オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 中期

にくじゃが

にくじゃが 本文

肉じゃがは、いつ食べても美味しい……と思う。
でもね――
中期、そして前期以前。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○岩下家本宅・居間。
とある夕飯どき。
今晩は嫁が休みの日で、夕食を作った模様。
貴子がご飯を各人の飯椀によそってるあいだに、秋子がみそ汁を各人に手渡し、次いで肉じゃがの入った小鉢を各人の前に置いていく。
置く順番はかならず友則→貴子→貴秋→友秋→自分である。
貴子が同様の動作をする場合は、友則→秋子→貴秋→友秋→自分の順になる。
秋子がいない場合は、友則→自分→貴秋→友秋…である。
すべてのパターンにおいて、タカとトモの順番が逆になることも、よくある。
友則が、貴子の前に置かれた肉じゃがの小鉢を見つめてなにやら思うことがあったようだが、何も言わずに夕食を食べる。
男の子ふたりがいる家庭の食事風景は賑やかしい。
何を取ったの取らないの、ジャガイモの数が多いの少ないの…etc...
そして終いには貴子おばちゃんから一喝されて、しゅんと縮こまってフィニッシュするのも毎度の風景である。
……そして夕食が終わって、大人だけのお茶タイムになりました。
秋子
(友則の前、ちゃぶ台の上にお茶の入った湯飲みを置く)はい、どうぞ。友ちゃん。

 

友則
ん。ありがとう。

 

貴子
(いつまでたっても新婚気分夫婦だなーと思いつつ、自分の場所で新聞を読んでいる)

 

秋子
貴ちゃん、どうぞ(貴子の前にもお茶)

 

貴子
んー……。

 

友則
(お茶をすすって)さすがに夜はちょっと肌寒くなってきたなぁ。

 

秋子
そうですね(同じようにお茶を飲んでいる)

 

友則
なぁ、ところで。

 

秋子
はい。なんでしょう?

 

友則
貴子も。

 

貴子
んー……。

 

友則
こら、ちゃんと話を聞け。新聞置いて。

 

貴子
(ばさり、とやや大きな音を立てて新聞を閉じ、友則をぎょろりと見る)

 

友則
(機嫌悪いな、と察してちょっと上半身を引いた)

 

秋子
貴ちゃん(たしなめる)……どうしたんです?(これは友則に)

 

友則
(気を取り直して)あ、ああ……今日、ちょっと気になったんだが。

 

貴子
ぁに?

 

秋子
……貴ちゃん。

 

友則
貴子の肉じゃが、タマネギがほとんど入ってなかったようだが、ワザとか?

 

秋子
(ああ、そのこと……という顔)

 

貴子
(今さらそんな話するのか……という顔)キライだもん。アタシ。

 

友則
……そう、だったか?

 

貴子
厳密に言ったら、肉じゃがのタマネギが嫌いなのよ(ふん、と鼻白む)

 

秋子
(うんうん、と頷く)

 

友則
(嫁の反応を見て、これは嘘ではないと思ったが)
しかしお前、作るときはちゃんとタマネギを入れてるじゃないか?

 

貴子
(あからさまに、気分を害しましたという顔)

 

秋子
ずーっと昔からなのよねぇ(くすくす笑う)

 

友則
そうなのか。

 

秋子
ええ、そうなの。……ね、貴ちゃん。

 

貴子
……ふん。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○時間さかのぼって、前期以前。
秋子も貴子もまだ大学生で、もちろん友則ともつき合っておらず、 トーテム2号店の2階の住居部分に住み始めてあまり経っていない頃。
そして晩ご飯を一緒に食べる二人。
一人分作るより二人のほうが、いろいろ無駄にならなくてすむ…という理論からだが、 実は貴子の自宅では友則が一人メシを食べているので、それは単なる「こじつけ」である。
そして本日のメインディッシュは、肉じゃがだったりする。
秋子
貴ちゃん。

 

貴子
……ん。

 

秋子
タマネギ。

 

貴子
……。

 

秋子
お行儀が悪い。

 

貴子
……嫌いなんだよ。

 

秋子
タマネギが? 学食で食べてるじゃない。野菜炒めとかちゃんぽんとか。

 

貴子
肉じゃがに入るヤツ以外は好きなんだけどね。とにかく、肉じゃがのタマネギは嫌いなの。

 

秋子
先に言っててくれたら、作るとき入れなかったのに。

 

貴子
……んー、それは却下したい。

 

秋子
何それ?

 

貴子
肉じゃがを炊くのにタマネギは必要。
じゃないと美味しくない。
でも、肉じゃがのタマネギを食べるのはイヤ。嫌いだもん。

 

秋子
(呆れて)なに? その、まるでだし昆布のような扱いは!?

 

貴子
(ぽむ、と手を打つ)ああ、それだ。それ。
真面目な話さ、美味しくないじゃない。タマネギが入らないと。

 

秋子
それは否定しないわ。

 

貴子
でもねぇ、どうしても嫌なのよね。食べるのは。子供の頃から苦手。
たぶん、甘すぎるからだと思うんだけどね。肉じゃが、砂糖使うじゃない。

 

秋子
なるほどね。でも、苦手ってことは、食べられなくはないのね?

 

貴子
うん、でも自分が台所の主導権を握るようになってからは、ほとんど食べてないなぁ。
自分の皿分はできるだけ避けてるから。

 

秋子
残っちゃうでしょうに。

 

貴子
ああ、それはね、兄貴の皿にね(いひひ、と笑う)

 

秋子
……呆れた。
ということは、今までのも私の皿に多くタマネギを入れてたわね?

 

貴子
えへへへ。

 

秋子
(ため息をついて)ともかく。嫌いなのはいいとして、できたら先に言っておいて欲しかったわね。
そしたらできるだけ避けて、お皿に盛ってたわよ。

 

貴子
出せばいいかと思って。

 

秋子
出せばいいかもしれないけど、(箸の先で指す)そーやってお皿のはじっこに寄せて積み上げるのは感心しない。
お行儀が悪いし、見た目も悪いわ。

 

貴子
(眉をハの字にして、ふむ、とつぶやく)
なるほど。そらそーだ。
わかった。ごめんなさい(ぺっこりと頭を下げる)

 

秋子
(貴子の知らない一面を見て、ちょっとびっくりする)
……ま、まぁ。今後はお互いに嫌いなものは嫌いって先に申告しましょう?
そしてそれをお互いに気をつければいいじゃない?

 

貴子
うん。そーだね。やなぎはら、ピーマン苦手だもんね。

 

秋子
……!!

 

貴子
(図星だった、と目が笑う)へへへ……。
今度から、抜いておくねぇ。

 

秋子
……お見逸れしました。

 

貴子
ふふふ……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○再び現代。岩下家本宅・居間。
先ほどと同じポジションに3人が座っている。
変わったところと言えば、ちゃぶ台の上にミカンの皮が増えているくらいか。
友則
なるほどな。……しかしオレは今まで気がつかなかったぞ。

 

貴子
そらま、気がつかれないようにしてましたから。

 

友則
ふむー。

 

秋子
あのとききちんと話し合っていて良かったわよね。

 

貴子
だね。

 

友則
……?

 

秋子
子供たちの手前、大人が嫌いなモノをお皿の隅に積み上げるのは、感心しないわ。

 

友則
なるほどな。

 

秋子
友ちゃんの場合は、中華全般が好きじゃないから、そもそも作らないしね、ウチは。

 

貴子
だねぇ。食べたかったら外に行けばいいしね。店とかあっちの家とか。

 

友則
春巻きは好きなんだがな。

 

貴子
揚げたてしか食わん男が何を言うか。

 

友則
……あとは、そーだなー……餃子とか。

 

貴子
餃子はすでに中華というより日本食の趣きだよねぇ。

 

秋子
そうね。ウチのはシンプルだしね。

 

貴子
豚肉、白菜、ニラ、そしてごま油と塩。以上終わり。

 

友則
それだけか?

 

秋子
ええ、そうよ(貴子↓と同時に)

 

貴子
うん。そうね(秋子↑と同時に)
どんどん簡略化したら、こうなった。そして馬が食うほど食べるじゃない。ウチの男どもは。

 

友則
そのかわり、みんなで包んでるだろ。

 

秋子
当たり前です。90も作るんですもの。貴ちゃんと私だけじゃ間に合わないわよ。

 

友則
……(藪からヘビを出したと気がついた)

 

貴子
働かざる者食うべからず……てね。
いいじゃない。家族5人全員で餃子包んで焼いて食べる。なかなかないよー、今の世の中。

 

秋子
そうね。

 

友則
そうだな。

 

貴子
……と、言うわけで、やなぎはらさん。次のお休みの日の夕飯は、餃子にしようよ。
そろそろ白菜が美味い時期だし。畑のもまるまる肥えてきたからさ。

 

秋子
あら、いいわね。

 

貴子
豚肉が安いといいねぇ。ニラも。

 

友則
ニラは畑で作ってないのか? 以前作ってただろう?

 

貴子
いっぺん作ってみたら、バイオテロみたくはびこったから、
一旦駆逐して、以来作っておりません。

 

友則
広めの野菜プランターじゃダメなのか?

 

貴子
できるだけ地面で作りたいの。それが私の畑作りのポリシー。

 

秋子
でも、ニラも安くないのよね。

 

貴子
……。

 

友則
そのうちでいいから、検討してみろ。……別のところでつくるとかな。

 

貴子
んー……なるほどね。わかった。検討しましょ。

 

友則
ところで、さっきの話にちょろっと出てきてたが、秋子。

 

秋子
はい? なんです?

 

友則
ピーマン、嫌いなのか?

 

秋子
……!……(ぷ、と吹き出す)

 

友則
……ん?

 

貴子
ばーぁか。

 

友則
なんだとー!!

 

貴子
このスーパー・パーフェクト嫁が、苦手なモノを克服しないわけないじゃない!

 

友則
……お。

 

秋子
貴ちゃんにノせられて、生を食べたのよね。そしたら……

 

友則
食べられるようになったのか?

 

秋子
ええ。今はとっても好きよ。

 

貴子
……まさか本気にするとは思わなかったんだよなー、あれ。

 

友則
……。

 

秋子
あとで佐和子先生に言ったら、「珍しいこともあるもんだ」って言われたわ。

 

貴子
単純に、火を通した匂いとか味が嫌いだったんじゃない?
アタシもあれはあまり好きじゃないもん。

 

秋子
そうかもね。青椒牛肉絲(チンジャオロースー)なんて、ピーマンだけ食べちゃいたいくらいですもの。

 

友則
……ワケが分からん。

 

貴子
火を通しすぎてないってトコが、ポイントだねぇ。

 

秋子
そうね。

 

友則
……ともかく、次の休みの日は、みんなで餃子包み大会だな(新聞を広げる)

 

秋子
ええ。そうしましょう。

 

貴子
包んだ数しか食べられない……っていうのはどうだろうねぇ。

 

秋子
まだ無理よ。

 

貴子
やってみないと分からないじゃない。
こういうのは遊びながらやるのがいいんだよ、たぶん。

 

友則
たぶん……ねぇ。

 

貴子
てことは、とーちゃんがいちばん取り分が少ないな。

 

友則
なにー!?

 

貴子
だーってぇ……ねぇ(秋子に)

 

秋子
そうね。飽きてすぐ店に逃げちゃうんですもの。

 

友則
……む。

 

貴子
ま、餃子包み大会でがんばって一等を取ってください。

 

秋子
私も応援してるわね。

 

友則
……む。

 

秋子と貴子はは楽しそうに笑う。その横で友則は渋い顔をしながら新聞に目を落とす。
しかしまんざらでもないようで。新聞に隠れて小さく「くすり…」と笑った
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