へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

『艦隊これくしょん―艦これ―』二次創作SS

着任。―風向き、よし!― 番外編 01

一景 海上に、艦《ふね》ふたり

 ざざーんざざーん……
 ざざーんざざーん……。

 艦《ふね》が海の表面を切り裂きながら走る音が好き。
 だって、生きてるーって思えるから。
 艦が進む時、波を乗り越えるたびに大きく上下に揺れ動く。これも好き。
 だって、生きてるーって思えるから。

 私は明石。通常ではヒトの形をしているけれど、れっきとした艦。
 海軍に管理されている。つまりは艦娘。
 『特務艦明石』あるいは『工作艦明石』と呼ばれたりもする。
 『工作艦』と呼ばれるところから分かると思うけど、戦闘は苦手。でもモノ作りは得意。
 駆逐艦よりもやや大きなボディーに、重起重機《クレーン》が三本。作業がしやすいように平甲板仕様。艦内工場は二〇余、工作機械はぜんぶで一四四設置されてるの。これが私の本体。カッコイイでしょ。
 同僚である他の艦娘たちの修理をすることが私の本業だけど、場合によっては泊地や基地の拡充補助をすることもある。あ、そうそう。必要物資の調配達も重要な仕事のひとつ。だから『アイテム屋』とか『アイテム娘』とも呼ばれてるわ。
 いちおう自衛用の武装は付いてるけど、…ま、飾りみたいなモノ。ついてないと軍艦らしくないでしょ? そういうこと。
 
 今、私は工作艦明石《自分自身》に乗って、任務地へ向かってる。旅の連れは大淀。彼女も私と同じ任地に配属されるところ。
 『大淀』は軽巡洋艦。
 もともと潜水艦隊指揮用の旗艦巡洋艦として建造されたからか、任務管理だとか、作戦計画管理だとか、書類管理だとか……管理と名の付くことが得意。『任務娘』とよく呼ばれてるわね。
 だから、どこの鎮守府・基地・泊地でもそういったことを主な仕事にしていて、彼女も戦闘に出ることはすくないみたい。艦隊を指揮する提督たちの秘書艦娘が、提督たちに近い部分の秘書業務をするのに対して、大淀はあくまでも“上”から下りてくる任務や作戦の管理を中心とした秘書業務してるって感じかな。秘書艦の仕事にまでは立ち入らないのが、彼女のモットーなんだって。
 そんな任務系管理のエキスパートである大淀と、工務物資系エキスパート(と自分では思ってる)の私が揃って任地配属になるということは、その任地はそこそこ重要拠点だと“上”から認められたことになる。……とは言っても、今回の着任は、実は大淀だけで、私は基地拡充のための派遣および期間限定貸与というだけなんだけど。

 世界の海では今、深海棲艦という謎の出現物によって脅威にさらされている。
 その脅威を取り除くために生まれてきたのが、私たち『艦娘』。これはみんな知っていることよね。
 艦娘は海軍に所属しているんだけど、私はひとりってわけじゃなくて、オリジナルの私《明石》をベースにした“私”がたくさんいるの。それは『大淀』も他の艦娘も同様に。
 艦娘はコピーたちは提督の数だけいるとされていて、提督数も星の数ほどいるという話だから“私《明石》”もすでに何体いるか、私は知らない。提督によっては同じ艦を何体も所有しているという話だから、実際には提督の数よりも多い艦もいるのかも。でも、提督によっては、いくら探索しても建造しても、どうしても手に入らない艦もあるみたいだから、あんがいどの艦娘も、提督の数とトントン程度なのかもしれないわね。
 艦娘は、建造時またはドロップ回収時にリセットをかけられて、能力も性格も記憶も、オリジナルのレベル1とまったく同じ状態になってから、各鎮守府や泊地基地に所属している提督たちの所有艦となるの。ただ、記憶については完全にリセットがかかる場合とそうでない場合があって、オリジナルが持っている記憶のほかに、以前仕えていた提督のころの記憶をうっすら持っている艦娘もいたりする。でも時間が経ってあたらしい記憶が増えていくと、古い記憶は、使わない引き出しの立て付けが悪くなっていくように、だんだんと思い出さなくなっていく。ごくまれになにかのきっかけでふっと思い出したりすることもある。……このあたりは人間と同じみたいね。
 さて、私たち艦娘が何者であるか?
 そんなことは考えたこともない。私の提督《主人》であるアサカ提督は「そういうことを考えないように、思考にロックがかかっているのよ」とか言ってたけど、それもよく分からない。別の提督が「アシモフのロボット三原則みたいなものだね」とも言ってたけど、アシモフが何やら、ロボットなんたらが何やら、これもよくわからないことなのよね。
 考え込んでも分からない理解できないことをいつまでもぐるぐる考えてたって仕方ないから、この問題についてはどうでもいい感じ。……と私たちが思うことが、『ロボット三原則』ってヤツらしいのだけど、むずかしいから考えるのは止め止め。
 この話は以上終わりっっ。

 そんなわけで、大淀と私は、“工作艦明石《私》”に乗って、任地に向かっている。
 本隊基地から出る際にまず、どっちの艦《ふね》で行くかでちょっともめた。本隊基地からさほど遠くない距離とはいえ、いちおう外洋の小島にある基地だから、装備が整っていて足も速い巡洋艦の『大淀』で行くのが良いのだけど、残念なことに、赴任先には『大淀』クラス以上の大きな艦を係留する港湾施設がない。ギリギリ“私”クラスまでの艦を係留できる施設があるだけ。それというのも、今から行く任地の今の港湾施設は、もともと“私《明石》”から基地設営資材を降ろすために作ったものだったからなのよね。今は、主に駆逐艦クラスの係留施設として使われているわ。
 なので

   新しい港湾施設の建設
   基地全体の拡充
   そのための資材の輸送

 以上が私が赴任する理由なんだけど、大量の資材を積み込めるスペースがある艦が私のほうで、さらに言えば、航路を熟知しているのは、定期的に本隊基地と任地をなんども行き来している私のほうで……と、いろんな条件が重なって、明石《私》で行くことになった。ただし工作艦は足が遅い。軽巡で行くよりも三倍くらいの日数と時間がかかってしまう。でも大淀とちょっと長い二人旅になったから、私個人はとても満足してる。
 対する大淀はどう思ってるか分からないけど、出航してからずっと、始終楽しそうにしてるから、まぁ悪くないのかなって、勝手に思ってる。他の人や艦《ふね》には笑顔を絶やさず、平等に人当たりの良い艦だけど、私には、第三者がいないところでなら、喜怒哀楽をかなりはっきり見せてくれるから、ま、悪くない関係なんだと思う。
 たぶんね。

 艦はいつもの航路を進んでいく。ここまでは天候も悪くない。風も凪いでて船体が大きく不規則に揺れることもない。順風満帆・宜候《よーそろー》。
 向かう任地は本隊基地からさほど遠くない小さな分基地。
 公式には艦娘五十数名、提督二名の中規模基地。提督も含め、全員女性の女所帯。
 でも実際には艦娘は七十名近くいるのを、私は知っている。知っているのは私だけじゃなくて、この分基地を直接管轄している私の提督《主人》も知っている。
 ちなみに大淀は知らない。行って実態を知ったら、驚くんだろうな。暁型なんて、響が二人もいるもん。ひとりはベルーヌイになってるけど。
 知っていると言えばもう一人、給糧艦の間宮さんも知っているはず。つまり、あの基地に定期的に出入りしている者だけが、あの基地の実態を知ってるってこと。ちなみに私と間宮さんの主人は同じ提督。これもつまりは……まぁそういうこと。

「楽しみですねぇ」
 甲板にデッキチェアを出して、二人でひなたぼっこをしていたら、大淀がニコニコ笑いながら言った。
「何が、楽しみなんですか?」
 私は訊く。
 本隊基地にそこそこ近いとはいえ、辺境基地に飛ばされてることには変わりがない。しかも他の泊地や基地と違って、島には基地しかなくて、提督たちが二人のほかは、人間がいない。娯楽もなにも町すらないところに行こうとしているのに、大淀は何が楽しみなんだろうって正直思った。
「だって……あのヒナセ提督に会えるんですよ? 明石は……ああ、何度も会っているんでしたね」
「あー……」
 なるほど、そういうことか。
 たしかに、ヒナセ提督はちょっと変わってるというか、所属の本隊基地のみならず、管轄の鎮守府の中でもちょっと異色というか……まあ……【変人】のレッテルがベッタリと貼られている人物。提督と名のつく人は変人が多いんだけど、その人たちからさらに変人扱いされている。……ま、どこに赴任しても、すぐに敷地を耕し始めて花壇とか野菜を作っちゃう士官さんなんて、ヒナセさん以外、私は見たことがないから、たしかに変人かもしれない。
「ヒナセ提督があそこに赴任したときから、私は彼女にさんざんこき使われてますよ。まぁそれ以前に、あの方がアサカ提督の副官《秘書》をしていた頃から、何かと顔を合わせてはいましたけど」
 ずいぶん昔の話だけど、実は私とヒナセ提督って、ほんの一時期だけどアサカ提督の秘書仲間でもあったの。あちらは副官って役職ね。むろん秘書艦と副官《秘書》は同じ秘書でも仕事の内容がまるで違ってて、艦娘には任せられないことを副官がやるという感じ。艦娘は同名艦同士はそっくりで見分けが付かないから、それを悪用した情報漏洩を防ぐためってことらしい。こういう話を聞くと、人間っていろいろ大変よねって思う。
「あ、そうか。大淀はアサカ提督の直属じゃないですもんね」
 私が言うと、大淀は大きくうなずいた。
「ええ、だから直接お会いしたことがなくて」
「あ、なるほど」
「ホットライン《お電話》で任務をお伝えするばかりで、お目にかかるのは今回が初めてなの。……ほら、ヒナセ提督って、声が可愛らしいでしょう?」
 ……う……。
「た、確かに年齢不相応ですよねぇ」
 私はヒナセ提督の声と容姿をありありと思い浮かべてしまった。なんだろう、あの年齢不詳さは。
「……声もそうなんですけど、容姿もお若いですよ。あれで四十越えてるとは、初対面だと分からないでしょうね」
 大淀、ヒトは外見に惑わされてはいけませんよ。私が憶えている限り、ヒナセさんは二十代の半ばには十代後半《ハイティーン》の学生にしか見えなかったし、四十を越えた今でも、ヘタしたら三十二、三くらいにしか見えないし。だのに、私が初めて会ったときにはすでに未亡人だったんだから。……ホント、ヒトは見かけで判断しちゃいけないっていう見本なんですよ、あの人は。
 そんな私の心のつぶやきも知らず、大淀はコロコロと笑って会話を続ける。
「それを言ったら、アサカ提督も年齢不詳ですよね」
「う……」
 そうなのだ。我が主人であるアサカ提督(女性)は三十代後半。そろそろアラフォーと言われる年齢なのに、この人も下手をすると二十代後半か多く見積もっても三十代そこそこにしか見えない。さらに言えば、赴任先にいるもう一人、カワチ提督もそう。背が高くて超美人のせいもあって、二人よりちょっと上の三十代半ばくらいには見えるけど、確かカワチ提督はヒナセ提督と士官学校の同期で、ひとつかふたつ年下だから、間違いなくアラフォーなのよ。
 共通項は全員

 “現在独身・子供ナシ”。

 死別一人、離婚一人、未婚一人という内訳だけど、なに? 子供がいないってそんなにオンナを若々しく保てるの? でも、同じく独身の女性提督で、ちゃんと年齢相応の外見をしている人も多いから、単に珍しいパターンがひとところに集まったというだけなの? とにかく人間って不思議すぎる。
「……ま、まぁ……ヒナセ提督もカワチ提督も、一癖二癖ありますから、基地しかない島ですけど、何かと退屈はしないと思いますよー」
 私はなんとも答えようがなくて、苦笑しながらこう言うしかなかった。
 ヒナセ提督がその昔、『鬼日生《オニヒナセ》』とか『オニッショー』とか呼ばれて飛行科学生たちから恐れられてたって話も、カワチ提督があの島に降格左遷された理由が、大昔の同性愛ゴシップ(それもかなり眉唾物)を揶揄した上にセクハラまでしようとした上官提督の顔を、形が変わるほどボコって退官に追い込んだからだっていう話も。大淀、今は知らなくて良いと思います。はい。あそこへ行けば、早晩いろいろ知ることになると思うしね。うん。あ、でも、否が応でもアレはまず知ることになるか……。
——赴任地がどう見ても、海軍基地じゃなくって広大農園の趣でいっぱい——
 定期的に訪れるたびに開墾・整地されていく基地と農園に、当時は自分も間宮さんも驚いたもんなぁ。あとでアサカ提督に理由を聞いて納得したけど。
 基地が開設して二年後に、『演習』と称して盛大な芋掘り大会が催されて以来、定期的に『芋掘り演習』が行われている基地泊地なんて、他にはないんじゃないかしら。誰もが初めて体験させられる時はびっくりして声も出ないのに、すぐにその色に染まって、あのカワチ提督までが泥にまみれて艦娘たちと芋掘りに興じているなんて、どこの誰が想像できたでしょうねぇ。
 そういった意味でも大淀……と思考を巡らせて、すぐに私は考えを変えた。…あれ? なんだか妙に楽しいぞ??
「はい! 確かに、楽しみですね!」
 思わず満面の笑みが漏れる。大淀が泥と草にまみれ、芋のツルに足を絡まれて転けつまろびつしながらキャーキャーと芋を掘る姿が不意に目に浮かんできて、それが存外に楽しかった。
「ですよねぇ。ホント、楽しみです」
 私の妄想をつゆとも知らずに、大淀もニコッと笑い返してくる。それを見て私は心が痛んだ。
(ごめんね大淀。アナタをある意味オカズにして、内心楽しんでる明石を許して下さいませませ)
 …………。

 デッキチェアから立ち上がって、甲板の手すりにもたれかかる。風を切る音が耳の横でピュンピュンと鳴る。
 この航海もあと一日半。天気予報はずっと快晴。明日あたりにスコールに遭うかもしれないけれど、それはそれでいいじゃない。向かう先はたぶん、今までとはゼンゼン違う日常が展開している、ある意味艦娘たちの楽園だから。
 大淀と違って私は期間限定の任務だし、状況によっては大淀も引き上げる可能性がないわけではないけれど、それはそこ、出たとこ勝負。Que sera sera《ケ・セラ・セラ》。それで良いと思うんです。
「……ね、ヒナセ提督さー、きっと驚くと思うんですよねーぇ」
 私は振り返って大淀に言った。
「……え? なんですか?」
 でも風に邪魔されて、大淀には聞き取れなかったらしい。大淀もデッキチェアから立ち上がって、私の傍にやってくる。
「アタシら着任したらさー、ヒナセ提督、ゼーッタイ驚くー……って言ったんです」
 私は「あはははは」と声を上げて笑った。腹の底から愉快な気分になって、笑い声が体内からあふれたって感じ。
「ですね!」
 大淀も笑ってくれた。

 海軍の高級士官たちは原則として転勤族だ。転勤しながら階級や役職地位を上げていく。それなのに、ヒナセ提督が何年もあの基地にいるのはそれなりの理由があってのことで、たぶんあの人はもう、あの基地から動くことを望まないだろう。その上で私たちの赴任は喜ばれるのかそうでないのか、ふたを開けてみないと分からないことだらけだけど、少なくとも私たちそのものは歓迎されると思う。
 そんな人だから、ヒナセヒナコという提督は。

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