オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 前期

理想の人は…

理想の人は… 本文

貴子が居間のちゃぶ台の定位置で新聞を読んでいて、兄の友則氏ががやはり定位置で別の新聞を読んでいます。
この家では、日経新聞(笑)を含む数社の新聞を取っていて、それを読み漁るのが、先代からの日課のひとつだったりします(家業でお商売してるからね)
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(新聞からふと顔を上げて)……貴子。
(新聞から顔も上げないで)んー?
ちょっと、いいか。
却下。
オイこら!
あと1分。
うむ。
……。
……。
(新聞を畳んでちゃぶ台の上に置く。この家の作法ひとつですw)
……お待たせ。
で? なに?
唐突だけどな。
そらま、唐突で。
話が進まん。ちょっと黙って聞け。
拝聴しましょ。
あらためてな……。
唐突だが、お前、好きなタイプの男とかないのか?
…………。
そらまた唐突ですね、おにーさま。
後学のために聞いておこうかなと思ってな。
無いワケじゃないけど、そんなん聞いたからって、まったく無駄だからね。
そういう男をあてがおうとか……
思っとらん。
無駄なくらい解ってる。
それより彼氏、とか、いなかったのか? 今まで。
んー……いなかったわけでもないけど、そんなに長く付き合ってない。
長くてせいぜい4日かな。
……そらまた短いな。
面倒だからね、誰かと深く付き合うのって。
面倒ね。
その割には、女の子とはそこそこ長く付きあってたりしないか?
同性同士のほうが、面倒がないでしょ?
いろいろ。
いろいろ……ねぇ。
凡人にはよく解らんな。
食事しても、ワリカンとかって。同性なら簡単なのよ。
反対に、男は奢りたがるのが、面倒。というか、うるさい。
……経済観念がしっかりしているお前らしいご意見だな。
親から小遣いもらってる身分でさー。
ちょっとバイトしてるからって、得意げになんなっての。
……この家を自力で立て直した上に、自力で稼いで大学行った誰かさんらしいご意見だね。
目の前にいる誰かさんも頑張ってたじゃない。
どちらにせよ、一人じゃどうにもならなかったわよ。間違いなく。
はは……それはそうだ。
……で? どうなんだ?
あ" ……?
好きなヤツとか……って、その調子じゃいそうにないな。
…………。
いたよ。……もう過去形。
存在すらもね。
…………。
兄貴も知ってる人だし。
そんなに深刻にならなくていいよ。
その……差し障りなかったら、誰か、訊いてもいいか?
……知りたい?
あ、いや……別に、そういうわ……
お父さん。
……ぁ。
お父さんが私の理想の人で、心底好きだった人。
……うん。
だからと言って、別に結婚したいとか思ってたりはしてないわよ。
誰もそこまで言っとらん。
興味はあったけどね。
一旦他人になったら、できるんだろうか?……って。
それは、シャレにならん好奇心だな。
でも。
そんなんじゃないから。
……。
私は、お父さんをお父さんとして好きで。
私たちのお父さんとして、好きだし、尊敬してるから。
……(うっすらと微笑む)
だから。
兄貴のことも、兄貴として好きだから。
お(赤面)
(言い過ぎたのを自覚して、ばつの悪い顔)……二度は言わないからね(そっぽを向く)
……ああ。
…………解ってる。
ところでさ。
なんだ?
柳原のことなんだけど。
ん?……んん。
アタシさ、柳原のこと、かなり本気で好きなんだよね。
……あぁ!?(驚愕)
柳原には、このままアンタらが丸く収まってくれるなら、これまた一生言わないつもりなんだけど?
……ぇ……ぁ?
でも。ちょこっとでも、柳原を不幸にしたら、容赦なく奪うからね。
兄妹の縁もぶっちぎるから、そのおつもりで。
(ちゃぶ台の上の新聞紙を手早く片付ける)
こ……こら……。
そんなワケで、これからもよろしくお願い致しますわね、お兄様(真顔で三つ指ついて、小首をかしげるように軽く会釈したのち、立ち上がって、襖の向こうに消える)
(ひとり居間に取り残されて、呆然とする。やがて、畳まれた新聞紙の1部を取りあげてそれを広げながら)……たまーにヤツが大悪魔に見える……(大汗)
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