へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

艦これ駄文。

カワチ、着任。

カワチ、着任。 本文

この人のことを、もっと書かねばなるまい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
○ヒナセ基地・司令官室
鳳翔が司令官室に入ってくる。
鳳翔
提督、『明石』が到着しました。

 

ヒナセ
(書類から顔も上げずに)はいはい。じゃ、いつも通りで。

 

鳳翔
はい……あの……。

 

ヒナセ
(書類にサインをしながら)報告のあと、そのまま作業に入ってくれたらいいですから。

 

鳳翔
いえ……それが……

 

ヒナセ
ん?(顔を上げて)……げ! 

 

カワチ
やぁ(にっこりと微笑んで、片手を上げる)

 

ヒナセ
な……な……(目の前にいる者を認めて、口をぱくぱくさせる)

 

鳳翔
………(ヒナセとカワチを交互に見ている)

 

明石
………(カワチとヒナセを交互に見ている)

 

ヒナセ
なんでオマエがいるんだよ!? !!!!

 

ヒナセの声に、電が驚いて硬直する。
カワチ
(っはっはっは、と笑ながら、書類を差し出す)今日からここに着任することになりまして。

 

ヒナセ
はぁ!?(出された書類を奪うように取って、見る)……げ。
(がばっと顔を上げ)なんで!? てか、なんで??

 

カワチ
ヒナセ司令、言葉が崩壊してますよ(笑う)

 

電は耳を押さえてうずくまり、鳳翔がそれに寄り添っている。
明石は提督たちと鳳翔たちを交互に見てオロオロしている。
ヒナセ
てか、何したんだよ!?

 

カワチ
ちょっと他所の上官を。

 

ヒナセ
はぁ!?

 

カワチ
あまりに失礼でね。ちょっと撫でたら、顔の形が変わってしまった。
たぶん、半永久的に。

 

ヒナセ
………(ふたたび口をぱくぱくさせる)

 

カワチ
それで姫提督から「ほとぼりが冷めるまで、辺境勤務をしろ」と。

 

ヒナセ
……辺境ー? 本部からさほど離れてないし、ここ。

 

カワチ
出世コースから外れきった基地であることは間違いないだろう?
たぶんそういう意味さ。

 

ヒナセ
……相変わらず失っ礼だな、オマエは!

 

カワチ
それが私の信条《ポリシー》でして。

 

ヒナセ
け!

 

カワチ
(サッと敬礼をして)――というわけで、改めてよろしくお願いします。
カワチアキラ《大佐》、着任しました。

 

ヒナセ
(思わず釣られて敬礼するが、それに気が付いて渋い顔をする)
……正直、宜しくしたくないけど、正式な辞令を拒否できないからね。
どのくらいここにいる気かは知らないけど、とりあえずオマエさんの部屋はないよ。

 

カワチ
どこででもいいですよ。なんなら艦娘たちと一緒でも。

 

ヒナセ
それはゼッタイにダメ!! 風紀が乱れる!!

 

カワチ
ひどい言われようだなぁ。

 

ヒナセ
ひどい? ちょーっと自分の胸に手を当ててみな!

 

カワチ
(胸に手を当てて目を瞑り、しばし考える)……うーん、これといって特には。

 

ヒナセ
思い当たらないなら、しばらく納戸で……いや、外のポンプ小屋で十分だ!!(窓の外を指さす)

 

カワチ
はいはい。どこででも結構です。

 

ヒナセ
(カワチを睨んだまま)明石!!

 

明石
は、はいいい!!(文字通り、飛び上がる)

 

ヒナセ
今回の作業予定表!

 

明石
はい! ここです!!(シャキーン、と最敬礼でペラ紙を出す)

 

ヒナセ
(奪うように受け取って読む)……ふむ。
(明石をジロッと睨み)OK、許可します。ただし、官舎の増築は最後にやること。

 

明石
えええー……(カワチのほうを見るが、カワチはニコニコしたまま)

 

ヒナセ
(明石への視線を外して)返事!!

 

明石
は……はい! All right. Yes, Ma'am.

 

ヒナセ
鳳翔!

 

鳳翔
……はい(諦めたように薄く微笑んで)

 

ヒナセ
今日の予定は全部キャンセル。私は里芋の世話をします!

 

鳳翔
……了解しました(今にもため息をつきそうな顔で)

 

ヒナセ、部屋を出て行く。
鳳翔、明石、カワチはそれを見送る。
鳳翔に支えられた電は、今にも卒倒しそうになっている。
カワチ
すみません鳳翔さん……電も。

 

鳳翔
いえ……いつものことですので。

 

カワチ
そうですか……ならば重畳。

 

鳳翔
(おや、という顔)

 

カワチ
なかなか素顔を見せてくれないのでね、ヒナセは。
明石もすまなかったね。

 

明石
いいえー……でもあんなヒナセさんを見たのは初めてです。
あんなふうに怒ったりするんですね。

 

カワチ
明石はヒナセとは付き合いが長いのだったね。

 

明石
ええ、それなりに。
お互いにアサカ提督の秘書をやってましたし。
もちろんその頃のヒナセさんは『提督』ではなかったですけど。
だから、「ヒナセさん」って感じのほうが強くて、私は(あはは、と笑う)
カワチ提督は、ヒナセ提督と同期でしたっけ?

 

カワチ
そう。士官学校のね。

 

明石
じゃ、昔からあんな感じなんですか? カワチ提督に対しては。

 

カワチ
まぁね。かわいいだろう?

 

明石
(ええ? という顔で)……いや……ま(視線が地を這う)
『たで食う虫も好き好き』ってヤツですかね?

 

カワチ
それはヒナセには言わないように(くつくつと笑う)

 

明石
そりゃー……もう。
とりあえず、カワチ提督の部屋の増築は、できるだけ早くやっちゃいます。

 

カワチ
いやいや、大丈夫。こう見えても雑な扱いには慣れているし、どうということもない。

 

鳳翔
そう仰っても……明石さん、是非そうしてあげてください。
たぶんもう大丈夫ですから。

 

明石
(鳳翔に)ですよね。
(カワチに)ああやって一度口から出しちゃえば、かなり抜けてるはずです。
(再び鳳翔に)ねぇ、鳳翔さん。

 

鳳翔
ええ。ガス抜きすれば、いつもの提督に戻られます。

 

カワチ
なるほど。じゃ、そこはお任せしましょう。
ちょっと、ヒナセと話をしてきます。里芋の畑……ですか? どこです?

 

鳳翔
では、近くまでご案内します。

 

カワチ
ありがとうございます。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○ヒナセ基地 第三区画(里芋畑)
ヒナセが里芋の手入れをしている。
カワチ
ヒナセ。

 

ヒナセ
………。

 

カワチ
そう釣れなくするなよ。

 

ヒナセ
(肩越しにこっちを見て)……本当はなに?

 

カワチ
本当って?

 

ヒナセ
姫提督から何を言われた?

 

カワチ
特にこれと言って。……まぁ、ここくらいの距離のほうが、適度に監視もできて、適度に姿を隠せる……というところだろう。

 

ヒナセ
それだ。

 

カワチ
なんだ?

 

ヒナセ
(カワチに完全に向き直る)監視。

 

カワチ
ああ、監視だね。

 

ヒナセ
ほらみろ。

 

カワチ
監視対象は、私だよ。

 

ヒナセ
………(口がへの字になって不機嫌なアヒルのような顔になる)

 

カワチ
疑り深いな。

 

ヒナセ
仮に本当のことだとしても、にわかに納得も安心もできない。

 

カワチ
何か後ろ暗いことでもあるのか?

 

ヒナセ
教えない。

 

カワチ
その態度だと、「ある」んだな。

 

ヒナセ
………。

 

カワチ
そんなにウソが下手だったか?
私の知ってるヒナセは、もっとポーカーフェイス……というか、他人に興味を向けない人間だったがね。

 

ヒナセ
それは買いかぶりでしょ。

 

カワチ
だねぇ(くつくつと笑う)

 

ヒナセ
………(怒りで顔が赤くなる)

 

カワチ
ところで……(上着の内ポケットから、封筒を取り出す)

 

ヒナセ
(警戒してちょっと身構える)

 

カワチ
これ……(封筒をヒナセに差し出す)
アサカ次長からの親書です、司令官。

 

ヒナセ
はー? 親書ぉ? (受け取って読む)

 

カワチ
………(待つ)

 

アサカ
(手紙)『ヒナセ少将
 前略
 命令書の通り降格人事があり、
 カワチアキラ大佐をしばらくそちらの基地で預かって頂きます。
 降格理由は、カワチ少将が第五部長に対して暴力行為を行った
 ためです。』

 

ヒナセ
(マジだったよ…という体で顔を上げ、再び読む)

 

アサカ
(同)『原因はどうやらあなたのようだから連帯責任ということで。』

 

ヒナセ
私は関係ない!!

 

カワチ
(ヒナセの反応を見て、愉快そうに微笑む)

 

ヒナセ
(そんなカワチを見て、盛大に顔をゆがめ、さらに読む)

 

アサカ
『……というのは半分冗談で、
 カワチ大佐に対する第五部の報復がないとも限らないので、
 いちばん安全なところに避難させます。
 他に考えられる分基地や出先機関がないので宜しく。
 折を見てこちらに呼び戻す予定ですが、いつになるかは未定。
 そちらも人手が足りなくなっているように見受けられるので、
 ちょうど良いでしょう。
 しばらく同期二人で仲良くやって頂戴。
 今回の人事について、いくつか注意事項を伝えます。
 定時報告書には、しばらくはカワチ大佐のことは記載しないこと。
 カワチ大佐が就く役職は、今までどおりに、艦娘にさせているという
 体裁で報告をすること。
 カワチ大佐をことを記載するタイミングについては、
 こちらから指示をします。
 以上、宜しく。
                     アサカヒロミ』

 

ヒナセ
……(渋ーい顔)ところで、第五部長に何言われたの?

 

カワチ
いやぁ……(ニコニコ笑っているが、あからさまに言いたくないという顔)

 

ヒナセ
おおかた、姫提督と私の関係を揶揄されたんでしょ。
そういうのもう慣れっこだから、オマエさんが――

 

カワチ
いつものことならさほど怒りはしなかったよ。

 

ヒナセ
あん?

 

カワチ
ヒナセ教官のことまで悪く言われたら、『ヒナセ教官ファンクラブ』の会長だった身としては、ちょっと看過できなかった。

 

ヒナセ
……てかなんですか? その『ヒナセ教官ファンクラブ』って?

 

カワチ
君は知らないだろう。そういうのに興味がなさそうだったしな。

 

ヒナセ
知らん! ……というかマジ何それ?

 

カワチ
ヒナセ教官は、女性士官候補生のみならず、男子候補生にも絶大な人気があってね。
各学年会の会長が、ファンクラブの会長も兼任していたのだよ。

 

ヒナセ
知らん! ……てか、ヒトのダンナつかまえて、なにやってたんだあんたらは!!

 

カワチ
やだなぁ、当時はまだ君の旦那さんではなかったよ(ころころと笑う)

 

ヒナセ
………。

 

カワチ
それに当時、君は教官をあからさまに避けていたじゃないか。

 

ヒナセ
……自分たちのメイン教官はなかったじゃない。
私が飛行科からの転入組ってだけで、やたらと話しかけてくるから、すんごい迷惑だったよ。
ほかの女子からは陰口たたかれるし、嫌がらせもされたし。

 

カワチ
それについては同情を禁じ得なかったね。
ファンクラブ会長として、そういう行為はしないよう、会員には強く要請していたんだが。

 

ヒナセ
ああ、なるほど、だからか。

 

カワチ
ん?

 

ヒナセ
おかげさまで、同期からの嫌がらせは、少なかったよ。
少ないかわりに悪質だったけど。

 

カワチ
それはそれは。
通達が徹底できていなくて、申し訳なかった。

 

ヒナセ
……もういいよ! 何年前の話だよ。

 

カワチ
ざっと二十ね……

 

ヒナセ
ヤ・メ・ロ!

 

カワチ
はいはい。

 

ヒナセ
……なにか仕掛けがあるのかと思ったけど、そうじゃないならもういいよ。

 

カワチ
仕掛け? 今回の人事がかい?
私が選ばれた時点で、それはあり得ないよ。

 

ヒナセ
なんでさ?

 

カワチ
自分が好きな子に対して、そんな酷いことを、私がするはずもなかろう(にっこりと笑う)

 

ヒナセ
(みるみるうちに顔が赤くなる)……カワチ、オマエ~~~……。

 

カワチ
ん? なんだい?

 

ヒナセ
私はね、オマエさんのそういうところが、大っ嫌いなんだよ!!!
冗談もほどほどにしてよね!!

 

カワチ
やだなぁ、冗談なんか言わないよ。

 

ヒナセ
じゃ、しれっとウソつくな!

 

カワチ
私はウソは言わないよ。ホラは吹くけどね(ニコニコ笑う)

 

ヒナセ
どっちも一緒だ!!!

 

カワチ
ところでヒナセ、ポンプ室はどこだい?

 

ヒナセ
はぁ?

 

カワチ
当座の私の宿舎だろう? 荷物を置きたいんだがね。

 

ヒナセ
あそこだよ! (ビッと指さしたところは畑用ポンプ室。司令部棟から菜園三つ挟んで向こう。宿舎からはさらに遠い)
布団はないよ。ベッドもね。

 

カワチ
大丈夫、吊り床を持ってきている。
吊っても構わないだろう?

 

ヒナセ
好きにしろ!
……てかその前に日向に訊いてからにしてよ。

 

カワチ
日向に?

 

ヒナセ
日向が施設管理してるから。

 

カワチ
了解。そうさせてもらおう。

 

ヒナセ
とっとと行け。

 

カワチ
ああ、ではまたあとで。

 

ヒナセ
もうこっち来んな!!

 

カワチ
(笑いながら去る)

 

ヒナセ
(カワチが視界から消えるまで見送って)
くそう!!!(移植ごてを地面に叩き付ける)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○ヒナセの私室 押し入れの中 ヒナセと電
押し入れの中で寝ている二人。
ヒナコさんは、カワチ提督さんがお嫌いなのですか?

 

ヒナセ
……嫌いじゃないけど、好きでもないよ。

 

なぜなのですか?

 

ヒナセ
なぜと言われましても……。

 

カワチ提督さん、ヒナコさんのことがお好きなのです。

 

ヒナセ
……それ、カワチから聞いたの?

 

違いますのです。いなづまは、なんとなく……そう思うのです。

 

ヒナセ
そう。

 

ごめんなさいなのです。

 

ヒナセ
(そっと電の頬に触れて)君のせいじゃないよ。君があやまることじゃない。

 

ヒナコさん、怒っているのです。

 

ヒナセ
……うん。怒ってる。

 

(首を少し引っ込める)

 

ヒナセ
君に対してじゃなくて、自分に腹が立つの。

 

ご自分……に、ですか?

 

ヒナセ
うん、そう。
昔からね、カワチを見ていると腹が立ってくる。
頭が良くて、なんでもそつなくやっちゃえる。
表面的な人当たりも良くてさ、建て前と本音をものの見事に使い分けてる。
基本的に礼儀正しくて、君たちへの配慮も完璧だよね。

 

はわ……すばらしい提督さんなのです。

 

ヒナセ
そう、素晴らしいの。
でもそれが、うさんくさい。
……本音が見えないっていうかさ。

 

はわ……。

 

ヒナセ
カワチは私に「本音が見えない」って言うけど、それはそっくりそのままお返ししたいくらいだよ。
私にはカワチの本音が見えない。そのクセぐいぐいと距離を縮めてくる。
あれが特に嫌。
……て、そんなことを思ってる自分がもっとイヤ。

 

ヒナコさんは、ときどきいなづまに言いたいことを黙っているのです。

 

ヒナセ
………。

 

いなづまは、ヒナコさんの……艦《ふね》、なのです。
(少しうつむいて)その……まだゼンゼン、ヒナコさんにお応えできない……悪い……艦なのです……けど……。

 

ヒナセ
そんなことないよ。……私は、デンがいるから救われてる部分があるんだけどな……。

 

いなづまはヒナコさんの艦なので、いつでもヒナコさんのお役に立ちたいのです。
だから、なんでもお話してほしいのです。

 

ヒナセ
……うーん……適材適所ってヤツがあってね、君にしか話せないこと……
今だってそうなんだけど……これ、鳳翔さんには、ちょっと言いにくい話で……

 

それなのです。

 

ヒナセ
はい?

 

か……カワチ提督さんも、そういうことだと、いなづまは、思うのです。

 

ヒナセ
………。

 

その……ヒナコさんに話せること、そうじゃないこと……その……

 

ヒナセ
うーん……そっか……。
なんとなくだけど、デンが言いたいことが、分かったような気がします。

 

なのですか?

 

ヒナセ
なのです。
そりゃ、何でもかんでもぶちまければ良いってワケでも、ないですよね。

 

なのです。

 

ヒナセ
……にしても、もう少し、本音を見せてくれても良いと思うんだけどな……。

 

ど、どうどうめぐり、なのです。
ヒナコさんは、よくばりなのです。

 

ヒナセ
……うーん……(腕組みをして悩んでいるふりをする)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○翌朝 外 菜園
日の出もまだ遠い時間帯。
ポンプ室に歩いていくヒナセの姿が……。
ヒナセ
……あれ?

 

視界の先にはTシャツにジャージパンツ姿で体操をしているカワチ提督が。
ブリッジ運動をして、ヒナセに気がつく。
カワチ
(ブリッジのまま、にっこりと笑い)おはようございます。ヒナセ司令。

 

ヒナセ
……おはよう……(完璧に鼻白んでいる)
(素っ気なく)相変わらず、早いねぇ。

 

カワチ
司令ほどではないですよ(体を元に戻して)
ジョギングしてきたんでしょ?

 

ヒナセ
まぁね。……ちょっと眠りが浅くて。

 

カワチ
それは良くないですな。

 

ヒナセ
……頭痛の種が増えたからね。

 

カワチ
それはいけない。そういうのは早急に取り除くべきですな。

 

ヒナセ
……じゃ、今日中にでも鹿屋に戻ってくんないかな。

 

カワチ
司令がそう望んで、アサカ次長の命令が下れば、いつでも戻ります。
……君に嫌われてまで、ここにいたいとは思わないよ、ヒナセ。

 

ヒナセ
ねぇ。

 

カワチ
ん?

 

ヒナセ
ひとつ訊きたいんだけど。

 

カワチ
なんなりと。答えられる範囲にはなるけどもね。

 

ヒナセ
夕べさ、電と寝ててね。

 

カワチ
……君が艦娘とそういう関係になるようになるとは、思わなかったな。

 

ヒナセ
どういう関係だよ。ただ寝てるだけですよ。

 

カワチ
そうであっても、同衾していることには変わりない。
まさかあのお堅いヒナセ参謀が、規律違反をするようになるとはね。

 

ヒナセ
(ため息をついて)……もういいよ。

 

カワチ
まぁ待て待て。ちょっとした冗談だろう?
相変わらずウィットがないな。

 

ヒナセ
なくて結構。どうせ私は石頭だよ。

 

カワチ
物理面でも石頭だよね。
いつぞやはたいそう痛かった(あはは、と笑う)

 

ヒナセ
~~~~……。

 

カワチ
……で、その電に、なにを言われたんだい?

 

ヒナセ
………。
人の本音を知りたければ、自分からある程度は本音をさらせ……と。

 

カワチ
ほう、頭の良い子だな、君の電は。
私もまったくその通りだと思うよ。
ぜんぶがぜんぶ見せろとはこれっぽっちも思わないが、まったく本音を見せないヤツにこちらの本音を見せるのは、かなり怖いね。
君はそのあたり、どう思う?

 

ヒナセ
……うーん……。

 

カワチ
ま、あのアサカ提督の側近を10年やっていれば、そうなっていくのも分からなくはないがね。

 

ヒナセ
(肩をすくめる)

 

カワチ
ただ君の場合は、それ以前から他人に対してほとんど本音を見せないからさ。
原因や理由は、それだけでは理由としては弱いかなと思ってる。

 

ヒナセ
……左様ですか。

 

カワチ
(困ったように笑って、肩をすくめる)

 

ヒナセ
もひとつ訊いていい?

 

カワチ
(肩をすくめたまま手で促して)

 

ヒナセ
もし私が、オマエさんにもっと……
……んにゃ、やっぱいい。

 

カワチ
煮え切らないな。
そうだな……

 

ヒナセ
いいって言ってるじゃん。

 

カワチ
それは君次第……てとこかな。

 

ヒナセ
………。

 

カワチ
ヒナセ、君はそんな顔をするが、私は君にはずいぶん本音でものを言っているつもりなんだけどね。
これでも。

 

ヒナセ
……これでも……。

 

カワチ
ああ。私は、嘘は言わないよ。

 

ヒナセ
ホラは吹くんでしょ。

 

カワチ
相手によってはね。

 

ヒナセ
そ。

 

カワチ
(日が昇り始めている水平線を見て)良い天気のようだね。
空気が澄んでて、気持ちいいよ。

 

ヒナセ
……朝ご飯はナナサンマルマルから。遅刻したらないから。
今、育ち盛りが多くて、争奪戦になってる(返事を待たずに司令棟の方に歩き出す)

 

カワチ
了解しました。お心遣い、ありがとうござます。

 

ヒナセ
………(そのまま去る)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○同日午後 菜園
駆逐艦たちが集まってなにやら騒いでいる。
その騒ぎを知らされたヒナセが走ってくる。
ヒナセ
はいはい、ちょい待ち。ちょい待ち。(艦娘たちをかき分けるようにして進む)
何があ……。

 

騒ぎの真ん中にいるのはカワチ提督。
カワチは畑の一角にしゃがみ込んでいて、
その周りを駆逐艦たちが取り囲んでいたようだ。
ヒナセ
(ため息をついて)カワチ提督、この騒ぎは何?

 

カワチ
いやなに……。

 

カワチ、立ち上がる。
胸の前で布に包んだ何かを抱えている。
ヒナセ
それは、なにかな?

 

カワチ
いや、その、なに……。

 

ヒナセ
見せて下さいな(手を出す)

 

カワチ
ここではちょっと……。

 

ヒナセ
んー? じゃ、作業小屋にでも行く?

 

カワチ
できればそうして頂きたく(布がもぞもぞ動いている)

 

ヒナセ
……じゃ、こっち(顔でくいっと行く方向を指して動き出す)

 

カワチ
アイアイマム。

 

駆逐艦たちがザワザワとしている。
ヒナセ、立ち止まって。
ヒナセ
みんな、作業に戻って。ホラ。

 

渋々と作業に戻り始める駆逐艦たち。
それを確認してヒナセはまた歩き出す。
カワチはヒナセのあとに付いていく。
○ヒナセ基地菜園区画の作業小屋
ヒナセとカワチが入ってくる。
ヒナセは作業小屋の一室の一つに入る。
ヒナセ
こっち(手招きして)

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
(棚から蓋付き一斗缶を出して、蓋を開ける。中は空)
そのまま、この中に入れて。

 

カワチ
すまない……(布ごとそっと中に入れる)

 

ヒナセ
(蓋を閉めつつ)手、抜いて。

 

カワチ
うむ……だが……。

 

ヒナセ
いいから。

 

カワチ
(素早く手を抜く)

 

ヒナセ
(そのまま蓋を閉める)

 

蓋をした一斗缶が揺れ、ガン、ガン…と、何かがぶつかる音がする。
ヒナセとカワチはしばらくその様子をみていたが、
やがて、一斗缶が静かになる。
カワチ
……(ヒナセに)おい、大丈夫か?

 

ヒナセ
心配しなくても良いよ。こっち、上に穴明けて、網貼ってるから。

 

ヒナセがくるりと一斗缶を回すと、確かに蓋の下数センチのところに
把手のような穴があり、目の細かい金網が内から貼ってある。
カワチ
なるほど。

 

ヒナセ
……で、何をつかまえたの?

 

カワチ
えっと……ウサギを。

 

ヒナセ
だよね。ウサギは害獣なんだけど?

 

カワチ
……駆逐艦たちがそう言ってたね。
だがまだ子供だよ。迷って出てきたみたいだった。

 

ヒナセ
子供だろうがなんだろうが、ウサギは害獣なんだよ、ここでは。
とっとと処分しないと、あとで困ることになる。

 

カワチ
慈悲はないのか?

 

ヒナセ
ない。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
……そんな顔をしてもダメ。

 

カワチ
……では……食えるようになるまで育てるというのはどうだ?

 

ヒナセ
はぁ?

 

カワチ
ウサギは害獣として殺したら、肉にすると聞いたぞ。

 

ヒナセ
まあね。タンパク質が不足気味だし。

 

カワチ
こいつは、肉が取れるほど大きくはない。

 

ヒナセ
だから?

 

カワチ
だから、肉が十分に取れるくらいの大きさになるまで、ここで育てるのさ。

 

ヒナセ
………。

 

カワチ
ウサギがときどき畑を荒らすのだろう?

 

ヒナセ
まあね。

 

カワチ
成獣を捕らえても、しばらくは飼うんだ。

 

ヒナセ
なんで?

 

カワチ
つかまえた子ウサギを育てるのもいいが、成獣はすぐに繁殖できるじゃないか?

 

ヒナセ
……ウサギは繁殖できるようになるまでに、そんなに時間かからないよ。

 

カワチ
………。
だったら、成獣は捕まえたらつぶして肉にする。
子ウサギは育てて、成獣になったら肉にする。

 

ヒナセ
知ってる? 育てると情が移るって。
情が移ったら肉にはできないよ?
誰が解体して肉にすると思ってんの。

 

カワチ
(む、と機嫌悪そうに)……わかった。私がやる。

 

ヒナセ
………。

 

カワチ
育てたウサギを肉にする。責任持って私がやろう。
基地の食糧事情は確かに重大事項だからな。
そもそも、艦たちにそんなことはさせられんよ。

 

ヒナセ
(もー、しょうがないなぁ、という顔で)……ヒナタ。

 

扉が開いて、日向が入ってくる。
カワチ
(まさかいたとは思わなかったので、内心驚いている)

 

日向
……他人の前で、その名前はやめろと言っているだろう。
すまないな、カワチ提督。話はぜんぶ聞いていた。

 

ヒナセ
明石に言って、図面を引いてもらうから、作ってくれるかな。

 

日向
お安いご用だ。みんなが喜ぶだろう。

 

ヒナセ
………(一瞬顔をゆがめる)
(日向に)……で、何匹いるのかな?

 

カワチ
……は?

 

日向
(一斗缶を指さして)そいつを入れたら六匹だな。

 

ヒナセ
(カワチに)聞いたとおりです、カワチ提督。
責任取って、しばらくウサギ係ね。
ウサギのエサは、私は面倒見ないから。みんなで確保するように。……どうせ、台所組もグルでしょ。

 

日向
グルとは人聞き悪いな。台所から出た野菜くずを、捨てずに持ってきてもらっていただけだ。

 

ヒナセ
それがグルっていうんだよ。

 

日向
そもそも、君が飼っていたウサギが野生化したのだろう?
だったら君にも責任があると、私は思うのだが?

 

ヒナセ
それは半分合ってて、半分間違ってる。何度言ったらわかるかな。
確かに実家での仕事の一つがウサギの世話だったけど、それは私自身が飼ってたわけじゃない。家が、肉とか毛皮とかを取る目的で飼ってただけだよ。
それが、あの件が原因で、残ったウサギが外に出て野生化しちゃったんだろうさ。
他にも馬とか山羊とかもいたから、そいつらもたぶん野生化してる。

 

日向
牛もいたようだな。

 

ヒナセ
牛を見つけた!?

 

日向
いいや、まだだ。牛はもういないかもしれんな。

 

ヒナセ
(とても落胆した顔で)……もー。

 

カワチ
(ヒナセと日向のやりとりを、目を白黒させながら聞いている)

 

ヒナセ
(くるっとカワチに向き直って)
……つまりは、そういうことなんだよね。

 

カワチ
……はぁ。

 

ヒナセ
ウサギは、以前この島に入植していた民間人が飼っていたのが野生化したものだろうと、推測される。

 

カワチ
その……民間人は?

 

ヒナセ
二十数年前に全滅したよ。ひと集落三世帯。十五人ほどが住んでた。
……ちなみに、私の実家もそこにあった。父と兄たちが住んでた。
母は私が八歳の時に亡くなったから、災禍には遭っていない。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
原因は深海棲艦の急襲と聞かされているけど、実際のところはわからない。
軍がそれと見せかけて……ってことも十分あり得る。どちらにせよ、私が
飛行学生の頃だよ。その事実を知ったのは、士官候補生の時だったけどね。
………。
自暴自棄になった私は、“彼”の差し伸べる手を、つい取ってしまった。
そのあとは、オマエさんが知ってる通りさ。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
提督になってここに赴任することを承諾した理由は、この島にに合法的に
戻ってくるためだよ。
だから、私以外の人間は入ってきてほしくなかった。
ここには人間は私一人で他には艦娘しかいない。
私にとってそれが重要だったのに……オマエさんが来てしまった。

 

カワチ
……ヒナセ……。

 

ヒナセ
オマエさんが来てしまった……けれど………レーコさん……君で、良かった……。
他の人間じゃなくて……(右手で顔を覆い奥歯を噛みしめて、泣きそうになるのを堪える)

 

日向
………。

 

カワチ
………。

 

しばらく重い沈黙が流れる。
やがてヒナセが、ふっと小さく息を吐いて、顔を上げた。
ヒナセ
日向。

 

日向
はい。

 

ヒナセ
図面は出来次第そちらに回すので、カワチ大佐および明石と協力して、
ウサギ小屋を作ること。

 

日向
了解した。

 

ヒナセ
カワチ大佐。

 

カワチ
はっ。

 

ヒナセ
さきほど口頭でウサギ係を命じましたが、明日正式に辞令を出します。
明日《みょうじつ》ヒトマルマルマルに、司令官室に来て下さい。
また、ウサギ六匹は、ウサギ小屋が完成するまで、責任持って世話をすること。
これについて、他の艦娘の協力を仰いで下さい。あとで内示を出しておきます。

 

カワチ
(敬礼して)は! 明日ヒトマルマルマルに司令官室に出頭します。
ウサギについても、了解いたしました。

 

ヒナセ
(返礼して)よろしく(敬礼と解いて、足取り重く、部屋を出て行く)

 

部屋のドアが、パタンと閉まる。
日向
(カワチに)改めて挨拶申し上げる。ヒナセ提督の専属艦の日向だ。
ここの施設全体の管理を任されている。……それしかできないのでね。

 

カワチ
……そうか、君が例の日向か(握手を求める)

 

日向
(握手して)なんだ? 私のことが噂になっているのか?

 

カワチ
噂というほどのことではないが、アサカ次長から、多少の事情はね。

 

日向
そうか。では、あらためて説明しなくてもよさそうだな。

 

カワチ
いや、あまり失礼になってはいけないから、ある程度聞かせてもらえると
ありがたいかな。

 

日向
……ふむ。あなたも変な人だな。
ヒナセ提督ほどではなさそうだが。

 

カワチ
……確かに君はおもしろい艦娘のようだ。

 

日向
まぁそれについては追々な。……では、ウサギのところに案内しよう。
その一斗缶を持ってきてくれ。

 

カワチ
ああ、宜しく頼むよ。
(一斗缶を抱きかかえて、そっと蓋を開けて中を見る。
 小さな茶色のウサギがこちらを見上げている)
……ふふ……。

 

日向
(その様子をみて目だけで笑い)……ま、ヒナセ提督もきっかけが
欲しかったのだと、私は思うよ。

 

カワチ
(顔を上げ)そうだろうか。

 

日向
ああ、きっとそうさ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
○翌々日 ヒナセ基地菜園の一角
建設途中のウサギ小屋。
日向、長門を中心とした艦娘たちで土台を突き固めている。
カワチ
(それを眺めながら)そろそろいいんじゃないか?

 

ヒナセ
んにゃ、まだまだ。

 

カワチ
こんなに突き固めないといけないものなのか?

 

ヒナセ
人が持ち込んだウサギなら、アナウサギの一種だからね。
あいつらの穴掘り能力をナメてはいけない。

 

カワチ
ほう?

 

ヒナセ
本来なら、土台の一番下にセメントを流し込みたいところだよ。
次の便で明石に持ってきてもらう予定にしてるから、届いてからやり替えないと。

 

カワチ
だったら、その後日にまとめてやればいいのでは?

 

ヒナセ
今作ってるのは、仮飼育小屋。
これからもたぶん、ウサギが捕まるでしょ。
小屋にいきなり入れるのは無理だから、ここで慣らしてやって、本小屋に入れるようにしたい。

 

カワチ
……ずいぶん親切だな。

 

ヒナセ
昔、父さんがそうしてた。

 

カワチ
なるほど、失礼しました。

 

ヒナセ
……だから、たぶん意味があることなんでしょ。
やってみるに越したことはないかなって。

 

カワチ
……で、本小屋はどこに作る予定ですか?

 

ヒナセ
あのあたり(くるくると回転させながら指差す)を、
こう……(指を矩形に動かす)……こんくらいの大きさで。

 

カワチ
ずいぶん広いな。

 

ヒナセ
運動場もいるからね。

 

カワチ
ふーん?(ウサギを飼った経験などないのでよく分かっていない)

 

ヒナセ
(カワチの様子を見て、小さくため息をつく)

 

カワチ
なんだい?

 

ヒナセ
んにゃ……町の人だなぁって。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
他意はないよ。

 

カワチ
そう……ですか。

 

ヒナセ
うん。
できれば、ウサギはここにぜんぶ集めたいかなぁ。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
ま、無理なお話だろうけどね。どれくらい増えてるのか検討もつかない。
ここにはこれといった天敵もいなかったろうから、増えるだけ増えてるんじゃないかなって。

 

カワチ
一度にどのくらい生まれるんだい? ウサギは。

 

ヒナセ
んーと……五匹から七匹ってところかな。多いときは十匹とか。
でもね、一度に生まれる数よりも、年間を通して繁殖できる回数が他の動物よりも多くて。そっちの方が問題かな。

 

カワチ
ほう?

 

ヒナセ
春と秋が繁殖しやすいけど、飼ってる場合は、特にこれと言った繁殖期ってないの。
そこんとこは、人間とほぼ同じかな。もっとも、飼い猫とかもそうだけど。

 

カワチ
……なるほど、それであの大きさか。

 

ヒナセ
まぁ、計画的に繁殖して肉にするなら、さほど問題はないかもね。
牛や豚とちがってかなり小さいから、場合によっては一度に十匹くらいつぶさないと、賄えないだろうし。
ついでに皮も取れる。本島に持って行けば、たぶんそこそこの値で買ってくれる業者がいると思う。……憶えているだけでも三軒はあるかな。
もっとも、まだやってれば……の話だけどね。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
(絶句しているカワチをチラリと見て、かすかに肩をすくめる)
どのみち近いうちに行くから、アテを訪ねてくる。

 

カワチ
……大丈夫なのか?

 

ヒナセ
なにが?

 

カワチ
本島は今、いろいろと規制が厳しいときいたが?

 

ヒナセ
ちょっとしたカラクリがありましてね。
規制が厳しいと言ったところで、本島だけでも百万人から住んでる島だし、ナーファなんかいちおう観光地だから、人間がひとりふたり紛れ込んだところで誰も気がつかないよ。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
何?

 

カワチ
いや、恐れ入ったよ。

 

ヒナセ
そ?
ああ、このことは、次長の了解済みだから。

 

カワチ
……いや……そういうことでは……。

 

ヒナセ
妙な報告をされちゃたまらないからね。

 

カワチ
……信用がないな。

 

ヒナセ
まだ確信が持てないからね。

 

カワチ
(肩をすくめて)その疑り深さは、きっと君の身を助けるだろうよ。

 

ヒナセ
あ、そ(肩をすくめる)
……ここは一般航路からも外れたところだし、そもそも軍が規制しててこの海域に一般船舶は入れないようになってる。本部とは複数の通信手段で繋がっているけど、ちょっと嵐がきたり雨が酷かったりしたら、物資が途絶えがちになる。だから、自給自足の手段をいくつか確保しておかなきゃならないし、畑を荒らす動物は害獣として駆除しなきゃいけない。
駆除のついでに肉が取れて、皮が取れて。なんらかの換金手段があるなら、それらも目一杯使わないとね。

 

カワチ
なるほど。
……ヒナセ司令。

 

ヒナセ
はい?

 

カワチ
(ヒナセに敬礼をして)
あたらためて、小官の着任をご許可頂きたく、お願い申し上げます。

 

ヒナセ
………(しれっと見つめていたが)
先日も言ったけど、正式な辞令が出てて、アサカ次長が親書まで送ってきてることに対して、私は異を唱えるすべを持ってないんだよね。

 

カワチ
それとは関係なく、小官はヒナセ司令官の下で働きたく存じます。
その、つまりは……幕僚として。

 

ヒナセ
……ウチは小さな基地だからね。私一人でもなんとかやっていける。
部下の数も、足りてるどころか余ってるくらいだよ。
じゃぁ編成に就ける艦娘の数はどうかって話になったら、これは反して少なすぎる。
時期によっては艦隊どころか戦隊編成だって組めるかどうかもアヤシい。
そんな基地の司令官兼艦隊司令が、幕僚なんてご大層なものを持てる身分じゃないと思うな。

 

カワチ
「なんとか」じゃなくて、もっと余裕のある基地運営をするための人員が小官であると、意見具申しあ――

 

ヒナセ
――ただまぁ、私が基地不在の際に何か不測の事態が発生すると、判断と対応が遅れて必要以上に損害が大きくなることが、ままあるんだよねぇ。
……以前、訓練のためにここを留守にしているときに小火:ボヤ》騒ぎがあってさ。
緊急電を受けて急ぎ戻ったら、火は消えていたけど、倉庫の一部が丸焼けになってて……しばらく大変だったな。

 

カワチ
………。

 

ヒナセ
だからまぁ、もう一人くらい、人間がいたほうがいい。
……そういうことだから、まずは手始めに、ウサギ係をやっててよ。
仕事なんて、作れば無限にあるんだ、ここの生活ではね。

 

カワチ
(カワチの顔がぱぁぁ…と晴れる)

 

ヒナセ
あ、一応釘を刺しておくけど、幕僚として受け入れるのは、たぶん無理でしょ。たぶん本部が許可しないよ。
そもそも、ここに飛ばされてきた理由を思い出してよね。

 

カワチ
あ……そう、でした。

 

ヒナセ
……私なんかの下に就きたいなんて、気が知れないよ。

 

カワチ
(顔を盛大にゆがめる)ヒナセ……その……。

 

ヒナセ
(その様子に肩をすくめる)悪いね。でも撤回しない。
気が知れないのは本当のことだから。

 

カワチ
君はそう言うが、上司として悪い方じゃないと思う。
ここの艦娘たちは皆伸びやかで生き生きとしている。
君が等しく気にかけて面倒を見ている証拠だ。

 

ヒナセ
艦娘には親切でも、人に対しては親切じゃないかもよ。

 

カワチ
世の中のすべてにおいて親身になる必要はないさ。

 

ヒナセ
……私はね、オマエさんのそういうところが、胡散臭い。
だから苦手なの。あと、距離が近いところも。

 

カワチ
(苦笑しつつ息を吐いて)それはどうも。
距離に関しては気をつけましょう。
態度については……少々目をつぶって頂ければ助かります。
人間、自分に嘘をつき続けていると、いつの間にかそれが肌のようになってしまって気がついたときには自分でも剥がせなくなっている。
私のこの態度は、それと同じようなモノなんだよ。

 

ヒナセ
ふうん。
初めて会ったときからそうだったから、てっきりもともとの性格だと思ってた。

 

カワチ
子供の頃はもっと天真爛漫だった。

 

ヒナセ
……(ものすごく胡散臭そうな顔)

 

カワチ
はははは。

 

ヒナセ
カワチ大佐。

 

カワチ
はい?

 

ヒナセ
(カワチに握手を求める)まぁ、あらためて、よろしく。

 

カワチ
(ヒナセの手を握り、柔らかく「にこ」笑う)
ありがとうございます。

 

ヒナセ
まぁ、私の仕事を邪魔しないでくれたら、それでいいよ。

 

カワチ
善処しましょう。

 

ヒナセ
あと、ぐいぐい距離を縮めてこないこと。
オマエさんは大きいから、圧迫感がひどい。

 

カワチ
ははは、それは失礼。努力します。

 

ヒナセ
どうやったらそんなに大きくなれるのかな。

 

カワチ
メシをたくさん食べただけです。特にコメ……ですね。

 

ヒナセ
あー……コメねー……。

 

カワチ
でも、その体格だから、飛行機乗りになりやすかったでしょ。

 

ヒナセ
んにゃ、そうでもない。ギリギリの高さなんだよ。
だから体格検査の前の日に、頭のてっぺんにたんこぶを作ろうとして、
叔父に見つかってしこたま叱られた。

 

カワチ
……それはそれは。

 

ヒナセ
叱られてる最中に、叔父から頭のてっぺんにゲンコツ三回もらってさ。
それでできたたんこぶが、身長を測られるときにめちゃくちゃ痛かった。

 

カワチ
(ぶ、と吹き出す)

 

ヒナセ
なので、飛行学校時の検査で記録された身長を、公称してる。

 

カワチ
何センチなんだい?

 

ヒナセ
一五九。

 

カワチ
実際には?

 

ヒナセ
一五八。

 

カワチ
……叔父上に感謝しないとな。

 

ヒナセ
まぁね。
……ところでさ。

 

カワチ
はい?

 

ヒナセ
オマエさん、一時期名字が変わってなかったっけ?

 

カワチ
ああ、二週間ほどね。結婚してたから。

 

ヒナセ
……あ、そう。

 

カワチ
若気の至りで、相手がすぐに婚姻届を出しちゃってねぇ。

 

ヒナセ
若気……って、三五超えてたでしょ。
……で、独身主義で遊び人のカワチ提督が、また何の気の迷いで結婚したの? 相手は確か……

 

カワチ
コダニ主計中佐だったね。

 

ヒナセ
ああ、そうそう名札の頭文字が『K』だったからぱっと見分からなかったんだけど、なんとなく違和感があったから注意して見たら、『KODANI』になってて、姫提督にそれとなく訊いてみたら『結婚したようよ』って言われたんだった。

 

カワチ
さすがヒナセ提督、目ざといですな。
あの時は大変でねぇ。
コダニ中佐があちこちに言いふらすものだから、ちょっとしたスキャンダルになっていた。

 

ヒナセ
それが嫌でスピード離婚したとか?

 

カワチ
いやーそこまで酷い人間じゃない。
そもそも、結婚自体が早計すぎたのさ。

 

ヒナセ
は?

 

カワチ
はははは……その……実は、酔った弾みでコダニ中佐とヤっちゃってねぇ。
何かの打ち上げのあとだったか。

 

ヒナセ
は?

 

カワチ
彼はなかなか床が巧みで。まぁぶっちゃけ、気持ちが良かったんだよ。
初めてだったなぁ、抱かれて気持ちが良い相手は。
で、家のほうでちょっと嫌なことが続いてた頃だったもんでさ。「家と縁を切りたいなぁ」とか思ってた時期だったこともあって、ヤっちゃった余韻のままに「結婚したいなぁ」って口走っちゃって。

 

ヒナセ
………。

 

カワチ
そしたら「じゃ、やっちゃいますか」ってコダニ中佐が鞄からスッと婚姻届けを出してくるじゃない。そのままの勢いでうっかり書いて印まで押しちゃってね(くつくつと笑う)印鑑を持ち歩いている弊害だね。

 

ヒナセ
わー……サイテー……。
……てか、そんなに結婚願望が強いコダニ中佐が、よく二週間で離婚してくれたもんだね(うんざりした顔で)

 

カワチ
まぁ自分に嘘をつくのはいけないということだね。特に人の好悪については。

 

ヒナセ
コダニ中佐が嫌いだった?

 

カワチ
いや、彼は親切な人だよ。今でもいろいろ良くしてくれる。
ただね、婚姻届けを出して同居して思ったんだが、やはりコダニ氏よりも別の人間が好きなんだよ、私は。それに抗えなかった。だからコダニ氏にそれをはっきり言っちゃら、「じゃ、分かれますか」って話になった。

 

ヒナセ
なんかすんごい軽い感じが否めないんだけど。……コダニ氏、度量がでかいねぇ。

 

カワチ
いやぁ、それがさ、あとから知った話なんだが、コダニ氏はそういうことを何回もやってる御仁らしい。

 

ヒナセ
……は?

 

カワチ
コダニ中佐の婚姻歴。

 

ヒナセ
うん?

 

カワチ
実に二十三回。

 

ヒナセ
はいぃ?

 

カワチ
私はなんと、栄光の二〇回目の結婚相手。

 

ヒナセ
(口をぱくぱくさせる)

 

カワチ
現奥さんとは、実は三回目の縒り戻しらしいよ。

 

ヒナセ
……サイッテー……。

 

カワチ
はははは。

 

ヒナセ
……頼むから、そういう風紀の悪いのだけは、勘弁してよね。

 

カワチ
大丈夫。あの一件で、私は自分に嘘はつかないと決めたから。
好きな人の近くにいられれば、それで十分だ。

 

ヒナセ
ここには艦娘しかいませんよ。

 

カワチ
やだな、一人だけいるじゃないですか。

 

ヒナセ
………。
そういう軽さと距離の詰め方が嫌だつってんだよ!
あとさ、オマエさん。言ってることとやってることが、すんごい違ってる。あっちでの艦娘とのアレコレを、私が知らないとでも思ってんの?

 

カワチ
いやいや、艦娘とのアレコレは、合意の上での関係だし、みんなやってることじゃないですか。

 

ヒナセ
ここの子たちはほぼ全員が修理だ療養だって子たちだからね。
手を出すのは禁止! もちろん私の専任艦に手を出すのも禁止。

 

カワチ
それも大丈夫。私の守備範囲は重巡以上だし、空母は趣味じゃない。

 

ヒナセ
~~~……。
戦艦クラスがいますが。

 

カワチ
日向も長門も趣味じゃないな。できれば陸奥とか大和とかが……

 

ヒナセ
……勝手にしろ。

 

カワチ
そうさせて頂きます(満足そうに笑う)

 

日向と長門が提督たちに手を振っている。
ヒナセ
どうやら終わったようだ。

 

カワチ
……の、ようですね。

 

ヒナセ
さて、次の指示を出しに行きますか。
(カワチを見返ることなく独り言のようにつぶやいて、日向たちのほうに歩き出す)

 

カワチ
(そんなヒナセを見て微笑み)アイアイ、マム。

 

カワチは先を行くヒナセのあとを、ゆったりとした足取りで付いて行く。
風が吹き、カワチの長い髪がふわりと浮き上がる。
先に行くヒナセの髪もふわふわと揺れ動いていて……
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