1本乗り遅れたことで、電車は3本くらい乗り遅れた。しかし祥子さまの方も道が混んでいたらしく、私がペットボトルで作った空気ロケットよろしく駅前に飛び込んだ(この場合は『飛び出た』が正しいかも)とき、小笠原家のぴかぴか光った黒くて大きな車も、ゆっくりと優雅に堂々と駅のロータリーに入ってきているのが見えた。
 なんとかギリギリセーフ。私はまず自分に急ブレーキをかけ、それから降車場の空いたスペースの前に、ゆっくりと歩を進めて車を待った。運転手さんはきっと私の前に停まってくれる。
 氷の上を滑るようにやってきた車が私の前に停まった。ちょっと古めかしい感じのレトロなデザインの車はいやでも人目を引く。私は自分の背中に突き刺さる好奇の視線をちくちくと感じるけど、もうそんなことにも慣れてしまっているので、以前のように「ひぇぇぇ……どーしよー」なんて気後れすることもない。ただ、中からお姉さまが出てくるのを、『He is Master's Voice』と書かれた台の上、蓄音機の前で耳を傾けている垂れ耳が黒い犬・ニッパー君のように待つだけだ。
 運転手さんが降りてくる間もなく、後部座席のドアが音もなく開く。
「ごきげんよう、祐巳」
 中からシックなカシミヤのロングコートを着た小笠原祥子さまのご登場。
 祥子さまが現れただけでその場が華やぐ。なんとなく花の香りまで広がったような気がするから不思議だ。
「祐巳、悪いのだけど、これを少し持っていて」
 祥子さまが抱えていた少し大ぶりの紙包みを手渡される。わずかに開いたところから、紅い梅の花がのぞいていた。……どうやら花の香りは錯覚じゃなかったらしい。私はなんとなく気恥ずかしくなって、目線を明後日《あさって》のほうにさまよわせた。
 しかしそんな私には気がつかなかったようで、祥子さまはすらりと優雅に車から降りてくる。コートの裾から生えている足は、なんとジーンズにスニーカー。お祖父さまとご一緒なのに、また思い切ったラフなスタイル。
 ああでも、いつにも増してお綺麗です、お姉さま。
 私と祥子さまは、車のドア越しにお祖父さまにご挨拶して、それから待ち合わせの駅南口方面に向かった。
「まだお花を持たせたままだったわね」
 お花は祥子さまの腕の中にリターン。ああ、私もあの花包みになりたい。そんなことをついつい考えてしまう。しかしそんな妄想は振り払って、私は祥子さまに質問した。
「梅の花、お庭に咲いていたんですか?」
 祥子さまがこちらを見て、ふわりとほほえむ。 
「ええ、そうなの。車で行くと分かったら、母が切ったのを持たせてくれたのよ」
 さすが小笠原清子《さやこ》さま。お気遣いも優雅ですね。……とか思っていたら、祥子さまがため息まじりでこう付け加えた。
「『梅切らぬ馬鹿』とは言うけれど、今の時期に剪定《せんてい》するのは間違っていると思うのよね」
 はい?
 ……さすが、小笠原清子さま。もう何も言うまい。
 そんなこんなで待ち合わせの場所に来てみたら、蓉子さまの後ろ姿が見えた。みんな駅から来るのに、なぜ外に向かって立っているのかと思って、蓉子さまが見ているだろう方角に視線を投げると、なるほど、聖さまが駅前のコンビニにすたこら入っていってるのが見えた。
 ま、つき合ってるって話(江利子さま情報)だもんね、一緒にいても当たり前……——って、横がっっ。横の人からなんだか殺気をまとったオーラが放射されている気配がするんですがっっっ。
 私は怖くて横を、祥子さまの方を見ることができなかった。

5

 お姉さまが見ているだろうと思《おぼ》しき先に聖さまがいる。
 不快。
 怒りを露わにするほどではないけれど、私にとってあまり歓迎すべからざることなのは事実で、納得させようと努力しても、感情がそれを阻止してどうにもならない。
 相手は“姉”である水野蓉子さまが選んだ方。
 お姉さまが聖さまをずっと想っていらっしゃったことは、そこはかとなく気がついていたから、想いが成就したという点では喜ばしいことではあるのだけど。
 なぜ、よりにもよって、佐藤聖さまなのか。
 まったく、お姉さまは物好きだと言わざるを得ない。
 しかし今日はお姉さまの引っ越し祝い。おめでたい日なのだから、不機嫌な顔は禁物だ。
「ごきげんよう、お姉さま」
 私がその背中に声をかけると、さらりと黒のショートボブが動いて、お姉さまがこちらを振り向いた。
「ごきげんよう、祥子。そして祐巳ちゃん。お久しぶりね」
 にっこりと、春の陽光のような笑みがまぶしい。
 この笑顔をいつもは聖さまが独り占めしているかと思うと、やはり悔しいというか、いや、理不尽に感じてしまう。
「今日はお招き頂きまして、ありがとうございます」
 そんなことを考えているとはおくびにも出さずに、私はお姉さまに会釈した。
「こちらこそ、急な話だったのに、来てくれてとても嬉しいわ。……でも江利子ったらちょっと強引すぎるわよね」
「……発起人は江利子さま、だったんですか」
「ええ、そう。江利子、言わなかった?」
 お姉さまはいたずらっ子のような表情で言う。
「いえ、お姉さまの引越祝いをするから、集まれる人だけ集合……とだけ」
「江利子らしいわね」
 でも久々にみんなに会えるから、江利子には感謝しなくちゃね。お姉さまはそう付け加えて苦笑した。
 確かに、高等部を出てからは、旧山百合会のメンバーで集まるなんてことはほとんどない。私の先代の薔薇さま方は3分の2(鳥居江利子さまと水野蓉子さま)が他大学に進学なさったし、私たちも半分(といっても、同学年はほかには支倉令しかいないわけだが)が他大学に進学した。
 基本的に山百合会幹部経験者は、他大学に進学することが多い。全員が他大学へ進学という世代も珍しくはない。成績優秀者が多いからかもしれないし、それ以上に変わった人が多いからかもしれない。一つ下の祐巳たちの内部進学率の高さのほうが珍しいくらいだ。
 リリアンから出てしまったらなかなかお里帰りはしないし、そうなったら、自分たちから進んで機会を作らないことには、同学年ですらメンバーがそろうことは難しいと思われる。少なくとも私と支倉令はそうで、時折メールでお互いの近況などを報告しあったりはしているが、お互いに学生生活が忙しいこともあって、高等部を卒業してから会ったのは、両手両足の指で数えても充分余りすぎるくらいだ。
 通常より少ない学年の私たちでさえそうなのだから、どこかの学年を頂点とする三世代《大姉・姉・妹》の薔薇ファミリーがすべて集まるなんてことは、お互いがよほどの努力をしないかぎり実現しないのではないだろうか。
「ご、ごきげんよう、蓉子さま。……あの、他のみなさまは、まだいらっしゃってないんですか?」
 私の隣に並んでいる祐巳がちょこんと頭を下げてお姉さまに挨拶する。二つに結んだ茶色の髪が子犬のしっぽみたいに、私の視界の端で揺れた。
 こんな時、私は自分の頬が思わずゆるむのを感じてしまう。
 祐巳が好きだ。姉妹《スール》になったその時から、いえ、この子と出会ったその時から。
 祐巳を見ていたらささいなことで苛ついている自分が馬鹿らしくなってくる。そして私に余裕が生まれる。
「ええ、あなたたちが一番よ。……あ、でも聖は来ているわ。一緒に来たから」
 お姉さまの顔がさらにほころぶ。『聖』と発する音に愛情が、両手で抱えきれなくてあふれている。そんな様子がこちらにも伝わってくる。
「あ。……ああ、そーなんですかっ。……えと、……て、聖さま見当たりませんけど、お、おお…お手洗いにでも?」
 祐巳がわたわたと、両手に立てた人差し指であちこち指したり顔をキョロキョロさせながら焦っている。
「祐巳、少しは落ち着きなさい」
 私はいつものようにぴしゃりと祐巳をたしなめる。祐巳はしゅんと小さくなった。
 しかし。祐巳に気を使わせているのは私なのだ。コンビニに入っていく聖さまを見ているお姉さまに気がついて、イラっとしたのは事実で、祐巳はきっとそれに気がついたのだろう。“妹”に気を使わせる“姉”なんて、私もまだまだということだ。
 自分の不明に内心ため息をついていると、「ごきげんよう」とよく通る聞き慣れた声が後ろからかけられた。この声は、確認するまもなく我が親友・支倉令。
 振り返って見ると、大きな荷物を2つ肩に担ぎ、手にもひとつ持った令が、にこやかに近づいて来るのが見えた。もちろん由乃ちゃんも一緒にいる。こちらは中ぶりの荷物が2つ。
 ふたりともこの大荷物を抱えて電車に乗ってきたのだろうか?

6

 駅の北口方面にある駐車場に車を駐め、大小様々な荷物を従妹《いとこ》の島津由乃と手分けして持って、待ち合わせ場所の南口へ行くと、わたわたと全身で百面相をしていると思われる福沢祐巳ちゃんの後ろ姿が目に飛び込んできた。「聖さま」という単語も耳に飛び込んできたし、祐巳ちゃんの向こうには上機嫌らしい水野蓉子さまの姿も見たえので、ああ、なるほどと何となく納得する。
 祐巳ちゃんの横にはもちろん我が親友の小笠原祥子。祥子の表情は見ないけれど、聖さまがらみで祐巳ちゃんが祥子に何やら気を使っているらしい。フォローをしたもののそれがうまくいかなかったのだろう。
「祐巳さんたら相変わらずよね、やれやれって感じだわ」
 私と同じことを思ったのだろう由乃が、私の横でつぶやくのが聞こえた。
 それに小さく苦笑を返して歩を進め、なかなかに目立つ3人に声をかけた。
「ごきげんよう」
 由乃も私にならって「ごきげんよう」とみんなに挨拶する。
 声をかけられた3人が一斉にこちらを向いて、いつもの挨拶を返してきた。
「ごきげんよう。令(さま)。由乃ちゃん(さん)」
 さすが紅薔薇ファミリー。絶妙のタイミング。見事にハモっている。
 今日は空が晴れ渡っていて、家の中から外を見れば、このままどこかドライブかピクニックに出かけたい気分になれる日だったのだけど、あいにく気温は1月中旬並みに低い。小春日和が続いたなかで、ぽかっと思い出したように寒くなる日。今日はまさにそんな日のようだ。
 だが、趣《おもむ》きは違えども、美女と美少女(もちろん由乃もその中に含まれる)がそろってほほえむと、ぱっと周囲が暖かくなったように感じられるから不思議だ。なかなかに華のある光景だとも思った。
「お久しぶりです、蓉子さま。それと、ご快諾ありがとうございます」
 私は今日のメインヒロインにして、なぜかホステス《もてなし》役の蓉子さまに頭を下げた。本来なら言い出しっぺな人がもてなし役をしなくてはならないと思うのだが、そこはそれ我がお姉さまこと鳥居江利子さま。一筋縄ではいかない。
 思いつきと企画と声かけと采配までは電光石火でやってくれたけど、それ以後は私たちに丸投げ。果ては主役の蓉子さまがもてなし役とは、こはいかに。
「あら、だって、わたくしは充分働いたわよ。あとは令、あなたの腕の見せ所じゃない?」
 そう言われてしまったら、ついつい「ええ、そうですね。任せてください」と胸を叩いてしまう自分も自分なのだけど。
 しかしまぁこのお役目、このメンバーでは自分が一番だと自負しているのも確かなことで。まぁなんだ、自尊心をちょこっと突かれて悦《よろこ》んで引き受けてしまう自分の癖を、江利子さまはしっかり見抜いていて、今も昔と変わらず手のひらで転がされているというわけだ。そしてそれが決してイヤじゃないってところがミソ。
「大丈夫よ。今も祥子たちと話していたところなのだけど、こういうこともないと、もうなかなかみんなで集まれないから。江利子には感謝しているくらいなの」
 蓉子さまはにっこりとほほえむ。ふわりと開いた椿の花のようだ。高等部時代から美人だとは思っていたが、以前よりも柔らかみが増したというか、艶があるというか。こんなにほっこりと笑う蓉子さまを見たのは初めてだった。ちょっとドキドキした。
「祥子も祐巳ちゃんも、お久しぶり。元気にしてた?」
 由乃がバトンタッチして蓉子さまに挨拶をしはじめたので、私は祥子と祐巳ちゃんにあらためて挨拶をする。
「このあいだメールで近況をやり合ったばかりでしょう?」
 祥子はころころと笑い、相変わらず無敵の女王様ぶりを見せつける。こういうのはどうしてもメールでは伝わってこないから、私は祥子があまり変わらずにいてくれていることに、内心ホッとした。
「お久しぶりです、令さま」
 祐巳ちゃんがぴょこん、と頭を下げた。うんうん。相変わらず元気だね。
 茶色のツインテールがぴょこぴょこ揺れる。それを見てほほえむ祥子に気がついた。
 ……なるほど。小笠原祥子にとって福沢祐巳は、魔法の妙薬のようだ。
「ところで令、荷物がすごく多いわね」
 祥子が私を上から下までゆっくり眺めながら言う。
「……中身、アレでしょう? ここまで大変だったんじゃない?」
 祥子の言葉でこちらに気がついた蓉子さまが、中身を察して言った。そう。中身はアレなんです。
「ええ、そうなんですけど、車で来たのでそんなに大変じゃありませんでした」
 中身は人数分の、今日のランチ。実は張り切りすぎて、なかなかの量になってしまった。
「免許、取ったのね?」
「はい。夏休みを利用して、合宿で。……由乃も一緒に」
「令さま、私どれかお持ちします」
 祐巳ちゃんが嬉しい申し出をしてくれる。私は笑って由乃の方を指さした。
「あ、じゃぁ、由乃が持っているのを半分加勢してくれる?」
「らじゃー。がってん承知の助!」
 祐巳ちゃんは親指を立てて了解の意を示す。ツインテールと赤いリボンが、それに呼応するように揺れた。
「そうねぇ、令のは、聖に半分持ってもらいましょう」
 蓉子さまが、思いついたように声を上げた。
 ……てか、そこでどーして聖さまの名前がでてくるんですかっ、蓉子さま。
「え"……いえ、そんな、大丈夫ですっっ!」
 私は盛大に遠慮した。しかし蓉子さまには通じなかった。
「遠慮しないで。たまには聖も働かせないと」
 いや、その……。
 祥子が内心でへそを曲げるのも解るような気がした。それほどまでに、聖さまの名前を言う蓉子さまは、蕩《とろ》けるような表情《カオ》をしていたのだ。
 ああマリア様、恋する女性はこんなにも綺麗になれるものなんですね。
 私は天を仰いだ。抜けるような青空が広がっていた。

7

 なんてこと。ちらりと話には聞いていたけど、あの蓉子さまがあんなに緊張感のない表情をするなんて。
 人間、恋をするとずいぶん変わるというのは、本当らしい。ましてやその思いが成就したとなると、もう、ねぇ。
 薔薇さま時代には『山百合会・総司令(違)』だの『ミス・パーフェクト』だのと言われて、リリアン高等部で『お姉さまの中のお姉さま《クイーン・オブ・グラン・スール》』(英仏ごちゃまぜ)の名をほしいままにしていたあの水野蓉子さまが、あんなに緊張感のな……(以下略)。そんなに聖さまが好きですか。そうですか。そうなんですね。ありがとうございます。
 それはまぁどうでもいい。しょせん他人事なんだし。
 蓉子さまが幸せなら、相手が聖さまだろうが、江利子さまだろうが、口から放射能を吐く巨大なトカゲだろうが、どこぞの国の王族だろうが大統領だろうが、とにかく令ちゃん以外であるならば、心から祝福しましょう。
 それよりも何? この令ちゃんの困惑ぶりは。
 ちょうど私たちがここに来たときに、全身百面相を蓉子さまと祥子さまに披露していた祐巳さんと大差ないじゃない。……まったく、打たれ弱いったら。だからいつまで経っても「ヘタ令」とかって陰口叩かれるのよ(主に私に)。しっかりしてちょうだい。
「由乃さん、荷物半分持ってあげる」
 蓉子さまに挨拶が終わると、祐巳さんがぴょこぴょこ跳ねながらやってきて言った。
「あ、ありがとう。……じゃ、こっちをお願い。ちょっと重いけど」
 祐巳さんに2つあるクーラーボックスの片っぽうを渡す。令ちゃんったら張り切りすぎだっつーの。
「大丈夫、大丈夫ー」
 そう言った祐巳さんは、自分の手に、渡された荷物すべての重みがかかった瞬間、ちょっと意外な顔をした。……ゴメン。でもそっちのほうが軽いのよ。中身は蒸しプリンが人数分。実は容器が耐熱ガラス(某有名洋菓子店仕様)。それが無駄に重たい。ちなみにこっちはガトーショコラと見た目がシャンパンみたいな瓶(ビン)に入ったアップルサイダーが3本。やっぱり重たい。
「ごめんねー、令ちゃんったらひさびさみんなに会えるもんだから、すごく張り切っちゃってねぇ……」
 荷物の内容を祐巳さんにこっそり耳打ちしていると、白薔薇姉妹が改札を抜けて、こっちにやってくるのが見えた。
「ごきげんよう」
 志摩子さんと乃梨子ちゃんがそろって挨拶する。相変わらずの西洋人形と日本人形っぷりでひとつの絵みたいだ。志摩子さんは腕に、きれいな包装紙で包んだ、白い梅の花を抱えていた。祥子さまが紅梅で志摩子さんが白梅。薔薇《ファミリー》の色に合わせたってか? それは考えすぎか。
「やぁやぁ、みんな。ごきげんよー」
 やたらと脳天気な聖さまの声が響く。見ると、ニコヤカに近づいてくる聖さまの手には、やたらと大きなコンビニ袋。
「ごきげんよう」「お久しぶりです聖さま」
 それぞれがめいめいに聖さまにご挨拶。白薔薇姉妹も蓉子さまに続いて聖さまに挨拶する。
「みんなそれなりに元気にしてたみたいね」
 聖さまはそう言いながらコンビニ袋に手を突っ込んで、ホットミルクティーのペットボトルを取り出すと、蓉子さまに手渡した。
 お、見せつけてくれるじゃない。……と思ったら、次々とコンビニ袋からペットボトルが取り出されて、順番にあったかい飲み物が支給される。コンビニの中から私たちが集まっているのが見えたのだろうか。なんにせよ、こういったそつがないところは、さすが佐藤聖さまだ。
「江利子はー? めずらしいね、江利子だけこんなに遅いなんて」
 聖さまが周りをきょろきょろと見回しながら言った。
 そーなのよ、言い出しっぺが一番最後にやってくるなんて、どこの重役出勤? って感じなのよね。
 蓉子さまが左手首の内側に付けた時計を見た。細くてシックな雰囲気の赤のバンドが蓉子さまらしくって、私もああいうのが似合う大人の女性になりたいなって思う。
「まだ11時前だし。そろそろ来……」
「はぁ~い。みんな、ごきげんよう。……てか、お待たせしちゃったかしら?」
 なんて絶妙のタイミング。蓉子さまがフォローしているその瞬間に、まるで狙ったように江利子さまのご登場。今日の主役みたいだ。もちろん江利子さまは今日の発起人であって、主役は蓉子さまのほうなんだけど。
 これで今日のメンバーは全員集合した。基本的には蓉子さまたちと一緒に山百合会の仕事をした人間に声がかけられたのだけど、乃梨子ちゃんは聖さまの“孫”にあたるし、志摩子さんと出かける予定がすでに入っていたということで、それならいっそ一緒に来たら? という話に(志摩子さんと)なったのだ。聖さまも喜ぶしね。
「じゃ、みんなそろったから行きましょうか?」
 蓉子さまの号令一下《いっか》、旧山百合会幹部(ひとり一応まだ現役が混じってるけど)たちは歩き出す。なんだか昔に戻ったみたいで、ウキウキしてくる。足取りもなんとなく軽やかになるってもんだ。
「あ、由乃さま。荷物持ちます」
 乃梨子ちゃんが申し出てくれた。相変わらず気が利くしフットワークも軽い。でも、ものすごく重たいし、なにより祐巳さんが半分を持ってくれてるのに私が楽しちゃすごく申し訳ないので、「今日は大丈夫。それよりも令ちゃんの荷物をひとつ持ってくれる?」とお願いした。
 令ちゃんの荷物の一部は、蓉子さまがさっき宣言したとおり聖さまが持ってくれてるけど、それでもまだまだあるから。
 手分けした荷物を乃梨子ちゃんも持って、さぁ今から蓉子さまの新居にレッツゴー!
 江利子さまの思惑通り、面白いものが見られますかどうか、乞《こ》うご期待……てか?

8

「えーと、これは……どういう、コト?」
 “お姉さま”のさらに“お姉さま”である佐藤聖さまが、色素の薄い目を白黒させて(ヘンなニッポン語だ)、目の前のアパートを指さしている。ご丁寧に、口も金魚みたいにぱくぱくさせながら、である。
 聖さまと志摩子さんはどちらも洋風の顔立ちだけど、雰囲気はまったく違う。共通項は、一言で言えば『美人』。その美人も、こう絵に描いたようにお約束な驚き方をしてくれると、台無しを通り越して滑稽《こっけい》だ。
 しかし、聖さまが驚くのももっともなのだ。
 親友の新居に行くつもりで歩いてて、着いてみれば自分の住んでいるアパートだった……なんてことが起こったら(いや現実に今起こってるワケなんだけど)、たぶん私でも狐に化かされたような気分になるだろう。
 それにしてもなんだ。元薔薇さまたち(言うまでもなく、ここに集っている人間全員が元薔薇さまなので、誰が誰やらって感じだけどね)が共謀して始めたお遊びとはいえ、よくこの時点までびっくりさせたい人——聖さま——にバレなかったなぁと感心する。もっとも、そこは元薔薇さまたちである。ひとりひとりがそれなにり策士なので、いろいろとぬかりない。
 白薔薇ファミリーの内部から情報が漏れないようにと、私自身イベントの本来の趣旨(蓉子さまの引越祝いにかこつけて、聖さまにサプライズを仕掛ける)を昨日の夜、志摩子さんちに行く直前、祐巳さまから電話で聞かされたし、志摩子さんへのお誘いそのものも一昨日《おととい》の昼ごろという念の入れようだったらしい。
 おかげでこんなことになった。本来なら今日は、志摩子さんと私は別の所に出かけるはずだったのに。
 2日前までの当初の予定では、私たちふたりは、今ごろはK博物館の中で、心ゆくまで宗教的美術装飾の数々に囲まれているはずだった。しかし志摩子さんはこの会が催されることを由乃さまから聞かされたとき、ちょっとだけ逡巡《しゅんじゅん》したけれど、すぐに出席を決断したのだそうだ。
 志摩子さんには、聖さまがらみの集まりに『欠席する』という選択肢はあまりない、というかほとんどない。もっとも、そんなことは今まで数えるほどしかなかったけど。
「ひさしぶりに、みなさんやお姉さまにもお会いしたいし」
 そんなことを、にっこりと微笑みながら言われてしまっては、私に否やが言えようか。いや言えはしない。
 そしてつつがなく予定は一部変更され、博物館へは途中退座して行くということになった。
 そんなワケで志摩子さんと私は、現在佐藤聖さまが住んでいるアパートというか、水野蓉子さまの新居であるアパートというか……まぁどっちでもいいや。それの前に、その他のみなさまと一緒に立っている。
 私は空をあおいで密かにため息をつく。
 まぁ私は本来なら参加資格はないと思われるのだけど、昨夜は志摩子さんのお宅にお泊まりだったし(朝早くからどこかへ出かける前日は、よくお互いの家——と言っても私の場合は大叔母の家なワケだが——に泊まりあっているのだ)、志摩子さんからも「博物館と方向が一緒だから、乃梨子も行きましょう」と言われてしまえば断る理はも全くない。
 なによりも行き先が水野蓉子さまのお部屋とは言え、聖さまも住んでいるアパートなわけで。志摩子さんがお姉さまである聖さまにイタズラされないように、見張る……いやいや、目を配る……そーでなく。まぁなんだ。つまりは、ボディーガードと言いますか、なんと言いますか……。それはともかく。
「あら聖、教えてもらってなかったの?」
 鳥居江利子さまが聖さまの顔をのぞき込んで、にっこりと笑う。蓉子さまは苦笑気味で聖さまと江利子さまを見守っている。なるほど。さすが黄薔薇ファミリーのご当主(違)。自分がまず楽しむ、ってことについて全力投球というわけだ。この血脈は、由乃さまに隔世遺伝して以来、連綿《れんめん》と途切れることなく続いているよなぁと、二期続けて黄薔薇さまを襲名した由乃さまの“妹”の菜々ちゃんを思い出しながら、つくづく思う。
 それはさておき。
「江利子。さては……やってくれたわね」
 聖さまが不機嫌を絵に描いたような顔をした。
 こういう聖さまの表情を見たのは初めてだったから、私は少なからず驚いた。私が知ってる聖さまは、いつもチェシャ猫のような笑みを浮かべてヘラヘラしてて、軽薄そのものだから。
「あら、何のことかしら? わたくしはあなたの様子を見て、思ったことを述べただけよ?」
 江利子さまがしれっと言う。
 はたで見ているほうは、まぁ面白かったりするけど、当の本人は面白くないだろうなぁと、ちょっとだけ聖さまが気の毒になる。
「蓉子!」
 聖さまは蓉子さまの方を向いた。蓉子さまは困ったようにほほえんで、小さく肩をすくめただけだった。
 そんな蓉子さまに、聖さまは子供が母親に対してするような、拗《す》ねたしかめっ面を顔全体で盛大にやった。
 ——ん? このふたりって……?
 なにかが私の中に引っかかって止まったが、そんなことは当たり前に無視されて、目の前のコメディが展開していく。 
 聖さまはほんの一瞬、蓉子さまに向かって子供のような表情を見せたあと、すぐに下を向いて小さく「ふっ」と息を吐き出した。そして次に顔を上げたときには、いつもの表情に戻っていた。
「じゃ、蓉子の部屋に参りましょうか。……で、何号室なの?」
 祐巳さまいわくの『佐藤聖クオリティ』のひとつが発動したらしい。一瞬にしてかぶる外ヅラー仮面。それは自分をこの世に丸く収める必殺技なのだろう。これはちょっと見習いたいかも。……けれど、発動したい相手にはきっとまったく効かないんだろうなと、正直思う。なかなか世の中うまく回らない。マリア様、迷える乃梨子をお救い下さい。
 それもともかく。
 旧山百合会幹部のみなさまが階段を上っていく。4階建ての鉄筋造りのアパートの3階に、蓉子さまの部屋はあった。
 ちなみに聖さまと蓉子さまの部屋の位置関係は、2階と3階の斜め上下だとのこと。聖さまの部屋は203号室、蓉子さまは305号室。このアパートは末尾には4の付く部屋は存在しないようだ。
 確かにこの位置関係で、よく聖さまにバレなかったものだと……(以下略)
「さ、みんな入って。ちょっと狭くて申し訳ないのだけど」
 蓉子さまが扉を開ける。
「じゃー、おっじゃましまーっす」
 聖さまが先頭切って部屋の中に入った。まずは自分が一番じゃないとイヤだと言わんばかりの行動だ。そんなやたらと子供っぽい人が、志摩子さんのお姉さまだったなんて、今も信じられない。でもちらりと盗み見た志摩子さんの表情は、そんな聖さまを見てほっこりと微笑んでいる。愛しくてしょうがないって表情だ。私に対するそれとは少し違う。
 私はそれを見ると、いつもちょっと切なくなる。だからだろう。どうしても佐藤聖という人が、嫌いではないけれど好きになれないのだ。
 私は一番最後に、志摩子さんを追いかけるようにして、蓉子さまの部屋に入った。
 

9

 水野蓉子さまのお部屋は、お引っ越しをなさった直後だということもあってか、とてもシンプルで無駄ひとつない空間だった。それはまるで蓉子さまの為人《ひととなり》をそのまま表しているように思える。
 今日のためにご実家から持ってきたとおっしゃっていた目の前の座卓《テーブル》(今は令さまお手製のパーティーランチが所狭しと置かれている)だけが、この空間からひとつ浮いているように見える。そう、まるでそれは、微妙に合ってないパーツがはめ込まれたジグソーパズルのような違和感。しかし……
 今日の接待役はなぜか主役であるはずの蓉子さまということだったけれど、そこは出席者全員が山百合会に籍を置いていた(乃梨子だけはまだ現役だが、先日次期生徒会役員選挙が終わって次の薔薇さまが決定したので、『楽隠居中』とのことだ)だけに、誰が言い始めるということもなく、みんなでパーティーの用意が進められた。
「志摩子、そっちにこのイカリングを飾り付けてくれる?」
 “姉”の佐藤聖さまが色とりどりの紙鎖のはじを私に渡す。みんなにはめられたショックからは早々に立ち直られたようだ。たぶん、蓉子さまのお部屋に一番乗りで入室したことで満足されたのではないだろうか。
 それにしても、紙で作った鎖や星やお花とは懐かしい。江利子さまの持ってきた荷物からそれらがあふれ出したときには、正直言って驚いた。
「兄貴たちに手伝わせて、作ってきちゃった。……懐かしいでしょ?」
 江利子さまはいたずらっ子のように笑った。まだ何も乗っていなかった座卓《テーブル》の上に、それらが広げられる。それを懐かしみながら各々《おのおの》が手に取り、まずは飾り付けから始まったのだった。
 ……まるで、山百合会にまた舞い戻ってきたようだ。
 飾り付けが終わり、座卓《テーブル》に令さまの手料理が並べられた今、私はそう思った。
 蓉子さまが、ボール紙にアルミ箔を貼って作った王冠をかぶって、今日の主賓席に座っている。その姿はいつか見た光景とほぼ同じで、私はちょっと頬がほころびるのを覚える。
 ただ、決定的にひとつ違うのは、あのときはテーブルの中央に小さな偽物《フェイク》の樅《もみ》の木が飾られていたけれど、今日は祥子さまが持ってきた紅梅と私が持ってきた白梅が、はにかむように寄り添って置かれているというところだ。
 その様子が、蓉子さまとお姉さまの現在のご関係を表しているように見え、私はほほえましくもあったが、それと同時に心のどこかで落胆している自分がいるのに気がついた。
「お姉さま、どうぞ」
 乃梨子がグラスを差し出してきて、私は現実に帰る。
 グラスの中にはごくごく淡い琥珀色をしたジュースが入っている。つん、と鼻をくすぐる独特の刺激臭で、それがリンゴのソーダだとわかった。由乃さんのお気に入りのソーダだ。
「ええ、ありがとう、乃梨子」
 受け取りながら“妹”の乃梨子を見る。乃梨子の大きな黒い瞳が、私を心配そうに覗きこんでいた。私はその瞳を見てホッとし、そんな乃梨子に甘えている自分を自覚する。
 乃梨子の黒目がちな瞳は、疑うことを知らない子犬のそれのようで。私はそんな表情の乃梨子を見るたび、乃梨子が私を慕ってくれている事実を再確認して安心感を得ているのだ。
「ほらほら志摩子、ぼーっとしなーい。乾杯するってよ?」
 お姉さまが、梅雨明けの田んぼの上を吹き渡る風のように、カラリと笑った。お姉さまはそれがさも当然のように蓉子さまの横に陣取っている。そしてグラスを掲げていた。私はあわてて姿勢を正す。
「じゃ、みんないいわね?」
 本日の発起人である江利子さまが音頭を取る。
「では。蓉子の引越祝いと、みんなの再会に感謝して。かんぱーい」
「お引っ越しおめでとうございまーす」
 みんなで唱和する。座卓《テーブル》の上のあちこちで、グラスがふれあう澄んだハーモニーが聞こえる。
「みんなも来てくれてありがとう。とても嬉しいわ」
 蓉子さまがふっくらと笑う。ちょうど3年前のヴァレンタインの日に、同じ笑みをこぼしている蓉子さまを見た。あの日は蓉子さまの願い——薔薇の館を一般の生徒でいっぱいにしたい——がかなった日だったか。
「……さ、せっかく令が腕によりをかけてくれたランチだから、おいしいうちに食べましょう」
 蓉子さまの一言ですべてが始まる。やはり、あの日々に戻ったようではないか。ただ違うのは、私の隣には乃梨子がいて、蓉子さまの横には佐藤聖さまがいる。……ということだけ。たったそれだけのことだけど、その意味はあまりにも大きい。
 私は令さまご自慢のフルーツサラダを口に運びながら、寄り添う二色の梅の花たち越しにお二人を見る。さりげなく、さらりとした間合いの取り方は、『大人』という感じがしてとても魅力的だ。
 私は大学を出たら修道院に入って神と信仰に一生を捧げるのか、それとも誰かと寄り添ってその人と一緒に人生を歩むようになるのか、まだ決めかねてはいるけれど、もし後者を選ぶのであれば、蓉子さまとお姉さまのような素敵な関係を築いていきたい。
 心の奥底に時折チクリと刺すものを感じながら、私は心の底からそう思った。
 ……パーティーはこれから佳境に入っていく。

10

 宴もたけなわになってちょっと経った頃。厳密に言うとつい先ほど、志摩子と乃梨子ちゃんが退座した。もとより今日は予定が入っていたとかで、そして今日を逃すと、もう残りの会期も少ないから行けなくなるということだ。
 ふたり(特に一番年下の乃梨子ちゃん)が恐縮しまくりながら新・水野蓉子邸を辞したあとも、パーティーは盛り下がることなくつつがなく進行していく。
 とは言っても、みんなが卒業してからの近況報告とかなんとかを話題にしたおしゃべりばかりで、さすがに由乃ちゃんの「あっぱれマジック」や祐巳ちゃんの「アラエッサッサ~安来節」はなかったけれど。
 もし本気で出てきたならば、それはそれで面白かったと思う。ちょっと残念。
 高校時代の仲間に出会うと、気持ちはすぐにその頃にスライドしてしまうようで、聖は先ほどから祐巳ちゃんにちょっかいばかりかけているし、蓉子は蓉子で相変わらずの、お節介で世話好きな山百合会・総司令(違)だ。
 私といえば、久々に聖《あめりか人》の間抜けた顔も見られたし、今日のサプライズの出来は上々ってところだと、自己満足をする。もちろん、令や由乃ちゃんや祐巳ちゃんっていう協力者あっての成功だ。みんなには感謝感謝。
 高二の頃、聖も蓉子も一体どうなるのだろうと内心ヒヤヒヤしていたけれど、こういう事はなるようにしかならないしと、私はすべてを蓉子に丸投げして傍観者を装った。そんなことには絶対にならないと思ってはいたが、蓉子までもが足を踏み外すようならば、その時にその手を引っ張れば、蓉子だけでもこちらに戻ってくる。私はそう考えていたのだ。
 聖なんてどうにでもなればいいわ的な気持ちが、当時あったことは否めない。心を閉ざした人間には、何を言ってもその耳に入りはしないし、心にも響かないものだから。
 3学期が始まったあの日、聖はのっそりと私をクラスの教室に訪ねてきて、一言こう言ったt。
「江利子、ごめん」
 たったそれだけの言葉だったけれど、その短い言葉の中に『心配かけて』という響きが含まれていたから、私は聖との親友づきあいをやめずにすんだ。
 こんなおバカで面白い人間(あからさまに髪を切るなんて。そんな人をおバカと言わずしてなんと言う?)、いつも眺めていたいじゃない? そして蓉子の悲しむ顔は見たくないじゃない。……ねぇ?
 あれからころころと、ふたりはあっち転がりこっち転がりして、そのたびに私をハラハラさせたりしたけれど、結局は今こうやって、私たちに仲の良さを見せつけてくれてる。だからってワケじゃないけど、聖にはこのくらいの報復は受けてもらわなきゃ割が合わない。もっとも、受けてもらったって、おつりがたんまり来そうだけど?
 このふたりがこうしてくっついたことで、傷つく人間がいないわけではないけど、それもご縁ってヤツだから。……ねぇ、祥子、志摩子。
 しょせん私たちは同じ穴の狢《ムジナ》だから。自分が、そして相手の反応が怖くて、自分の心に気づいてなくて、あるいはあえて目を背けて、本当に自分が求めている相手に心をぶつけることができずに、他の誰かでそれを埋めたってところが。
 しかし、形は違えど、私たちは今、自分に合った相手を見つけているのだと思う。もちろん、この先どう転ぶかはまだ分からない。でもそれは聖と蓉子にも言えることで。だからね、今を大事にして現在と未来を楽しんでいけばいいと思うの。
 そんなワケで、こんな湿っぽい話題はこれっきりにしましょうか。
 気がつけば夕方も過ぎて夜になっていた。
 まだまだ話題は尽きない。
 相変わらず令は由乃ちゃんにべったりだし、由乃ちゃんは私に対して牽制《けんせい》と威嚇《いかく》を忘れてないし、聖は志摩子と乃梨子ちゃんが帰ったあと、祐巳ちゃんへのセクハラがエスカレートして祥子と蓉子にダブルでぴっしゃりとたしなめられるし(果ては蓉子に鉄拳制裁されてるし)、私は由乃ちゃんが嫌がるのを分かって令にちょっかいかけるし。
 ほんとうにまるであの日に戻ったみたいだ。
 こんな日々がいつまでも続いてくれたら、毎日が楽しいだろうなと思う。
 でもこれは今の日常の中にある、ひとときの夢の日。だから楽しいのだ。
 今日の発起人は私だったけれど、この機会をくれたのは、蓉子そして聖。
 二人に感謝。
 我が親友たちに感謝。
 間抜けなあめりか人もお節介な総司令も、私にとってもっとも愛すべき人たち。
 今後、あなたたちがどんな形になろうとも、私は『スッポンの江利子』で、いつまでも友だちでいるからね。
 だから。
 末永く幸せで、私に見せつけてくれ続けてちょうだいな。

11

「うーふ、さむーい。ストーブストーブぅ!」
 聖が自分の部屋に上がりながら、背を丸めてファンヒーターに取り付く。「ぴ」とヒーターの起動音が部屋に響いた。聖の脱ぎ散らした靴をそろえて、私も聖の部屋に上がる。
 話がなかなか尽きなくて、パーティーは思わず遅くなってしまった。始まるときと同様に、みんなで後片付けをしたあと(私は「しなくていい」と断ったのだが、みんながそれを許さなかった)、駅前のファミリーレストランでみんなと一緒に遅めの夕食を取って、それからやっと解散になった。
「今日はびっくりしたけど、楽しかったねぇ」
 ヒーターにスイッチを入れた聖が、丸めた背中越しにこっちを向いて、ニカっと笑う。
「……ずっと黙ってて、ごめんなさいね」
 私は心から聖に詫《わ》びた。
「うん。正直言って、へそ曲げた」
「本当に、驚かせたかったの。だから……」
「どーせ、江利子あたりにそそのかされたんでしょ? ……というか、まず江利子に相談したワケだ」
 聖は拗《す》ねたような顔で苦笑していた。
「ええ。でも、このアパートに入ろうと思っていたわけではないの」
 聖は小首をかしげ、黙って聞いている。私は言葉を続けた。
「この近所で、歩いてここに部屋に来られる程度の距離に部屋を借りようと思って調べていたら、ちょうどあの部屋が空《あ》いていて……」
「そして、江利子にそそのかされた……と?」
 聖が肩をすくめる。
「そういうふうに、言わないでちょうだい」
「んー……。怒ってるワケじゃないんだけどなー」
 チキチキチキチキチキ……ボボボボボッ……、と音がして、ヒーターが暖かい風をはき出し始めた。ストッキング越しに、部屋の温度が上がっていくのを感じる。
 聖が、ちょっと下を向いて、自分の後頭部をがりがりとかいた。そして顔を上げてそっぽを向き、こう言った。
「……でこちん江利子に、感謝しなきゃ……だね」
「……え?」
「だって、蓉子の背中を押してくれたから」
 みるみるうちに、聖の顔が赤くなる。
 普段の私の恋人は、間抜けでヘタれでシャイなのだ。
 私はそんな聖が大好きで。嬉しくなって思わず吹き出してしまった。聖があからさまにおろおろと慌てだす。
「……え?……なに?……ち、違ったの?」
 ああ、ダメだ。笑いが止まらない。
「いいえ、違ってないわ。違ってないわよ、聖」
 私は笑い転げながらも、聖に向かって足を踏み出した。聖は、私の大好きな間抜け顔になって、立ちすくんでいる。
「大好きよ、聖」
 私は踏み出した「方向と力《エネルギー》」のまま、聖に抱きついた。聖は驚いて、中途半端にお手上げのポーズになる。
 私は自分の両腕をそのまま聖の背中に回し、そして左の甲を、右の手で握った。
「……月並みだけど、愛してる」
 そう言いながら、側頭部を聖の胸元に埋《うず》めた。触れている左耳から、聖の鼓動が聞こえる。
 いつもより少し早い、それが。
 それから、私の背中にそっと、聖の腕の重さと温もりを、感じた。
 お互いが触れている場所と同じように身の回りが暖かくなってきた頃、聖がガシッと私の肩に手を置き、お互いの身体を引き離して、あいだに空間を作った。
 私はいきなりのことにちょっと驚く。聖の顔を見上げると、なにやらいいことを思いついたように、その目がキラキラと輝いていた。
「今日はさ、蓉子の部屋で寝よう!」
 聖はチェシャ猫のようにニシシと笑いながら言った。この先に待ちかまえていることがきっと楽しいに違いないって顔をしている。
「……え?……でも……」
 とっさにイヤな予感がして、私は言いよどむ。
「布団、一組くらいは持ってきているんでしょう?」
 そらきた。
「ええ、そりゃ、まぁ……。でもね、それはお客様用で……」
 昨日の今日はさすがに勘弁して欲しい。というか、今日は一日中、身体ががだるくて。さすがにもう眠くて。私はそろそろ平和に寝たいのだけど。
「それでおっけー!」
「いや、良くないから!」
 間髪入れずに即答したが、聖には通用しなかった。
「イヤだったら、新しいの買うから!!」
「…………ばかっっ!」
 意味が、意味が違うっっ!!
「じゃ、決定! れっつごー!」
 聖は風のように動いてヒーターのスイッチを切ると、すぐにとって返し、私の手をつかんでドアの方へを大股に歩き出す。私はその勢いにうまく乗れなくて、足がもつれて転びそうになり、思わず聖に向かって倒れ込んだ。
「きゃ……」
「蓉子ったら、だいたーん♪」
 私が転ばないように受け止めながら、聖はそのままの勢いにまかせて、私の唇を奪う。
「さぁさ蓉子さま、鍵をプリーズ」
 鼻と鼻がくっつきそうな距離に聖の顔がある。色素の薄い聖の瞳に私が写っていた。
 この状況をどうしていいか分からずに、情けない顔をしている自分の顔が見える。
 私は観念して、上着の右ポケットに入っている、部屋の鍵にそっと触れた。

12

 蓉子が眠っている。
 私の横で、静かな寝息を立てて。
 つい先ほどまでこの部屋で起こっていたことが不思議な出来事に思えてくるくらい、今は静かだ。
 私は蓉子の横で左肘をつき、上半身を少しだけ起きあがらせて、身体を支えている。夜気が熱《ほて》った身体に気持ちよかった。
 昨日の夜から今の今まで、憶えていることをひとつひとつ思い出してみる。
 はめられたことは、まぁ面白くなかったけど、おおむね楽しかったしシアワセだったから、ま、いいか、と思う。
 蓉子は、出会ったときから意外性という名のびっくり箱を、私に広げて見せてくれる。今日の出来事もそんな事々のひとつだ。
 基本的に世話好きだし、お節介だし。そのお節介なところが時にわずらわしく思うこともたくさんあるしあったけど、蓉子がやるお節介には実はいくつか種類があって、私に向けられているそれは、他の誰にも向けられてはいない(江利子にもいろいろお節介を焼いていたりするけど、それは私に対するお節介とはまたほんの少し種類が違う)。
 それに気がついた時に、私はそれまでほのかに抱いていた蓉子への好意を、蓉子に向かって踏み出してみよう、という気になった。
 そして今の私たちがある。
 告白のタイミングがほとんど同時だったなんて、『Fact is stranger than fiction.《事実は小説よりも奇なり》』で笑い話にもなりゃしないけど、その時の私は、持ちうるなけなしの勇気をはたいた気がする。
 怖かった。
 誰かを好きになって、それを失うことが。
 思いを口にして、それが原因で蓉子を失ったら、きっと私はもう立ち直れない。
 私はずっとそう考えていた。
 だから。軽薄を装って、道化を演じた。いろんな女の子とつき合って、時に深い仲になってみたりもしたけど、それは決して長続きしなかった。ずっと心の片隅に、困ったような怒ったような苦笑を浮かべた、漆黒の髪をあごのラインで切りそろえた女性が、蓉子が住んでいた。
 蓉子が好きだ。
 好きだ。
 好きだ。
 天使じゃなくて、地に足のついた、現実の女性である蓉子が好きだ。

 月並みだけど、愛しているわ、聖

 月並みだっていいよ。その言葉をあなたからもらえただけで。
 私は眠っている蓉子の髪を、右手でひと束すくい上げる。指を開くと、サラサラと音はしないが、蓉子の髪が砂のように手からこぼれ落ちていく。
 短い蓉子の髪。短くした自分の髪。
 ふたりの髪は、お互いに縒《よ》りあうことはない。私も、ふたつの髪を、意地になって縒るなんてこともしない。
 そんなことをしなくても、今、私たちは寄り添って、お互いの足でお互い個別に立って生きている。蓉子とはそれができる。きっとできる。そうできるよう、努力していこう。
「……ん……」
 蓉子がほんの少し身じろぎをする。でも目覚める気配はない。私は飽くまで、蓉子の寝顔を眺めていた。部屋には明かりはついていないけれど、目は暗闇にとうに慣れていたし、昨日の夜ほどではないけれど、カーテンの隙間からもれてくる薄い月明かりで十分に蓉子の表情を見ることはできたから。
「チープな言葉だけど。……愛してるよ、蓉子」
 私は眠る蓉子にささやいて、蓉子の白い額にそっと口づける。
 ふと、ほのかな花の香りが私の鼻をくすぐった。私は思わず顔を上げた。
 見るとそこには、蓉子が実家から今日のパーティーのために持ってきたというやや大ぶりの座卓《テーブル》があって、その上に飾られた赤と白の梅の花が、薄闇にぼんやり浮かんでいた。まるで寄り添ってはにかんでいるように見える。
 祥子と志摩子の持ってきた花。示し合わせたわけではなくて、単に偶然が重なっただけなのだろうけど、でも今日のパーティーと私たちを飾るには最高の花に思えてくる。
 祥子、ゴメン。あなたの“お姉さま”は私が頂いたかんね。
 志摩子、何があっても私は、あなたの“お姉さま”だからね。
 私はガラにもなく、ふたりに心の中で詫びておいた。口には絶対に出さないから。ココロの中で詫びるくらいで許して下さいな。
 そろそろ肩が冷えてきたかなと思い始めた頃、「ぷわ」と思いがけないあくびが出た。
 そろそろ寝ようか。明日は月曜だし。
 私はともかく、蓉子は真面目に大学《ガッコ》へ行くだろうから、ちゃんと起きて見送りしなくちゃね。
 そろりと布団の中に入り、蓉子を背中から抱きかかえた。
「……ん……せ…い……。……冷えてるじゃ、ない……」
 しょうがない人ね、と蓉子は寝言でまで、私に世話を焼いてくる。
 そんな蓉子に苦笑しながら、私は蓉子と梅の香りに包まれて、ゆっくりと目をつぶった。
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