あの桜並木の下で 小品集 中期

チヨ子さん

(貴子があずまやの寝室代わりにしている部屋。
その真ん中で床の煎餅以下さぶとんに座り、なにやらテレビゲームに興じている。
その横に、この部屋にお茶を持ってきた秋子が、貴子の隣の座布団に座って
テレビを見ている)

ねぇ。
んー?
今度の金土日月……ヒマ?
あぁん? ……そりゃアタシに対する当てつけですかい? (ゲームの手を止める)
ひがむのは心当たりがあるからよね?
……。
……で? お時間取れるかしら?
どっか行くの?
なぜそう思うの?
なんとなく。
なんとなく?
嬉しそう……かな。
……ええ。貴女が付きあってくれたら、もっと嬉しいわね。
ふぅん? ……てか、兄貴はどうすんの?
休めないでしょ?
まぁねー。
だから、先に貴女だけでも紹介しておきたいかなって。
……ん?……誰に?
あら。
そんなに警戒しないでよ。柳原の人間じゃないわよ。
そっち方面なら、御免被る。
そっち方面じゃないけど、ある意味そっち方面ね。
なんじゃそら?
祖母の家に行くの。
ん?
母方の祖母。
私のたったひとりのお祖母ちゃん。
……。
柳原家の方にはじーさんばーさんいないんだっけ?
ええ。
ちなみに、母方の祖父もすでに故人よ。
だから、一親等から上は、母方の祖母しかいないのよ。
あそー。
祖母は、柳原とまったく関わり合いを持たなかった人なの。
母は一人娘だったのだけど、相手が柳原家の人間だと知って、
祖父も祖母も、母と父が戻ってくるのは構わないし、私が遊びに来るのも構わないってスタンスだったけど、
柳原家そのものとは一切関わりを持たないって決めてたみたい。
まーねー。
普通に付きあうには、ちょーっと面倒くさい家だもんねぇ。アンタん家。
地の人間だし、それなりに広い土地も持ってて農業をやってるから、娘の嫁ぎ先に頼らないでも充分食べていけるから……というのが、建前のようではあったけどね。
建前、結構結構。
母が亡くなってからは、全村にケーブルTVを引くための援助を柳原が出したり……ってこともできるようになったみたいだけどね。
慰謝料かよ……(ひひ、と笑う)
あながち「そうではない」と言い切れなかったでしょうね、父は。
……(肩をすくめる)
その援助も、村に対してやってくれるのは構わないが、自分たち個人にはしないでくれって、父に祖父がはっきり言ってたし。
しかしまぁ……全村にケーブルテレビ設置とか……太っ腹だねぇ、柳原さんちは。
災害情報をいち早く発信するには、全戸すべてに有線で、情報用端末が取り付けられるようするのが手っ取り早いから。電波の届きにくい地域だし、そうじゃなくても過疎気味で地元の自治体からも忘れられがちなところだったし。
柳原グループが動いていろいろ手を掛ければ、行政も放っておくわけにはいかない……か。
まぁ、そういうことね。
……その手の話はまた追々していくってことにして……で、どうなの?
今度の金土日月。
……ところどころ柳原の匂いのするモノが転がっていたりはするけど、それに気がつかなければ、昔ながらの山間の村……って感じなの。
ふむ。
それにね。
んー?
きっと、気に入るわ。貴ちゃんは。
……あ。そ?
掛けても良いわよ(うふふふ…と自信ありげに笑う)
……ふ……ん……………。
……ん。じゃ・ま、行ってみてもいいよ。
じゃ、決まりね。
はいはい(気のない返事をしてまたゲームをし始める)
ふふふ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……。
では、お嬢さま。お気を付けて。
ええ、ありがとう。行ってきます。
……。
いってらっしゃいませ。お祖母さまにもよろしくお伝え下さい。
……。
ええ。今度はちゃんと会ってね。
お祖母ちゃん、楽しみにしてたんだから。
はい。申し訳ありません。次こそは、必ず。
……。
行ってきます。……さ、行くわよ、貴ちゃん。
……。
貴子さんも、行ってらっしゃいませ。
……。
……もうっ。
仕方ないでしょ、私だってこんな仰々しく送ってもらいたくはなかったわよ。
……。
(苦笑しながら)では、私は退散します。
ええ。じゃぁね(手を振る)
はい。では月曜の夕方に(深々と頭を下げて去る)
……さ、行くわよ。……ほらっ。
もう学(さとる)兄さん、帰ったでしょ。
……ふん。
いくらなんでも、過保護すぎだ。アンタの会社……てか、東郷氏。
一昨日、ちょっと不穏なことがあったから、警戒してるのよ。
だからといって、家の玄関口からココまで、ほぼ軟禁状態で運ばれなきゃいかん理由は、私らにはないぞ。
もし、私に何かあったら……ってつい思うんでしょ。
……ホントに、ここは法治国家・日本なのかしら?……って思うことがあるわね。
ちょこっとケガさすだけでもいろいろ滞るだろうからね。
そうでもないのにね。
………さ、行きましょ。ここからは私が運転するから。
えー? まだ走るの?
もっともっと山の方なの。
へ?
山間の集落と言ったでしょ(運転席に乗り込む)
あー……そんなことも仰ってましたかね(助手席に乗る)
……もうっっ。

(車にエンジンを掛けて発進させる。
しばらく車はするすると整備された国道を走っていく)

ところでさ、うしろの。……なにこの荷物。なにが入ってんの?
着替えだけじゃないわよね、これ。
まぁね。
お祖母ちゃんへのお土産よ。好きなの、浅草の人形焼き。餡の入ってないのがね。
にしても、多くない?
ご近所……というより、村の全戸へのお土産なの。
……。
お祖母ちゃん、もらったらとにかくお裾分けしちゃうんだもの。
少なかったら自分の分もあげちゃうのよ。
……なんだろねー……田舎の義理ってやつー?
……単に性格なのかもしれないわよ。
はーん……?

(その後適当に世間話をする二人。
車窓の外は徐々に町中から田園へと風景を変えていく。
車は走り続ける。
田園風景はやがて山あいの道へと変化し始める)


……お? お? お? (1/3ほど開いていた車の窓を全開にする)
……なぁに?
んー……(窓から顔を出し気味にして、フンガフンガと匂いをかぐ)
こら。窓から顔を出さないの。危ないわよ。
んー……。
……山の匂いがするー。山の匂いがするー。山の匂いがするー。
やなぎはら、山の匂いがするー。……ねぇ? ほらほらほら。
……山の匂いがするー。山の匂いがするー。山の匂いがするー。
……ああ、緑の匂いだけじゃなくて……ってことね?
土の匂いと水の匂いも混じって……山って独特の匂いがするわね。
うん。そうそうそう。
山の匂いがするー。山の匂いがするー。山の匂いがするー。
すごーいすごーいすごーい。山の匂いがするー。
……はしゃぎすぎ。
ホントに危ないから。……こら、身を乗り出さないっっ!!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(玄関土間に入って)ただいまー……。

(家の中はしんとして人の気配がない)

ただいま、お祖母ちゃん? ……あら……。
……どした?
……いないみたい。
ありゃ。……来るって言ってなかったの?
いいえ。ちゃんと言ったわよ。
だいたいの着く時間も。
ふーん? ……てかさ、どこもここも開けっ放しなんだけど?
田舎の家は、全部が全部じゃないけど、だいたいこんなものよ。
盗るモノってこれと言ってないし。
収穫期の納屋は気をつけてないと危なかったりするけどね。
……でも、この家は奥まってるし、集落の外の人間が入ってきたら目立つから、さすがにここまで盗みに来るのは少ないわね。
はぁ。……でも、隣がすごく遠いじゃない。
てことは、夜中に誰かが入ってきたら危ないんじゃないの?
歩いて入ってくるには、集落の入口から遠すぎるのよ、ここ。
盗る連中はたいがい車で来るの。トラックなんかでやってきて、根こそぎ持って行くからね。
まじか。
ええ。
そこまでやろうとすれば、それなりに大きな車が必要になるからね。
そうなると、夜中は車が走る音が響くのよね。
夜中に不穏な音がすれば、消防団がすっ飛んでやってくるし、そうじゃなくても近所の人たちがお互いにそれなりの目配り耳配りしてるの。ある意味村内自治ができあがっているというか……。
ふぅん……。
気のない返事ねぇ……興味ない?
うーん……よくわかんない……ってのが正直なとこね。
(苦笑)
街中みたいに、互いに無関心すぎないってことかな、って思ってる程度ってこと。
なるほど。あながち間違ってはいないわ。
たまーに、プライバシーもへったくれもないと思うことはあるけどね。
たぶんだけど……
ん?
私たちが今日から数日ここに滞在するってもうみんな知ってるわよ。
みんなって?
村の人たち。
へ?
昨日が回覧板の日だから、たぶん情報が回っていると思う。
へ?
月に2回、1日と15日には、かならず村内回覧板が回ってくるから、それにいろいろ書かれるのよ。
祖父が亡くなった時や母が亡くなった時ですら、回覧板の訃報記事として載ってたわ。
……まーじかー。
だからね、田舎は侮ってはいけないのよ。
……そうらしいねぇ。
(二人の後ろから)秋子、来とんねぇ?
(声のするほうに振り返って)お祖母ちゃん!!
はいなー。

(見れば、小さな老婆が、自身の体が隠れんばかりに野菜を入れた手箕(てみ)を抱えている)

どこ行ってたの? 畑?
そうさー。あんたらに美味しいものを食べさしてやろて思てんよ。
先に行かなくても、手伝ったのに。
まぁ、良かさ良かさ。……で? この子が貴ちゃんねぇ?
うん。そう。
……貴ちゃん。祖母よ。
あー……岩下貴子です。
柳原には……
秋子があんたんトコにお世話になっとんねてねぇ。
……はぁ。そーなんです。あ、でもそこは持ちつ持たれつってヤツで。
柳原が家出してから四年くらい、アタシの家に住んでもらってたってワケで。
……それとは別に、ウチの兄貴は柳原にお世話になりっぱなしで。
……貴ちゃん……。
うははははは。こら正直な娘さんやねぇ。
うちゃ、チヨ子言いますねん。
田舎でなーもないところやけど、美味しい野菜だけはあるき、たくさん食べてゆっくりしよんさい。
(満面の笑みで)はい。
……えーと……お祖母さんじゃなくて、チエ子さんって呼んでいいです?
はいはい、ええでぇ。
アンタも孫みたいなもんやで、今からかしこまらんでええけんね。
お。……やった!
じゃ、チヨ子さん、それ持つよ。どこ運んだらいい?
(チヨ子さんの手からひょいっと手箕を取り上げる)
じゃ、その土間の洗い場に持って行ってもらおかいねぇ。
畑から上げてきたばっかやで、泥ぉ落とさんと家に上げられん。
はいはい。おっけー。
しわっと扱いや?
……しわっ……?
そっと……って意味よ(二人の様子を見ながら苦笑しつつ)
乱暴に扱こたらアカンで? 野菜に傷が入(い)ったら、美味しくあれへんよになるからな。
あー。なるほどなるほど。おっけー。

(チヨ子さんがスタスタ歩き出して、10歩ほど進んだところで立ち止まり、貴子の方を振り返って手招きする)

……お手伝いしてらっしゃい。
私は荷物を家に上げておくから。
うん。さんきゅー(チヨ子さんのところにすっ飛んでいく)
……やれやれ……。
お互いにどうなるかしらと思ったけど、気が合うみたいねぇ……。

(秋子は肩を竦めて、それから気を取り直して車に戻り、荷物を家の中に運び始める)


……人慣れしづらい性格のクセに、たまにこういうことも、ある。

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