ヒナセと電・間宮 年末年始
ヒナセと電・間宮 年末年始 本文
ヒナセ基地 年末の夜
					  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
					  (声)司令官さん、お掃除、終わったのです。
							はーい。こっちもそろそろ終わります。
……まさか、デンから年末の大掃除を言われるとは思わなかったな(やれやれと腰を伸ばす)
でもま、こういうのも悪くないか。
……と、これで終了。
							……まさか、デンから年末の大掃除を言われるとは思わなかったな(やれやれと腰を伸ばす)
でもま、こういうのも悪くないか。
……と、これで終了。
終わりましたのですか?
							はい。終わりましたのです。
							じゃ、いなづまがお水を捨ててきますのです。
司令官さんは、手を洗って、うがいをするのです。
							司令官さんは、手を洗って、うがいをするのです。
はーい。わかりました。
じゃ、お願いしますね。
							じゃ、お願いしますね。
了解なのです(水の入ったバケツを持って、ぱたぱたと走り去る)
							(それを見送って)………。
ま、楽しそうだから、いいか(肩をすくめて、洗面に手を洗いに行く)
					ま、楽しそうだから、いいか(肩をすくめて、洗面に手を洗いに行く)
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							これでスッキリしたのです。
							そーだねぇ。
							新年は、きれいだと、いいことがあるのです。
でも明日は、お掃除は、ダメなのです。
							でも明日は、お掃除は、ダメなのです。
……へ? なんで?
							お掃除すると、運も払っちゃうのです。
だからお風呂もダメなのです。流してしまうのです。
							だからお風呂もダメなのです。流してしまうのです。
へー。博識だねぇ。
							………。
							ん?
							そ、そんなことは、ないのです。
……ま、前の……司令官さん……に……
							……ま、前の……司令官さん……に……
ああ、やっぱり。
そうかなって、思ってたんだよ。
							そうかなって、思ってたんだよ。
ご、ごめんなさい……なのです。
							どうして謝るの? 何も悪いことなんかしてないじゃない。
							………。
							んー。前の司令官さんのこと、いろいろ聞きたいんだけどなぁ。
もちろんデンがイヤじゃない範囲で。
							もちろんデンがイヤじゃない範囲で。
………。
							……年末にきちんと大掃除をするって人なら、お正月もきちんとしてたんだろうね。
							……はい、なのです。
							そっかー……それは困った。
							……お、お困りなのですか。
							うん。
私はね、軍の学校に入ってからこっち、そういうの一切やってなかったもんでさ。
何を用意したらいいのか、ゼンゼンわかなんないんだよ。
デンは知ってる?
							私はね、軍の学校に入ってからこっち、そういうの一切やってなかったもんでさ。
何を用意したらいいのか、ゼンゼンわかなんないんだよ。
デンは知ってる?
ほ、ほんのちょっとだけ……。
							じゃ、教えて。
できることだけでもやろう。
							できることだけでもやろう。
……!
はい、なのです。
							はい、なのです。
じゃ、待って待って。メモするから。
							メモ、なのですか?
							そ。一回こっきりにしたくないでしょ。
メモを取っておけば、また来年役に立つよ。
							メモを取っておけば、また来年役に立つよ。
はわわ。
							じゃ、OK。まずは……
							お、お餅なのです。
							モチ……あー、餅か。
そーいえば、子供の頃、食べてたなぁ。はいはい、お餅……と。
							そーいえば、子供の頃、食べてたなぁ。はいはい、お餅……と。
甘い丸い玉子焼きなのです。
							甘い丸い……?
							巻いてあるのです。
							……へぇ。なんだろ?
玉子焼きは食べてた記憶があるけど、甘くなかったし、丸くもなかったなぁ。
……あ、黒豆は食べてた。
							玉子焼きは食べてた記憶があるけど、甘くなかったし、丸くもなかったなぁ。
……あ、黒豆は食べてた。
黒豆……ですか?
							うん。黒い甘いお豆さん。
柔らかいんだよ。知らない?
							柔らかいんだよ。知らない?
甘くて黒いお豆さんならわかりますのです。
							そっか。名前が違うパターンがあるのか。
他にはなにがありますか?
							他にはなにがありますか?
かるたをしたのです。
							ああ…かるたか。島を出てから初めて見たね。本土の中学校で習ったっけか。
こうやってみると、本当に私は何も知らないな。
中学の途中から本土の親戚の家にいたけど、お正月は実家に戻ってたし、中学を出てからは、飛行学校、士官学校と、ずーっと海軍の学生寮にいたからね。
							こうやってみると、本当に私は何も知らないな。
中学の途中から本土の親戚の家にいたけど、お正月は実家に戻ってたし、中学を出てからは、飛行学校、士官学校と、ずーっと海軍の学生寮にいたからね。
(首をかしげる)
							学校の長期休暇時期でも、結局、実習やインターンで半分くらい潰れちゃうし、実家がここでしょ? おいそれと簡単に渡れる場所じゃないし、学校からの距離も遠くて、行き来するとお金がかかるからね。
							お金……?
							えーと……君らに支給する軍票みたいなものだよ。
ほら、「か号券」とか。
							ほら、「か号券」とか。
(ちょっと考えて)……えっと……間宮さんでお菓子がもらえる券……なのです。
							そう、それそれ。
厳密にはちょっと違うけど、似たようなものだね。
								
									
							
							厳密にはちょっと違うけど、似たようなものだね。
※『か号券』…正式名は『海軍艦娘専用軍用手票』 別名『KK票』
									一部の提督たちからは『地獄切符』と呼ばれたりもする。
									艦娘が海軍内の酒保《NEX》や間宮等で買い物をする際に使う、額面が記載されていないチケット。
									購入の際に販売者が、何を渡したかを記入する様式(釣り銭の概念はない)で、使った分は他の軍票と共にひと月ごとに経理課に集められて処理される。
									階級や役職、所有艦娘の数などによってひと月に軍が負担する金額が決まっており、規定以上の金額分は提督たちの個人負担となる。
									
									艦娘たちがか号券を使うのは、主に『間宮』で、そのほとんどが甘味などの嗜好品。
									『間宮』で購入できるものは福利厚生品扱いのため、かなり低額に設定してある上に、『か号券』自体も艦娘に頻繁に支給することはない。
									したがってあらかじめ定められた金額から大きく逸脱することはないが、ことバレンタインデー~ホワイトデーにかけては利用が集中するため、財布を直撃されて轟沈状態にされる提督が後を絶たない。
									『地獄切符』の名前はここから来ている。
はわ……。
							軍の学校に入ったら、給料ってのがもらえるのね。……で、給料は、お金で支払われるの。
そーだねぇ……特別なお手伝いをしてくれたら『か号券』をあげてるよね。それと一緒だね。
							そーだねぇ……特別なお手伝いをしてくれたら『か号券』をあげてるよね。それと一緒だね。
はいなのです。
							うん。
私は学校でもらった給料のほとんどを、実家に送ってたんだよ。
だから、お金のかかることは、できるだけやらなかったの。
生活は軍から支給されるもので事足りていたし、勉強に使う本とかは学校の図書館にあるのが一番だし、特別に欲しいものなんてのもこれといってなかったし。
別に家が貧しいから送金してたわけじゃないんだけど、わがままをきいてもらったから、それでね。
							私は学校でもらった給料のほとんどを、実家に送ってたんだよ。
だから、お金のかかることは、できるだけやらなかったの。
生活は軍から支給されるもので事足りていたし、勉強に使う本とかは学校の図書館にあるのが一番だし、特別に欲しいものなんてのもこれといってなかったし。
別に家が貧しいから送金してたわけじゃないんだけど、わがままをきいてもらったから、それでね。
はわ……。
							ちょっと話が難しいか。
ま、そんなわけで、私はお正月とか、そういう年中行事みたいなのを、十五の時からほとんどやってないから、本当になにをしたらいいか、分かってないんだなぁって思いました、まる。
							ま、そんなわけで、私はお正月とか、そういう年中行事みたいなのを、十五の時からほとんどやってないから、本当になにをしたらいいか、分かってないんだなぁって思いました、まる。
はわ。
							……いつもと違うものを食べてた記憶はあるんだけど、それをどうやって作ったらいいか、ぜんぜんわかんないや。
							あ……あの……。
							はい。
							おせち……ってのを食べました、のです。
							前の司令官さんと?
							は、はいなのです。
つ、作ってくれましたのです。
							つ、作ってくれましたのです。
作って? そりゃまたマメマメしい。
………(そんな人間が、どうしてこの子を虐待するようになったのだろうかと、思っている)
そっか。
							………(そんな人間が、どうしてこの子を虐待するようになったのだろうかと、思っている)
そっか。
はい……なのです。
(なんとなく不穏な空気を察した)
							(なんとなく不穏な空気を察した)
じゃ、とにかく、思いつくだけ書き出してみようよ。
全部が全部はできないだろうけど、お正月じゃなくても少しずつやればいい。
							全部が全部はできないだろうけど、お正月じゃなくても少しずつやればいい。
はいなのです。
いなづまも、そう思いますのです。
……あ……。
							いなづまも、そう思いますのです。
……あ……。
……うん?
							(ボーン小さくと霧笛の音)
							……!
							司令官さん、間宮さんが、来たみたいなのです。
							え?
							あの音は、間宮さん、なのです。
					◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
						○司令官室 ヒナセ、間宮
							……は? 姫提督が!?
							はい。
							どういう風の吹き回し?
							えっと……その……
(言いにくそうに)『ヒナセ提督はともかく、電ちゃんに』とのことです。
							(言いにくそうに)『ヒナセ提督はともかく、電ちゃんに』とのことです。
……あ、そ(鼻白んだ)
							これを預かってきています(バインダーを出す)
							(受け取って、中を読む)……なるほど……。
(バインダーを閉じて)了解しました。そういうことなら、大事だと思います。
……どのみち、私もこの先のことを考えたら、ちょっと勉強した方がいいかなって考えてたところですし。
							(バインダーを閉じて)了解しました。そういうことなら、大事だと思います。
……どのみち、私もこの先のことを考えたら、ちょっと勉強した方がいいかなって考えてたところですし。
……勉強……ですか。
							……え……いや、何かおかしなことを…言いました……か?
							いえ……何事もまず“体験”されるのが、いいと思います(クスクス笑いながら)
							はぁ……(途方に暮れた信楽焼のタヌキみたいな顔になる)
							とりあえず二週間の短期任務ですが、よろしくお願いいたします。
							はい、こちらこそ、よろしくおねがいします。
							では早速ですが、まずはお煮染めから作りましょうね。
							えええ? 今から、ですかっ?
							今日は見てて頂くだけで結構ですよ。
							はぁ。
					◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
							○翌朝 元旦。居間にて。
							……間宮さんのおかげで、すごく美味しいお正月になりました。
							いえ、ごくごく一般的なものしかなくて、申し訳ないのですけれど。
							いやぁ、お正月にやってみることをいろいろ書き出したんですけど(昨日いなづまと一緒に書き出した怪しいリストを出して)、なんかよく分からなくなっちゃって。……ただね……。
							だた?
							うん。
正月をのんびり休みたければ、年末に倍以上働け……ということなんだなぁって。
特におせち。
							正月をのんびり休みたければ、年末に倍以上働け……ということなんだなぁって。
特におせち。
そ……そうですね(苦笑しながら)
提督は、今までお正月をほとんどされてこなかったんですか?
							提督は、今までお正月をほとんどされてこなかったんですか?
うん、そーなの。お恥ずかしながらね。
							事前にお申し出くださったら、こちらでご用意できましたのに。
							あー、それねぇ……。
							?
							私さ、“提督”になって一年経ってないから。
							え?
							つまりは、そういうことなの。
							あ……ああ……そういうご事情だったんですね。
							………。
大昔は将官でかつ艦隊指揮官じゃないと「提督」とは呼ばれなかったらしいから、きっと提督も艦も、ものすごく少なかったのかもね。
							大昔は将官でかつ艦隊指揮官じゃないと「提督」とは呼ばれなかったらしいから、きっと提督も艦も、ものすごく少なかったのかもね。
そうですね。もともと艦娘の元になった艦は、一艦ずつしかなかったという話ですね。
							ところで、さっきの話なんだけど。
							はい。
							事前に頼んでいたら、おせちを届けてくれるの?
							ええ。後方基地中心になりますし、提督の個人負担物品になりますが。
……ここは該当地域ですから、注文を受けることはできますよ。
							……ここは該当地域ですから、注文を受けることはできますよ。
そっかー。じゃ、来年はお願いしようかな。
この歳になるまでホントなーんにもしなかったからさ、頑張ったところでまともなモノができるようになるとは、とうてい思えないよ。
							この歳になるまでホントなーんにもしなかったからさ、頑張ったところでまともなモノができるようになるとは、とうてい思えないよ。
かしこまりました。では11月に注文票をお送りするよう、手配しておきますね。
							うん、よろしく頼むよ。
						◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
							二週間、ご苦労様でした。
助かりました。
							助かりました。
いえ、こちらこそ、ありがとうございます。
あの、提督。
							あの、提督。
はい?
							これを……。
							わおー。……いいの?
							はい。
							じゃ、ありがたく頂きます。
							いつも来るたびに、美味しくて新鮮なお野菜を頂いてますから。
							そう言ってもらえると、嬉しいなぁ。
							実はですね、提督が作ったお野菜、アサカ提督も喜んでいらっしゃいますよ。
							………。
							……あの?
							あ……そう。へぇ……。
							え……あの、私、何かいけないことを、申しましたか?
							あ……ううん。そっかーって思っただけ。
そっか……そっか。
							そっか……そっか。
あの……。
							そーいえば、花壇で咲かせた花をオフィスに飾っても、別段文句は言われなかったなぁ。
							(ああ、なるほどと気がついてクスリと笑い)お花がとてもお好きですから。
							姫提督が?
へぇ。
短くないつきあいだけど、知らなかった。
							へぇ。
短くないつきあいだけど、知らなかった。
(それもどうなの……という顔。『間宮』は『明石』に次いで長くアサカ配下にいる艦娘である)
							じゃ、ちょっと待ってて。
							はい?
							すぐ戻ってくるよ(ダッシュで走り去る)
							???
						--------------------------------------
							お待たせ、間宮さん(でっかい荷車に、大量の芋や白菜、大根などを入れて引いてくる。どれも泥が付いたまま)
							ええ……?
							これ、持って帰って。
……で、姫提督に、スイートポテトでも作ってあげて。
							……で、姫提督に、スイートポテトでも作ってあげて。
は……はい。
でも、いいんですか?
							でも、いいんですか?
ヒロミさん、甘いものが好きだから。
なんだったっけ……ええと……広島市内のさ、なんて言ったかなぁ……お店の名前、忘れちゃった。
商店街の中にある、すごく古い建物の一階がパン屋でさ、そこのスイートポテトがすごく好きなんだよ。ええと……アン……なんとかって店。
							なんだったっけ……ええと……広島市内のさ、なんて言ったかなぁ……お店の名前、忘れちゃった。
商店街の中にある、すごく古い建物の一階がパン屋でさ、そこのスイートポテトがすごく好きなんだよ。ええと……アン……なんとかって店。
……ああ、分かりました。
一度、アサカ提督から頂いて味は覚えていますから、再現してみますね。
							一度、アサカ提督から頂いて味は覚えていますから、再現してみますね。
うん。よろしく。
あと、野菜は時期的に種類が少なくて申し訳ないんだけど。
							あと、野菜は時期的に種類が少なくて申し訳ないんだけど。
いえ、こんなに頂いて、本当に良いのですか?
							ああ、いいよ。
期待してなかった割には豊作だったから、二人だけじゃ処分しきれなくて。
大根なんかは干して漬け物にしてもいいんだけど、デンはあまり食べないから。
その代わりと言っては何だけど、次来るときに、『さしすせそ』をちょっと多めに入れてくれるとたすかります(に、と苦笑する)
							期待してなかった割には豊作だったから、二人だけじゃ処分しきれなくて。
大根なんかは干して漬け物にしてもいいんだけど、デンはあまり食べないから。
その代わりと言っては何だけど、次来るときに、『さしすせそ』をちょっと多めに入れてくれるとたすかります(に、と苦笑する)
さしすせそ……?……(はっとして)ああ、なるほど。
了解いたしました。じゃ、これを『間宮《ウチ》』で仕入れたということにしておきますね(にこ、と笑う)
							了解いたしました。じゃ、これを『間宮《ウチ》』で仕入れたということにしておきますね(にこ、と笑う)
うん、ありがとう。
							では提督、失礼いたします(敬礼)
							はい。道中気をつけて(敬礼)
						◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
							司令官さん。お仕事、終わりましたのです。
ご苦労だったね。
こっちにおいで、おやつにしよう。
							こっちにおいで、おやつにしよう。
はいなのです。
							間宮さんがね、帰り際にいいものくれたんだよ。
いなづまちゃんに……って(厚めに切ったパウンドケーキを皿に乗せて、電の前に置く)
							いなづまちゃんに……って(厚めに切ったパウンドケーキを皿に乗せて、電の前に置く)
はわわわ……。
							このケーキなら紅茶にしようかなー。
							あ、あの……いなづまが……。
							うん、じゃぁ任せようか。
							はいなのです。
							うん。よろしく(ストーブの上のポットを電に渡す)
							(受け取って、あらかじめ出してあったカップにお湯を注いで、そこにティーバッグを入れ……)
							(自分の分のケーキを、電のそれのよりもやや薄く切って皿に置き……)