へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

艦これ駄文。

カワチと榛名 ふたつめのヒマワリは大漁旗にのって…

カワチと榛名 ふたつめのヒマワリは大漁旗にのって… 本文

カワチと榛名。
カワチは第二種制服の上着を脱いでいる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……どうしましたか?
……いえ……何も——
——ないわけでは、ないでしょう?
………。
(にこ、と微笑んで)そう警戒しないで欲しいな。
もちろん、それを望むのは私のわがままなのだけども。
………。
(微笑んだまま)
ここは心に様々な傷を負った艦娘たちが送られてきて療養するための基地です。
……艦医さま……なのですか?
いいえ。ただの提督ですよ。
それも、一度降格されてここに左遷された身。
もっとも、一年ほどで元の階級に戻りましたけれどもね。
………。
そして、希望して出戻ってきました。
その時に、お目こぼしでここの副司令にして頂いた。……その程度の、非才の身です。
………。
ここはいいところでしょう?
冬もあまり寒くならないし戦いもあまりない。しかしみんなそれぞれに仕事がある。
よほど具合が悪い艦《かん》でない限り、全員に仕事が与えられています。
それはここの基地司令の方針でね。
君たち艦娘は人に仕えて働くために生まれてきたのだから、待機という名の無為徒食をさせる方が残酷だ、と。
もっとも、貧乏な基地なので、海に出られる艦《ふね》は限られていますがね。
……司令官は、どんな方ですが?
鹿屋で会ったでしょう?
ええ……でも、よく分からなくて。
こちらに来る艦の中で、事務的な説明を受けただけですし。
もしかして、制帽を目深にかぶってましたか。
はい。
なるほど。あれはね、彼女のクセなのです。
(怪訝な顔で首をかしげる)
左様(うなずく)
艦に乗ると軍帽をこう……目深にかぶって、表情を隠しているのです。
たぶん君を、よくよく見ていたのでしょう。
彼女はこの基地の司令官ですが、観察者でもある。
元飛行機乗りですから、常に周りを見渡し、しょっちゅう目が動いています。
見る人によっては異様な印象を与えてしまうので、それもあって顔を隠しています。
しかし、実にいろんなものをよく見ていて、私なんかよりも、海の上の変化を見つけるのが格段早い。
彼女が率いる艦隊は、事故率がとても低いのですよ。
……そう、なのですね。
………。
基地司令は、今でこそ『提督』と呼ばれる身分になっていますが、実は『提督』としてのキャリアはとても短いのです。
……それが何か?
先ほど私は『ここは心に傷を負った艦娘たちが療養するための基地』だと申しました。
はい。
基地司令は、その第一人者です。そうなるべくしてなったと申すべきか。
彼女が課せられた最大の任務はなんだと思いますか?
ここに来て間もない私に、分かるはずもないことです。
そうですね。失礼。少し意地悪でした。
……もう少しだけ話に付き合って下さいませんか。
………。
……聞くとはなしに聞こえています。誰かが、話しているのが。
(微笑む)では、私も独り言を続けましょう。
ここの基地司令が、ここを開設して司令官となる条件がありました。
それは、自分の初期秘書艦を、解体できるように修復することです。
………。
酷い話でしょう。でも本当の話です。
彼女はそのために提督になり、ここの基地司令になりました。
そして今に至っています。
……それで良いのでしょうか。
はい?
……独り言です。
初期秘書艦とは、『提督』たちにとってどんな存在なのでしょう。
さあ。それは人それぞれではないでしょうか。
早々に初期秘書艦は放置や凍結、あるいは解体・轟沈して、所持していない提督も少なくありませんからね。
故意にせよ偶然にせよ、手放した提督には、それそれに理由や言い訳があるでしょう。
早々に一線から外す提督もいますし、常に秘書艦にしている提督もいます。どちらも同じくらい、他人よりもその提督なりに大事にしているからの行動です。
では、提督《あなた》にとって、初期秘書艦とはなんですか?
私にとって……は、ステップアップの一つに過ぎませんでした。
私の初期秘書艦は、すでにこの世にはいません。
軍歴の長い駆逐艦で、私を一人前の提督にしてくれましたが、早々に寿命が来て、ある日機関が停止しました。
以後、私は小さな艦を持たず、大型艦ばかりを使っています。
………。
基地司令にとっての初期秘書艦は、さてどういった感じでしょうね。
彼女たちが出会ったとき、初期秘書艦は厳密に言えば“艦《ふね》”ではありませんでした。今も“艦”にはなれません。
“提督”としてのキャリアがほぼない海軍大佐が、壊れて艦になれない艦娘を押しつけられて“提督”になった。並大抵の苦労ではなかったろうと思います。
しかし、この基地に来る前から、司令はあの子と二人三脚で歩き続けている。
「解体できる程度に修復できたとしても、あの子を手放さない」と、司令ははっきり言っています。情の深い方です。
私たちは兵器ですよ。
兵器だから情を移してはいけないとでも?
世の中には自分の持ち物一つ一つに名前を付ける人間がいます。
基地司令もここの艦娘たちからもらった九三式中練に名前を付けています。
名前を付けると、より愛情が深くなる。我々が専任艦に対して愛称で呼ぶのも、だからです。
理解に苦しみます。
でしょうね。これは人間だからこその感情なのかもしれません。
……私に愛称を付けてくれた提督は、ひとりもいません。
美しい名前だからでしょう。君の名前は、それだけで十分美しい。
ただの山の名前です。
姉たちや妹も、同じように山の名前です。
あなたの名前の由来になった山をご覧になったことがありますか?
ありません。生まれてこの方、海のあるところしか知りません。
とても美しい山ですよ。
山の写真が載った本を持っています。
良ければ今度、ご覧になりませんか。
……興味がありません。
そう。
そのうち興味がでたら、おっしゃって下さい。
いつでも構いませんから。
必要ありません。
君たち姉妹の名前の由来になった山も載っています。
………。
(口元だけで笑う)
……失礼しても良いでしょうか。
(肩をすくめて)ええ。貴重な時間を取らせてしまって、申し訳ありません。
それは、私の言うべき言葉です。
提督はみなお忙しい方ばかりですのに。
こんな私に気をかけて下さって……大丈夫ですから。
………。
申し訳ない。私には禁忌の言葉がありましてね。
……はい……。
ご自分を卑下するような言い回しは、できればして欲しくありません。
それで以前、カッとなって自分の現筆頭秘書艦に手を上げたことがあります。もっとも、今はそんなことはありませんが。
………。
ただ、その手の言葉が耳に入ると、自分の心がザラつきます。
これは自分自身の内面にあるものが原因ですが、それがなかったとしても、君たちが自身を必要以上に低く見ていることが、正直つらい。
君たちはヒトの形をしているヒトならざる存在だが、ヒトよりも劣っているわけではありません。人に仕え人に寄り添って生きる存在でもありますが、君たちがいなければ、人はとうにこの世からすべて消えている存在かもしれないのですよ。
だから、もっと自分自身に誇りを持って欲しいと、私は思っています。
……そのうちに……
はい。
見せて頂けますか?
先ほどおっしゃった御本を。
……はい、いつでも。
あなたのご都合が良いときに。
ありがとう、ございます。
では、私は他にも見回りがありますので。
はい。
……ん。
……?。
ああ、帰ってきました。
………。
ほら、あちらの方角。
……よく、お見えになりましたね。
いや、実は妖精さんが、髪の中に隠れていましてね(ぴょこっと妖精さんが顔を出す)
見張りに就いている私の秘書艦からの報告です。ふふ……。
………。
(海を指さして)あなたの目では見えるでしょう? マストに揚げられている旗が。
(見て)……はい。
何が、揚がっていますか?
……国籍旗……司令官旗と少将旗……
……あれは?
何が見えます?
少将旗の下に、ひときわ大きくて派手な模様の旗が、掲げられています。
あれはなんでしょう?
大漁旗が揚がっていますか。それは重畳。
たいりょうばた?
艦は『武蔵』ですか。
はい仰せの通りです。
それはそれは。……司令の得意満面な渋顔が目に浮かびますな(苦笑する)
得意満面なのに、渋面なのですか?
ええ、それも彼女の照れ隠しでね。
なんにせよ、面倒なお人ですよ。なかなか素直に感情を表現してくれない。
……ともかく、おめでとう。
……はい?
あの大漁旗はね、君のパートナーを無事見つけて引き取ってきたという意味なのです。
……まさか。
いいえ。
私たちは、基地に引き受けた艦娘の治療に可能な限り全力を尽くします。
君の場合は、パートナー喪失によって精神の安定を欠いた状態になっているようだ……と結論して、君のパートナーだった艦娘を探したところ、運良く廃艦も沈没もせず、とある基地でほぼ凍結状態になっているのを突き止めましてね。ダメ元でこちらに転属させて欲しいと申請していたのです。
先方がゴネたのでちょっとめんどくさいことになってましたが、無事引き取ってきたようです。
……ほんとうに、彼女なのでしょうか。
たぶん……間違いなく。
ヒナセが大漁旗を掲げているなら。
ほんとうに彼女だったとして、私たちはこれからどうなるのでしょうか。
そうですね……まずは治療に専念してもらいます。
完治後しばらくはここの所属になるでしょうが、いずれはどこかに転属になります。
次の段階でどうなるかどこへ行くことになるかは、今は明言できかねますが、可能な限りふたりひと組のペアリング状態で、次の任地へ行けるよう手配します。
そうですか。ここにずっといることはできないのですね。
ええ、残念ながら。
……ところで、私は司令官を出迎えに係留岸に行きますが、あなたはどうされますか?
私は……ここにいます。
わかりました。
では失礼します。
はい、お気を付けて。
(無言で微笑んで、手を振り、去る)
………。
(提督が指し示した方角の地平線に艦影が二つ。
ひとつは横幅広く高さもある『武蔵』、ひとつは海面に吸い付いたように見える小さな空母。
やがて『武蔵』から旗が降ろされ、空母のほうにすべての旗が掲揚される。
司令官座乗の旗艦が空母に変更されたらしく、『武蔵』は海面から姿を消す。
空母は徐々にこちらに近づいて、やがてそれが『鳳翔』だとわかる。
『鳳翔』は大漁旗をはためかせて、小さな係留湾に粛々と入り、係留岸に静かに着岸する。
岸には先ほどの提督とその秘書艦らしき艦娘がいるのが見える。
そのうちに司令官らしき士官が、ひとりの艦娘を従えてタラップを降りてくるのが見えて……)
……姉さま。
(つぶやきに反応したかのように、艦を下りてきた艦娘が顔を上げ、こちらに顔を向けた。
彼女がはっきりと微笑んだのが、目に飛び込んでくる)
!!
……姉さま……姉さま!!(駆け出す)
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