オリジナル格納庫

ある意味、カオスの巣窟。

あの桜並木の下で 小品集 後期

春に生まれる

春に生まれる 本文

 柳原秋子が二度目の岩下秋子の頃。つまりは春花が生まれた頃。
 場所は岩下家の縁側。
 畑では、手入れをサボったばかりに、きいろいタンポポが所狭しと咲いております。
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ただーいま~。
お帰り貴ちゃん。
どうだった?
んー……まぁ良くもナシ悪くもナシ……進展せず……ってトコ。
じゃ、良かったんじゃない。
まー、悪くなっても良くはならないモノですからねぇ。
兄貴はー?
配達。
お店はタカハシ君たちがいるから大丈夫って。
配達とか、それこそ連中にさせたら良いのに。
そろそろさせるつもりで、一人連れていったわよ?
……おや。
……ていうか、体よく追い出したでしょ?
……さて?
よく気が利いて、ありがたいことです、ウチのお嫁サマは。
誰かさんも、若い頃からよく姿をくらませてたから、
あまり気にしていないみたいよ? どこに行ってるかなんて。
基本的に、鈍感な兄貴なんでねぇ。
あらそう?
そんなことはないけど。
買い被りです。
ダーリン好き好きで、買い被りすぎ(笑う)
そういうことにしておきましょうか。
…………。
…………。
春花(ハルカ)、よく寝てるねぇ。
お兄ちゃんたちより手がかからないわね。
あー。
あん時ゃ、なにやるにしてもサラウンド状態だったからねぇ。
誰かさんたちがヘンなことで言い争ったりしてたし。
あれはね、兄妹(きょうだい)のレクリエーションですよ。
(笑う)分かってるわよ。
こういう、花いっぱいの時期に生まれるって良いよねぇ。
あなただってそうでしょうに。
さーぁ? どうだか。
もうちょっと寒かった頃かもしんないよ?
………。
たぶんこのくらいに生まれたんだろうってことで、戸籍作るときに適当に付けた誕生日らしいし。
保護された日から2ヶ月さかのぼった日だったんじゃないかな?
父さんから聞いた話だけどね。
……岩下のお父さまはすごい人ね。
ん?
そういう難しい問題を、きっちりあなたに伝えて育てるなんて。
私にはできそうにないわ。
いつかバレてその時にごちゃごちゃ問題が出るのがイヤだったみたいよ?
そうやって育てようって、お母さんとも話してたみたいだし?
もう兄貴も充分モノゴコロがついてる頃だったから、そのうち兄貴の口からバレるのも時間の問題だと考えたんじゃない?
それでも、私にはできそうにないわ。
んなもん、しなくっていいよ。
する必要もないさね。
てかさ、ちゃんとしてるじゃない。タカトモには。
…………。
柳原家の問題も、たいがい面倒くさいと思うんですけど?
……私のワガママを通しただけだもの。
いつかどっちかが柳原を継ぐことになるんだろうけど?
……て、春花かもしんないね。
春花だけは避けたいわね。
というよりも、このことで兄弟妹(きょうだい)が仲違いするようなことにはなってほしくないわ。
そだね……。
…………。
…………。
……たんぽぽ、きれいね。
……畑を浸食してなければね。
サボるから。
……まぁね。
…………。
…………。
ところで貴ちゃん。
はい。何でしょう? やなぎはらさん。
あのね、私、貴ちゃんにお願いがあるんだけど?
…………。
なんでしょう?
一度ね、私のこと「おねえさん」って呼んで欲しいなーって。
…………(硬直。口は笑っているが、目が笑っていない)
あら? なにか難しいこと言った?
……あ、いや……。
またなんで?
だって、妹ができてずいぶんになるのに、その妹から一度も「お姉さん」って言われたことがないんだもの。
はぁ……確かに言ったことないですね。
私、末っ子だし。
私も末子(すそご)ですが。
でもお店で子供たちに「ねーちゃん」って言われてるじゃない。
そら、アンタもだったでしょうが。
つか、アイツらは私からドツかれるのがイヤで「ねーちゃん」って言ってるだけだと思うけど?
……ダメ?
………あー……考えとく。
けち。
……いや、ケチとか言われましても。
あれか。
やはり義姉(あね)のほうが年下っていうのが、微妙なのかな?
微妙って、あなたが?
いや、そうじゃなく。
…よく分からない人ね。
……分からなくって良いです。
そんなにイヤなの?
いや、そーじゃなくて。……なんか今さらって感じしない?
「おかあさん」とは言っちゃえるのにね。
そーじゃないと、子供らが混乱するでしょ?
誰が「お母さん」なのか。
実際の「お母さん」はあなたがやってるようなものだしね。
いや、そういうコトじゃなくてね。
……て、分かってて難題吹っかけてるでしょ?
だって(笑い)
あ”?
こういう会話、もうなかなかできないじゃない。
子供たちがいたりすると。
あー……あ。
よろしゅうございましたね。今春からブラザーズは小学校だ(笑い)
春花はいるけど、しばらくはのんびりできるわ。
店は順調だし、人は会社のほうから来てるし、アタシもさらに楽隠居だし。
まぁ、あと2ヶ月くらいは居れるんでしょ?
そのつもり。
今はネットも引いてるし、何かあったら東郷君からすぐに連絡が来るしね。
あー……アンドレ・ザ・ジャイアントは元気してんの?
元気よ……って、いっとき付き合ってたクセに。
……ぶっ。
付き合ってないっっ! 妻子持ちは基本的に願い下げだからっ!!
あら?
何年か前にずいぶんとふたりでつるんでたじゃない?
あれはね、アンタの出張に一緒に行くことになって、いろいろシゴかれてたの。
だいたいアンタは通訳なんていらなかったでしょうが。
でも、秘書は必要だったもの。
秘書室にはよりどりみどりいるでしょうが。
ちょっとね。……いろいろあったのよ、あの頃。
秘書室も味方ばかりではないということよ。
……相変わらず怖い世界だねぇ。
だから、ここのような空間が必要なの、私には。
なるほど。
……お茶、淹れようか?
あら、春花を見てくれたら、私が淹れてくるわよ?
んー……たまにはなにかさせてよ。
アンタがいると、アンタばかりが働いてるからさ、この家では。
あら、殊勝なことで(笑い)
(立ち上がりながら)
……で、何が良い?
そうねぇ。緑茶が良いわ。甘めのをすっきり飲みたいかな?
……玉露(緑の缶のヤツ)ですか。
そうそう。察しが良いわね。
まった……難しいのを注文してきたな。
あら? 何かしたいのではなくて?
はいはい。仰せのままに。
(部屋の奥に行こうとする)
よろしくー。
(ふと立ち止まって)
……あ、さっき出たついでに「喜久屋」の薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)買ってきたから、持ってくるわね、義姉(ねえ)さん。
(さらりと立ち去る)
ええ、いいわね……って……え?
(貴子が去った方を見ていたが、ふわりと畑のタンポポに視線を移して)
………ばか…。
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