へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

『艦隊これくしょん~艦これ~』二次創作SS

風よ、吹け ―ヒナセ基地定期報告書―

4.人ひとり、艦《ふね》ひとり

 鹿屋基地管轄の新設された後方基地。
 敵に見つからないようにあちこち迂回しながらの大回り航路とはいえ、工作艦『明石』の巡航速度でもって丸二日。
 本国領内ではあるが、ふつうの大きさの地図には乗らないくらいの小さな南の無人島。 大昔に旧海軍が一度撤退したとされる、どう考えてもあまり戦略的意味がなさそうなこの島に、なにゆえ現海軍が目を付けたのか。
 上部が実際には何を考えているかわからないままに、しかし利害の一致を見て、ヒナセはこの基地の責任者——つまり司令官——となった。ヒナセのとりえず目的は『この島に“渡る”こと』 本来の目的に近づくにはまだまだ時間はかかりそうだが、第一の目標は達せられた。
 それはともかく。
「てことで。とりあえず。お疲れ様でしたー……」
 ヨレヨレに疲れ果てた明石が、ため息とともに体全体から言葉を吐いた。吐いた勢いでそのまま倒れそうになっている。
「ごくろうさん。まあなんとか基地の体裁はととのったよ」
 そうヒナセは言ってるが、できたのはプレハブの掘っ立て小屋が三つと、工作艦『明石』を横付けして軽いものの荷下ろしができるというだけの、仮設の係留岸だけ。
 プレハブのひとつは、発電機や当座の飲み水をプールしておく給水槽が設置された設備小屋。ひとつは司令部棟兼住居。ひとつは建設機材と一部の資材をとりあえず入れておくための倉庫だ。
 設備小屋はこの島で生活する上の命綱であり、司令部小屋には鹿屋基地からの専用通信線を繋げてある。つまりは最低限かつ最重要のインフラ設備がここに集約され、基地司令部としてなんとか機能できるようにはなっている。
 しかし問題がひとつある。
 基地を構成する人と艦が、ひとりと一隻しかいないという事実。
 基地として稼動するのかそれは。
 それもともかく。
「次の便は、いつになるの?」
 この時期この地方は台風シーズンのまっただ中だ。出来るだけ早くにきちんとした建物が欲しい。ヒナセは明石に訊いたことは、至極当然のことだ。
「えーと……早くて六日後…くらいですかね」
「だろうね」
 来るのに二日かかれば、帰るのにも二日かかる。必要物資は先に連絡して帰投二日間のうちになんとかそろえられたとしても、その荷積みに丸二日。合計六日。これも至極当然。
「お急ぎですよねぇ」
「もちろん」
 どうしようもないなら、四日前に陸揚げしたショベルカーで大穴を掘って、石を積み上げて半地下の仮司令部を作るしかない。そもそも台風シーズンまっただ中に基地開設すること自体が間違っている。
 スケジュールを決定した連中の顔が見たいが、こっちの事情が絡んでいたことも事実だ。現状、何はともあれ最優先で資材確保と輸送と基地建設を約束してくれただけでも良しとしなければならない。事実、『明石』所属の使役妖精たちが最大限に出てきて作業に携わるなんて、軍人生活を最大年限いっぱい続けていられても、そうそう見られるものじゃない。その上明石は、妖精たちの半分をここに置いて行ってくれるというのだ。出血大サービスしまくってくれてる上に、買うとさらに同じモノをプレゼントしてくれる通販番組のようだ。
「とりあえず善処はしますけど」
 番組司会の明石は、言いにくそうに口ごもる。
「まぁ、あっちの仕事もあるからね」
 ヒナセは肩をすくめる。番組みたいに大げさな動作はしなかった。
 「あっち」とは、鹿屋基地(本部)のことだ。明石はヒナセの上司直属の艦であり、その上司の名を取って「アサカ艦」と言われる専属艦のひとりだ。アサカ中将は多忙な人で、秘書艦たちももちろん多忙。ヒナセひとりにかかずらってもいられない。
「でも、アサカ提督から、できる限り便宜を図るように……とも言われてますんで、できるだけ早くに行って帰ってきますよ」
 決して足が速い艦ではないのに、それもまた大変なことだ。
「姫提督が許可するなら、直行ルートで来てもらってもかまわないと、私は思ってるけど?」
 できる限り全速力で来るとはいえ、往復の時間は明石にとって休息がとれる時間でもある。それを直行で往復しろとは、我ながらひどいことを言っているなぁとヒナセは思う。それでもそう言わざるを得ない逼迫した状況があるのもまた事実。
 そのあたりは十分理解しているのだろう。明石は顔をひきつらせながらも「了解しました」と言った。
 それでも最短五日間は電と妖精たちとでなんとかやりくりしないといけない。
「天候に気をつけながら、お互い善処するしかないね」
 この時点でヒナセが言える言葉は、それしかない。
「ま、ここのところ、時化る心配もなさそうだから、なんとかなるかな。台風も発生してないみたいだしね」
 仮設の司令室で、唯一リアルタイムに情報が入ってくる天候予想データを見ながら、ヒナセは明石に今日はゆっくり休んで明日の朝出発するよう指示を出した。明石は敬礼をしたのち『明石《自分ち》』に帰って行った。今日からヒナセと電は仮設基地で寝泊まりし、明石は『明石』で休むのだ。
 翌朝、ヒナセは日の昇る前に起床し、仮設岸係留中の『明石』におもむいた。明石もすでに起きていて、半分寝トボケながらも出発準備を整えていた。
 昨夜のうちに、本部基地に電送した物資発注書を明石にも手渡し、命令伝達は完了。ヒナセが退艦したと同時に『明石』は離岸して本部基地・鹿屋への帰途についた。
 『明石』が水平線の向こうにシルエットとなってからふり返ると、電が仮基地の前で小さくたたずんでいるのが見えた。
「おはよう、デン」
 近づきながら、電ににっこりと微笑む。電が恥ずかしそうな困ったような顔で微笑むのは、たぶん珍しく寝坊をしたからに違いない。
「おはよう、ございますのです。司令官さん」
 明石が残していった使役妖精たちはいったいどこに隠れてしまったのか、今日はまだその姿を見ていない。これも妖精たちの不思議のひとつだった。たぶん、電とヒナセが朝ごはんを食べて、そろそろ仕事にとりかかろうとするころ、どこからともなく現れるのだ。
 今日も海は凪いでいて、ゆるやかに風がそよぐばかり。どことなく夏の気配を残した秋空が広がっている。
「今日も暑くなるかもしれないね」
 ヒナセはよいしょ、と電を抱きかかえた。
 工業製品である艦娘は、見た目よりもかなり重いのが常だが、電は同じ年頃の子供くらいの重さしかない。それどころかやや軽いくらいで、ヒナセのように小柄な女でもなんとか抱きかかえることができる。理由はよくわからないが、電は艤装をまとうことができず、艦娘としては、いわゆる“壊れている”状態だからかもしれない。
 電を抱っこしたまま、『明石』が消えていった水平線を見つめる。電の髪がヒナセの頬をくすぐって、それで風がやや出てきたことに気がついた。
「さて、ゴハンにしますか。デンは何が食べたいですか?」
 言うほど食材はないのだけどもね、とヒナセは笑った。
「いなづまは、司令官さんが食べたいものでいいのです」
 やれやれ、そう言うと思った。
 電はヒトに気をつかいすぎて、自分の意思を表現するのが苦手だ。それもヒナセの気がかりな部分だった。それこそが、この小さな駆逐艦がこうむった悲劇の原因ともいえるのだから。
「んー。そうだねぇ。実は私もなんでもいいのだけど……じゃ、ひとつずつ食べたいものを出し合おうか? 私は今朝はハムが食べたいかなぁ」
 ヒナセがにっこりと笑うと、電が目を白黒させた。
「はわわわわ……」
「さ、なにがいい?」
「えっと……えっと……じゃ、タマゴがたべたいのです」
「タマゴ? いいねえ。じゃ、焼きますか? それとも茹でますか?」
 誘導しながら電の言葉を引き出していく。引き出しながら仮基地の居住スペースにあるキッチンへと入っていく。
 しばらくはこうやって、人ひとり艦《ふね》ひとり。
 他に誰もいないから、電にとってはストレスがかなり軽減されるはず。
 今はまだ基地の整備に専念せざるを得ないから、艦が増えることもないだろう。ほかには妖精と、時折やってくる明石だけ。
 人ひとり
 艦ひとり
 そんな蜜月のような生活がはじまる。
 島の生活がはじまる。
 風よ吹け
 我が行く道の先示せ
 そがはじまりはいつなりや
 そが終焉はどこなりや
 汝に乗りて向かう先
 そは明日なりと常に説く
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