へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

『東方Project』二次創作SS

One day, Afternoon.

One day, Afternoon. 本文

 「へ? 誕生日ですか? さぁ、いつでしたっけねぇ?」
 日差しの強い暑い午後、紅魔館の門前で仕事を(たぶん)していて、今はその場に座り込んでおやつの涼菓を頬張っている赤毛の門番・紅美鈴は、いつもの時間におやつを持ってきた、完璧で瀟洒(しょうしゃ)と評される紅魔館のメイド長・十六夜咲夜に向かって、素っ頓狂な声を上げた。
 美鈴の声の調子と言葉を聞いて、咲夜は少なからずイラっとする。
 こいつの回答の予想は十分ついていた。しかしその予想が、こうも見事に剛速球でストライクゾーンのど真ん中に入ってしまうと、予想はついてても人間イラつくことがあるらしい。
 咲夜の脳裏にそんな言葉の羅列が、一瞬のうちにお手々つないで仲良く横切っていった。
 こいつは、私が毎日持ってくるこのおやつでさえ、今となっては当たり前のこととして、未来永劫あるとおもってるんじゃないでしょうねぇ。
 咲夜はそんなことも考えた。
 紅魔館における外と中の鉄壁の守り。紅魔館の盾と矛。紅魔館の双璧……などと主人その他から評されているこのふたりは、実は職場恋愛(オフィス・ラブ)の状態にあり、その事実もすでに、幻想卿の紅魔館を少なからず知っている妖怪や妖精たちの間では、知る人ぞ知る関係なのである。見た目の性別が同性だという以外には、矛盾はない。たぶんない。
 咲夜が美鈴を射止めた最大の策略はたぶん胃袋であるのだが、その事実に美鈴はあんがい無頓着だった。どちらが先に好きになったのか。第三者的には推測の域を出ないが、毎日ほぼ同じ時間に美鈴に饗されるおやつは間違いなく咲夜の好意から始まったことであり、咲夜が美鈴に対して機嫌の悪いときには、えらく不味いモノがやってくるか、そもそも作りもしないという徹底ぶりなのに、饗されているほうは、おやつが出る日も出ない日も、のほほんとその事実を受け入れているという、饗しているほうにとっては何とも微妙な状態なのだった。
 それはともかく。
 咲夜は自分がイラついているのを十二分に自覚しながら、言葉を続けた。
「何月何日とは言わないけど、どんな季節に生まれたか、何年前に生まれたかくらいは憶(おぼ)えてないの?」
「んー……すみませぇん、憶えてません」
 美鈴はヘラヘラと笑いながら言葉を続けた。
「生まれたというか、発生した時期なんて、私たちにはあまり意味がないものなんですよ。発生してしばらく……何年間かの記憶ってほとんどないですしねぇ」
 人間と人外の見解の相違というものだろうか? ……と咲夜は思った。確かに妖怪や妖精たちには、今自分が何歳かという意識はほとんどないらしい。特に妖怪は、人間と違って姿形を変えることができる者も多いから、外見から年齢を把握することに意味を持っていない。あの不気味な大妖怪・八雲紫などがいい例だ。
「親とかっていないの?」
「育ての親ならいますけど。……私の種族は、生まれてから数十年は誰かの手を借りないとうまく成長できませんし」
 それははじめて聞いた、と咲夜は虚をつかれた。
「それもずいぶん昔の話で、もうよく憶えてません」
 美鈴は、話の取りかかりに今日の天気の話題をするような口調でそう言うと、リンゴくらいの大きさはあるおやつの、最後のひとつをごくんと丸呑みした。こういう部分が、今は人型(ヒトガタ)を模している美鈴の、正体が微妙に知れる部分だった。
「……で? なんで誕生日なんか訊くんです?」
 おやつが入ってきた入れ物の隅を、チロチロと細くて長い舌で、名残惜しそうになめながら、美鈴はへらりと訊く。
 相変わらずデリカシーがない。咲夜は内心ため息をついた。こんな唐変木を好きになった自分が悪いのよね、となかば諦めの境地に達して、さらに悟りまで開けてしまいそうな気分になる。
「誕生日があるなら、祝ってあげようと思ったのよっっ」
 咲夜は美鈴の手からおやつの容器を奪い取ると、バスケットにそれを収めて立ち上がった。
 そう。午後の仕事はまだまだ片付いていない。美鈴が美味しそうにおやつを食べる顔は心ゆくまで堪能した。相変わらずの唐変木っぷりに、ため息を体の外に漏らしてしまいそうだ。救いようがないほどしょうがないヤツだけど、それでもというか、それが愛おしいと思う自分のアホさ加減もあらためて自覚した。とっとと戻って仕事をせねば。
 遅い時間にではあるけれども、夕方になればお嬢さま方が起きてきて、紅魔館の活動はそれからが本番となるのだから。
「じゃぁね、頑張って仕事するのよ?」
 咲夜はとっとと歩き出した。いつものようにクールなメイド長に戻る時間だ。
「はーい。ごちそーさまでしたー」
 のんきで陽気な美鈴の声に、チラリと視線を投げる。
 美鈴が手を振っている。よく餌付けされた子犬のような表情(カオ)だ。咲夜はその顔を見るのも好きだった。
「あ、そーだ。言い忘れてた。さーくやさーん」
 珍しく美鈴が呼び止める。
「なぁに?」
 咲夜は立ち止まって、肩越しに美鈴を振り返った。
「今晩、お部屋に行ってもいーでーすかー? 咲夜さんがこっちにいらっしゃってもいいですけどー?」
「……!…………ばっっ……!!!」
 こんな真っ昼間からそんな大声で言うことか!!
One day, Afternoon.挿絵
「それまでに、私の誕生日ー、いつにするか考えておきますからー」
 はぁ!? なにを言っているんだ、コイツは。
 咲夜は頭痛とめまいを覚えないわけにはいかなかった。
「だーって、誕生日があったら、お祝いしてくれるんでしょー?」
 美鈴は心から嬉しいといった顔で、ニコニコと笑っている。たぶん彼女の頭の中ではすでに、咲夜手作りの美味しい料理がテーブルの上にところ狭しと並べられてて、それを心ゆくまで食べ尽くしている図が出来上がっているに違いない。
 顔中に『嬉しい』がところ狭しと書いてある美鈴に、果たして昨夜は毒気を抜かれ切ってしまった。
「お祝いをしてもらいたいから誕生日を決める? ……それはまた斬新な考えだわ」
 そう小さく独りごちて、いや違うな、と咲夜は考えを改めた。
「単にお腹いっぱい食べたいだけね」
(だからと言って、そのためだけに誕生日を設定する?)
 満面の笑みを振りまいて、大きく手を振っている美鈴をてきとうにあしらいながら、咲夜は踵(きびす)を返して、自分のメインの仕事場である紅魔館の館内へと入る。
 さて、あの単細胞に、どうやったら誕生日の重要性を説けるのか。
 人間と妖怪。種族も違えば寿命も違う。そもそも美鈴には寿命があるのかどうかも分からない。寿命というものがないに等しい存在に、人間が思う寿命や誕生日の重さを知れと言うほうが不可能な気がする。
「お互いがどうしても理解不能なことに対して、それをぐだぐだと考えるほうが愚者というものかもしれないわね……」
 厨房に入り、おやつの容器を洗い場に持っていく。
 夜になって誕生日がどうのこうのと言ってはしゃぐ美鈴を想像しながら、自分たちのあり方をもっとフランクに考えてもいいのかもしれない、と考えて、咲夜はおやつの入っていた容器を、そっと水に沈めた。
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