オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 時間外

あなたのいる場所

あなたのいる場所 本文

春花、25の頃。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○岩下家 居間 秋子●
岩下家の電話が鳴る。秋子(63)がそれを取る。
秋子
はい。岩下でございます。

 

もしもし。お母さん?

 

秋子
あら、春花? 一体どうしたの?

 

声の主は春花(ハルカ)。この時点で春花は「柳原春花」である。
春花(声)
いきなりで悪いんだけど、近いうちにこっちに来られる日、ない?

 

秋子
柳原の本宅に? 私だけ?

 

春花(声)
ううん。お父さんと、トモ兄(にい)と。三人で。
タカ兄はお母さんたちの予定に合わせられるって。

 

秋子
タカ君が大丈夫なら、あとは私のスケジュールが何とかなれば
良いわけね。

 

春花(声)
お父さんたちは? 大丈夫なの?

 

秋子
棚卸しも終わったしホビーショーが終わってるから、
大丈夫だと思う。
新人くん達の受け入れをちょっと遅らせてもらえば、
なんとかなるわ。
できる?

 

秋子
それだったら、タカ兄通じて人事に相談すればなんとかなると思う。

 

秋子
そう。じゃ、お願いね。こっちもふたりに言ってみるから。
……で、何かあったの?

 

  
春花(声)
ある意味ね。

 

秋子
……面倒なことが起きそうなら、早めに言いなさいよ?
そうでなくても……

 

春花(声)
ああ、それは大丈夫。
お母さんが思っているような事じゃないから。

 

秋子
じゃ、なんなの?

 

○柳原本宅 春花 
春花の横顔。受話器を耳に当てている。
秋子(声)
わざわざそっちに来――……

 

秋子
………。

 

秋子(声)
―――。
春花?

 

春花
見つけたの。

 

○岩下家 秋子
 
秋子

何を?

 

○柳原家本宅 春花
 
春花
貴子叔母さんを

 

春花、自分の肩越しに、斜め上方を振り返る。
春花
貴ちゃんを、見つけたの。

 

春花の視線の先には、貴子の遺作である巨大な油絵が、
春花を見下ろすように壁に掛かっている。
補足:貴子の遺作は、春花が高校生になった頃に、岩下家の「あずまや」(という名の離れ。貴子がアトリエとして使っていた)を半解体して柳原本宅に移された。
岩下家にそのまま置くにはあまりに大きすぎたからである。
一時的に柳原本宅の正面玄関を入ってすぐの広間にある階段の踊り場に設置されたが、 秋子の意向で3階(プライベートスペース)の最奥の壁に移動された。
その壁のすぐそばの扉は秋子の個室(夫婦の部屋ではない)の扉であり、次に近い扉の部屋は、 現在春花が使っている。
数年前に春花は柳原秋子と養子縁組をして柳原春花になっている。
秋子もまだ柳原姓のままだが、生活のほとんどをすでに岩下家に移していて、 付き合い上の来賓を泊まらせなければいけない時くらいしか柳原本宅へは戻っていない。
柳原本宅では現在、柳原グループを退職した東郷が家令として、屋敷の家政一切を取り仕切っている。 また、秋子の私設秘書としての仕事もしている。
秋子の仕事上の秘書は現在、柳原グループ総本社の秘書室次長を拝命している長男の貴秋がその任に当たっている。
○後日 柳原本宅三階・家人専用食堂(の一角) 岩下家の男3人・そして東郷。
柳原家本宅3階にある家人専用食堂。
そこは現在、その一角には衝立で囲った8畳ほどの畳敷きの場所があり、その上に長方形の鄙びたちゃぶ台が置かれている。
この場所をこの形にしたのは、次期柳原当主(予定)の春花で、ちゃぶ台は知人のつてで、解体する旧家から引き取ってきたものらしい。
岩下家の居間にあるそれとそっくりで、色がややこちらの方が煤けているくらいか。
春花ひとりで食事をするときはもちろん、全員が集う時にもこの場所は使われる。

今日この場所に呼ばれたのメンバーは、
岩下友則、柳原秋子、岩下貴秋、友秋、そして柳原春花。
友秋の嫁と子供は来ていない。……というか、無関係なので呼ばれていない。このあたりは、さすが柳原家。シビアである。

さて、外観が洋風豪邸にもかかわらず、純和風衝立に囲まれた畳の上で、ちゃぶ台を囲んだ男3人が、お茶を飲んでいる。
それはまるで、数年前までの岩下家の居間のような光景である。
友則
……でー? 今日は何の集まりだったっけね?

 

友秋
オレは知りません。……で、母さんは?

 

貴秋
まだ仕事。ちょっと遅れるってさ。

 

友則
春花は?

 

貴秋
ぼちぼち部屋から出てくると思いますけど。

 

友秋
タカは知ってるんじゃないのか?

 

貴秋
知ってるけど、うっかり言ったら、あとが怖い。

 

友秋
相変わらず、ハルに弱いな(へ、と鼻で笑う)

 

貴秋
トモだって、同じだろーに。

 

友秋
いやいや。同じ会社で妹にこき使われるほど、俺はMじゃないし(笑)

 

友則
こらこら。兄弟げんかするんじゃないよ。

 

お待たせー。

 

(同時に)
ただいま。

 

声の主は、「お待たせ」が春花。「ただいま」が秋子。
ふたり同時に衝立の向こうから現れる。
秋子
あら、いいわねー、男ばっかりで仲良くお茶して(笑う)

 

貴秋・友秋
いやいや。しっかり待たせて、そりゃないでしょう、母さん。

 

友則
お帰り。秋子くん(にっこり)

 

秋子
はい。ただいま戻りました。友ちゃん(はーと)

 

子供たち
………。相変わらず、仲の良いことで(笑う)

 

間。
秋子
(春花に)……ところで、今日は何があって、
わざわざここに集合させたのかしら?

 

貴秋・友秋は同時にうなずく
(もちろんうなずきの意味合いは違う)
友則はのんびりとお茶を飲んでいる。
秋子
(貴秋に)タカ君は、もちろん知っているわよね?

 

貴秋
会社でも言いましたけど、そうやってこっそり圧力をかけるのは
やめてください(ややひきつった笑い)

 

秋子
そぉ? 私はそんな気持ち、これっぽっちも持ってないわよ。
ココロにやましいことを抱えていると、なんでも針小棒大に感じるんじゃない?
……で?

 

貴秋
(苦笑)もちろん知ってますけど。……口止めされてるんで
(わはは、と笑う)

 

春花
(貴秋に)茶化すのはやめて、タカ兄(ぷんすか)

 

秋子
(春花に)あなたがなにかコソコソと科研に頼み事をしているのは、
気がついてたけど。

 

春花
(引きつった笑い)

 

秋子
いつも言ってることだけどね、
会社は私たち個人の所有物じゃないのだから………。

 

貴秋
まぁまぁ。お母さん。今回はちょっと見逃してやって下さい。
場合によっては、僕たちだけの問題ではなくなるかもしれないから。

 

秋子
そういえば春花。あなた『貴ちゃんが』どうとか言ってたわよね?
なに? 貴ちゃんの、私たちが知らない作品が見つかったとか?

 

春花
うん。それに近いかもしれない。
(衝立の向こうに声をかける)東郷さん。

 

衝立の向こうから、東郷が現れる。
東郷
はい。お嬢様。

 

秋子
(え!…という顔で)東郷くん。あなたも知ってたの?

 

東郷
はい奥様。申し訳御座いません。

 

春花
東郷さん、例の写真、持ってきて?

 

東郷
はい。ここに。

 

東郷は、手にしたバインダーケースの中から、
数枚の大判写真を取りだし、
そのすべてを、裏面を上にしてちゃぶ台の上に置く。
それをどれどれ、と覗きこむ岩下家の面々と柳原秋子。
春花
さて、皆さまお立ち会い。

 

春花はそのうちの1枚を表に返す。
そこには、貴子の遺作であり、この階の廊下の一番奥に飾ってある巨大絵が、カラーで写っている。
友則
貴子の絵だね。奥にある。

 

「そら見たら誰でも分かるわい」という表情の息子たち。
春花
お父さんが今言ったように。貴子叔母さんの絵よ。
廊下の奥に置いてある、アレの表面写真ね。

 

友秋
……で、これが?

 

秋子は、「あ、なんとなく分かった」という表情。
『表面』という言葉に引っかかったようだ。
春花
トモ兄はちょっと黙ってて。

 

友秋
へーへー。
(秋子の顔を見て)なんだ、俺と父さんだけか、仲間はずれは。

 

貴秋
いや。母さんは単に気がついただけだよ。

 

春花
……で、こっちの写真。

 

春花、次の写真をぺろりと表に返す。
それを覗きこんだ友秋と秋子、そして友則は、
一様に声にならない声を上げる。
友秋
……これ……は。

 

秋子
……これを調べていたのね、春花は。

 

友則
……貴子………。

 

春花が表返した写真は、同じ絵の写真だが、画面の右方の背景にうっすらと描かれた 人物と猫2匹が浮かび上がっている。
春花
ずっと気になってたの。貴ちゃんが亡くなった時から。

 

秋子
貴ちゃんが亡くなっていたのと、この絵を最初に見つけたのは、
春花だったものね。

 

春花
うん。でも、それが原因じゃないから。
あの部屋から出されるまで、私、毎日見てたの。この絵を。
貴ちゃんが眠ってた椅子で。

 

友則
……春花………。

 

春花
最初はね、お父さんが言ったように、この絵の中にいる私たちに見守られて、
貴ちゃんは逝っちゃったんだと思ってた。
確かにそうなんだろうけど、それは間違いないんだろうけど、
でも、なんとなく私、納得できなかったの。

 

東郷を含めた他の5人は春花を見守り、耳を傾けている。
春花
貴ちゃんね、すごく寂しがりやさんだったでしょ?

 

秋子
ちょっと待って春花。
あなた、それを分かっていたの? まだ12くらいだったでしょう?

 

春花
うん。でも知ってた。
ときたま機嫌がものすごく悪くて、すごく怖い人だったけど、
でも、本当はひとりは嫌いな、優しい人だって。

 

秋子
……春花………。

 

春花
だから、この絵の中に貴ちゃんがいないのが、すごく不思議だった。
なんか変、なんか変……ってずっと思ってた。
そしたらね。ずっとこの絵を見てたらね。
……高校に入ってすぐくらいのころだったんだけど、
このあたり(人物が写っているところをぐるりと指して)の
絵の具が、わずかに盛り上がってるような感じがして。

 

秋子
……やられたわね。
まさかと思うけど、あなた、この絵を調べたいばっかりに、
柳原を継ぐって言ったわけじゃないわよね?(やや疑いの目)

 

春花
ええ、理由の大半はそうよ。

 

秋子は「あいたー」という表情。
東郷は知っていたのか、表情を変えず。
他の3人は驚愕している。
秋子
前代未聞ね、たぶん。
柳原もそんなに旧家ってワケではないけど、
そんな理由で家を継いだ人は初めてでしょうね。

 

友則
(苦笑しつつ)春花は貴子の子だからな。

 

秋子
友ちゃん。

 

友秋
いや、実際、貴子叔母さんが育てたよーなもんだし?(苦笑しつつ)

 

貴秋
母さん、あのころほとんど家にいなかったからね、
しょうがないですよ?

 

秋子
(頭を抱える)あんたたちが春花に弱いのは、よーく分かっているつもりだったようね。
……でもまぁ……悪い事ではないわよ。私たちにとってはね。
しかし。今後は、こういう事をしないで頂戴、春花。

 

春花
(ぷー、と膨れながら)そうは言ってもお母さん。これ、会社のお金は一銭も使ってないわよ。
ちゃんと、私個人の……。

 

秋子
そうでしょうけど、それでもあまりこういうことは感心しないわ。
どこから足をすくわれるか。
……タカ君。いえ、岩下君?

 

貴秋
(慌てて居住まいを正す)は、はい。なんでしょうか? 会長。

 

秋子
今回のことは黙認します。でもね、次にこの子がこういう事を
しようとするなら、ちゃんと止めること。
お願いするわね。

 

貴秋
は……い(凹む)

 

秋子
春花も、分かった?

 

春花
はーい……。

 

秋子
じゃ、この件はおしまい。
………。
(写真を見て、人物の部分を指先で撫でる)
そう……ここにいたのね、貴ちゃん。

 

子供たち(といっても、春花は25、タカトモは32である)は一様にホッとした表情。
友則もにっこりと微笑んでいる。
春花
えと、……お母さん。これ……。

 

3枚目の写真を表返す。先ほどの写真の部分拡大図。
そこにはっきりと、貴子と貴子に抱かれた2匹の猫が写っている。
春花
(拡大写真の方の八割れ白黒猫を指さして)これ、
岳(ガク)おじさんでしょ?

 

秋子
そうね。よく憶えているわね。

 

春花
なんとなくね……。最期は貴ちゃんの部屋にいたんだっけ?

 

秋子
いいえ。2号店の2階にいたのよ。最後の最期は。
死んじゃうひと月くらい前に貴ちゃんが、あっちに連れて行って
最期を看取ったのよ。
私は…ギリギリ間に合ったの。貴ちゃんが連絡をくれて。

 

春花
……そう。

 

友秋
こっちは(もう1匹の猫を指す)……峰(ホウ)……だね。

 

貴秋
僕らが見つけたんだ。……死んでるとこを。

 

友秋
うん……拾って帰ってきたら、貴子叔母さんも……。

 

友則
峰(ホウ)は、完璧に貴子の猫だったからなぁ。

 

3枚の写真を囲んで、しんみりとした時間がしばし流れる。
秋子
……執念……ね。(春花に)何があなたにそこまでさせるのかしら?
あなたは小さい頃から、貴ちゃんにばかり懐いていたけれど。

 

春花
お父さんもお母さんも、嫌いではないわよ。

 

秋子
そう?

 

春花
ええ。みんな大好きよ。お父さんもお母さんも、兄さん達も。

 

春花はみんなをぐるりと見回す。
そして、意を決したように……
春花
私、貴ちゃんが好きなの。……いいえ。愛しているの。
ずっと、小さい頃から。

 

その場の空気が凍る。
友則は真顔。
友則
ちょっと待て、春花

 

春花
待たない。今日こそちゃんと言うわ。
貴ちゃんを愛してるの。貴ちゃん以外の相手なんて、考えられない。
だから、私、柳原を継ぐつもりだけど、結婚はしないわよ。

 

秋子
……春花。

 

何と言ってなだめたら良いか分からない秋子。
驚きのあまり声が出ない友秋。
知っていたのか察知していたのか、平然としている貴秋。
無表情だが、多分内心動揺している東郷。
そして……
友則
形容しがたい難しい顔で)んー……んーんーんー……。
と言うかだな……。

 

春花
お父さん。

 

友則
(とほほー…と吐き出すように)なんであいつは、死んでも女を惑わすんだ。

 

「いや、それはちょっと違うだろ」という表情で友則を見る面々。
秋子
あなたはもう大人だから、私があなたの人生をどうこう指図することはできないわ。
でもね、この家を継ぐとなると話は別よ?

 

春花
どうして? この家を継ぐなら、血を残していく義務があるから?
だったらお母さんはどうなの? 少なくとも表面的には独身で、
私という人間と養子縁組しているじゃない。

 

秋子
そうよ。だから言うの。
私のような事にはならないでって。

 

春花
どうしても血縁じゃないといけないなら、親戚筋と養子縁組するでも構わないでしょう?

 

秋子
例えば、トモ君の子供と…ってこと?

 

友秋
……それは……(頭をガリガリと掻きながら)
できるなら勘弁して欲しいなぁ(苦笑)

 

春花
………。

 

友秋
俺のヨメさんは「私はあくまでも模型屋の親父と結婚したのであって、モンスター企業の総裁の息子と結婚したワケじゃない!」って言いきっちゃうよーな女だからな。
ちなみに、俺自身の気持ちとしては、できるだけ柳原家とは、俺自身はともかく、家族には関わらせたくない……ってのが本音だよ、春花。

 

春花
トモ兄……。

 

友秋
だからといって、タカにはまだ嫁も子供もいないしな。

 

貴秋
……そうだね。

 

友秋
俺たちがいくらお前のことを可愛い妹だと思っていても、譲れるモノと譲れないモノ。できることとできないこと…は、ある。確実に。

 

貴秋
トモの言うとおりだね。春花。

 

春花
………。

 

しばし気まずい沈黙が流れる。
友則
春花。

 

春花
は、はい。

 

友則
お前はまだ若い。
父さんや母さんと違って人生もまだまだ長い予定だ。
25と言えば、父さんと母さんがつきあい始めた時の
貴子の歳と同じだ。

 

貴秋・友秋
(わかりにくい喩えだなー、相変わらず)

 

友則
その頃の貴子は節操なしに誰彼と相手を替えまくっていたなぁ…。
それを真似しろとは言わないし言えないけれどね、……ま、お前の年で、将来を決めつけてしまうのは……なんというか……もったいないな、と父親として思うのだね。

 

秋子
……あなたが貴ちゃんのことを心から好きだということは、薄々感じていたけど、そこまで思い詰めていたとは思わなかっ……

 

友則
(秋子を制して)お前の決心は固いのだろうけど、もっとフレキシブルに構えていなさい。未来は何が起こるか分からん。
父さんだって、母さんとつきあい始めたとき、まさか相手が企業のトップになるなんて想像もつかなかったし、そうなった時は、まさか結婚して、こうやって幸せな家庭が築けるとは、夢にも思わなかったよ。
だから、……まぁ、頑固になりすぎて、身動きが取れなくなるのは、感心しない。
それはとても愚かなことだと、オレは思うよ。

 

春花
……はい。

 

友則
お前の結婚については、父さんは口出ししない。
父さんがそうだったように、心から好きな人と一緒になるのが一番だと思う。
母さんもそれは分かっているよ。……なぁ。

 

秋子
……え、ええ。

 

友則
ただ、母さんには立場ってものがあるからね。それは理解しなさい。
お前が柳原を本当に継ぐのであれば、いずれはお前もその立場に立つことになる。
その時になってはじめて母さんの言っていたことがわかったようでは遅いからね。

 

春花
はい。

 

友則
うむ……。
まぁ、そのうちどうにでも転がるだろ。

 

友則、お茶をずずず…と飲み干す。
秋子が湯飲みを取り上げ、用意されている茶器を使って、
新しいものをいれてやる。
友則
(拡大写真に写った貴子をしみじみと見ながら)貴子のやつ……
バカだなぁ。本当に。

 

秋子
(春花に)この写真(友則が持っている写真を指す)、
焼き増しはできるのかしら?

 

春花
……詳しく解析して、もっと鮮明な画像を抽出しようと思ってたんだけど……。
……その………。

 

秋子
(ため息)分かった。ここから先は、私が科研に正式依頼するわ。

 

春花・貴秋
え"!?

 

秋子
あなたよりも、私の方があとあとの面倒の量が違うから。
そもそも、あなたはまだ科研を私用で使えるほどの立場ではないうことよ。
もちろん、企業ですから、依頼内容がしっかりしててお金さえ出せば、それなりのことはするけれどね。
……高かったでしょ? これ。

 

春花、明後日の方角に視線をそらす。
秋子
んー? ……その反応は、そうでもなかったようね?
誰? 受理したのは。

 

春花
………。

 

秋子
……タカ君?

 

貴秋
……いや、……その………。

 

秋子、バツが悪そうにしている長男と長女を交互に見る。
秋子
……分かった。吉冨センセイでしょう?

 

春花
(バレた、という顔)

 

秋子
彼の好きそうなことだものね。
(春花に)あなたのこと、子供の頃から可愛がってもいたし。

 

友則
あー……しゅ、秋子くん?

 

秋子
何ですか? 友ちゃん。(にっこり笑う)

 

友則
話が盛り上がっているところにすまないんだがね。

 

秋子
はい。

 

友則
その写真、キレイになっても、俺たちの部屋には飾らないでほしいのだけどね。

 

秋子
………。

 

友則
一応、夫婦の部屋だし……な。
魂が入ってなくても、妹が俺たちの部屋にいるのは、
なんとなく落ち着かんよ。

 

秋子
………(ぽかんと口を開けて、友則を見る)

 

友則
(バツがわるそうに苦笑している)

 

秋子
……(毒気を抜かれた)……分かりました。
じゃ、本宅(ココ)の私の部屋に置くわ。

 

貴秋
(…そーきたか。)

 

友秋
(転んでも、なんとか…)

 

秋子
(やや上目遣いで可愛らしく、友則に)……いい?

 

友則
……う、うん……それなら、いい…です。

 

春花
(……これで通算263対47。お母さんが差を広げるばかりです)

 

秋子
そんなわけで、いいわね。春花、タカくん。

 

貴秋
…あ……。

 

春花
はい……。

 

秋子、春花・友則・貴秋に対して、にっこりと笑う。
友秋
(ぱん!…と手を叩いて)じゃ、本日のメイン議題は
終わりましたかね?
オレはそろそろ腹ぺこなんけど。

 

貴秋
食ってきたんじゃないのか?

 

友秋
いいやー。今日、オレだけこっちに行くって言ったらさ、
ハナからオレの分の飯、炊かなかったからね、アイツ(苦笑)

 

貴秋
あらま。

 

春花
カレーでいいならあるわよ? 一昨日仕込んでおいたの。
今日は話が話だったから、東郷さん以外はみんなお休みしてもらってるし。どっちにしても、カレーしかないのよね。あとは冷蔵庫に冷えたご飯。

 

貴秋
春花はもっと真面目に家事はできるようになったほうがいいぞ?

 

春花
……飢え死にしなけりゃいいのよ。

 

友秋
そこだけは貴子叔母さんから受け継がなかったよな、春花は。

 

春花
……うるさいわね……(本当の事なので、声が小さい)

 

秋子
なんだかんだ言って貴ちゃんは、家事全般なんでもこなす人だったものねぇ。

 

友則
畑を作ったりな(苦笑) ……親父に似て、なんでもやるヤツだったなぁ。

 

秋子
あら、それならあなたもそうでしょう?
私はいつも助かってるわよ。

 

子供たち
新婚夫婦ごっこは余所でやってください。

 

秋子
じゃーとりあえず、夕飯の準備をしましょうか?
春花、手伝ってちょうだい。

 

貴秋
僕も手伝います。(↓と同時に)

 

友秋
オレも手伝うよ。(↑と同時に)

 

友則
オレは……

 

秋子
あなたは東郷くんとのんびりしてて。
……学(さとる)兄さん、食べて行くでしょ?

 

東郷
(苦笑して)では、お言葉に甘えまして。

 

友則
東郷くん(手招き)……一局、どうだね?

 

東郷
(にか、っと笑う)お手柔らかに。

 

友則、部屋の隅から碁盤を引っ張り出して来る。
やるのは賭け五目並べ。このふたりはこれしか対局しない。
蛇足だが、囲碁をやるのは今では秋子だけである。
昔は貴子と秋子がよく対局していたようだが、
どちらも下手の横好き程度の腕。
碁盤の元の持ち主は、秋子の父。それ以前は秋子の祖父である。
将来的には、春花と貴秋がこの家で囲碁を嗜むようになる。
秋子
賭けるのはマッチ棒だけにしておいてね?

 

春花
マッチ棒1本のレートは何かしらね?

 

友秋
さぁー?

 

貴秋
饅頭くらいにしておいてほしいね。

 

友秋
そうそう。その程度が平和だ。
以前のアレはひどかった。

 

春花
アレ?

 

貴秋
ウイスキーだね。

 

春花
ええ? ふたりともお酒強くないじゃない!?

 

貴秋
ショットグラスで負けた方が飲むんだよ。

 

友秋
お互いに5杯あたりでひっくり返って、母さんに大目玉食らったんだよな。

 

貴秋
そうそう。

 

貴秋と友秋はその時の様子をおもしろおかしく語り始める。
春花はそれをあきれ顔で聞きながら。
春花
……男の人ってよく分からないわ……。

 

秋子
安心して、春花。

 

春花
ん?

 

秋子
私もよ。
……さーて。みんな、ご飯よー。
テーブル用意してー。

 

子供たち
はーい。

 

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