ヒナセとカワチ・『小料理おほとり』にて
ヒナセとカワチ・『小料理おほとり』にて 本文
ヒナセ基地には鳳翔さんの小料理屋『おほとり』という名の提督のお夜食処がある。
…食堂の一角に五席のカウンターが設置されてて、ちょっと区切られている。
入口には暖簾なんかも下がってそれっぽい。
					
この一角を作ったのはヒナセ基地の棟梁・日向。
時間が経つにつれてアレコレ改装されるわ持ち込まれるわで、そこだけちょっとした小料理屋風になっていく。
この頃には誰が持ち込んだか、信楽焼のタヌキなんかも鎮座してて、もういろいろカオス。
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				…食堂の一角に五席のカウンターが設置されてて、ちょっと区切られている。
入口には暖簾なんかも下がってそれっぽい。
この一角を作ったのはヒナセ基地の棟梁・日向。
時間が経つにつれてアレコレ改装されるわ持ち込まれるわで、そこだけちょっとした小料理屋風になっていく。
この頃には誰が持ち込んだか、信楽焼のタヌキなんかも鎮座してて、もういろいろカオス。
こんばんは……と……お取り込み中だったかな?
					んにゃ、べつに。
					いらっしゃいませ。いつものでよろしいですか?
					ええ、お願いします。
					……横、いい?
					イヤだつっても、座るじゃない。
					今日はまた、ご機嫌斜めで。
					いつものことでしょ。
					提督、今日ちょっといいものが入ったんですけど、いかがなさいます?
					もしかして、これ?(隣の人の小鉢を指さし)
					ええ。
					じゃ、頂こうかな。
めずらしいですね、ここでこれが手に入るなんて。
					めずらしいですね、ここでこれが手に入るなんて。
武蔵が遠征帰りに見つけたんだってさ。
あんなに大量に獲ってきて、どうすんだろね。
					あんなに大量に獲ってきて、どうすんだろね。
そんなに?
					(うなずく)
明石が今、工房で水温調整器を作ってるよ。
					明石が今、工房で水温調整器を作ってるよ。
……飼うのか。
					食べ尽くすまではね。
					(カワチの前に小鉢と銚子を置きながら)
駆逐艦や軽巡の子たちはあまり好みませんから。
					駆逐艦や軽巡の子たちはあまり好みませんから。
まぁ、お子さま向けの食べ物じゃないですね。
					響とかは食べるけどね。電《デン》は嫌いだね。文月ちゃんも。
					重巡以上なら口にしますけど、それでも食べない子もおりますし。
大和さんは苦手なようです。……実は、武蔵さんも。
					大和さんは苦手なようです。……実は、武蔵さんも。
ありゃま。
					だのに獲ってきたのか。
					隼鷹が好きなんだってさ。
					ああ、なるほど。
					でも叱られてた。獲りすぎだって。
					どのくらい獲ってきたかはあとで拝見するとして、隼鷹がそこまで叱るなら、察しは付くな(苦笑する)
					あそこも、なかなか親子関係が抜けないねぇ。
					隼鷹が武蔵を子供扱いするからね。
……ま、いいんじゃないか? 恋愛沙汰は、基本的にいい気はしないんだろう?
					……ま、いいんじゃないか? 恋愛沙汰は、基本的にいい気はしないんだろう?
そうでもないよ。実に興味深い。
					ほう。
					どのみち、お前さんがもしここから異動なんてコトになったら、隼鷹は置いていくんでしょ?
					さてねぇ。君は武蔵をずっと手元に置いておくつもりなのかい?
					………。
					お待たせしました。
					やぁ、これは美味そうですね。
					美味そうなんじゃない。美味いんです。
					(肩をすくめて)これはこれは、ごちそうさま。
					……なによ?
					別に。意味通りの言葉だが?
……なんにせよ、君がきちんと食べるのは、この美味さがあるからなんだな。
					……なんにせよ、君がきちんと食べるのは、この美味さがあるからなんだな。
鳳翔さんが来る前も、きちんと食べてましたよ。
					電《いなづま》の手前ね。
					………。
					提督……ヒナコさん、デザートはいかがですか?
					頂きます。
					はい。
					………。
					………。
					……カワチ。
					なんだい?
					ちょっとだけいい?
					なに?
					昔話。
					……どうぞ?
					学生の時さ……
					うん?
					どうしてあんなコトになったのかなぁって。
					うん。
					ときどき考えてたんだよね。
					……相変わらず気が長いな、君は。
					まぁね。
					そこは否定して欲しいところだね。
					まぁ……基本的には私が悪かったんだろうなって思ってる。
					……ふむ。
					でもね、今日、ふと……さ、とあることに思い至ってしまって。
					………。
					……なんて言ったらいいかな。
……そう、『もしかしたら私は、とんでもない被害妄想に巻き込まれたのではないだろうか』って。
					……そう、『もしかしたら私は、とんでもない被害妄想に巻き込まれたのではないだろうか』って。
………。
					それを思った自分が、怖くなってね。
					それで機嫌悪く晩ご飯をここで食べてるわけだね。
					………。
					図星だからといって、睨まない。
					………。
					私はその答えを知っている。
					ん。
					君に話すこともできる。
					うん。
					……で、君はどうしたい?
答えを聞くか?
					答えを聞くか?
………。
					教官が亡くなったのは、君のせいじゃない。それは分かっているな。
					………。
					教官が教官を辞めたのは、君のせいだが。
					………。
					だが、それも君自身のせいじゃない。
ヒナセ大尉が君に一目惚れしたせいだよ。
					ヒナセ大尉が君に一目惚れしたせいだよ。
……恥ずかしいから、そこはカットしようよ。
					前線に出てればいつも思い知らされる。
実際に戦っているのは艦娘たちだが、艦に座乗している限り、一つ間違えば、自分も彼女らと一緒に沈む運命にあるのだと。
それは飛行機乗りもそうだろう?
					実際に戦っているのは艦娘たちだが、艦に座乗している限り、一つ間違えば、自分も彼女らと一緒に沈む運命にあるのだと。
それは飛行機乗りもそうだろう?
まぁ、実際に飛行機乗りと提督では、あり方がに妙に違うのだけどね。
					まぁな。
だが、妖精さんたちがいるのに、人は何故、戦場になっている空を飛びたがる?
それは君がいちばんよく知っていると私は思っているんだが……買いかぶりかな?
					だが、妖精さんたちがいるのに、人は何故、戦場になっている空を飛びたがる?
それは君がいちばんよく知っていると私は思っているんだが……買いかぶりかな?
買いかぶりかもしれないねぇ。
もう私が空を飛べなくなってから、どれくらいが経つと思ってんの?
					もう私が空を飛べなくなってから、どれくらいが経つと思ってんの?
……話がずいぶんと逸《そ》れたな。
本題に戻ろう。
さっき言ったように、今すぐにでも、私は答えを君に言える。
第三者としてすべてを見ていたからな。
……さ、どうする?
					本題に戻ろう。
さっき言ったように、今すぐにでも、私は答えを君に言える。
第三者としてすべてを見ていたからな。
……さ、どうする?
………。
					………。
					……いや……いいよ。
今さら正解を知ったところで、どうなるっていうんだよ?
					今さら正解を知ったところで、どうなるっていうんだよ?
そうだな。
あれからずいぶんと時間が経ってるからな。
					あれからずいぶんと時間が経ってるからな。
経ちすぎてるよ。だから……いい。
					それが賢明だな。
					……うん。
					納得していないから、そうやって時折思い出すのだろうが……
					それもかなり強烈にね。
					それはよくないな。
しかし、忘れてしまえとも、私は言わないよ。
これから先も、納得するまで、何度となく思い出すのだろうね。
					しかし、忘れてしまえとも、私は言わないよ。
これから先も、納得するまで、何度となく思い出すのだろうね。
たぶんね。
					……ま、愚痴を聞くくらいなら朝飯前だ。どうしようもなくなったら、言えばいい。
					……。
					副司令というのは、そういう立場にある。
					……なるほど。
わかった。じゃ、気が向いたらそうさせてもらいます。
					わかった。じゃ、気が向いたらそうさせてもらいます。
うむ。ところで今夜、このあとデートでもど——
					ヤメテ下さい。お前さんと違って、同性はお断りなの。
					人妻だものな、止めておこう。
					そうそう、ヒナセ教官が化けてでてくるから。
					愛されてるねぇ。
					……うん……それだけは自信があるかなぁ。
なんで彼は私のことがあんなに好きだったのか、未だに分からないんだけどね。
					なんで彼は私のことがあんなに好きだったのか、未だに分からないんだけどね。
……ごちそうさま。
					お待たせしました。どうぞ……。
					……すみません、気を遣わせちゃいましたね。
					いえ、準備に手間がかかりましたので。
さ、冷めないうちに召し上がって下さい。
					さ、冷めないうちに召し上がって下さい。
……はい。
(一口食べて、にこ…と微笑む)
					(一口食べて、にこ…と微笑む)
鳳翔さん、私にもあとで、これ、いただけます?
					ええ、ちゃんと用意してありますよ。
妙高さんたちへのお土産分も。
					妙高さんたちへのお土産分も。
これはかたじけない。
					……あいかわらず、ハーレムに棲んでるねぇ。
					なに、大事な秘書艦とその妹たちさ。
					秘書艦だったら、隼鷹もそうでしょうが。平等に扱ってやってよね。
					隼鷹は好き勝手にさせておくのがいちばんだよ。
武蔵の母親気分が抜けないのに、武蔵に夢中だ。あれも拗《こじ》れてる。
					武蔵の母親気分が抜けないのに、武蔵に夢中だ。あれも拗《こじ》れてる。
まぁたしかに。
……サンプルとしては、興味深い。
					……サンプルとしては、興味深い。
……やれやれ。いつも言ってるが——
					——『人間あつかいするのかモノあつかいにするのか、どっちかにしろ』
					その通りだ。……だが、観察対象としては、実に面白いのは認めるよ。
					でしょ。
					うむ。
					……鳳翔さん、おかわりあります?
					はい。ありますよ、すぐ持って来ましょうね。