へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

艦これ駄文。

カワチと妙高型・錨を上げて

カワチと妙高型・錨を上げて 本文

この人でも、たまには悩んで頭を抱えたりします。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
○ヒナセ基地・司令官執務室 ヒナセ、カワチ、(鳳翔、電)
………。
………。
………。
……カワチ提督。
………。
……ちょっと。
………。
……やめてよね、そうやってずーっと朝から頭抱えてんの。
……すまない……。
さっきの書類、できてる?
………(黙って渡す)
(受け取って見る)……おい。
……すみません……。
………。
………。
デン、鳳翔さん。
はい。
はい。
ちょっと悪いんだけど、席を外してくれる?
わかりました。
では、このお茶をお出ししたら、退室させて頂きますね。
はい、なのです。
ああそうだ(デスクの引き出しを開けて書類を取りだし)
これ、日向に届けてくれるかな。
了解しました、なのです。
うん(書類に一筆書き込んで)
じゃ、よろしくね。
(淹れたお茶を提督たちの各デスクに置いて、盆を自分のデスクに置き)
では、失礼します(一礼して、電と共に出て行く)
(艦娘二人が部屋から出て行き、ドアが締まるのを見届けて)
……さて、今朝からずーっとそうやって頭を抱えて仕事になってない理由を訊いていいですかね? カワチ提督……いや……レーコさん?
………すみません。
うん。……いや、だからそれは、なんべんも聞いたよ。
………。
一体、どうしたの?
ヒナセ司令……。
はい?
その……
なに?
……いや、その……
だからなに?
いや、だから、ちょっと黙っててくれ。
そう合いの手を入れられたら、言い出しにくい。
……あそ。
はい。
……あ。
つまりは、言い出しにくいことをしたわけだ。
だから……。
……ごめん。
……いや、謝らなければいけないのは、私の方だ。
んー? なにしたの?
その……
………。
ゆうべ……
………。
……その……み……
(デスクの上に置いてあった裏紙にラクガキを始める)
……なにしてる?
ん? いやまぁ、オマエさんが何やら言いにくそうにしてて、時間がかかりそうだから、ちょっと手遊びを。
……そうしてくれるほうが、気が楽か……
喋りたくなったら喋ればいいよ。
しばらくは誰も来ないように、指示出しておいたから。
お気遣いありがとう。
いえいえ、どういたしまして。
……で、何したの?
ぶっ……え…っと、その………
(肩をすくめて、またラクガキを始める)
……その、夕べ……妙高さんと……いや……妙高さんに……じゃなくて……
……妙高さんを押し倒しでもしましたか。
(がしゃん! と大きな音)
………(図星か)
すみません。
べつに、君が謝ることでもないでしょ。君の艦なんだし。
……厳密には、違うじゃないですか。
まぁね。
……てか、君ら……じゃなくて、オマエさんがなぜかグズグズしてるだけじゃない。
重巡『妙高』とその姉妹艦たちは、鹿屋《本部》からもらってきた時点で、副司令の専属艦のつもりだったんだけど?
……うん。
私はすぐにオマエさんが『妙高』だけでも専属艦にするもんだとばかり思ってたよ?
しないもんだから、全員ずーっと第二艦隊専属艦みたいになってる。
それもかわいそうじゃない?
……そうだな。
……で、どうするの? どうしたいの?
………。
………。
………。
……んー。煮え切らないなぁ。
どしたの? 電光石火のレーコさんらしくもない。
人を、誰でも構わない艦娘キラーみたいに言わないでくれ。
……日頃の行いが招いてますよね。
……すみません。
………。
………。
ずいぶん、ご執心だね。
そんなに好き?
(ぺこん、と肯き)
あ、そ。
そんなに好きで、あんなに大事にしてたのに、いきなりどうしたの?
……昨日……
ん?
昨日、私の誕生日だったんだ。
ああ、そういえば。
こんな時だけど、おめでとう。祝われてもそろそろ嬉しくないお年頃だけどね、お互いに。
……ありがとう。
(デスクから何かの裏紙を取り出す)
で、誕生日がどうしたの?
その件で、妙高さんが声をかけてきた。
(角を中心にして三角形を折り、余分をハサミで切って正方形にする)
ふむ。
曰く「このような日に、おそばに置いて頂けて、嬉しいです」……と。
そりゃ言うだろうね、今、君の秘書艦やってるし。
(鶴を折っている)
それに、カッとした。
は?
(手を止める)
その言葉に、カッとなって……
……押し倒しちゃった……あ、いや、命じちゃったのか。
(うなずく)
そらぁ心が痛い。
(うなだれる)
大事にしてたのにね。
(手元に折られた鶴。器用じゃないらしく、ちょっと歪)
(肩が落ちる)
それは困ったね。
(鶴をちょん、とつつく)
……頼むから、そんなに責めないでくれ。
んにゃー責めるよ。だって、レーコさん、今責められたがってるもん。
………。
私から責められたり叱られたりしないと、居心地悪いでしょ?
………。
……で、彼女、今どうしてるの?
私の部屋にいる。
朝起きて、食事をしたら、そのままいるようにと——
命じたわけですか。
……すみません。
別に謝る必要はないけどね。ただ、レーコさんらしくないかな。
………。
もっぺん訊く。
どしたい?
……わからない。
うそつけ。
——……。
レーコさんさ、何に対して落ち込んでんの? 何に対して反省してんの?
君、艦娘に手を出したくらいで、落ち込んだり反省したりするような人じゃなかったよね?
そりゃ、艦娘と同衾するのは軍規違反だけど、そんなのとっくの昔に形骸化してて、誰でもやってることじゃない。私だって電と寝たりするんだもん。今さらって感じなんだけど?
君の『寝る』はそのまま言葉通りの『寝る』じゃないか。
まーねぇ。でも、『同衾』には間違いないべさ。
日によっては暁型全員とハーレム状態でお昼寝してる司令官は、言うことが違うね。
(鳳翔が淹れてくれたお茶に口を付ける)
……で、どうだった? 彼女の具合。
ぶっ……(吹き出した)
(しれっっと)どうでしたか?
……(ため息)……ものの見事に型どおりの反応だった。
興味半分で初めて艦娘とヤったときをまざまざと思い出した(肩をがっくりと落とす)
ま、そんなもんだろうね。命じてやっちゃったならねぇ。
所詮、人工生命体なんて、兵士かセックスドールかだもん。
こんな論旨、人工生命体が実際に生まれてくる前から手垢が付きすぎたお話で、めずらしくもなんともないよね。
……っ!! ……ヒナセ…お前……。
………。
………。
そこまで怒れる、そのわけは何だろう?
……ッ。
(肩をすくめる)
………。
よく考えてごらん。なにもかも取っ払ってさ。
君は、艦娘を玩具にするような人じゃない。それは私がよく知ってる。
そしてね、彼女らは人じゃない。
君がいつも私に言ってることだよね。
そうだな。
……人間と同じ姿をして、人間によく似た感情を表現できるって、フクザツで面倒くさいよね。
もっとも、面倒くさくしてるのは、それに接している我々のほうなんだけど。
……うむ。
『艦娘はしょせん艦娘』……でも『しょせん』ってだんだんと言えなくなるんだよねぇ。
特にここは人間よりも艦娘の方が多い。気をつけていないと、私たちが彼女らに引きずられてしまうよ。
……君が、彼女らに人間のような生活をさせているのは、そういうことか?
んにゃ。
……私は、私の知ってることでしか、彼女らに接することはできない。そういうことだよ。
人間なんて、体験したことでしか、杓子も定規も測れないんだから。
………。
ここに来る多くの子たちは、植物が種から芽吹いて大きくなることも知らないし、そもそも生き物が同種の親から生まれるってことも知らない。生まれることは建造で、死ぬことは轟沈や解体で……いや、死ぬってことの概念じたい理解していないかもね。あるいは欠落しているか。欠落させられているか。
なんにせよ、すべてが偶然の産物だと思ってるフシすらある。駆逐艦のような小さな艦になればなるほど顕著だ。
そりゃそうだ。建造されてこのかた、すぐに海に出て、訓練だ演習だ戦闘だのくり返しだもの。鎮守府や基地・泊地に戻っても、数少ない与えられたものの中だけで生きているんだから、我々人間と同じであるはずがないよね。
武蔵みたいに成艦になる前に建造槽から出して育てたとしても、基本は同じだよ。彼女らは人間に比べて成長速度も格段に早いから、与えてやれる情報はどうしても人間の成長過程におけるそれに比べて極端に少なくならざるを得ない。子供時代を経験しても、やはり人間とはほど遠い。……もっとも、艦娘である以上、不必要に人間と同じ経験をさせても、さて戦闘時に使い物にならなくなることが多い。これは艦政部の古い記録にあったよ。
……見たのか?
うん。ヒロミさんのお父上から極秘でこの手のコピーがどっさり送られて来た。
読んだら焼却破棄が条件でね。
艦政本部から大いに期待されてるな、この基地は。
単に軍内の尻ぬぐいをさせてるだけだよ。
電の件からして、まさにそれだし。……おかげで私はこの島に戻って来れたし、この島にいる限りは自由にさせてもらってるからね。
………。
艦娘を人間とおなじように育ててみたら、メンタルやフィジカル面でどうなるのかって。
実に十年以上かけた気の長い実験で得られた答えは【戦闘ニ使エズ】。けっきょく、破棄・解体されたみたいだよ。かわいそうな話だよね。
……うむ。
どのみち、ここにいる多くの子たちは、いずれここから出て行く子たちだからね。
出てった先でどんな扱いを受けても、私たちにはどうしてやることもできないじゃない。
だからせめて、ここでくらいは、モノあつかいされない生活ができればいいし、できるかぎりここに留め置いておきたい。
私が考えているのは、そういうことかな。
……そうか。
うん。
ヒナセ。
んー?
君はいい司令官になったな。
……は? 褒めても何も出ないよ?
あらためて、君の部下で良かったと、思う。
あそ。……でもさ、とっとと出世して、ここから出て行ってよね。
ひとりでのんびりできてたのに、オマエさんが来てから、おいそれとサボることもできなくなってんだから。
できれば、ずっとヒナセ提督の部下でいたいんですがね。
私に遠慮せず、畑で働きたいときは、畑に出ればいい。そのために私がいると思って頂ければ。
(肩をすくめてから、カワチに向き直って)カワチ少将。
はい。
本日現時刻から、明日ヒトフタマルマルまで、自室にて謹慎を命じます。
自室に留め置いている重巡『妙高』は解放し、本日の業務に従事させること。
以上、復唱。
はっ。
本日現時刻より明日ヒトフタマルマルまで、自室にて謹慎致します。
重巡『妙高』は自室より解放し、業務に復帰させます。
じゃ、行って。
(敬礼)はっ!
……ヒナセ。
ん。
ありがとう。
いいから、とっとと命令遂行。
はい。
------------------------------------------
命令遂行のために自室に戻ろうとしてるのに、何故か戻れない、こういうとき。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
○廊下 カワチ、那智、足柄
提督。
……お揃いで。
ゆうべ、姉が戻らなかったのだが。
そう。
………。
………。
………。
では失礼する。私は今、謹慎を命じられていて、自室に戻るところでね。
……待て。
………。
なぜ、それを命じられている?
姉が戻らないのと関係があるのか?
……彼女はこの基地内にいる。
呼べば良いじゃないか。お互いに呼応し合えるんだろう?
以前、妙高さんから聞いたよ。
朝から何度も呼んでいるわ。
だのに反応がないし、気配もしないのよ。
基地内にいるのなら聞こえているはずなのに、返事がないのは、たぶん姉の意思だろうな。
あるいは、提督のどちらかに命じられているか。
だったら、君たちがどうこうする問題ではないのでは?
だから提督、貴様が原因じゃないのかと、訊いている。
なぜそう思う?
……カン…だな、姉妹としての……と言ったら?
ふむ……では、そうだとしたら? ……と答えたら?
そうだとしたら……
そうならば……
………。
………。
………。
……『前門の虎、後門の狼』というわけか。
あなたの態度によっては、そうなるわね。
では、正直に言おう。
………。
………。
ゆうべ、君たちの姉上と同衾した。
それも、命じてね。
そして今は、私の部屋に留め置いている。
留め置きはしているが、君たちに対して呼ぶな応えるなとは命じていない。
………。
………。
私自身は、先ほどヒナセ司令から妙高さんを解放するよう命じられたので、その命令遂行のために自室に急いでいるところだよ。
そのあとはそのまま自室で明日のヒトフタマルマルまで謹慎するようにも命じられている。
これでいいかな?
ちょっと提と——……姉さん。
ひとつ訊く。貴様は妙高のことを、どう思っている?
………。
私の目にはずいぶん大事にしていたように見えていたが、違っていたのか?
(自嘲気味に笑い)……してたさ。
にしては、態度が投げや——
彼女は私にとって、浜辺でひろったガラス玉なんだ。
陽にかざすとキラキラ光る。
いつもポケットに入れて、ときおりそっと取り出してこっそり眺めていたい。そんな子だ。
だったら何故、命じて同衾なぞした。彼女は大いに傷ついたろう。
……え?
提督。姉上から口止めされてたいたから今まで言わなかったが、彼女は貴様を———
——いっ……だだだだだだだ……!!!
……え!?
ね、姉さん!!
わかった! すまない! 言わない! 言わないから!!!
ごめんなさい! これ以上は絶対に言いません!!!
え? ええ??
姉さん、大丈夫!? ——っっ! いったーーーー!!
やーん、私まで!! ごめんなさい、妙高姉さん!!
………。
——っつー……。
……はぁ、はぁ……提督、姉上がお冠だからまだ出直すが、貴様にひとつだけ言っておきたいことがある。個人的にな。
(目の前で突然起きたことに驚きながらも、表面上は平静を装って)……聞こう。
私個人は、できることならこの先もずっと、貴様とダルマを空ける仲でいたい。
だが、貴様が姉上を泣かせたり不幸にするようなら話は別だ。
そうか。
……足柄、君は何かあるかい? 私に対して。
(肩で息をしながら)ないわ。私は那智姉さんと同じ考えだもの。羽黒も一緒よ。
言い切るね。
ええ。さっきからずっと、羽黒も同じことを考えているもの。
なるほど。
知識としては知っていたが、それが艦娘の共鳴現象か。
そうだ。我々は運がいい。
姉妹艦と言っても相性がある。共鳴現象が起きるほどの姉妹艦と出会えることは、砂の中に落ちた別の砂を識別して拾い上げることに等しい。
那由多のごとき幸運と偶然と必然を経て、我々四姉妹は一堂に会した。轟沈するか解体されないかぎり、離れることはない。
ヒナセが君らをまとめてもらい受けてきたのは、そういうことか。
その通りだ。
我々は姉の意志に従う。姉が付いていくと決めた提督に我々三人も仕える。
我が妙高型四姉妹、全員を受け入れる度量のある提督がどこかにいてほしいと、私は常に考えているのだが?
(力なく肩をすくめて)……私にその度量はなさそうだ。なにせ君たちの姉上を、命じないと抱けないような人間だからな。
そうか、それならば致し方ない。貴様とダルマを空けることは、今後はなさそうだな。
そうかもしれんね。
……ところで、一つ訊きたいのだが。
なんだ? 答えられることならば答えよう。
君たちは……いや……那智、君はこと妙高さんに対して極端に感情的になるが、なにか理由でもあるのか? 他の那智もその傾向はあるが、特に君はそれが強いな。それは共鳴関係にあるからか?
なぜそれを訊く?
ずっと疑問に思っていた。
………。
妙高は……確かに私の姉だが、妹でもある。竣工順から言えば、彼女は我々内《われわれうち》では三女に当たる。
人によっては我々を那智型と呼ぶが、それは知っているか?
知識としてはな。
だが、それはかつての軍艦の話で、君たちの話ではないだろう?
……いや。何の偶然か、我々も同じ経緯をたどっているんだ。
私たち四姉妹は、とある提督の元で同時期に生まれた建造艦だ。
生まれた順は、奇しくもかつての軍艦と同じで、那智、羽黒、妙高、足柄の順だ。
何の偶然かは知らん。だがこれは事実だ。
その後、提督が退役したので、我々はバラバラになって別々の提督の元へとやられた。長い間バラバラだったが、巡り巡ってまた邂逅したんだ。四人が再会した瞬間、共鳴が起こった。誰がどこで何をしていても手に取るように分かった。……先に再会を果たしていた私と足柄はすでに深い関係にあったが、それすらも羽黒と妙高に隠すことはできなかった。しかしそれを恥ずかしいことだとは思わない。彼女らも当然のこととして受け入れた。
この意味が、貴様には分かるか?
……隠し事ができないわけか。
そうだ。共鳴を起こしている艦娘は、たぶん程度の差こそあれ、お互いのことが分かる以上、隠し事をすることもできない。強い意志で心を閉ざさない限りはな。
その上で、妙高が今日、ずっと………いっつ………
わかった。それ以上はいい。
……いや、貴様の質問に答えていない。
はじめに言ったように、私にとって妙高は姉だが、妹でもあるんだ。かつての軍艦がそうであったようにな。
私は妙高を姉として尊敬しているが、妹としても愛している。
共鳴してから分かったことだが、離ればなれになっていた間、彼女の境遇は我々姉妹の中でも飛び抜けて最悪で筆舌に尽くしがたい。
だが今、妙高は穏やかだ。姉妹仲も良好で、ときどき連座で姉上にお説教をくらったりする平和な日々が続いている。しかし彼女はずっと傷ついたままだ。人間に対する深い不信感を持っている。……それは我々も同様だがな。
だから……私は、この世から消え去るその瞬間まで、姉であり妹である妙高を守りたい。彼女が平穏に暮らせるなら、姉妹以外、何を犠牲にしてもいいとすら思っている。
……那智……。
人は我々をモノとして扱う。それは仕方がない。実際我々は艦なんだ。
だが、何の因果か心というモノを持っている。粗雑に扱われて、傷つかない心はない。傷つかないとすれば、それはすでに壊れているか、心を閉ざしているからだろう。……いや、閉ざしていても、たぶん傷ついているんだ、少しずつ。
同時期に同じ提督の元で生まれた同型艦がバラバラになったのちふたたび全員が揃うなんてことは、羅針盤なしで海を行き、同じように羅針盤のない船に出会うくらいの確率だろう。そういう意味では、我々は本当に運が良い。しかし分かれていた間の境遇については、皆それぞれに最悪だった。
共鳴現象が起こったことで、我々はふたたび引き離されることはないだろう。それは軍が保障してくれている。……我々のたどった道を知らない者たちは、我々をいとも簡単に『幸運艦姉妹』と呼ぶ。しかし、私から言わせれば、その幸運を手に入れるまでの我々が受けた境遇や恥辱は、その〝幸運〟を引き替えにしても足りないくらいだ。
……私は妙高が、足柄が、羽黒が幸せであればそれでいいんだ。
カワチ提督、貴様と接している時の妙高は、とても楽しそうで……嬉しそうで……っ痛ぅ——……。
分かった。もういい、那智。
……妙高さんも、そんなに那智を責めないでやってくれないか?
……提督……。
那智と足柄を通して、私のことは見えているんだろう?
お願いだから、止めてくれ。
……はぁ……はぁ……。
姉さん、大丈夫?
ああ、大丈夫……だ……。
……提督……。
とにかく、自室へ戻るよ。
彼女と話そう。……夕べのことは、謝罪したい。
……ふん……。
では、申し訳ないが失礼する。
那智、足柄。君たちは今日は休め。休養を取るように。
……あなた、今謹慎中じゃなかったの?
なぁに、部屋に戻って妙高さんを解放してからが謹慎なんでね。
妖精さんに頼んで、司令官へ伝言しておく。それで大丈夫だろう。
……わかった。そうさせて頂く。
うん。足柄も。
那智の足がふらついてる。
……ありがとう、ございます……。
ではね(踵を返して去る)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○同夜、カワチ私室。
(コンコンコン、と小さくノック音)
……どうぞ?
ちわーっす。明石の改修工廠でーす……んひひひ。
……私が謹慎中ってことを知ってて来たのかな?
ええ、まぁ。
半分はヒナセ司令の差し金です。
ほう? 謹慎中なので、夜戦の方もお断りなんだけど?
ははは……アタシはゼンゼン好みじゃないクセに、言いますねぇ。
だからいろいろ誤解されるんでしょ?
さて、どうかな。
……これ、どうぞ(デスクに置く)
これは……
んひひ。
……ヒナセ司令の差し金だって言ったよね。
ええ、半分はね。
でもこれ(デスク上のモノを指さし)はアタシのお節介です。
あ、ヒナセ提督の伝言を言いますね。
うん?
『とっとと腹をくくっちゃいなさい』
……なるほど。
『でも、納得しないなら、やめときな』……以上です。
了解。承りました、と伝えて。
はいはい了解です。……あなたたちって、変な関係ですよねぇ。
なにが?
士官学校の同期でしょ? だのにカワチ提督はヒナセ提督の部下。ご不満はないんで?
確かに同期だけどね、彼女のほうが二つばかり年上なのさ。
……答えになった?
いいえ、ゼンゼン(ニカッと笑う)
……さすが、ファースト『明石』 この程度じゃ騙されないか。
なんの話です?
さぁ? 君が他の艦娘に比べて人間っぽいのはなんでだろうね?
……就役が長いからでしょ。工作艦なもんで、海戦にはほとんど出してもらってないんで。
だから、鳳翔さんや隼鷹さんみたく、第一線にいて就役の長い艦みたく、
戦歴艦てわけでもないすよ。
なるほど。
そゆこってす(意味ありげにニヤニヤ笑う)
これ……。
はい。
君のお節介と言ったけど、ヒナセ司令は知ってるんだろう?
ええ。ちゃんと事前に相談はしてますよ。
なるほど。それでさっきの伝言か。
はい。
……わかった。預かっておくよ。
いつ使うかわからないし、もしかしたら使わないかもしれないけどね。
ご存じとは思いますが、本来なら上官か、上官の委託を受けた秘書艦か『明石《アタシ》』の立ち合いの下でしか使っちゃいけないものですけど、ここにゃ人間はあなたとヒナセさんしかいませんからね。もう一人の人間でかつ上官が許可してますから、軍規的にはクリアしてるってことになってます。
使い方は?
知っている。
じゃ、大丈夫ですね。
一応、建前上、使用期限を設定してますから、それを過ぎたら、ご返却下さいね。
建前上……ね。
ええ(にっこりと笑うが、やや歪な顔)
……別に、今じゃなくても良かったんじゃないかな? 明日とか。
そうですか?
……ま、備えあれば何とかって言いますし。
では、失礼します。お邪魔しました。
おやすみなさいまし。
うん、おやすみ。
(出て行こうとしてドアノブに手をかけたが、立ち止まり)
……最後に一つだけ。ヒナセ提督にはすでに話してあることですけど。
……うん?
『知ってました? 提督と艦娘にも、相性ってある』んすよ。……ひひ……。
……その情報、すべての『明石』が知ってることなのかな?
………(微かに口元だけが笑う)
今度こそ『おやすみなさいまし』
……おやすみ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○同夜、夜更け。やはりカワチの私室。
(コン、コン……と控えめなノック音が微かに)
(ベッドに横になっていたが、起き上がった)……誰か?
……あの……
………。
すみません……夜分遅くに……。
いえ……開けます。
(私室のドアを開ける。そこには妙高)
………。
(目をやや伏せがちに)……私は今、謹慎中なんだが、それはご存じで?
……はい。
……そう……ですか。
……お入り。
ありがとうございます。
(妙高、中に入り、すすめられた椅子に座る。部屋の中はベッドサイドの燈色の明かりだけ)
(カワチの姿を見て)すみません、おやすみのところを……
いえ、大丈夫ですよ。……よく知ってますね、この格好で寝てるって。
(Tシャツに制服のボトム。ベルトと前はくつろげた状態)
いつも前線にいらっしゃる、のですね。
気持ちだけはね。
ここは後方基地のひとつですが、ヒナセの家族の話を聞けば、そう安全とも言えないなと。
海と接しているところはすべてが前線だと思ってても、杞憂のしすぎではないと思います。
実際、ヒナセ司令も同じ格好で休んでますよ。昼寝以外はね。
ここは、静かなところですのに。
今が静かだからと言って、それが未来永劫続くわけではありませんよ。
……そう……ですね。
………。
………。
………。
……その……お尋ねにはならないのですか?
……なにを、でしょう?
……その、私が今……ここに……
何となく察しは付いています。
……妹ぎみ……那智に何か言われましたか?
いえ……そういうことでは……
はい……。
………。
……その……なんと言ったら良いか——
私《わたくし》……お昼に……
……は……
謝って頂かなくて、良かったんです。
……はぁ……
……正直申します。
謝って頂くのではなく、別のお言葉が、頂きたかった……の……です(消え入るように)
………(頭を掻く)
……すみません……
だから……。
いや……その、これは……そうじゃなくて……ですね。
………。
………。
……正直なところを、お話しします。
……はい。
……その、昼に聞いていたとは思いますが、那智に言ったことは、嘘偽りありません。
………。
以前 話しましたが、私は過去に何隻か『妙高』を秘書艦にしていました。
自分にとって『妙高』は運用しやすい艦です。
重巡の運用をなさっているときの提督は、生き生きしていらっしゃいますわ。
重巡は……戦艦ほど重くなく、軽巡や駆逐艦ほど薄くもない。
砲の威力はやり方によって戦艦並みに強い。
一点集中型の砲撃をなさるのは、そのためですか。
ええ、そのためには、精密な砲撃技術が必要になりますが……
……提督?
……いや、そんな話をしたいわけではなかったなと。
……ふふ、本当に重巡がお好きなのですね。
ええ。……特に、妙高型が。
………。
……提督はずるい方です……。
はい。
………。
ずるいついでに言います。
……はい。
……正直、自分の気持ちに追いつけなくて。
夕べのことも、あなたの発した言葉にカッとなってしまったが、あなたが悪いのではない。
これは、私自身の問題です。
……提督。
……妙高さん。
お気づきかもしれませんが、私はヒナセが好きでしてね。それもずっと……そう、士官学校の
ころから。
はい。
彼女は私の同期ですが、途中で他科から編入してきた、いわゆる編入組です。
編入組の学生は、総じて自信家野心家が多くてね。でも、そんな中で、ヒナセだけは違ってたんです。
編入当時のヒナセは、顔の半分を大きなガーゼが覆っていたり、髪ももっと短くてね。治療のために刈られたのが中途半端に伸びかけていて、見るも無惨な満身創痍な状態だったんです。
それなりにコミュニケーション能力はあるんですが、必要以上は喋らない。とにかく大人しい、目立たないという印象の学生だったんです。
……今からでは想像できませんわ。
でしょうね。
そんな学生が、ある日を境に注目の的になりまして。
簡単にいえば、当時、士官女子学生人気トップワンの若い教官から、プロポーズされたんです。
まぁ……。
本人は迷惑がってましたが、教官が懲りずに何度もアタックしましてね。
教官がしつこいものだから、ヒナセ……当時はトミタといいましたが、士官学校の教官を辞めたら結婚してもいい……といってしまったんですよ。
で、当のヒナセ教官は、トミタのいうことを真に受けて、教官を辞めて別の部隊に異動した。異動したから、彼との約束を守って結婚したんです。私たちが最終学年になる前の春休みに。
そして、その春休みが終わった時には、ヒナセは未亡人になってました。
………。
そもそも結婚はしても、夫は海に出るし、本人はまだ学生なので、寮はそのままになってましてね。これといって荷物を移動したわけでもなかったので、彼女は何もなかったかのように、寮に戻ってきていました。ただひとつ、トミタではなくヒナセになっていましたが。
……お茶をいれましょう。
いえ、お構いなく。
いや、私が喉が渇いたのでね。付き合って下さい。
話が長くなって申し訳ないが。
いえ、大丈夫です。
でも……このようなことを、私のような者がお聞きしても良いのでしょうか?
……妙高さん。
はい。
その「私のような者」は、やめてくれませんか。
できれば。……無理にとは言いませんが。
あ……。
……申し訳ありません。
自分を卑下するような言い方は、良くない。
夕べ、提督がお怒りになったのは、このことでしたのね。
……怒ったというよりも、あれは自制が効かなくなった、が正しい。
さっきも言いましたが、これはあなたが悪いのではなく、私自身の中に問題があります。
本当に、申し訳なかった。
……さ、あまりいいお茶ではないですが。
ありがとう、ございます。頂きます。
はい(自分も飲む)
………。
………。
……ヒナセは……
……はい。
ヒナセが春休み中に結婚をし、夫のヒナセ大尉が海域哨戒任務中に行方不明になり、その後破壊された乗機と一緒に搭乗していた妖精だけが見つかったという話は、瞬く間に学生の間を駆け巡りました。妖精からの報告でヒナセ大尉は戦死と判断されたそうです。
学生さんの間に流れる話にしては、詳しい内容ですね。
ええ。もしかしたらですが、教官の間から漏れたのかもしれません。あるいは、教官たちが話をしているのを学生の誰かが偶然聞いて、それで広まったか。どのみちヒナセにとっては迷惑な話です。実際、ヒナセ教官のファンだった一部の女子学生たちが、ヒナセに面と向かって「お前が教官を殺したも同然だ」と言っているのを通りがかりに目撃しましたし、面と向かってでなくても、コソコソと彼女を糾弾する声はあった。
でも、ヒナセはそれらについて肯定も反論も一切せず、ただひたすらに淡々と日々を過ごし、勉学に精を出していました。……すでにあの眼鏡をかけていましたからね、そうするしかなかったんだろうと思います。
………。
でも、私は見てしまったんです。
ヒナセが、泣いているところを。
………。
夏休みに入ってすぐのことでした。
その日私は実家に戻る予定だったのですが、大雨のために官学校と本土をつなぐ橋が通行止めになって、仕方がないので学内に残っていたんです。ほとんどの学生が前日までに自宅や実習先にむけて出発してしまっていたので、学内には自分を含めても十人と残ってはいなかったでしょう。食堂も売店も開いていない校内は、雨のせいもあって冷たくガランとしていました。
時間つぶしに図書館で本でも読むかと歩いていた時、土砂降りの中、雨に打たれて立ちつくしているヒナセを見たんです。
………。
雨がひどくて、それが人の影だとは一瞬わかりませんでした。ただ、そこにあるものにしてはひどい違和感があって、不思議と目が離せなかった。しばらく見ていて、いきなり、それが人で、なぜかヒナセだと直感したんです。
思わず飛び出しました。自分が濡れるとか考えなかった。駆け寄ってみればやはりヒナセで。……彼女は大雨のなか、歯を食いしばって泣いていたんです。顔はぐしゃぐしゃに濡れて、それが雨なのか涙なのか鼻水なのか、わからなかった。
声をかけ、せめて雨のあたらないところに移動しようとうながしましたが、ヒナセはそこに縫い止められでもしたかのように、動きませんでした。雨の音がひどかったから、私の声がよく聞こえていなかったのかもしれません。私の方も、ヒナセの口が微かに動いているのが見えましたが、雨音にかき消されてよく聞こえなかった。
思わず彼女を抱き寄せて……せめてこれ以上濡れないようにと思ったのかもしれませんが、自分でもよくわかりません。その時の自分の心情をその場で理解するには、私はまだ子供でした。
でも……抱き寄せたことで、ヒナセの声が聞こえたんです。自分の……この胸から体の中を伝って……。
『みんな、どうして、わたしをおいていくの……?』と。
……提督……
………。
とにかくヒナセを宿舎に連れて帰り、風呂に突っ込んで着替えさせました。ポツポツと、断片的にではありましたが、過去に起ったことを話してくれました。……その日は、本来なら規則違反ですが、ヒナセを私の部屋に泊めて……朝、目が覚めてベッドを見ると、もぬけの殻になっていました。ヒナセの部屋を訪ねていきましたが、反応がなくて。いなかったのか、いたのに返事をしなかったのかは、今も分かりません。前日の嵐はなかったかのように晴れて、通行止めが解除になっていたので、私は仕方なく実家に戻りました。
……ヒナセの十代後半は、『運がない』という簡単な言葉で片付けていいようなものではありません。ハイティーンの娘が背負うには重すぎる荷です。彼女が何をしたというのだろうと、彼女の過去が見えてくるたびに思ったものです。
あの……提督……
はい。
ヒナセ司令のいらっしゃらないところで、私がうかがってもいいお話なのでしょうか?
ええ……ヒナセからは許可を得ています。
あなた方に話すも話さないも、好きにしていい、とね。
……そう……ですか。……いちおう妹たちには聞こえないようにしておりますので。
(にこ、と笑い)お気遣いありがとう。
……まぁ、雨の中でヒナセを拾って彼女の過去話を聞いただけなら、私はこんなにヒナセが好きになることはなかったと思うんです。
……え? 違うのですか?
ええ。今の話には続きがありましてね。
はい。
夏休みが終わって新学期が始まったら……ああ、ヒナセと私は夏休み中の演習やインターンの当番が別班でね。あの日以来、夏休み中一度も顔を合わさなかったんですよ。……で、新学期になって再会したんですけどね。
はい。
ヒナセがね、あからさまに私を避けるんです。
用があって話しかけても、なんだか噛みついてくるんですよ。それまでは十把一絡げな同期の一人的な対応で、表面的な付き合いだけって感じだったのが、あからさまに感情を見せるようになったんです。もちろん、笑ってくれたりなんてことはないんですがね。
他の同期には今までと同様にしているのに、私にだけはトゲを出す。……それが嬉しくてね。だから余計にこっちもちょっかいをかける。ますますヒナセが感情的になる。
……かわいいでしょ? 正直、かわいいなぁって……思いました。
そうでしたのね。
ええ。
たぶんですが、それまでも、私はヒナセのことが気になっていたのだと思います。
編入してきた際の満身創痍な姿も、私を淡々と成績で追い詰めてくる優秀さも……彼女が編入してきてから、何度も総合首席の座を奪われそうになりましたし、航空関連では一度も彼女を抜くことができませんでした。……もっとも、ヒナセからしてみれば、航空関係で二位以下に甘んじる気は一切なかったと思いますがね。
……他の同期連中などうだか知りませんが、私とってヒナセは常に視界の中にいる人物だったので、意識しないというわけにはいかなかった。でもヒナセはこっちのことなんか眼中にないように見えていました。
そんな子が、自分に対して感情をあらわにしてくれるんです。それがもう、嬉しくて仕方なかったし、どんどん好きになっていく。
途中でいろんな人間と付き合いましたし、一度結婚もしましたが、結局、一周回ってヒナセが好きだなってトコに戻ってくるんですよ。
別に、彼女と一緒になりたいとか、そんなことはもう思いません。
彼女が平穏で、これ以上泣きじゃくるようなことがなければ、私はそれでいい。
できれば彼女が見える範囲にいたい。そして彼女がのほほんと畑を耕している姿を見ていたい。
ヒナセ司令が幸せになさっている姿をごらんになれれば良い……ということですか?
その通りです。それ以上のことを、私は望んでいません。
そうですか……。
その上で、妙高さん。貴女に申し上げたいことがある。
はい。
今お話ししたように、この世でいちばん好きな人間はヒナセです。
はい。
ですが。私は、艦《ふね》として、貴女を心から愛しています。
………。
妙高型はいい艦です。特に『妙高』は私にとっていちばん相性が良い艦です。
だが、どの『妙高』よりも、妙高さん。私は貴女を愛している。
………。
昨日のことは、心から謝罪します。……その……貴女を抱きながら、型どおりの反応しか返ってこなかったことが、ショックだった。なぜショックだったのか、ずっと考えてて……答えが出ないのもショックで。
提督……。
その……なんというか……すみません。
自分がやらかしておいて、ショックだったもへったくれもないというか……その……あまりにも身勝手ですよね……つまり……その……えっと、なんだ? その……
……言ってることに整合性がないですよね。自分でもわかってるんですが……ど、どうしたらいいのかな……?
提督。ひとつだけ、申しても良いでしょうか?
は……
……はい……。
このようなことを申し上げるのは、とても僭越なのですけど。
ど……どうぞ。……覚悟しました。
覚悟なさって下さい!
はい!
……私《わたくし》に対して、敬語をお使いにならないで下さい。
………。
提督は先ほど、私に対して『自分を卑下するのは良くない』とおっしゃいました。
ですから、私も申し上げます。
私に対して、敬語をお使いにならないで。
……あの……
はい……。
な……名前だけは……勘弁して、頂けますか?
………。
み、妙高さん、名前だけは、勘弁して欲しい……のだ……が……。
了解しました。
でも、努力なさって下さい。
う……
いかがでしょう?
(一瞬固まったが、何とか肯いて)
じゃ、改めて申し上げる……こ……これだけは敬語、勘弁してくれる?
(苦笑しながら肯く)
(ホッと肩の力が抜けて)
妙高さん。さっきお話ししたように、私は碌でもない人間です。
こんな人間ですが……私の専属艦に、なって頂けませんか?
どの艦娘、どの『妙高』でもなく、貴女を自分の首席専属艦に望みます。
………。
……い、いかがでしょう?
………。
………。
……提督は、あんがい朴念仁な方……ですわね。
……は?
私《わたくし》、すでに回答しております。
……はぁ……。
先ほど、私が提督に申し上げたこと、それが私の、回答ですわ。
……えっと……敬語を、使うな……と?
はい。
………。
……あ……
私たちは艦娘としてこの世に生を受けました。決して人ではありません。
人は、私たちを、人に似ているからと、人のように扱おうとします。そのことを嬉しく感じない艦娘はいないでしょう。ですが、それよりも『本来の私たち自身』を愛し、使ってくださるほうが、喜びがより深いのです。
………。
私はこれまでに五人の提督にお仕えしました。最後まで私を艦として扱ってくださった方は、最初にお仕えした提督だけです。
カワチ提督は、最初にお仕えした提督のように私たちに接してくださっています。それがこのまま、お別れしなければならなくなる瞬間まで続くことを、心から望みます。
妙高さん……。
………。
えっと……その……。
私、夕べは……提督のお心がよく分からなかくて……。
以前お仕えした提督方のように私をお抱きになるのかと……そう理解してしまって……。
私のほうこそ謝罪を——
いえ、怒りに突き動かされて、あなたを陵辱したのは事実です。
性暴力は、許されざる行為です。あなたは何ひとつ悪くない。
謝罪をすべきは私のほうで……
いえ、私にも謝らせて——
いや、結構です。
だから……!
いやだから、あなたに謝られてしまったら、私のけじめというものが——
私にもそのけじめが必要ではあ——
———。
————。
——ふ……ふふふ……
……ふふっ………
はははは……
(困ったような顔で笑いつつ)つまり、我々は似たもの同士ということかな……くっふふふふ……。
……そう……かもしれませんわね……ふふふ……。
----------------------
……あの二人は、なにをしているのだ。
まったくね、なにこの茶番。
(繋がったと思ったら痴話ゲンカ中だなんて、呆れてものも言えないわー)
でも、丸く収まりそう。良かったですね、姉さんたち。
さてどうかな。
だがまぁ、なんとか先には進めそうだ(ダルマを出す)
(それを見て、グラスを持ってくる)
ねぇ、昨日氷を使って補充しなかった人は誰かしらーぁ?
ねぇねぇ、新しいの、出してもいい? ……かなぁ?
(ミックスナッツのでっかい缶を手に持ち、缶の上から目だけ出して二人を見ている)
----------------------

(明石が持って来たモノをデスクの上から取り上げて)
これ、今使ってもいいそうなんだが、さてどうしようか。
規則違反には……
ならないらしい。司令も明石も了解済みということでね。
それよりも、あなたがこの時間にここにいることの方が、問題視されそうだ……あ、いや、これも織り込み済みか。……前言撤回しないと。
なんですの?
昼、謹慎命令を受けた際に、うっかりヒナセに「いい司令官になったな」的なことを言っちゃいましてね。いい司令官じゃない。ずる賢いというか、狡猾な司令官だ、それもたいそう頭が回るタイプ(笑う)
策士策に溺れる、ってことのないよう、気をつけて欲しいね。
それには提督の気配り目配りも必要だと思いますわ。
ああ、そうだね。
……努力しよう。
(にっこりと微笑む)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○翌朝 司令官室 ヒナセ、カワチ、妙高型、鳳翔、電、武蔵、隼鷹、明石
……で結局、コレ使わなかったんだ。
ええ。やはりきちんと手順を踏みたいなと思いまして。
あ、そう。
いつもながら、変なところで律儀だよね、レーコさん。
それこそ、いつものことじゃないですか。
ま、そーだねぇ。
……なんにせよ、丸く収まったようで良かった良かった……てかさ、大所帯だねぇ。
全員専属艦にする気なの?
いえ、妙高とだけ。
……あら?
うるさいですよ。
はいはい(微笑む)
てーかさー、なーんでアタシまで同席しないといけないんすか?
それは、君が現在私の秘書艦だからだよ、隼鷹。
はー? そんなんあとで報告してくれたら、アタシゃ十分だってーの。
……で、なにこれ、結婚式も真っ青な立会人の多さじゃん。このまま披露宴でもする気すか?
ま、飲んでいいんだったら、何にでもお付き合いしますけどねぇ。
……ケッコンシキ? ヒロウエン?? なんだそれは?
いーからオマエさんは黙ってな。あとで姐さんがちゃーんと教えちゃる。
……わかった。
なんにしても、丸く収まったようで良かった良かった。
司令。
なに?
同じことを何度も言うのは、歳取った証拠ですよ。
……更年期が怖いお年頃ですしねぇ、私も。
(肩をすくめる)
ふひ……じゃ、明石、始めようか?
はいはい。じゃ妙高さん。付けますね。失礼……っと……接続、完了。
データ、入れます。気持ち悪かったら言って下さいねぇ。
はい……大丈夫です。
那智、足柄、羽黒。君たちも大丈夫?
影響あるようなら、言いなさい。
この程度なら。
ゼンゼン平気よー。
はい……大丈夫です。
ふむ(手元のバインダーになにか書き付ける)
こんな時まで記録かい?
これがメインのお仕事なんでねぇ。
まったく、基地司令も因果な商売だ。
もしもがあった際に、記録があった方が、なにかと困らないでしょ。
……ふむ、それはそうか。
データ転送完了しました。さ、カワチ提督、どうぞ。
う……うん。
衆人環視の中で、オマエさんも物好きだねぇ。
関係者一同ってだけだろう。恥ずかしいことなんかないよ。
……では司令。
はいはい……えーっと……。
海軍規則第●●条■番▲▲項に基づいて、当基地所属の重巡『妙高』を、カワチアキラ少将の専属艦と認定します。なお、さらに同番▲◆項が適用され、重巡『那智』以下『足柄』『羽黒』をカワチ提督預かりと認めます。
……大丈夫かと思うけど、沈めないでよ?
当たり前です。
『てんぷくまる』のネーミングセンスといい、どうして君はそんなに縁起でもないんだ。
縁起悪くない! 『てんぷくまる』は『天《そら》から福を運んでくる船』って意味なの!
そうかもしれないが、音だけ聞いたらすぐに沈んでしまいそうじゃないか。はじめて名前を聞いたほぼ全員が微妙な顔をするだろ。その意味を考えろ。
いーじゃない。私個人の所有物なんだからさ。
……提督がた、まだ作業が終わっていないんですが?
……あ。
……す、すみません、鳳翔さん。
いちばん大事なことをすっ飛ばすおつもりでは……ないですよね(にっこり)
(肘でカワチの腕を小突く)
(ヒナセの肘を小突き返す)
提督、私《わたくし》はいつでもどうぞ?
……ひゃい……。
ぶふふふふ……。
提督、おやめなさいまし。
あ……はい、すみません。
……隼鷹、なんだこれは?
私たちは提督たちの漫才とやらを見るためにここに居続けなければならないのか?
まーそう言いなさんなって。
オマエさんの時は事務的に終わったんだろうけどさー、こういうパターンもあるって、後学のために見とくといいよ。あははははー。
………。
鳳翔さんの時のヒナコさんみたいなのです。
デ、電《デン》っっ!!
あの時はいろいろ面白かったですね。
鳳翔さんまでっ!!
あー、もういいから、とっとと終わらせよう。はいはいカワチ、認証。認証しちゃって!!
はいはい。
鳳翔さん、電《いなづま》、その話、あとでゆっくり聞かせて下さいね。
はい、よろこんで。
なのです!
———(声にならない声)
じゃ、いすか。額にタッチパネルみたいのが浮かび上がりますんで、そこに提督の体の一部を触れさせてちょっとだけ保持しといて下さい。
うむ。わかった。
じゃ、妙高さん、これからもよろしく頼みます。
……はい。
………(妙高の額に浮かび上がったものに口づける)
………。
……やると思った……(苦笑)
はわわわ……。
隼鷹……こういうのもアリな——
いーからオマエは黙ってろって。
うむ……。
あらぁ♪ さっすがー(にやりと笑う)
あの……えと……
羽黒、恥ずかしかったら目を逸らせていろ。
……はい、認証完了です。カワチ提督、妙高さん、お疲れ様です。
妙高さん、気分悪くないすか?
ええ……でも……
でも?
なんだか、体の中が、ポカポカします。
そうですか、それは良かった。
良かった?
ええ、提督との関係が良好な状態での専属艦認証は、直後に体がポカポカしてちょっと嬉しくなる……という報告が多数ありましてネねぇ。
へー、そうなの? 明石。
ええ、原因というか理由は解明されてないんですけどね、艦娘側が提督にある一定以上の好意を持っていると、そういうことが起きやすいみたいですよ。
提督側が“いい意味で”好意を持っている時に専属艦認証を行うと、同様のことが起こって艦娘側の好感度が上がることがあるという報告もありますね。こっちはプログラムの可能性が高いですが、じゃ、この提督側の好意はどうやって測っているのかという部分が曖昧すぎて……だからまぁ、どっちもオカルト的なモノで片付けてて下さい……ふひひ。
……(肩をすくめて)ハイハイ。じゃ、事実だけ記録しとくよ。
ははは、それで十分だと思いマス。
……鳳翔さん?
え?……ええ、いえ、なんでもありませんよ。
そすか。
えっと、あの……
なにかな、電《デン》?
いなづまも、体がポカポカしましたのです。
たくさんドキドキしていたので、言うのを忘れていたのです。
そっか。じゃ、それも記録しといていいかな?
はい、なのです。
………。
なに? 明石。
いえいえ、なんでもありませんよ。
こっちでも機械的な記録は取れてますんで、あとで正式に報告しますね。
うん、よろしく。
司令、話はもういいか?
はい、こっちは終わったよ、那智。あとはお好きに。
うむ。すまないな。
……カワチ提督。貴様に言いたいことがある。
なんだい?
妙高姉は貴様の専属艦になった。同時に私と妹たちも、貴様に預けられる身となった。
そうだね。
これから先、………。
……あなたが妙高姉を大事に扱い続ける限り、我々はあなたに付き従う。
あなたに常に最高の勝利をもたらすと誓おう。『幸運艦四姉妹』の名に恥じない
最高最強の勝利を、だ。
それは頼もしい。
だが、姉を泣かすようなことがあれば、その時は即座に反転して、貴様を地獄に突き落とすからな。たとえ我が身を道連れにしても、だ。
心しておこう。
うむ。
連なる山の峰々のごとく逸り猛る波たちを預かるのだからね。生半可な気持ちではすぐにそれらに飲みこまれてしまうだろう。
君たちを預かる代わりにこの命、君たちに預けよう。
うむ、姉共々、よろしく頼む(頭を下げる)。
よろしくお願いするわね、提督。
(無言で頭を下げる)
----------------------
これまた物騒な認証式になったことで。
ははん……アタシのお役目終わりって感じだねぇ。
これから気楽な隠居ぐらしといきたいね。
残念だが隼鷹、君はまだ私の主席秘書艦でいてもらうからな。
えええーやっだー! なんのために妙高さんがいんのさー。
アンタの秘書艦って堅苦しくてイヤなんだけどー?
じゃ、ウチにくる?
……いやそれもちょっと勘弁して下さいよ、てーとくぅ。
隼鷹さん、引き継ぎとかいろいろありますし、よろしくお願いしますね。
あー……。
どのみち、ヒナセ司令と鳳翔さんはお忙しいからね。航空隊の初級訓練は私が担当するから、空母の秘書艦は必要なんだよ。
あ、そーですかー。わかりましたよ、わかりましたー。
……カワチの秘書艦やってる限りは、ここから出て行かなくてもいいでしょが?
……あ……。
一本取られたな、隼鷹(ふふっと笑う)
はー、りょーかいりょーかい。好きにしちゃってよもうー。
じゃ、これにて一件落着……かな。
さ、通常業務に戻ろうか(書類を返した指の先ではたく。パシィっと乾いた音がする)
その前に皆さん、ちょっとお茶にしましょうか。
あ、いいですね。
ヒナセ、君ももう少し周りに気を遣えるようになれよ。秘書業務が長かった割には、そういうところ、気が回らないな。
すみませんねぇ、私の業務にはそれ、入ってなかったから。
言い訳言い訳。
……ところでさ。
ん?
隣に副司令官室を作ろうって思ってるんだけど?
今まで通り、ここで十分ですが?
いや、これ以上内部密度が上がると、ただでさえ暑い部屋が、余計に暑くなるから。
………。
なによ?
いや、感謝します。
うん、それでいいです。
はい。
--------------------------------------------------------------------
エピローグ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
とある午後。司令官とその秘書艦たちは本部に出掛けていて、
副司令と本日の司令官代理の当番秘書艦だけがいる司令官室。
外からトンテンカンテンと、副司令官室を拡張している音
が聞こえている。
提督、ちょっと休め(司令官デスクに冷たい麦茶の入ったグラスを置く)
ああうん……ありがとう(書類から目を離さずに、グラスを取る)
………。
……(異臭に気がついて、顔を上げ、秘書艦の方を見る)
いつまでも休憩しない、貴様が悪い。
そうだな。それは失礼した(肩をすくめて、書類とグラスをデスクに置く)
悪いが、お茶をいれてくれ、那智。
今度は、ちゃんと麦茶で。
うむ。承知した(出て行く)
……参ったね。まさかウヰスキーを仕込んでくるとは……。
(グラスを手にとってあらためて匂いを嗅ぎ、顔をややしかめて苦笑する)
(戻って来て)秘書艦が休めと言ったら、休むがいい。
(今度はちゃんと麦茶の入ったグラスをカワチに渡す)
(それを受け取りながら)次からは気をつけよう。……うん、美味いな。
ただの水出し麦茶だ。
……君が作ったんだろう?
夕べな。いつものピッチャーに水を入れて麦茶のパックを入れただけだ。
誰が作っても同じ味になる。
それでも、好きな子が私のために作ってくれたと思ったら、格別の味だよ。
……貴様はその口を私以外に向けるといい。
もちろん向けているよ?
そうじゃない。貴様にとって一番の艦娘にこそ、その口を取っておけと言うんだ。
いやいや、これは好きな子すべてに使う口でねぇ。
………。
もっとも、君もよく知ってると思うが、いちばん好きな艦《ふね》は、妙高だよ。
……ふん、そうか、それならいい。
ちなみに、二番目三番目はどちらも同じくらいでね。
は?
名前を、足柄、羽黒という。
……うむ、そうか。
ああ、同列で隼鷹って子がいるな。じゃ、二、三、四番目が同列か。
………。
もう一人、那智という子がいてね、その子は五番目……だね。
(わずかに微笑んで)……うむ(満足そうにうなずく)
麦茶。もう一杯、どうだ?
ああ、頂こうか。……那智。
なんだ?
この麦茶は、最高に美味いよ(空のグラスを差し出す)
そうか。それはよかった(グラスを受け取って、満足げな顔で出て行く)
(扉が閉まったのを見てから)
……やれやれ…(愉快そうにクスクスと笑う)
窓から入ってきた涼しい風に誘われて、カワチはふと顔を上げる。
視界の先には窓越しに見える水平線。
そこから立ち上る白い入道雲に目を細める。
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