へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

艦これ駄文。

Deep inside

Deep inside 本文

 誰かを好きになるのはもう止めようと思った。
 誰かを慕うのは二度としない。そう思っていた。
 でも私はけっきょく誰かを求めてしまう。
 心に蓋をして何もないように振る舞って。
 でも思いは溢れていく。そして日に日に辛くなる。
 ああ、なんて愚かしい。なんて狂おしい。
 それが……艦娘(私)に組み込まれたプログラムだとしても。

 カミサマ。
 こんな私をこの世から消し去ってください。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○鹿屋基地 アサカのオフィス
アサカと部下らしき男性提督(以下、G提督)
アサカは自分のデスクに座り、G提督はその正面に対峙している。
アサカの表情はいつも以上に無表情で冷ややかであるのに対し、
G提督は萎縮しきって立っているのが精一杯という感じ。
どうやら何か問題を起こした模様。
アサカ
……で、何が起きたの?

 

G提督
その……事故の詳しい原因については、まだ調査中です。

 

アサカ
原因究明はともかく、何が起きたか、だいたいのことも分かってないの?

 

G提督
はぁ……。
いきなりのことでしたので。

 

アサカ
旗艦先頭で進軍していたそうね。

 

G提督
はい。作戦海域にはずいぶん遠い地点でしたので…… 先頭一隻、以降は複縦陣で進軍し、ときおり位置を交代していました。
旗艦が先頭位置になっていた時の事故でした。

 

アサカ
事故艦はどこに?

 

G提督
左舷最後尾です。やや遅れ気味だという報告が、右舷の艦から……その……事故直前にありました。

 

アサカ
なるほど。
出港時や航行中に、故障が起きていた、あるいは起きた……という可能性は?

 

G提督
出港時については、事前に厳密な点検・整備を行っていましたし、そのような報告はありませんでした。
問題があれば、そもそも編成に入れていません。
航行中の事故や故障は、これも報告はなかったので、事故直前になにかあった以外は、問題はなかった……かと。

 

アサカ
……艦(ふね)と言っても、結局は意思のあるモノ。

 

G提督
……は……?

 

アサカ
具合が悪かったのに、何を思ってか申告していなかったとしたら?

 

G提督
それは……あり得ないと思います。
艦娘当人が隠していたとしても、妖精から報告がありますし――

 

アサカ
………(相手の目をじっと見つめている)

 

G提督
――明石も目を、光らせてい、ます……から。

 

アサカ
………(書類に目を落とす)
艦娘がプログラムを超えて意思を持ち、それを通すことはあり得ないとはされているけれど、だったらどうして、艦娘同士で好き合ったり、提督ではない人間に対して過度な好意を持つようになるのかしらね。

 

G提督
………。

 

アサカ
そっち方面で、最近何か問題は起きてなかった?

 

G提督
たぶん……ないかと。

 

アサカ
たぶん……ということは、そこまで目を届かせてはいなかった、 ということね。

 

G提督
……すみません……。

 

アサカ
……そう。
わかりました。では、引き続き、事故原因の調査を続行なさい。
進捗報告は最低でも三日おきに提出するように。
成果がなくても、その旨虚偽なく報告して頂戴。

 

G提督
……はい。

 

アサカ
お下がりなさい。

 

G提督
はい。
……失礼いたします(敬礼して出て行く)

 

アサカ
……(出て行くのをその場で見送る)
………(ふぅっとため息をついて)お入りなさい。

 

鏡がかけられた壁の一部が音もなく開いて、
女性の士官が二人出てくる。
肩の階級章から、どうやらどちらも中佐。
アサカ
どうかしら?

 

出てきた士官二人、お互いに顔を見合わせて、肩をすくめる。
中佐A
どうと……

 

中佐B
……言われましても。

 

中佐A(背が低く小柄で、眼鏡をかけている)が、手に持ったバインダーを開く。
中佐A
現時点で判明していることは、
『作戦行動予定海域へ進軍中に、
制海権制空権ともに確保されたいわゆる安全海域で、
なんの前触れもなく、
複縦陣の左列最後尾を航行していた軽巡洋艦がいきなり沈没。
艦艇のみならず艦娘も海中に没し、
そのまま行方不明』
……ということですね。

 

中佐B(黒髪ロングで背が高い、ややしっかりした体格)、
中佐Aが手にしているバインダーを覗き込む。
書類を覗かれた中佐Aは、あからさまにイヤな顔をしているが、
中佐Bは気にとめてもいない。
中佐B
事故の報告を受けた艦隊指揮官のG提督は、
『急遽進軍を取りやめ、
事故が起きたことを鎮守府と作戦総指揮を執っていた司令艦隊に報告。
小一時間ほど事故艦艇および艦娘を捜索したが見つからず、
作戦遂行のために事故海域を離れて本隊と合流した』
……と。
(アサカの方を向いて)鎮守府からは捜索隊を出したんですか?

 

アサカ
いいえ。出してはいないわね。
入ってきた報告がいまいち要領を得ない上に錯綜していて、単なる迷子なのか事故なのか判断ができなかったようなの。
だから二報め以降の報告次第で、捜索隊か救援隊を出す判断をする、ということになった……とのことね(自分の手元の書類を見ながら)

 

中佐B
 ……で、その二報めが入ってきたのはいつだったんです?

 

アサカ
全作戦行動が終わって、艦隊が帰途についてからよ。
第一報から時間が経ちすぎていて、緊急性はないと判断されているわ。
基地司令部側は作戦行動途中の迷子案件と思ったようね。

 

中佐A
(聞こえるか聞こえないかくらいの小声で)わーさいてー……。

 

中佐B
ま、体よく見捨てたわけですな。
事故った軽巡が浮かばれない。

 

中佐A
もとより、沈んでるんじゃね。

 

中佐B
(相手の肘を小突く)

 

中佐A
(小突き返す)

 

アサカ
(その様子を見て、こほん、と咳ひとつ)
この件について、これ以上はもういいでしょう。

 

中佐B
 !……それで、いいのですか?

 

アサカ
たぶん、現時点以上のことはもう出てこないでしょう。
ただ、彼は何かを隠している。……そんな感じがするわ。

 

中佐B
かもしれませんね。断言はできませんが。
もしそうであるとするならば、次長補がおっしゃるとおり、これ以上新しい報告はないと思います。

 

中佐A
ですね。
当該軽巡洋艦あるいは当該艦娘が見つからない限りは、こちらとしてもこれ以上はどうこうしようがありません。
……そもそも、作戦前進軍をするのに、事故海域ですでに全員が装開状態(実際の艦の状態になり、艦娘は艦長役を務めていること。『擬装開放』の略。反対に艦から艦娘に戻ることを『装縮(擬装縮納)』と言う)にあったというのも、ちょっと眉唾物かなって感じがします。
作戦前に燃料をバカ食いするし、そもそも敵に発見されやすくなります。
そんなマネ、普通じゃやりません。
誰か一隻だけ、あるいは二隻で、近接海域まで行くのがセオリーです。

 

アサカ
それについてだけど、G提督ならばあり得る……とだけ言っておくわね。

 

中佐B
ああ、自己顕示欲が強いタイプですか。

 

アサカ
ええ。
たぶん、鹿屋(基地)を出てさほどしないうちに、装開させて隊列を組んだのでしょう。

 

中佐A
……資材を無駄にすんなって、文書通達までしてんのに……
(資料を見ながら渋い顔でボソボソ口の中で呟く)

 

中佐B
(中佐Aに)……君はいつの間に、主計士官になったのかい?

 

中佐A
(あからさまにムッとして)……すみませんねぇ。
ここのところずっと決算報告書にまみれて仕事をしているもんでね。

 

中佐B
それは失敬。それならどうしてもそっち方面が気になるのも仕方がない。

 

アサカ
(口の端だけで笑いながら)ネジ一本にも神経を尖らせているのに、
早咲きチューリップの球根に使う予算はあるのよね。

 

中佐A
……次長補、何度も申し上げましたが、
アレは私の個人的な財布から購入したモノで、
総務部のいらぬ気遣いで、当部宛てで届いただけです。
私はきちんと総務部郵便課止めで注文しました。

 

アサカ
個人購入にしては、量が多すぎない?

 

中佐A
それも何度も申し上げましたが、何かの手違いです。

 

中佐B
そんなに届いたんですか?

 

アサカ
30kg……だったかしら?

 

中佐A
(苦々しく)です。
注文した時は三十個で、確認メールにもちゃんと三十個って
書いてありました。

 

中佐B
(心底気の毒そうに。しかし笑いながら)
ナマモノはネットで買うものではないね。

 

中佐A
もう二度とネット通販では買わないって、心に誓いました。

 

アサカ
そもそも、職場(ここ)で受け取るのもどうかと思うわね。

 

中佐A
…本気でそうおっしゃるのなら、まともに官舎に帰宅できるよう、
配慮して頂きたいですね。

 

アサカ
そうね、今後は善処します。

 

中佐A
(ちぇ、善処かよ、と目をそらす)

 

アサカ
(いきなり素に戻って)さて……。
さっきも言ったけど、この件についてはひとまず終わります。
引き続きG提督の監視と、とりあえずの報告書を出して頂戴。

 

中佐A、B
(それぞれアサカに対して何かを思っている顔で)了解しました。

 

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○約十年後… ヒナセ基地司令官室。ヒナセ、カワチ
書類とにらめっこしている。
ヒナセ
………。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
……うーん……。

 

カワチ
司令。何か気になることでも?

 

ヒナセ
気になるというよりは、またか……って感じ。

 

カワチ
また?

 

ヒナセ
うん。この基地を開設してその年中だったかな。とあるドロップ艦を引き受けましてねぇ。

 

カワチ
引き受けたということは、君が回収した艦ではないのか。

 

ヒナセ
そ。呉……だったかな……の管轄地域で回収された子だったんだけど、まぁいろいろあったみたいで、艦政本部から鹿屋経由でウチで預かることになったの。

 

カワチ
ふむ。
 

ヒナセ
預かってみれば、そんなに困った行動もしないし、どちらかと言えば周りに気を遣いすぎるるのが問題かなとは思ったんだけどね、修復も順調に終わったから、艦政本部に戻したんだよ。

 

カワチ
ふむ。

 

ヒナセ
そこで終わったかと思ってたら、四ヶ月くらい経って戻ってきてねぇ。

 

カワチ
ん? また故障したのかい?

 

ヒナセ
うん、そう。そういう事前報告があってね。
でも、戻ってきてみれば、これといって悪いところがなくてさ。
だから、早々に元の基地に返却した。

 

カワチ
ふむ。

 

ヒナセ
ところが、その年中に戻ってきちゃって。

 

カワチ
三回目だね。

 

ヒナセ
そう。その時は艦政本部からで、確かにメンタルのほうの状態がちょっと良くなくて。
ただ、当時はドロップ艦とか受け入れとかが増えてきたころで、私とデンだけじゃ手が回らなかったから、比較的動ける子はどんどん海域に出してた時期だったの。
畑だけじゃなくて秘書業務もやれる子は積極的にやらせててさ。
実際、仕事を与えた方が生き生きしてくる子もいるからね。

 

カワチ
まぁそうだな。艦娘たちは働くようにプログラムされている。
あるなら仕事は与えた方がいい。

 

ヒナセ
事務処理とか得意な子だったから、簡単な秘書教務を中心に仕事をさせてみたら、飛躍的に回復したんだよ。……で、艦政部から大量返却の命令が来たのもあって……

 

カワチ
また返却した。

 

ヒナセ
そう(うなずく) あの時は三ヶ月いたっけか? って感じだったな。
めっちゃくちゃ忙しかったからか、生き生きしてたね。
……鳳翔さんを見つけたのもあの子だったなぁ、そういえば。

 

カワチ
……ヒナセ、私には構わないが、他のヤツにその話はするなよ。

 

ヒナセ
しませんよ。軍規違反をひけらかすほど子供じゃないし、自己顕示欲も持ってないよ。

 

カワチ
うっかりミスをするなよ、と言ってるんだ。

 

ヒナセ
はいはい、肝に銘じておきます。
……でだ。
日向を拾ったり、長門がうっかり建造されたり、隼鷹がやってきたりして、そろそろ基地の体制もそろってきたかなってころに、また戻ってきた。

 

カワチ
……多いな。

 

ヒナセ
でしょ。なので、これは根本的にどこか悪いんだろうと思って、艦政本部に具申して、長期預りの対象にしたわけですよ。……一年近く預かっていたかな。記録を見れば一発でわかるけれど。
なんとなーくだけど、一隻の艦娘がこう何度もで戻ってくるのは、ちょっとおかしいなーと思ったのは確かだねぇ。
それでもまぁ、仕事を積極的に与えた方がいいタイプだってのはわかってる。
だから外作業と秘書業務をバランス良くやらせて、長期観察をしましたよ。
でもね……

 

カワチ
やっぱりこれと言って問題は出ない。

 

ヒナセ
そう、それ。
まぁでも、艦政部からつつかれない限りは預かったままでいいかーって思ったんで――

 

カワチ
君は本当に気が長いな。尊敬に値する。

 

ヒナセ
――それ、今褒めてないでしょ。

 

カワチ
その通り。よく分かったな。

 

ヒナセ
目が笑ってないからね。

 

カワチ
半分はあきれているんだよ。

 

ヒナセ
――うるさいですよ。
そんでまぁ、そうこうしてたら、どこかの基地で艦が足りなかったのか艦政本部がやいのやいのうるさいから仕方なく返却したの。そしたら今度は戻ってこなくて。
だからきっちり復調してどこかで頑張ってるんだろうなぁくらいは考えていたのに……

 

カワチ
まさか。

 

ヒナセ
そ。その「まさか」
次の『間宮』便で戻ってくるってさ。補給物資や食料と一緒にね。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
たぶんだけど、今回もこれと言って目立った不具合は出ないように思う。

 

カワチ
それでも預かるんだね。

 

ヒナセ
うん。まぁ本部が面倒見ろって言うのを断るのは、基本できないからね。この基地の立場上。

 

カワチ
ふむ……。

 

ヒナセ
ま、またしばらく様子見するしかないかなぁ。

 

カワチ
司令官がそれでいいのなら、私は従うだけだよ。

 

ヒナセ
今度はオマエさんも『明石』いるからね。
違う方向に転がるかもしれないね。

 

カワチ
………。
ところでヒナセ、その戻ってくる艦娘は誰だい?
 

ヒナセ
軽巡洋艦『神通』
 

カワチ
『神通』……(手元の紙にさらっとその名前を書く)
うむ。了解した。
 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○ひと月後…… 菜園・第十区画
作業中の日向のところにヒナセがやってくる
ヒナセ
やぁ、調子はどう?

 

日向
うん? 悪くないぞ?

 

ヒナセ
そうじゃなくて(苦笑する)

 

日向
先週来た神通か? まぁ大丈夫だ。
そういえば彼女、出戻りだそうだな。

 

ヒナセ
うん、そう……て、憶えてないの?

 

日向
……?

 

ヒナセ
調子悪い?

 

日向
そうでもない。……が、ときどき物忘れがひどいかな。

 

ヒナセ
……そっか。

 

日向
……大人しいな彼女は。だが働き者だ。

 

ヒナセ
そうだね、『神通』自体が大人しいのもあるんだろうけど、彼女は特に大人しいかな。前来たときもそうだったし。
……ああ、鳳翔さんを見つけたのは彼女なんだよね、実は。

 

日向
そうなのか。では神通に感謝しないといけないな。

 

ヒナセ
なんで?

 

日向
私を見つけてくれたのは鳳翔だからな。神通が鳳翔を見つけなければ、私は今ここにいないということになる。

 

ヒナセ
はーなるほどねー。
ヒナタはそういうトコ、律儀というか、縁起を担ぐというか。

 

日向
ちょっと違うな。縁を大事にしているんだ。

 

ヒナセ
なるほど?
……あ。さらに言えば、回収した君を途中まで運んできたのも彼女だよ。
途中から『島風』にバトンタッチしたけれどね。

 

日向
……君も物忘れが激しいようだな。歳か?

 

ヒナセ
いっぺんに何もかんも言っちゃうと、混乱するでしょ。
てか、そういうどうでもいいことはよく憶えてるよね、ヒナタは。
いつか高齢の提督の下にでもいた?

 

日向
いや、そういうものだと何かの本で読んだ。……ええと、なんて名前の本だったかな。
それはともかく、そういうことならやはり神通に感謝せねばなるまい。鳳翔ともども私の命を救ってくれたのだから。
近いうちにでも礼を言うことにしよう。

 

ヒナセ
まぁお好きにどうぞ。

 

日向
……ところで提督。

 

ヒナセ
あん?

 

日向
神通はどこが悪いんだ?

 

ヒナセ
やっぱそう思うよね。

 

日向
これといって悪いところが見えない。ただ、時々茫洋としている。

 

ヒナセ
ボウヨウ?

 

日向
心ここにあらず、というときがあるということだ。
視線が遠いこともある。何かを探している感じがする。

 

ヒナセ
……ふむ(ポケットから手帳を出し、書き付ける)
悪いんだけどさ、しばらく神通は様子見をするから、よろしく。

 

日向
………。
口から出ているほど悪いとは思っていないだろう。

 

ヒナセ
………(ちょっとだけ目が泳いで、明後日を見る)

 

日向
まったく、艦娘使いが荒い司令官だ(荒くため息をつく)
了解した。……他の連中にも見張らせているだろう?

 

ヒナセ
さぁ?(肩をすくめる)

 

日向
……このタヌキ提督め。

 

ヒナセ
(トボけた顔で「にひっ」と笑う顔が、人を食った信楽焼のタヌキに見える)

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○ヒナセ基地 菜園第八区画。ヒナセ、神通。
神通は移植ごてを使って畑の畝にポット苗を植える作業をしている。
ヒナセ
やぁ、調子どう?

 

神通
……あ……、ず、ずいぶん、大丈夫です。

 

ヒナセ
そう? 日向が感心してた。あと、お礼もって。

 

神通
なんでしょう?

 

ヒナセ
君はとても働き者だって(地べたに座る)
鳳翔さんを回収したときにこと、憶えてる?

 

神通
……はい。

 

ヒナセ
日向はね、鳳翔さんが遠征からの戻り途中で見つけた子なの。
ほとんど機能が停止しててさ。でも、運良く生きててね。
だから君も、彼女を救った一人ってことになるね。

 

神通
……その……その時、私も一緒にいました。

 

ヒナセ
あ、そうだったっけ?(すっとぼけ)

 

神通
はい。あのとき提督は、怖い顔をして、日向さんと鳳翔さんしか見ていらっしゃいませんでした。。

 

ヒナセ
あれ、そうだったっけ?

 

神通
はい。なので、憶えていらっしゃらないのは……仕方がないことかと、思います。

 

ヒナセ
それは申し訳なかったね。
ところで神通。日向が悩んでた。
「神通はどこが悪いのか?」って。

 

神通
………。

 

ヒナセ
君がここに来るのは五度目なんだけど、回数を重ねるごとに、これといって悪いと思えるところがなくなっててね。
入渠で体自体は修復されているから、ここに来る子たちはほとんどがメンタル面に難があるわけだけど、君については、特に今回はそれすらないような感じがする。

 

神通
……ここには、お仕事が、ありますから……。

 

ヒナセ
てことは、前回配置されたところでは、仕事をさせてくれなかった?

 

神通
はい……はじめのうちは演習旗艦を中心として集中的に運用していただけるのですが、ある程度練度が上がると、待機が多くなります。前も、その前も……。

 

ヒナセ
君は特に働くことが好きだからねぇ。
燃費がいい艦なんだから、遠征要員として運用するのはアリなんだけどなぁ。

 

神通
……あ……いえ……

 

ヒナセ
ん? 遠征は苦手?

 

神通
は……は……い。あまり。

 

ヒナセ
そっか。

 

神通
………。

 

ヒナセ
わかった(立ち上がる)

 

神通
……あ……

 

ヒナセ
じゃ、今後は基地内作業を中心に仕事をしてもらおうかな。

 

神通
(やや表情が明るくなる)……いいのですか?

 

ヒナセ
艦娘も人間も個体によって得手不得手ってあるからね。
ここは療養のための基地だから、苦手なことをさせて余計なストレスをためるくらいなら好きな方向の仕事をしてもらうって方針なの。
そっちのほうが効率も上がるしさ。

 

神通
はい……。

 

ヒナセ
(懐中時計を見て)……あ。おやつの時間だ。
じゃ休憩にしよう。

 

神通
はい。ここまでやってしまったら――

 

ヒナセ
ダメダメ。すぐ休憩。ほら、手を止めて。
みんなそろわないとおやつにならないんだからね。

 

神通
は、はぁ……。

 

ヒナセ
半年ほど前に基地ルールが変わりまして。
おやつの時間とゴハンの時間は、最優先事項になったの。
ほらほら、中断中断。君を連れて戻らないと、私がみんなに叱られてしまうよ(笑う)

 

神通
(くすり、と笑って)……はい。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○真夜中 ヒナセ基地 宿舎廊下 カワチと妙高
艦娘たちの部屋を一つ一つのぞいて、異常がないか確認している。
妙高
みんなぐっすり寝ていますわ。

 

カワチ
うむ。最近はうなされる子もほとんどいないし、いい傾向だね。
基地自体が平和な証拠だ(バインダーのファイルになにやら書き付けている)

 

妙高
今は重篤な症状の子もいませんしね。
秘書業務当番以外はみんな菜園で体を動かしていますから、いい具合に疲労しているのでしょう。

 

カワチ
体を動かすことはいいことだね。
菜園の監督は日向や長門たちが細かく目を配ってくれるから、安心して任せられるよ。

 

妙高
無理をしそうな艦娘は、日向さんや長門さんがご自身の近くに配置しているようです。

 

カワチ
……まったく、面倒見がいい戦艦たちだね。重畳重畳。

 

妙高
大型の艦が小さな子たちの面倒をよく見るのには理由があります。

 

カワチ
うん?

 

妙高
特に戦艦は、長距離への攻撃には長けていますが、近接戦では無防備に近い状態になります。
水平射撃はできなくはありませんけど、あまり効果的ではないですわね。

 

カワチ
……ああ、なるほど。
戦艦たちの護衛を務めるのは軽巡や駆逐艦たちだからね。

 

妙高
ええ。私たち重巡も、戦艦ほどではありませんが、やはり駆逐艦や軽巡たちがいてくれてこそ……という部分は大きいですね。

 

カワチ
戦艦たちにちいさな艦好きが多い意味を、なんとなく理解したよ。

 

妙高
もちろん個体差はありますわよ。
私は以前、小さな子に対して極端に苦手意識を持っている大和を見たことがあります。

 

カワチ
へぇ……それはまた珍しい。私は見たことがないよ。

 

妙高
なんでも、竣工直後に駆逐艦たちから「おおきいおおきい」ともてはやされたことがストレスになったらしくて……とても珍しい例ですけども。

 

カワチ
そうだね……妙高さん。

 

妙高
………(にっこりと笑ってカワチを見ているが、返事はしない)

 

カワチ
……み、妙高?

 

妙高
はい、なんでしょう提督。

 

カワチ
あー……よかったら、見回りが終わったあと……ん?

 

妙高
……? どうなさいました?

 

カワチ
誰かいる……(懐中電灯で照らす)

 

妙高
……あら……

 

カワチ
(対象が誰かを見極めて)やぁ、お嬢さん。

 

???
……(振り向いて、ややまぶしそうに目をすがめる)

 

カワチ
消灯時間はとうに過ぎていますよ。明日も早番じゃなかったかね?

 

妙高
(カワチに小声で)さきほど部屋で眠っていましたよ。

 

カワチ
(かすかにうなずく)

 

???
………。

 

カワチ
星でもみているのかい? 今日はあいにくの曇り空だよ。

 

???
………。

 

妙高
………。

 

カワチ
………。

 

しばし緊張した空気が流れる。やがて……
???
……戻ります。すみません、でした。

 

カワチ
(ホッと息を吐いて)妙高に送らせよう。
ここには私たちしかいないとは言っても、野生の動物たちは出るからね。
なにかあってはいけない。

 

???
……だい、じょうぶです。ひとりで戻れ、ます(ゆらりと動き出す)

 

妙高
提督……。

 

カワチ
(うなずいて)彼女を送って行きなさい。
(???に向かって)妙高を同行させて、部屋に戻りなさい。

 

???
(立ち止まってカワチたちを振り返り、こくん、とうなずく)

 

カワチ
妙高。

 

妙高
はい。了解しました(???のほうに歩み、連れ添って去る)

 

カワチ
(それを見送って)………(ため息をつく)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○翌朝 ヒナセの私室
ヒナセがベッドで寝こけてる
隣には電。
朝早くからノックする者がいる。
ヒナセ
(音で目が覚めて)……誰ー?

 

カワチ
私だ。ちょっといいかい?

 

ヒナセ
……ん……着替える……。

 

カワチ
そのままでいい。

 

ヒナセ
……どうぞ。

 

カワチが入ってくる。
カワチ
起こしてすまないな。ちょっと艦娘たちには聞か……(電がヒナセのベッドで寝ているのに気がつく)……間が悪かったな。

 

ヒナセ
そのようで。

 

カワチ
ゆうべはちゃんとベッドにいた気がしてたが?

 

ヒナセ
……朝の三時半くらいだったかな。トイレで起きたついでに駆逐艦部屋を見て回ってたらね。

 

カワチ
そうか。

 

ヒナセ
他の子を起こしちゃかわいそうだし、デンはいつものことだし……で、そのまま抱っこして連れてきた。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
抱ける重さしかないのは、こういう時は助かるよね。
なぜこんなに軽いのか。原因はまだ分かってないんだけど。

 

カワチ
……艦娘としての機能をロストしていることと、関係がある……とか?

 

ヒナセ
憶測に過ぎないけどね。明石にも艦医にも分からないらしいよ、これは。

 

カワチ
そうか。

 

ヒナセ
ところでなに? 急ぎの用があるから寝込みを襲いに来たんでしょ?

 

カワチ
人聞きが悪いがその通りだよ……だが、電には聞かせられない話でね。

 

ヒナセ
……?(怪訝な顔)

 

カワチ
ゆうべ、見回りの際にちょっとね。

 

ヒナセ
ふむ? ……じゃ、あとでサシで聞きましょうかね。
どうしようか。芋掘り演習用の畑あたりにする? あそこなら人払いしやすいし。

 

カワチ
うむ。そうだな。そうしようか。
……もうそんな時期か(にこ、っと笑う)

 

ヒナセ
だねぇ。そろそろいい具合に育ってるんじゃないかなぁ。

 

カワチ
今年は負けんよ。

 

ヒナセ
私に宣戦布告したって仕方がないでしょ。審判なんだし(苦笑する)

 

カワチ
ま、それもそうだな。
たたき起こしてすまなかった。

 

ヒナセ
いいよ、どうせそろそろ起きる頃だったし。それを知ってて来たんでしょ?
ゴメンねぇ、二度足踏ませてさ。

 

カワチ
いや。……ではまたあとで。
……朝食前の作業の時でいいんだよな?

 

ヒナセ
うん(着替えようと服を脱ぎ始める)  

>
カワチ
(あわてて室外に出ながら)着替えるなら、着替えると言ってくれないか?

 

ヒナセ
……どうせ女同士だし、同期じゃない。
今更でしょ。

 

カワチ
……この朴念仁め。

 

ヒナセ
……(カワチの言葉に、肩をすくめる)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○菜園第一五区画(仮) ヒナセとカワチと妙高
全員作業着姿でしゃがんで草取りをしている。
カワチ
……ということがあってね。

 

ヒナセ
ふむ、なるほど(頭をがりがりと掻く)

 

カワチ
(妙高に)送っていっったときの様子はどうだった?

 

妙高
すこしぼぅっとはしていましたし、足取りもややおぼつかない感じでしたが、それ以上は特にこれといって。

 

ヒナセ
……ふむ。

 

妙高
一応その……妖精さんを部屋の隅に置いて出ましたけど、朝まで異常は報告されませんでした。

 

ヒナセ
ああ、妖精さんを各部屋に忍ばせておくのはいい考えかもね。

 

妙高
所属艦娘のレベルによってはできない相談ですが、悪くはないと思います。

 

ヒナセ
へ? そーなの??

 

妙高
ええ。妖精さんのレベルは所属艦娘のレベルと大いに関係していますので。

 

カワチ
ヒナセに)高レベルの艦娘に所属している妖精さんのほうが、低レベル艦の妖精さんよりも高難易度の仕事ができるだろう?

 

ヒナセ
……ああ、言われてみれば。

 

カワチ
士官学校で習っただろう。

 

ヒナセ
使ってない知識は忘れちゃうのが人間ですよ。

 

カワチ
(やれやれ、とため息をつく)
まあウチの妙高型たちや君の鳳翔さんレベルなら、大丈夫だ。
隼鷹や武蔵の妖精さんも使えるかな。

 

ヒナセ
あの二人じたいがやりたがるかどうかは別だろうけどね。
……なら、赤城と長門、いちおう日向も大丈夫かな。

 

カワチ
専属艦たちなら大丈夫かな。……というよりは、そのあたりだけにしておいた方がいいだろう。
そもそも妖精さんに艦娘を見張らせるということ自体、あまりいいことじゃない。

 

ヒナセ
だねぇ。
 

カワチ
秘密保全のためにも、できるだけ少ないメンバーで対応した方がいいだろうね。
選ばれた子たちはちょっと大変だが。

 

ヒナセ
OK。じゃ、そうしよう。選定は任せちゃっていいかな。

 

カワチ
了解した。一四〇〇(ヒトヨンマルマル)に草案を提出します。

 

ヒナセ
うん、おねがいします。
ところでさ、ちょっとねぇ……まさか……とは思ってることがあるんだけど。

 

カワチ
なんだい?

 

ヒナセ
んー……開示はまだ控えよう。

 

カワチ
もったいぶるな?

 

ヒナセ
んにゃ。……ちょっと考えがまとまってないの。
考えというか、思考の方向性というか。

 

カワチ
……ふむ?

 

ヒナセ
まとまったらすぐに話す。
約束するよ。たぶん、私だけじゃ、手に負えない。
そんな予感がする。

 

カワチ
All right ma'am.
君を信じるよ。

 

ヒナセ
……うん。ありがとね。

 

カワチ
どういたしまして。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○夜中 ヒナセ基地 菜園第一五区画(仮)
懐中電灯を持ったヒナセが歩いてくる。見回りらしい。
ヒナセ
……ん?
(前方を照らして)誰?

 

???
………。

 

ヒナセ
(ため息をついて)……ここは今、立ち入り禁止区域だよ?

 

???
……あ、その……すみません……。

 

ヒナセ
……って、知ってるよね。
以前君はここでやる行事に参加したことがある。

 

???
あ……はい……いえ、失念して、いました。

 

ヒナセ
そう。じゃ、今日は見逃そうかな。
別段、芋畑を調査している感じじゃないし。

 

???
ありがとう、ございます……。

 

ヒナセ
じゃ、そこから早急に出て。
で、ちょっとだけ私に付き合ってもらおうかな。

 

???
……え……。

 

ヒナセ
他の子たちの手前があるからね。今日、君は私と夜間の見回り当番だった。
そゆこと。

 

???
はい……お気を遣わせて、申し訳ありません。

 

ヒナセ
とにかく、出ておいで。

 

???
……はい(芋畑区画から出てくる)

 

ヒナセ
じゃ、これ持っ……あ、君たちには必要ないか。

 

???
いえ、お持ちします。
足下を照らしましょうか。

 

ヒナセ
んにゃ、私にも必要ないよ。見えてるでしょ、私の目。

 

???
はい。

 

ヒナセ
調子が悪いときは、一切合切見えないんだけどねぇ。
反対の意味で調子が悪いと見えすぎる。面倒な目です。
これを使いこなしている君たちは、ほんとうにすごいね。

 

???
よく、わかりませんが……提督のそれは、あとから装備されたのですか?

 

ヒナセ
うん、そう。事故でね。
ヒトの目は生まれついてこんなに高性能じゃないからね。
もっと機能制限で作れれば良かったんだろうけど……もしかしたら今は 作ることができるのかもしれないけど、私のこれに関しては、あまり相性が良くないみたい。
ときどき、(頭を指先で軽く叩いて)ここで上手く映像が結べなくて、 なんとも形容しがたい世界が見えます。
君たちにはそんなこと、起こらないんだよね?

 

???
私自身は経験はありませんが、以前の基地にいた古鷹さんが、そんな感じのことを、おっしゃってました。

 

ヒナセ
古鷹……あー……なるほど。

 

???
ご本人は笑いながら『老朽艦って嫌だね』と。

 

ヒナセ
ふむ……そうか。
今の話、上に報告して良いかな?

 

???
……え……で、でも、聞いた話、ですよ。

 

ヒナセ
んにゃ、そういう話こそが貴重だから。
入渠したり高速修復材を使ったり、明石に直してもらったり 常にメンテナンスをしているからか、自分の体の不調に疎い子が多くてね。
実際に、建造されて何年後くらいから“老朽”のラベル付けをすれば いいのかとか、艦としての寿命はどのくらいなのかとか、よく分かっていないことがまだ多すぎるんだよ、君らは。
ところで、その古鷹は、そのとき何年生だったのか、聞いてない?

 

???
はい。

 

ヒナセ
そっか。

 

???
でも、たぶんですが、私なんかよりははるかに長く就役されている艦娘ですから。

 

ヒナセ
……なるほど。
ありがとう。参考になった。

 

???
え……あ……はい…(嬉しそうにはにかむ)

 

ヒナセ
………(その表情を見ている)
じゃ、そろそろ行こう。

 

???
はい……。

 

ヒナセ
君のような護衛が付いててくれると、心強いよ。
慣れていると言っても、やはりひとりはちょっと怖いからね。
ときどきはこうして、付き合ってくれるよ助かるかなー。

 

???
は、はい……(うつむくが、その口がもにょりと笑っている)

 

ヒナセ
………(それをと横目でチラリと盗み見た)

 

二人の足音が闇に吸い込まれていくが、
 片方の足音はやや軽く弾んでいる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○山向こうの廃集落 旧某家半地下の納屋
ヒナセがあちこちひっくり返して家捜しをしているようで…。
 
やぁ。精が出るね。

 

ヒナセ
(顔を上げる)……お疲れ。ひとり?

 

声の主はカワチ。
カワチ
ああ。妙高さんと那智が“境界”まで送ってくれたが、そこから先は一人で来たよ。

 

ヒナセ
道が悪かったろうに。

 

カワチ
いやなに、誰かさんが作ったけもの道が案外しっかりしていてね。そうでもなかった。

 

ヒナセ
(肩をすくめる)

 

カワチ
(見回して)修理しているのかい?

 

ヒナセ
んにゃ。……知ってるでしょ、私の不器用さ加減を。

 

カワチ
そういえばそうだったね。しかし、ずいぶんとあちこち修繕してある感じがするが?

 

ヒナセ
ときどきお供に日向が付いてくる。

 

カワチ
ああ、なるほど(納得してうなずく)
手先が器用な部下がいると、何かと助かるな。

 

ヒナセ
そーだね。

 

カワチ
いつかここに住むのかい?

 

ヒナセ
さてね。でもまぁ、退役したら、本土に戻ってもしょうがないのは確かだけど。でもここに住むのもいろいろ面倒だからねぇ。
なにかあるたびに本土か本島に行かなきゃなんない。そんな体力も気力も、退役後には残ってなさそう。
となると、やっぱここは放棄かなぁって。売ろうにも売れない土地だし。

 

カワチ
にしては、かなりしっかりと補修しているようだが?

 

ヒナセ
日向がね、中途半端に修理してあったり壊れてたりするのが、どうにも我慢できないらしい。
なので、私を待つあいだ好きにさせてたら、こうなってった。

 

カワチ
なるほど。

 

ヒナセ
母屋のほうは、今度来たときに解体すると、前回来たときに言ってた。
なもんで、ここをもう少し片付けて、母屋から掘り出されるだろうもので使えそうなものがあったら、こっちに置いとこうかなって思ってね。

 

カワチ
いっそこっちに住めば良い……というか、基地を移したらどうだい?
こっちのほうが艦を係留しやすい場所があるじゃないか。

 

ヒナセ
もともと港だったところだしね。

 

カワチ
だったらなおのこと好都合ではないのかい?

 

ヒナセ
………(ガリガリと頭を掻いて)
さすがにそうはいかないでしょ。
そもそも海軍との取り決めで、“境界”はお互いに不可侵だったし、今もその取り決め事項は生きている。

 

カワチ
は?

 

ヒナセ
そのように基地建設の際の基本書類には書いてあったよ。
境界の向こうの“民間人”については、具体的なことは一切が伏せてあるけどこの島の半分はそこからの借地で、さらに“民間人”との接触は、“民間人”側から要請があれば基地から助力することは惜しんではいけない。
……とはなっているけど、そもそも当時は基地なんてどこにもなかったし、だから境界なんか厳格に守られてはなかったけどね。主に子供たちが領土侵犯をね。

 

カワチ
ほう。
この島全体が君の父上たちの所有物だとばかり。

 

ヒナセ
まぁそうなんだけど、厳密にはちょっと違っ……て、ここにそんな話をしに来たわけじゃないよねぇ。

 

カワチ
だね。失礼した。

 

ヒナセ
いえいえ
……じゃ、本題に入ろうか。
(納屋の一角に置いていたずた袋の中から分厚いファイルを取り出して開く)

 

カワチ
……で、君の見立てではどうなんだい?

 

ヒナセ
クロだね(きっぱりと)

 

カワチ
大いに自信アリだね。

 

ヒナセ
……口で言ってるほどには、自信はないよ。

 

カワチ
ほう?

 

ヒナセ
万が一、ハズしてる可能性がないわけじゃない。  

カワチ
さすがヒナセ提督、慢心しないね。

 

ヒナセ
おだてても何も出ません。

 

カワチ
そういうところも変わらないね、君は。

 

ヒナセ
……(じろり、と左目だけでカワチを見て)カワチ少将。

 

カワチ
(相手がかなり本気で機嫌が悪くなっていることを察して)失礼しました(すっと頭を下げる)

 

ヒナセ
……君もそういうところ、昔からかわらないね(素っ気なく言う)

 

カワチ
恐縮です。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヒナセ
(ファイルをめくりながら)憶えてないかな。昔、姫提督(アサカ中将のこと)麾下の艦隊で、 なにひとつ問題はなかったのに、進軍中にいきなり沈んだ艦があったのを。

 

カワチ
……(顎に手を当て、んー?と天井を見つめて)
……ああ……そういえば。
(ヒナセのほうを見る)アレは十年くらい前だったか……。
私がアサカ提督の配下になって、君と再会したこ……ろ……
……まさか……?

 

ヒナセ
まさか、だと思いたい。
いちおう次長に、当時の報告書の写しを送ってもらった。
事故艦のシリアルナンバーが書いてあったはず……って思い出してね。
(ファイルの外装をトン、と叩いて)これの最終報告書は私が作成したから。

 

カワチ
さすがメモ魔のヒナセ少将。
君の記憶力には、毎度頭が下がりますよ。
……で、どうでしたか?

 

ヒナセ
残念ながら、違ってた。
……もっとも、ドロップ艦だから新規のナンバーを割り当てられているんで、 違ってて当然なんだけど。

 

カワチ
ふむ(真顔で)……だのに疑っている?

 

ヒナセ
………。
オマエさんは途中で担当を離れたから知らないだろうけど、妙に符合することが多くてさ。
だから、ちょっと疑ってる。艦種も同じだし。

 

カワチ
……なるほど……と言いたいところだが、ちょっと首肯しかねるな。
偶然と考えるにはタイミングが良すぎないか?

 

ヒナセ
いやー、単なる偶然でしょ。
『事実は小説よりも奇なり』って言うじゃない。きっとそれだよ。

 

カワチ
うーん……。
そうかもしれないが、偶然と片付けてしまうにはちょっと……

 

ヒナセ
ドロップ艦が、どういうプロセスで発生するのかはまだ解明できていないけれど、 一度沈んだ艦がなんらかの理由で再浮上してくるという説は、ほぼ間違いがないと思う。
一説には、『沈んだ艦が深海棲艦となって我々を襲い、我々はそれを倒す。倒された深海棲艦の何パーセントかが元の艦娘に戻って再浮上し、我々に回収される』
………。
この説を採る場合、倒された深海棲艦が落としたように見えたり感じたりする。
だから『ドロップ艦』と呼ばれているけど、そうじゃないのかもしれない。

 

カワチ
(怪訝な顔で)……というと?

 

ヒナセ
もしかしたら、深海棲艦と艦娘の因果関係は、 我々が考えているよりも、もっと希薄なのかもしれない……ってことだよ。
単に、深海棲艦と艦娘の戦闘がきっかけになっている、というだけで、 深海棲艦=(イコール)沈んだ艦娘……ではない、ということさ。
だが、この説を採るのも、かなり無理がある。
とすれば、どっちでもなく、どっちでもあるのかもね。もちろん仮説に過ぎないのだけども。

 

カワチ
それはまた……壮大すぎる仮説だな。
だが……

 

ヒナセ
なんとなく納得したくなるでしょ。

 

カワチ
そもそも、艦娘と深海棲艦、どっちが先だったのだろうな。

 

ヒナセ
さてね。そこは最高レベルの軍事機密みたいで、ヒロミさんの……いや、 ヒロミさんの父上……艦政本部長の権限を持ってしても情報開示はできなかったみたい。

 

カワチ
相変わらず、天上陣営(てんじょうじんえい)の仕組みがよく分からないな。
艦政本部は艦娘の諸事を取り扱う官庁ではないのか。

 

ヒナセ
……あすこは、艦娘建造の権限と研究、新型艦娘の開発計画を担当している官庁ってだけだからさ。軍事的というよりも研究機関の色のほうが強いね。
技官や学者が多い印象かな。……そうそう、明石、大淀、間宮、伊良湖、そして赤城の五艦だけは、ある程度狙って建造できるみたいよ。

 

カワチ
さすが、詳しいな。

 

ヒナセ
……詳しくなんか、なりたくなかったさ。
おかげで、この島から出られなくなっちゃった。
私の出世もここまでかね。

 

カワチ
(肩をすくめ、口をゆがめて笑う)これさいわいにと居座っているくせに、どの口がいいますかね、それを。

 

ヒナセ
戻ってこなくていいのに戻ってきて、出世を棒に振った人に言われたくないかな、それは。

 

カワチ
……これは失礼。

 

ヒナセ
いえいえ、お互い様だけどね。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カワチ
ところで、そろそろ本題に入らないか?

 

ヒナセ
……そうだね。
この基地の司令官として思っていることは、まぁこれは「ゆゆしき問題」だね。

 

カワチ
その心は?

 

ヒナセ
カワチ副司令、当基地の主任務は?

 

カワチ
様々な問題……特にメンタル面での問題を抱える艦娘たちの修復と、それに付随する観察と記録です。

 

ヒナセ
そのとおり。
あと、そういう問題の諸元となっているものの特定と告発も、実は秘密裏に行ってます。
もっとも、たいがい被疑者死亡であることのほうが多いので、告発まで行ったのは、過去に二回しかないけどね。

 

カワチ
……それで、あんなに執拗なメモを取るわけか。

 

ヒナセ
まあね。しかしまぁ、これは完全なる副産物でしかないけどね。
艦娘たちに害をなす連中に同情の余地はないし、できることなら根絶して欲しいところではあるけど、だからといって私はMPでも軍検察や軍事裁判所の検事官でもないから、正直、誰かを裁くための準備をするのは、あまり良い気持ちではないよ。

 

カワチ
ふむ。

 

ヒナセ
さて今回の件だけど、こんなに何度も出戻ってきた艦娘は他にはいないんだよね。
戻ってくることそのものについては、特に問題とは思わない。
気がつかれなかったり隠されたりして、沈んでしまったり、秘密裏に処理されてしまう方が問題が大きいと私は思う。
日々量産されているからといって、艦娘たちは使い捨てしていいものじゃない。
兵器とはいえ、人格があり感情も持っているからね。

 

カワチ
それはそうだ。そのように士官学校でも『艦娘は大事に扱え、しかし馴れ合うな』と叩き込まれるからな。

 

ヒナセ
その割には、扱い方が酷かったり馴れ合いすぎてたりして、軍規違反が横行してるけどね(チラリとカワチを見る)

 

カワチ
まぁそう言ってやるなよ。
……我々は戦争をしているんだ……それも、得体の知れないモノを相手にだ。
どこかでガス抜きをしてやらないと、人間のほうが先に参ってしまうよ。 なにせ我々には艦娘のようなメンタルコントロールが施されてないからな。
だからといって艦娘に対してどんな扱いをしていいということにはならんがね。

 

ヒナセ
(肩をすくめる)まぁそんなこんなだから、どこかおかしいなら、ここに預けられたり戻されるほうが、万倍もマシだと、私は考えてる。
もちろん、ほんのわずかな運がいいかもしれない子たちだけがここに来ているわけだけど。

 

カワチ
そこはもう致し方ないところだな。すべてを受け入れるには、ここのキャパでは小さすぎるし、問題が露見するのもわずかな数しかいない。

 

ヒナセ
分かってる。
私がここでできることなんて、砂粒ひとつくらいの分量でしかないよ。
問題が発覚した子すべてを受け入れることなんて、とうていできない。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
話を戻そう(ふぅっと息を吐く)
とにかく目の前の問題をどうにかしないと。
私はね、あの子を引き取ろうかと思っている。

 

カワチ
君の艦(ふね)として?

 

ヒナセ
いや……とりあえずは基地専任艦として。
軽巡は運用しやすいから。

 

カワチ
演習や遠征旗艦として運用するといいかもしれないな。

 

ヒナセ
……いや、遠征旗艦はまだ無理かな。
ここに何度も戻ってくるのは、思い違いじゃなければ「私のそばにいたい」からだと踏んでいる。

 

カワチ
なるほど。

 

ヒナセ
今は君もいるから、ちょっと様子が変わっているかもしれないけど、とにかく『提督の』役に立ちたい、それも直接……って思ってる節があるんだな。もしかしたら潜在意識があるだけで、本人に自覚はないかもだけどね。

 

カワチ
思い当たる節があるんだな。そう言うということは。

 

ヒナセ
まぁね。
褒めるとさ、はにかんだり困ったそぶりを見せるんだけど、一瞬だけ口の端が、実に嬉しそうに笑うんだよ。
気がつかない?

 

カワチ
そういえば……。なるほど、これは根が深そうだ。

 

ヒナセ
余所に回されれば、そのたびにリセットされて無改造状態になるじゃない。
無改造だと運用しづらいから、そこそこのレベルに上がるまで、海域に出してもらえないことが多いと思うんだよね。
あの子は自分のレベルが上がるまで待てないタイプなんじゃないかな。
だから、『提督』の役に立てないって思い込んじゃって、不調に陥る。……詐病の可能性も捨てきれないけどね。

 

カワチ
詐病だとしたら、論文が一本書けるくらいの症例になるな。
そんな高度なことをした例は、今までないだろう?

 

ヒナセ
公式の記録にはないね。もしかしたら、本当に初めてのケースかも。

 

カワチ
もしそうなら、艦娘も、ごくごく緩やかではあるけども、進化しているってことになるかしれないな(やや興奮気味に)

 

ヒナセ
(その様子を見て、ため息をつく)それもあってさ、手元に置こうと思ってんの。
もし本当に進化していて、それが露見でもしたら、それこそ処分されかねない。
ここに置いておけば、私が口をつぐんでいる限りはその心配はないからね。

 

カワチ
まぁそうだが……ちょっとリスクが高くないか? その仮説が事実だったとしたら。

 

ヒナセ
まぁね。とにかく、姫提督に直接相談した方がいいかもしれない。
早いがいいだろうから、今日アポ取って、早ければ明日にでもちょっと本部に行ってこようと思う。
急にで悪いけど副司令、留守番をお願いできますか?

 

カワチ
了解しました。で、誰で行きます?

 

ヒナセ
うーん……そうだなぁ……足の速い子。あと鳳翔さんとデン。

 

カワチ
(えへら…と笑う)

 

ヒナセ
……ん? なに?

 

カワチ
そこはいつものメンバーなんだなって。

 

ヒナセ
デンはどこにでも連れて行ってるでしょ。

 

カワチ
いや、鳳翔さん。

 

ヒナセ
美味しいゴハン、食べたいじゃない。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
なによ?

 

カワチ
いや……君こそ艦娘の運用を微妙に間違っているなと思っただけだよ。

 

ヒナセ
……艦載機の哨戒と直掩があったほうが、安全でしょ!

 

カワチ
はいはい。そういうことにしておきましょうか(ツボに入って肩が震えている)

 

ヒナセ
………(それを見て、盛大に顔をしかめる)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○同夜 二二四〇(フタフタヨンマル) 司令官室
ヒナセと鳳翔が居残って仕事をしている。
ヒナセ
鳳翔(おかあ)さん、そろそろ上がって下さい。
明日は早いですし。

 

鳳翔
いえ……まだ終わっていませんので。
提督のほうこそお休みになって下さい。

 

ヒナセ
私は艦の中で寝られるので。それに……

 

鳳翔
はい?

 

ヒナセ
いえ……。

 

鳳翔
………。
明日の旗艦はわたくしではないのでしょう?

 

ヒナセ
(書類から目を外さず)……ええ。大淀です。
即行で往復したいので。

 

鳳翔
でしたら、もう少しお付き合いいたします。

 

ヒナセ
いや……鳳翔さんには、艦載機で索敵と直掩をお願いしたいので、早く休んで、明日に備えて欲し……(不穏な空気を察し、顔を上げて鳳翔を見る)

 

鳳翔
………(超絶渋い顔)

 

ヒナセ
………(目が泳ぐ)
お、お茶を入れてくれませんか? 飲んだら今日は上がります。
目処が付きましたから。

 

鳳翔
……承知いたしました。

 

鳳翔、書類をまとめて立ち上がり、書類棚に戻して給湯に消える。
ヒナセはその様子を見送り、ホッと息を吐くと眼鏡を外し、眉の根元を親指で押さえて顔をしかめる。
ヒナセ
……まぶし……この、ポンコツ目め。

 

デスク上に置いている室内電灯のリモコンに手を伸ばして取り、ボタンの一つを押す。
ピッと軽快な音が鳴って、室内灯が一段階光量を落とす。
ヒナセは顔をしかめたまま、二回、三回とボタンを押し、そのたびにピッと音が鳴って部屋が徐々に暗くなる。最後の一押しで「ピー」と小さく甲高い音が鳴ると同時に明かりが消える。
月は出ていず、星明かりのみの夜。
暗がりの中。ヒナセは窓辺に立ち、海を見る。波の音が聞こえる。

コツコツ…と控えめなノックの音。
ヒナセ
(眼鏡をかけ直し、音の方にゆっくりと向き)……誰かな?

 

 
あの……

 

ヒナセ
ああ……どうぞ。

 

扉を開けて入ってくる黒い影。
中が暗いのでたじろいだ様子を見せる。
ヒナセ
こんな時間に何かな? 神通。

 

神通
……あの……。

 

ヒナセは左目を閉じ、右目で神通を見た。
胸の前で組まれた手に、ナイフがある。
ヒナセ
(つま先に力が入る…が、表面上は平静を装っている)
どうした?(小首をかしげる)

 

神通
あの……明日……

 

ヒナセ
うん?

 

神通
鹿屋に……行くと、伺って。

 

ヒナセ
うん、行くね。それがどうかした?
もしかして、お土産のおねだりかな?(軽くおどけて言う)

 

神通
いえ……その……

 

ヒナセ
必ず持って帰るねって安請け合いはできないけど、それでもいいなら受け付けますよ。

 

神通
わたし……わたし……を……

 

ヒナセ
………。

 

神通
他所に……やらないで……くだ……さ……
私……(手に持ったナイフがカタカタと揺れる)

 

ヒナセ
危ないからさ、それ、仕舞おうか?
こっちにくれるかい?(ゆっくりと神通に手を差し伸べる)

 

神通
こ……ここ……に……

 

ヒナセ
うん。大丈夫だよ。余所にはやらない。だから……(じり…と神通のほうに踏み出す)

 

神通
嘘です!! 提督……提督は、私を……私を他所にやるために……
やるために……鹿屋に……行く、んでしょう!?
(手に持ったナイフをさらに固く握りしめる。そのはずみで刃がヒナセの方を向く)

 

ヒナセ
違うよ。落ち着いて。落ち着いて、神通(差し出した手を引っ込めて、両手のひらを神通に見せてかざす)
君は、余所にやらない。その話をしに、明日鹿屋に行くんだ。ホントだよ。

 

神通
……本ト……ですか?
ここに、ずっといて……いいの?

 

ヒナセ
本当。本当。なんなら、カワチに聞く?
このことは、副司令も承知してることだから。

 

神通
………(ホッとした様子だが、その目はヒナセと凝視している。ヒナセの言葉を信じようと内心で葛藤している)

 

ヒナセ
君を、基地専任艦として、ここに引き取れないか、アサカ提督にお願いしようと思ってる。
さっきも言ったけど、このことは、カワチ副司令にはすでに話して了承済みだよ。

 

神通
………。

 

ヒナセ
君はドロップ艦の発見率が高い。ウチにとって大変有用な子だからね。
だから……

 

常にヒナセにくっついている鳳翔所属の妖精さんが、ヒナセの耳の後ろの髪の中からぴょこっと顔を出す。位置的に神通からは見えない。
妖精さん
てーとく、鳳翔さまからのエマージェンシーコールを受けて、カワチ提督がこちらに向かっているとのことです。

 

ヒナセ
だから……
(胸の前で上げている両手のひらを一回結び、そして広げる。妖精さんはこれを了解の合図と受け取った)
だから……。

 

神通
………。

 

ヒナセ
(カワチがこちらに来ているのはいいとして、タイミングを間違ったら最悪の事態になるなぁ、と思いつつ)
まずは手に持っているそれを、こっちにくれるかな? (再びゆっくりと手を差し伸べる)
……ところでそれ、どこにあったの? 倉庫かな? それともキッチンかな? (もっと有益なこと言えないのかね、自分は、と思っている)

 

神通
嫌です。

 

ヒナセ
(冷や汗がどっと背中を伝う感触)

 

神通
これを渡したら……余所にやられてしまう……。
前の前、がそうだった……から……。

 

ヒナセ
あー……(前々回、ここに送られてきた直前に何が起こったのか、なんとなく察した)
落ち着こう神通。さっきも言ったように、もう君を余所にはやらない。
君を基地専任艦にする申請をするために、明日から本部に行く。それだけの話だか……

 

神通
……え……?(目が見開いて、視線が遠くなる)

 

ヒナセ
(神通の様子にすぐに気がつき)ん? (急いで振り返って、神通の視線の先であろう方向を見る)
……え!? ちょ……っ……

 

ヒナセの目が、こちらに向かって飛んでくる何かをはっきりと捉えた直後、それが視界いっぱいに広がる。
ヒナセは思わず、デスクよりも低くしゃがみ込むと、飛来物はヒナセのデスクを超えて、司令官室の床、神通の手前に直撃する。
続いて二波三波と飛んできて、ほぼ同じ場所に落下する。司令官室が轟音に包まれる。
ヒナセは耳を塞いでデスク下に逃げ込み、神通は何が起きたのか理解できずに立ちすくんでいる。
提督!

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
司令官室の扉を蹴破って、日向と長門が飛び込んでくる。
日向が神通の持っているナイフを叩き落とし、羽交い締めにして確保する。
長門は散乱している飛来物をかき分けて、司令官デスクの下からヒナセを引きずり出す。
長門
……無事か?

 

ヒナセ
(引きずり出されながら)……なんとか……。
耳が割れるかと思った。もうちょっとお手柔らかに頼むよ。

 

長門
すまないな。可及的に速やかに、かつ被害を最小にとどめて神通の足を止めさすには、これしか思いつかなかった。

 

電気が点けられて、カワチと鳳翔が入ってくる。
司令官室にドラム缶がいくつも散乱している。
飛来物はこのドラム缶で、大きな音が出るよう、中は空のようだ。
カワチ
大丈夫ですか? 司令。

 

ヒナセ
……手荒な真似は止してよね。誰の立案なの?

 

日向
すまない、私だ。

 

ヒナセ
ヒナタか……(はー、とため息をつく)
ああ、神通は解放して。もういいでしょ。

 

カワチ
しかし……

 

日向
(心配そうな顔)

 

ヒナセ
ナイフを奪ったなら、もういいです。
……ところで、この芸術的な投擲をしてのけたのは、誰?

 

カワチ
武蔵だよ。海から……ほら。

 

カワチが指さした先の海に、『武蔵』の黒い影。
てっぺんの戦闘指揮所に武蔵と隼鷹とドラム缶の影。
ヒナセ
(窓からそれを見て、ため息をつく)
(振り返って)ヒナタ、神通を放してやって。

 

日向
……わかった(神通を立たせて、離れる)

 

ヒナセ
(神通の前に行って)すまなかったね、神通。
……落ち着いた?

 

神通
……はい……申し訳、ありませんでした……。

 

ヒナセ
いや、謝るのはこっちなんだよ。
君が今夜、ここに来るように仕向けたのは、私でね。
一部フェイクの情報を流したんだ。
まさかナイフを持ってくるとは思っていなかったから、ちょっと大ごとな感じになっちゃったけど。

 

神通
すみません……私……わた……

 

ヒナセ
(室内にいる他の連中を見回して)ウチの専任艦……特に戦艦クラスはやることがおおざっぱでね。

 

日向、長門が心外だと言わんばかりに顔をしかめる。
ヒナセ
でもさ、みんな私やカワチによく仕えてくれるし、小さな艦たちの面倒見もいい。
どう? 彼女らと一緒にやっていけそう?

 

神通
………。
私……もう、駄目です……提督を……

 

ヒナセ
………。

 

神通
だからもう……解……

 

ヒナセ
解体はしないよ。

 

神通
……!

 

ヒナセ
その必要はない。

 

神通
でも私……おかしいんです。
はじめはそんなことないのに、だんだんと、提督の一番でいたくなって……
提督と私以外いらないって……そう、思ってしまって……
でも……でも、そんなこと……できっこないのに……でも……それが、すごく嫌で……

 

ヒナセ
(ガリガリと頭を掻く)君はたぶん、人間を好きになりすぎるんだ。
それは悪いことではないけど、危険なことでもある。
あと、君は艦娘を大勢持っている提督や、大規模の基地にいるよりも、ここみたいに小さくて、所属の艦娘がコロコロ変わるところがいいのかもしれない。
どうだろう? ここで基地専任艦として、正式に着任してみないかい? それで様子を見て、それでも駄目だと君が判断したら、私にそう申告して下さい。
その時は、私が責任を持って、君を解体します。

 

神通
……!

 

ヒナセ
でも憶えていておいて。
私はね、資材にするしかないほど損傷している艦や、うまく建造できなかった未生成艦しか解体したくないんだ。
君たちには、ヒトにより近い『心』がある。そんな君らを解体するというのは私にとっては人を殺すことと同じくらいに罪深いことなんだよ。
だから、そんなことを私にさせないよう、君もできる限りの努力をしてほしい。

 

神通
はい……。

 

ヒナセ
それと、これは提案なのだけど。

 

神通
はい?

 

ヒナセ
もし君が基地専任艦となることに同意をしてくれるなら、鹿屋に一緒に行こう。
一緒に行って、その場でできる手続きは、すべてやってしまおう。
どうかな?

 

神通
………(しばらく黙っていたが、やがて、こくり、とうなずく)

 

ヒナセ
じゃ、決まり。
(顔を上げて、カワチに)カワチ副司令。明日の旗艦は長門で行きます。

 

カワチ
……は? はい、了解しました。
しかし司令、足が速い艦をと、おっしゃいましたが?

 

ヒナセ
うん。ちょうど良いから、『長門』と『鳳翔』の最速航行の実験と訓練をやりながら行こうかなって。

 

カワチ
つまり、今から罐を用意しろ、と?

 

ヒナセ
明石と日向がいれば、なんとかなるでしょ(にへら、と笑う)

 

カワチ
………(渋い顔)

 

日向
(同じく渋い顔で)わかった。明石を叩き起こして何とかしよう。
『鳳翔』はともかく『長門』は湾内に置けないから、『明石』を外に出すぞ。妖精も総動員しなくてはな。

 

ヒナセ
うん、それでいいです。ありがと。よろしくお願いします。
(周りを見回して)さて、みんな。今日のところは解散しよう。
日向、明日の出発は、一三〇〇カッコ「予定」で。

 

日向
朝イチじゃないのか?

 

ヒナセ
なんか疲れちゃったからさ、ここの後片付けは明日の午前中にやって、のんびり出たい。
高速罐を積むなら、午後から出てもなんとかなるでしょ。

 

日向
………。
わかった。
まったく、不器用な司令官だな。

 

ヒナセ
(すっとぼけて)何のコト?

 

日向
ま、好きにするが良い。
鳳翔と長門は一緒に来てくれ(作業のために部屋を出て行こうとする)

 

鳳翔
はい。

 

長門
うむ。

 

鳳翔
では提督がた、お先に失礼いたします(一礼して、日向の後を追う)

 

長門
(出て行こうとして、ふと立ち止まり)提督、武蔵と隼鷹はこのまま直帰させる。明日の朝にでも労ってやってくれ。

 

ヒナセ
了解。そのようにするよ。
艦を『明石』に付けたら、君たちも早く休んで。

 

長門
うむ、了解した。では失礼する。

 

日向、鳳翔、長門は、それぞれの作業準備のために部屋を出て行く。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
部屋の中に残っているのは、ヒナセ、カワチ、神通。
カワチ
まったく。
艦娘使いが荒いのは今に始まったことではないが、感心しないな。

 

ヒナセ
まぁいいじゃない。

 

カワチ
あと、思いつきで、いとも簡単に予定を変更するのも頂けない。

 

ヒナセ
(至極ごもっともなので苦笑する。人の悪い信楽焼のタヌキのような顔になる)

 

カワチ
……と、言うべきことを言った上で、さらに言おう。
(大きくため息をついて)無事で良かった……ヒナセ。そして神通も。

 

ヒナセ
……ありがと。

 

カワチ
こんなに肝が冷えることは、金輪際無しにして欲しいよ。

 

ヒナセ
軍人である以上、命のやりとりは常に背中合わせじゃない。

 

カワチ
そういう意味ではないよ。

 

神通
あの……す……すみません……。

 

カワチ
いやいや、君が悪いわけじゃないよ神通。悪いのは、この信楽焼のタヌキのほうだよ。

 

ヒナセ
あ。ひどい。

 

カワチ
君がこういう無謀な計画を立てて実行するたびに、何度でも言ってやるさ。
じゃないと、分からんヤツだからな。

 

ヒナセ
……レーコさん、怒ってる?

 

カワチ
かなり本気でね。

 

ヒナセ
ホントにごめん。

 

カワチ
(息を大きく乱暴に吐く)

 

 こんこん、と小さなノック音。
カワチ
誰だね?

 

 
私だ。神通を迎えに来た。

 

カワチ
……那智か。お入り。

 

那智
失礼する(嫌な音を立ててドアが軋みながら開き、那智が入ってくる)
長門たちから話は聞いた。明日、神通も連れて行くなら、そろそろ休ませてやったらどうだ?

 

カワチ
……あ。

 

ヒナセ
すっかり忘れてた。

 

那智
まったく、ひどい提督たちだな。

 

ヒナセ
(那智の意図に気がついて)じゃ、お願いしようか。
神通、明日の朝の作業は……

 

神通
(表情が曇る)

 

ヒナセ
……あ、いや、やっぱりやってもらおうか。
私は明日、たぶん寝坊するので、私の代わりに鶏小屋の玉子を回収してくれる?

 

神通
(にこ、と笑って)了解しました。

 

ヒナセ
よろしくね。じゃ、おやすみ。
那智も、よろしく。

 

那智
うむ承知した。お先に失礼する。
(神通を促して部屋から出ようとしたところで立ち止まって振り返る)
……アキラ、妙高姉(あね)から伝言だ。
「今夜はゆっくりなさいませ。ただし、とぐろを巻かない程度に」
以上だ。

 

カワチ
あ……ああ。分かった。
おやすみ那智、神通。

 

那智は神通を伴って、部屋を出て行く。
司令官室の扉が、ギギ…っときしんだ音を立てて閉まった。
ヒナセ
……ドアを取り替えないと。

 

カワチ
君が本部に行ってる間に、直しておくよ。
 

ヒナセ
………(意味ありげにカワチを見ている)

 

カワチ
……なんだい?

 

ヒナセ
んにゃ……。

 

カワチ
那智のことだろう?

 

ヒナセ
……君の艦(ふね)だしね。
ただまぁいつの間に? とは思った。

 

カワチ
例の一件以来だね。
今のは職務じゃなくてプライベートとして来たんだろ。
ちなみに、妙高さんもプライベートでは名前で呼ぶよ(うふうふと嬉しそうに言う)

 

ヒナセ
……あそ。好きにハーレム形成してろ。
とにかく問題がないのならそれでいいよ。

 

カワチ
なんだい? 妬いてくれてるのかい?

 

ヒナセ
それ、ゼッッッッタイにないから!!

 

カワチ
そうか、それは残念だ。私は君と鳳翔さんのあいだにある、誰にも割り込めない関係にいつも嫉妬しているのだけれどね(にっこにっこ笑いながら)
特に仕事中、執務室で見せつけられるのは、実に心が苦しい。

 

ヒナセ
だから! そういうのは止めろって、何度言ったらわかるかな!!
私はそういうの――

 

カワチ
そんなに照れなくてもいいじゃないか。

 

ヒナセ
照れてない!!

 

カワチ
(ヒナセを捉えて首に腕を回してヘッドロックし、顔を近づける)
まぁまぁ。今夜は何もなければ、私は妙高さんとベッドの上でデートの予定だったんだ。それがオシャカなったからな。このオトシマエはきっちり払ってもらおうか。

 

ヒナセ
ばっ……マジで止めてよね!!(カワチの顔を遠ざけようと押すが、動かない)

 

カワチ
(耳元で)まぁそう言わずに、一杯付き合ってもらおうか。
(冷えたサイダーをヒナセの頬にペタと付ける)

 

ヒナセ
ひゃ!!

 

カワチ
(ヒナセから離れてにっこりと)どうだい? タネも仕掛けもある手品は?

 

ヒナセ
……妖精さんか……。

 

カワチ
ご明察(カワチの肩の上、髪の中から妖精さんがピョコと顔を出して敬礼する)

 

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エピローグ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○鹿屋基地 アサカのオフィス
アサカがヒナセから提出された報告書を読んでいる。
ヒナセはデスクの向こう側、アサカに対峙する形で丸椅子に腰掛け、鯱張ってアサカが読み終えるのを待っている。
アサカ
(最後のページまで読み、すらりとデスクの上に報告書を置いて)
……三文小説を読んでいるような気分になるわね。

 

ヒナセ
はぁ……(そう言われましても、という顔)

 

アサカ
あまりにも荒唐無稽だし、憶測の域を出ていないことが多すぎる。もしこの報告書の内容が 実際にあったことだと仮定しても、例の件についてはすでに最終報告書の受理・検証・承認も終わっているから、今さら蒸し返すのも面倒になるわね。
どのみちG提督はすでに亡くなっているし。

 

ヒナセ
……ですねぇ。
それは次長にお見せするためだけのモノでして。可能であればご返きゃ……

 

アサカ
(自分の唇に人差し指を当てて、ヒナセを制しつつ)ヒナセ提督。悪いのだけど、デスクの上の書類を片付けておいてくれるかしら? (ざぁっと書類をかき回す)

 

ヒナセ
(アサカの意図に気がついて)次長、来るたびに従卒か秘書扱いは、そろそろやめて頂けませんかね?

 

アサカ
(何も言わずにオフィスチェアから立ち上がって、隣にある書類用小部屋の引き戸を開けて中に入り、扉を閉める)

 

ヒナセ
……無視かい……(呟いたにしてはやや声が大きい)
んもー……。こういうのは明石あたりにさせてよね。

 

アサカがかき回した書類を集め直して順番もそろえて立て、デスクの天板にトントン、と地を落としながら、デスクの周囲をアサカがいつも座っている正面に回っていく。
もともと書類を挟んであったハード型のファイルバインダーに戻すとバインダーの地をデスクの隅の一画に叩きつけたあと、その場にバインダーを、やはり叩きつけるようにして置き、同時にデスク天板の裏に手を滑り込ませて小さな黒いモノを剥ぎ取った。
それをチラリと見て何もなかったように床に落とし、靴の踵で力いっぱい踏みつける。床の上には無残に潰れた小さな黒いモノの残骸。
それを無表情でつまみ上げ、ハンカチに包んで小さく丸めて自分のポケットに入れた。
ヒナセ
……まったく、相変わらず人使いが荒いよ、姫提督は(頭をガリガリと掻く)

 

 
何か言ったかしら?

 

アサカが書類のバインダーをいくつか持って、小部屋から出てくる。
ヒナセ
いいえー(にへら、と笑って、肩をすくめる)
(先ほどハンカチを入れたポケットを指さしながら)これ、ちょいと調べます。

 

アサカ
そうして頂戴。あなたの“ご自宅”でね。

 

ヒナセ
……Aye aye ma'am.

 

アサカ
ところで、本当に良いのね?

 

ヒナセ
何のことですか?

 

アサカ
神通のことよ。

 

ヒナセ
ええ。現時点では、ウチで引き取るのが最良だと思われます。

 

アサカ
一度あなたに手を上げかけたのに?

 

ヒナセ
それは、ウチからまた出されるかもしれないという危機感がさせたことで、そういうのがなければ、落ち着くと思います。
ドロップ艦や漂流艦の、発見率の高さには目を見張るものがありますから、彼女の着任は、当基地にとっても有益であると考えます。
まぁ、Win-Winとまではいかなくても、お互いそれなりに益はあると思いますよ。

 

アサカ
あなたがそう言うのなら、私には異論はありません。
ただ、形だけでも廃艦ということにして、あなたの基地で建造されたように見せかけることは可能だけど、そこはどう?

 

ヒナセ
それをする必要ってあります?

 

アサカ
基地から出さないのであれば取り立てて必要ないけれど、大規模合同作戦に参加させる場合はシリアルの提出が必要だから、その際に問題になるかもしれなくてよ?

 

ヒナセ
……ああ……なるほど。
うーん……それについては少し検討させて下さい。

 

アサカ
検討ね……そんなに難しい話でもないでしょうに。

 

ヒナセ
対外的には次長の仰るとおりですが……その……私もあまり艦政部あたりに借りを作りたくないんですよ。下手をすると、そこから綻びが生じることになるかもしれませんし。

 

アサカ
(ふむ、と得心した顔で)確かに。それもそうね。
分かりました。……もしその気になったら言って頂戴。

 

ヒナセ
ありがとうございます。
ところでお茶、入れましょうか?

 

アサカ
(珍しいこともあるものね、と目線を上げるが、すぐに書類に目を落として)じゃ、ちょっと休憩しましょうか。
(書類をまとめるとデスクの上から2番目の引き出しを開けてなにやらゴソゴソとさぐり)ヒナセ提督、あなたのオフィスでいいかしら?(菓子の箱を持って立ち上がる)

 

ヒナセ
(へ? と目を丸くして)……あ、はい。いいですけど……?

 

アサカ
あなたのお茶じゃなくて、鳳翔か神通の入れたお茶を所望します。

 

ヒナセ
(ひっでー…という顔をするが、自分の腕を知っているのであえて黙った)じゃ、神通に淹れさせましょう。

 

アサカ
(制帽を手に取って、ふと気が付いたように)電も連れて来ているのだったわね。(制帽を置き、カラーを緩める)

 

ヒナセ
(アサカの心遣いに「にこ」と微笑んで)ありがとうございます。
じゃ……(ドアを開けて控える)

 

アサカ
(ドアマン・ヒナセの前を通りながら)……そういうところ、抜けないわね。

 

ヒナセ
(ちょっと心外だという顔で)アサカ次長に対してだけですよ。
どんだけ秘書やら特別幕僚やらという体の良い使いっ走りをやってたとお思いです?

 

アサカ
(ヒナセの言葉に心を動かされた様子もなくしれっと)あなたも一城の主になってずいぶん経つのだから、自覚をお持ちなさい。
ドアくらい自分で開けられます。

 

ヒナセ
……失礼しました(苦笑したアヒル顔になる)

 

言葉とは裏腹にアサカはさも当然のようにヒナセが開けているドアを通って廊下に出ると、そのままスタスタと艦娘控え棟に向かって歩く。
その様子を見ていたヒナセは、フッと息を吐いて微妙な表情になると小さく肩をすくめてからドアを閉め、アサカを小走りに追う。
ヒナセ
(追いついて並んで歩きながら)神通はもちろんですが……

 

アサカ
長門も見させてもらうわよ。
(チラ、と一瞬だけヒナセに冷たい視線を送って)本当に、貴女は鈍感ね。もっと行動心理学を学んだ方がいいわよ。

 

ヒナセ
……はぁ。

 

艦娘控え棟に向かうふたりがだんだんと小さくなっていき……。
(了)
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