オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 前期

出会い

出会い 本文

ある意味、『時間外』(w。  こうして彼女が…
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○某大学内、第2学生食堂。夕方近い時間。
や。……そこ、座って良(よ)い?
……。座る気、満々じゃない。
どうぞ?
一応、断っとかないとねー。
今日は御機嫌?
そうでもないわよ。……というか、そっちが御機嫌ナナメよね?
……そんなことないわよ?
その間が何かをものがたっていると思うんだけどなぁ。
いただきます。
……。
……ところでさ、話がある。
なにかしら?
アンタ最近、やつれてない?
……。
家帰ってる? てか、ちゃんと食べて眠れてる?
私が見る限りじゃ、朝イチから終電あたりまで研究室に入り浸ってない?
私の視界にはあまり入ってこないのに、よく見てるわね。
大学には来てるもの。研究室に寄りついてないだけで。
教授(せんせい)たちが嘆いているわよ。
なんで?
残したいんでしょ? あなたを。
……私は残りたくない。というか、残らない。
残りたがってる人はそれなりにいるのに、もったいないわね。
残りたいヤツが残ればいいんだよ。
私は残らない。残ってやることもないし。
先生たちには聞かせられないわね。
アタシのことはどうでも良い。それよか、こっちの質問に回答をくれない?
……。
ご明察よ。最近家には帰ってないわ。
どのくらいになるの?
かれこれ、1週間ちょっと。
長いね。誰か下宿の子のトコ?
いいえ。ホテルよ。
ご飯はもっぱら学食(ココ)。
それはよろしくない。量は多いけど脂モノが多いし、味も、他のところと比べればいちばん美味しいけど……
微妙よね。そろそろ飽きてきたわ。日替わりの定食もあまり変わり映えがしないし。
そのうち、アンタが『ビンボー定食』を食べるの目撃する日がくるのかね?
なにそれ?
あら、知らない? 4年もココに通ってて。
毎日来てたわけじゃないもの。お弁当の日もあったし。
ああ、そうかあ。アタシはガッコにくれば毎日だからねぇ。
……なに? その『ビンボー定食』って。
裏メニューなの。券売機にはもちろん入ってません。
炊き込みご飯と素うどんのセット。たくわん2枚のオマケ付き。〆て250円也。
炊き込みご飯……。
さらにさらに『貧民セット』というのがありましてね。
トランプみたいね。
ご飯とみそ汁、そしてキムチひと皿……〆て150円というものもあります。
飯大だと200円。……基本的に、仕送り前の下宿組が頼んでるメニューだけどね。
ご飯の上に目玉焼き載っけてもらって100円とか。
そういうものの方が、飽きが来なくてよさそう。
下宿組は、部屋からマヨネーズ持ってきてかけてたりしてるヤツらもいたりするよ。
もっぱら男連中だけど。醤油とソースは使い放題、茶は飲み放題だからねー。
……さすがに、そこまでは。
……で、なんで家に帰れないの?
……。
にひ。
……いきなり切り込んできたわね。
ワタクシですから。
……。
勝手に出てきた身としてはね、帰りづらいのよ。
おやま。家出ですか?
そこまで大げさじゃないわ。着替えは3日おきくらいに取りに行ってるし。
……汚れ物を置いて行けないから、荷物が増えちゃうのがちょっと、だけどね。
ふむ。
……帰らないの?
今は、帰りたくない……かな。
住む家を探しているんだけど、学生で保証人がいないから。
そら断られるでしょうなぁ。
寮はねぇ……4年は出て行くモノであって、新規に入居するモノじゃないし。
最初に当たってみたけど、もうどこも満杯だったの。
時期的にそうでしょうね。1年生が入ってきてまだそんなに経ってないし。
世の中はやっと夏になろうかって頃だもの。
卒制のアトリエも兼ねてと思ったんだけど、そうなるとさらになくて。
ふーん……。
そういうことなら、ウチに住まない?
え?
にひ。
厳密に言えば、私が今アトリエ代わりにしてるだけの部屋なんだけど。
私名義の家だから、気兼ねしなくていいわよ?
……それじゃぁ、あなたが困るでしょ?
いやー手狭になってきたから、住んでる家の方に移そうかなと思っててさー。
部屋自体が2階だから、できたものを出すのがちょっと大変でねぇ。
自宅の方は平屋だから、縁側の窓をどばーっと開ければ、出し入れ簡単だし。
……でも。
家賃はいらない……じゃぁアンタが気兼ねするだろうから、土日に店を手伝ってくれたら、それで相殺……ってどう? あ……生活費がいるか。んー……じゃ、お給金出そう。
お店?
うん。1階が店舗なの。今は土曜の昼からと日曜と祭日だけ営業してる。
へぇ。
もともと2階は倉庫だったんだけどね。防犯のために無駄置きしないようにしたから。
人間が住むための設備は全部そろってるから、たぶん住居つき店舗として建てたんだと思うよ。
アタシが中学の頃に、親父さまが兄貴のために買ったらしくて。
お兄さん?
ヘタれな男だけどねー。
……で、その後いろいろあって、今はワタクシ名義なんだなー。
なんのお店?
んー? ……それは見てのお楽しみー。……ごちそうさま。
良かったら、今日見に来ない? もう帰ってもいいんでしょ?
え……ええ……。でも……。
見るだけ見に来たら?
気に入らなかったら、断ってくれていいし。
……ホラホラ、それ食べちゃって食べちゃってー。
……もう。強引ね。
ふひひ…。『善は急げ』ってヤツよ。
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○貴子の家。
ふたりがやって来たのは、ここ数年毎年花見にやって来る川土手のほど近い場所にぽつんと建っている、総二階風の建物。
よく見ればそうではないことが分かるが、今は夕方もかなり遅い時間で、さらに周りに対象物となる建物がないので、大きいのか小さいのかすらもよく判別できない。
秋子の目には、白くて四角い建物、という印象。
貴子が表のシャッターの鍵を開け、ちょっと重そうにそれを押し上げる。
なんだか不自然な格好でガラス扉を入ってすぐの壁あたりをまさぐっているなと秋子が思っていると、いきなり内部が明るくなる。どうやらそこに電気のスイッチがある模様。
どうぞ。……入って。
これは……。
入って正面は店の奥へと続く通路、通路の両脇には大人の胸の高さ程度の棚。
棚をはさんで壁側にもう一本ずつの通路が左右に。真ん中の通路と並行に店の奥へと
伸びている。
そして壁であるが、壁面はすべて天井まで届く高さの棚。
店の奥、正面にはガラスケース。そしてその上にレジ。……つまりは支払いカウンター。
カウンターの奥はやはり天井まで届く棚だが、ちょっと趣が違うようで。
どう?
……おもちゃ?
いんや。プラモデル。これがウチの家業。
プラモデル屋さん……。
プラモが中心だけど、木製帆船とか木製の建築模型とかも取り扱ってるから、ホントは模型店つったほうが、正解なんだけど。
10年くらい前に時流に乗って「ホビーショップ」って言ってる。
ホビーショップ。
ちっちゃい店だけど、たいがい何でもそろうよ。自宅の方にくっついてる店はもっと大きいし、仲卸もやってるしね。
もっとも、アタシが高三の時にいっぺん潰れかけて以来 人を使ってないから、今は兄貴がほぼひとりでヒーコラ言いながら卸関係を中心にやってる。
小売りはオマケっぽくなっちゃって。ホントは違うんだけどさ。
……。
平日は、アタシが気が向いたら開けてる。大学(ガッコ)ない日とか。
不定休ならぬ不定期営業。土日はできるだけ開けてるけど、それができない日もあるしね。
デートとか(にしし、と笑う)
……ひどい店長さんねぇ。
ガッコ出るまでは、好きにさせてもらうの。
この店があるから、研究室に残らないの?
そういう意味じゃないよ。ホントに大学でやりたいことは終わったから、もういいやって思ってるだけ。
作ることは家でも充分できるし、作ってるときに他人から干渉されないし。
就職はしないの?
それこそ、この店があるのに?
……(苦笑する)
二階が住居部分。ただし、風呂だけが下なんだ。
トイレもキッチンも上にあるんだけどね。大きな改装あとがあるから、風呂だけ建て増したか、下に移動したか。
……で、さっきの話に戻るんだけど……
どの話?
学食で言ったヤツ。
今は二階をアトリエ代わりに使っているんだけど、自宅の離れに移そうと思うから、実は住んでくるれる人を募集中。
どうして?
アトリエが向こうってことは、ここに泊まる必要がないってことだから。
防犯のために住んでて欲しいと言うのが、本音。
本店の方と違って、警備会社入れてないというか、入れられないの、ココ。玄関がこのシャッターなもんだからさ。
裏口はあるけど、建物の構造上、セキュリティ入れちゃうと閉店後に建物から出入りできなくなっちゃうんだ。
なもんでね。
なるほど。
それにさ、住んでる気配がないと、すぐに盗難に遭うのよね。
それなりに家とかあるのに? ちょっと離れてるみたいだけど。
盗みに入る連中って、そういうの関係ないみたい。中坊とか高校生とかが主だし。
たまにいい年したおっさんもいたりするけど。……でさ、そういう連中ってかならず何処かを壊すのよ。
扉とか窓とか。
商品は概ね下代単価が安いから、損害がびっくりするようなことはほとんどならないんだけど、建物壊される方が辛くてね。修理代もバカにならないから。
でも、それだったら住んでる人間が危なくない?
それがそうでもないんだなー。
二回生の時、ちょっと兄貴と大げんかしちゃって、半年ばっかココに住んでたんだけどその間は一度も盗難に遭わなかったし、今だっても居る時には何もないというか、居ないときに限ってやられるのよね。
リスクは背負いたくない……ということかしらね?
単に臆病なだけじゃない?
でもそれは、正しい臆病さだと思うわよ。
まぁそのとおりですね。
そのようなワケでして、もし やなぎはらさんがどうしても住む家が見つからなくて、ココがちょっと気に入ってくれたなら、住んでくれるとありがたいなーって思うわけです。
マジにタダで住んでくれて構わないわよ。店を手伝ってくれるなら、お給料もお支払いします。安いけど。
家賃タダはともかく、お給料は気が引けるわ。
働いてもらうんだから、それは正当な対価でしょ?
もちろん、働かない日のギャラは出ませんよ。
それは当然でしょう。くれると言ってもいらないわよ。
……で、どうする?
まぁ返事は急がなくていいけど。
……そう……ね。
ちょっと、考えさせて。
うん、いいよー。
ところでさ、今日もホテルに泊まるつもり?
ええ。
荷物はホテルなの?
いいえ、駅のロッカーに預けてる。
じゃ、それ取りに行こう。
は?
今日さ、ウチに泊まりなよ、自宅のほうに。ゴハン一緒に食べない?
さっき食べたわよ。あなたも食べてたじゃない。
何言ってるの、朝ご飯だよ。
あったかい白ご飯に、豆腐とワカメのみそ汁と、焼きたて塩鮭と炙りたての焼き海苔……というメニューはどう?
……断るのが難しいと思えるくらいには、素敵なメニューね。
でしょ? 今そういうのに飢えてるんじゃないかなーって思ってさ。
OK? どう?
風呂もそこそこ広いけど? ホテルのバスよかマシな程度だけどね。
……分かった。じゃ、お言葉に甘えるわね。
おっけー。そうこなくちゃ。
二階は明日にでもゆっくり見たらいい。今は散らかり放題だけどね。
じゃ、行こう。荷物、どこの駅に置いてるのさ?
K駅。
じゃ、車で行くか。今の時間なら使ってないはずだし。
……ちょっとまってて。
……え、ええ……。
(今日はどうしたのかしら? いつもの貴ちゃんと違うわよねぇ?)
(電話――店に設置してあるモノ、この時代は携帯電話は一般にはほぼ存在しない――をかけている)
もしもし、あー、兄貴? 今車空いてる? ちょっと借りるよ。すぐ戻ってくるし。
えー? ああ、うん。……はい……はい。……えっとねぇ、1時間くらい。……うん。……え? そうなの?
……まぁあとは道の混みようってヤツかな。……わかった、OK。
じゃ、今から戻る……は? ……ああ、今はね、2号店。大丈夫、友達と一緒だから。
ぼちぼち歩いて帰るし。……うん。……へいへーい。
(電話を切る)
お待たせー。よし、じゃ、行こう。
ホントにいいの?
あらかじめ言っておけば、大丈夫なのよ。
たまに無断で借りたりしてるからさ、それをブチブチ言われてただけだし。
いえ……そうではなく。
なぁに?
……。
??
……いえ、いいわ。
じゃ、参りましょうかねー。
はいはい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○岩下家母屋。
貴子が秋子を連れて戻ってきた。
ただいまー。兄貴ー、車のキーどこさー?
(家の奥から声)いつものトコにかかってないかー?
ないから聞いてるー。
(同上)あー? ……ちょっと待て。
……お兄さん?
そ。変な声でしょ? トッポジージョが大人になったみたいな感じ?
なにそれ?
知らない? アメリカのテレビ漫画のネズミ……だったと思うけど。
とにかくあっちのキャラクター。横縞のTシャツにジーパン履いて、ぷわぷわの白っぽい金髪でさ。 
なんかのCMに出てたよ、アタシらが中学くらいの頃……たぶん。
知らないわ。
あらそう。んー……じゃぁ、ドルーピーは?
それは分かるわ。でもちょっと違うと思うけど。
そっちはね、声じゃなくて雰囲気。若いのにおっさんくさいのが、ドルーピーみたい。
(どすどすと足音高くやってくる)なんだー? なにがドルー……ぴー……?
……友達か?
うんそう。大学の友達。同じ学科。専攻は違うけど。
柳原秋子(しゅうこ)さん。……やなぎはら、コレ、ウチの兄貴。友則(とものり)っての。
柳原と申します。貴ちゃんにはいつもお世話になってます。今日もいろいろと……
……おい。兄貴。顎開きっぱなしだよ。……で? キーは?
あ……ああ……貴子の兄です。よ、よろ、よろ……よろしく。
鍵。
んん?
か・ぎ!
あ、ああ……す、すまん……コレ。
荷物積みっぱなしだから、重いぞ。
えー? んなもんとっとと出しといてよ。
今日は多く仕入れてきたから、お前が帰ってきたら荷下ろしを手伝わせようと思っててな。
はいはい。戻ったら荷下ろししましょ。
そういうワケで、道草するなよ。
りょーかい。K駅にこの子の荷物取りに行くだけだから。
……あ、でさ。荷下ろし手伝うから、お駄賃ちょうだい。
あー? 金はやらんぞ。売りモンもな。
そんなのいらないから、“あずまや“に布団ひと組運んどいてよ。
ふとんー? あるだろが。
アタシのじゃなくて、この子の分。
え”?
今日さ、泊めるから。
良いヤツ出しといてよ。女の子のお客さんなんだから。
ちょ……。
じゃぁね、行ってくる(とっとと玄関から出て行く)
あ、あの……わ、私も荷下ろし、お手伝いしますから。
今晩はよろしくお願いいたします。(頭を下げる)
い……いや、け、ケガしたら、いけないから……
(外から声のみ)やなぎはらー、いーくよー。
じゃ、とりあえず失礼します。またあとでゆっくり御挨拶します(そそくさと出て行く)
(声のみ)貴ちゃん、ちょっと……
(框の上で呆然と、締まった扉を見つめて)……泊めるって……オイ。
……。
……柳原……しゅうこ……。
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