へっぽこ・ぽこぽこ書架

二次創作・駄っ作置き場。 ―妄想と暴走のおもむくままに―

『艦隊これくしょん~艦これ~』二次創作SS

風よ、吹け ―ヒナセ基地定期報告書―

3.見わたす限りの草原(くさはら)に

「えーと、ちょっと待ってー……」
 赴任地に着いたとき、出た言葉はそれだった。
 何もないと聞いていた。
 本当に何もない。
「……ねぇ、あれが、仮の司令部?」
 艦の上、ヒナセは甲板左舷側から「あれ」を指さす。
「そーです……けど?」
 明石が怪訝な顔と声で答えた。
「何か問題でも?」
「いや。あれ……どう見ても、ぺらっぺらのプレハブだよねぇ?」
「そうですよ」
 たぶん事前の準備はこの明石がしたのだろう。自分の仕事に何かご不満でも? という感情が声と表情に表れている。
「仕様書」
 ヒナセは「あれ」と基地になる予定の土地を見ながら、明石に手を出した。
「はい? ああ、ちょっと待って下さい」
 ややあって指先にバインダーの硬い感触がした。親指と他の四本の指でしっかりとそれを固定してから自分の前に持ってきて、バインダーの表紙をあけ、眼鏡を頭の上にずり上げた。自然と右目が閉じ、眉間に皺が寄って書類をにらみつける形になる。
「………」
 明石がこちらをのぞき込む気配がする。
「……うーん」
 視線を上げ、広がる風景を確認し、それからまた書類に目を落とす。見ているのは図面だ。
 まぶしさの限界が来た。いったんバインダーを閉じて眼鏡をかけ直す。
「仕様書、ご覧になってらっしゃらなかったんですか?」
「んにゃ。見てたよ」
 明石が訊くのも仕方がない。現地にきてから図面を確認するなどというマヌケなことをしているのだから。しかしこれは確認せざるを得ない。場合によってはいったん本隊基地に戻らなければならないかもしれないからだ。
 しかし仕様書に書いてあることも、図面も正しかった。これでは文句を言うために戻ることもできない。
「これは大変だねぇ」
「そうなんですか? とりあえず生活できればいいというお話でしたから……」
「いやまぁ、確かにそうは言ったけどね」
 明石の言葉をさえぎるように、バインダーを明石に差し出した。明石は「はいはい」とそれを受け取る。
「しばらくは、艦生活だなぁ」
「げ」
「仕方ないでしょ? それとも君、あの掘っ立て小屋で寝たいですか?」
 ヒナセは「あれ」を指さす。明石は「あれ」を凝視して、うーんとうなった。
「私もあそこで寝泊まりになるんですか?」
「もちろん」
 ごくごく少数で一拠点にいるのに、生活基盤を分けるのは非効率以外のなにものでもない。今は「一応」とは言え、制空権も制海権も確保されている島だ。敵襲警戒のために寝泊まりを分ける必要はない。
「えーとぉ……ちょっと、いやかも」
「でしょ?」
 まったくこの娘は。自分もしばらくここに滞在するということが頭に入っていなかったらしい、とヒナセは内心ため息をついた。あるいは艦娘の限界か。
 艦娘は、兵器として運用をするために、ある一定以上の感情思考に制限がかかっている。だからこういうぽっかりとした部分がどうしても存在する。
「それよりもだ」
 ヒナセは言った。問題はまだある。
「どうやって、資材を降ろすか……」
 そう。陸に荷揚げするための係留岸がないのだ。
「言われてみれば……」
「あの小屋の材料、どうやって降ろしたの?」
 ヒナセは呆れながら、明石に訊いてみた。まぁなんとなく分かってはいるが、とりあえず。
「えーと、揚陸用のイカダで」
「ですよね」
 揚陸用の大型ゴムボートを二つ並べて固定し、桁をかけてその上に資材を乗せるためのパネルを何枚も並べる。そうすれば工作艦『明石』の横に浮かべた状態で、『明石』に装備されている起重機《クレーン》で荷は下ろせるようになる。ちいさなプレハブの家一軒分程度なら楽々乗るし運べるだろう。浜に着いたところでボートの空気を少々抜けば接岸完了。その後は使役妖精たちがあの素晴らしいお家を建ててくれたみたいだが、なにせ場所が悪すぎる。海に近すぎるのだ。たぶん満潮時には床上浸水しているだろう。壁にうっすらとそれっぽい線が描かれている。
 ヒナセが明石にそれを指摘し、明石が壁に残った浸水跡を確認して「げ」と声を上げ、肩を落としたところで、この話はいったん手打ちにした。
「ま、とにかくランチにしよっか。お腹が空いてちゃ、いいアイデアも浮かばない」
「……そうですね」
 明石の盛大なため息が聞こえてきた。
(しらんがな)
 ヒナセはひと言、そう思っただけだった。
(ひとり反省会は、お昼ゴハンの前までに終わらせといてね)
 こういうところ、たぶんヒナセは冷たい。
 工作艦『明石』の甲板上でオシャレにランチを決め込んでしばらく休憩。簡単に打ち合わせをしてから作業開始になった。
 電は艦でお留守番。停泊している艦の管理者でという名目だが、そうじゃないことくらい電自身も分かっているようだった。泣きそうな顔で自分を納得させようとしているのが見て取れた。
 そんな電がヒナセは不憫でならない。艦娘たちは彼女たち個々が持つ能力を使って人の役に立つことに無上の喜びと感じるようにプログラムされている。だがヒナセの電は“壊れて”いて、艦娘としての能力が発揮できない状態にある。それは電にとって多大なストレスになっているはずだ。
 作業を始める前、ヒナセは甲板に肘掛け付きの椅子を出し、甲板のあちこちに接地してある埋め込み式固定具《フック》に固定した。
 そこに電を座らせる。さらに不測の事態に備えて『明石』所属の使役妖精を三匹ほど就ける。
 周りは海だが岸は近い。なによりヒナセの姿が見える場所のほうが、自室に閉じこもっているよりは、電が安心できるだろう。
 当座の荷揚げには、プレハブの仮司令部を揚陸したときと同様、揚陸用の大型ゴムボートを使う。今回はゴムボート4つ。二列二段に並べてこれらをつなぎ、資材の一部で積載用の床を作って大型かつ浮力の高いイカダにする。床を頑丈にする必要がある。自走するものを乗せるのだ。
 工作艦『明石』に所属している妖精たちが、ヒナセと明石の指示を過不足なく理解し、滞りなく作業を進めていく。潮が満ち海流が逆走に転じたころ、資材運搬用の揚陸イカダは完成した。
『ジュンビ ヨシ、オロシ ハジメ』
 ヒナセがイカダの上に立ち、手旗信号を振る。それが甲板上の数カ所で、妖精によって経由され、大型クレーンを操作する明石に伝わる。
「おーらーい。荷下ろし開始しまーす!」
 明石の声が風にのって微か切れ切れに聞こえる。甲板縁から振られる手旗信号が見えた。明石の指示を妖精たちが手旗でヒナセへ伝える。たぶん何カ所かの中継地点を経ているはずだ。
 しばらく経ってから、ヒナセの頭上、明石の甲板上から黒いかたまりがぬっと姿をあらわした。ヒナセは『イチジ、トメ』の信号を出した。旗信号の動作完了から五秒かからないで黒いかたまりが動きを止める。伝達速度は悪くない。
 ヒナセは吊された荷を見上げながらイカダの上を歩き回り、所定の位置に立つと今度は『ビソク、サンジ』の指示を出す。サンジは三時。艦首側を0時に見立てて右九〇度。つまりは吊っている荷を、少しずつ艦首方向に対して右へ動かせ、という指示だ。荷は指示どおり、じわり…と右に移動を開始した。
 指示は三秒未満で明石に到達し、明石が操作してさらに二秒弱で動作が作用点に達するようだ。そのタイミングで手旗を振らねばならない。ヒナセはそれを計算しながら指示を出し続けた。
 今、最初の荷は下降を始め、徐々にイカダに近づいてきている。問題は、荷がイカダに触れる瞬間だ。これに失敗すれば、イカダは転覆して荷は海中に没し、下手をするとヒナセまで命を落としかねない。この役目を妖精に任せるのも考えたが、なにせ初めに積むこの荷だけは重量がありすぎる。人間の細かな采配がどうしても必要だった。
 大丈夫。明石の腕は確かだ。その証拠に、荷が揺れていない。
 海上では風がない日はほとんどない。今日も風が吹いている。それもやや強い。だのにクレーンに吊られた荷はグラグラと揺れることもなく、もちろん傾ぐ様子も見せず、ヒナセの目の前に降りてきた。
 旗を振る。下降が止まる。
 荷とイカダの床の間には約一メートルの空間がある。ヒナセは自分の体を使ってその距離を測る。巻き尺や物差しはいらない。床から自分の膝までは何センチメートル、腰がどう、胸がど、肩がどう……と認識しているし、床から一メートルは自分の体のどのあたりかも知っている。ちなみにヒナセの身長は一五八センチメートル。海軍にいる成人した者の中では小さいほうだ。
 手旗信号で、荷とイカダの接地距離を伝える。ややあって上から了解の旨を旗が答えた。次は最後の一振り。明石の腕の見せ所だ。
 ズボンの右ポケットから銀の笛を取り出し、口にくわえる。自分の信号を経由してくれる妖精がいるはずの場所を見上げ、大きく旗を振った。
 『カコウ、ハジメ』
 かっちり五秒後、荷はジワジワと下降を始めた。
 荷とイカダの距離が狭まっていく。
 あと五〇……四〇……三〇……二〇……一五——
 笛。そして旗。
 荷がイカダに触れ、クレーンワイヤーがたるもうとしたその瞬間、クレーンの動き止まった。絶妙のタイミングだった。
 イカダの揺れがあらかた収まってから、クレーンワイヤーがさらにたるませられる。ヒナセは降りてきた妖精たちと、玉掛けされた荷の懸垂用ベルトを外した。外してから気がついたのだが、この荷と、この荷を揚陸するための資材一式が匠の技で梱包してあった。明石の仕事だろう。ヒナセたちがイカダを組んでいるあいだにこの用意したようだ。それをさせたのは、この手の仕事なら誰にも負けないという、明石のプライドだったかもしれない。
 なかなか大胆なことをする。ヒナセは感心した。おかげで作業の時間が大幅に短縮された。これを陸揚げすれば、次の作業に入れる。
 イカダを砂浜に接岸し、一緒に持ってきた資材でイカダと浜の段差を埋める。単に頑丈なスロープを付けただけだが理由がある。イカダの空気を抜くわけにはいかないからだ。荷は自走する。かなりの重量物でもある。そんな物を載せた状態でうっかり空気抜けば、ボート本体に遊びが生じ、荷の重量のせいでバランスを崩して大きく傾ぐだろう。傾げば荷が転倒しかねない。そんな危険を犯すわけにはいかない。ちなみに荷は工事に使用する大型のショベルカーとそのアタッチメントだ。
 イカダの縁から砂浜にスロープがかけれられ、固定されたのを確認してから、ショベルカーは陸揚げされた。空になったイカダは妖精の操作で明石へと戻っていく。次の荷はショベルカーの燃料、そして当座の資材だろう。
「えーと……こんなんでいいから仮設の係留岸って作れる?」
 作業のため、一緒に上陸した妖精たちに、昨夜簡単に描いた図を見せながら、ヒナセは訊いた。妖精たちはわらわらと集まってきて、図をのぞき込む。
「てーとく、えごころない」
「……うるさいですよ」
 あらためて言われなくても自分がいちばんわかってる。
「あかしさまから、ずめんあずかってます」
 なんですと?
 言った妖精のほうを見ると、自分の体よりもはるかに大きな紙を広げてこっちに差し出している。
 図面を受け取りながらヒナセは思う。いつも不思議なんだけど、妖精たちはどこからこういうものを取り出しているのだろう。一緒にイカダに乗ってたときは、誰もそんなものを持っている様子はなかったのに。さらに数も増えている。少しじゃなくて大量にだ。この子らはどこから湧いて出てくるのだろうか。
 ヒナセは図面を広げた。フリーハンドでざっくりと書かれたものだったが、ヒナセが書いたミミズ線の図よりも断然見やすかったし、使う資材等の指示も書き込んであった。さすが工作艦。これで日常のそこつさがなければ完璧なのに。だがその抜けた部分が明石の人間っぽさなんだろう。
「いかがですか?」
「みせてみせて」
 妖精たちがわらわらと集まってきて図面をのぞき込む。そして。ああだこうだと作業工程について、自分たちで話し合いをはじまる。はっきり言って「わにゃわにゃわにゃわにゃ」うるさくてかなわない。ヒナセは妖精たちの声に音を上げて、思考することを放棄した。とにかく今は、仮設だろうが何だろうが、艦を泊めて資材が降ろせるところを作れればいい。
「あー。わかった。わかった諸君。この仕様で作ろう。任せていい?」
 ヒナセの声に、妖精たちは一斉に敬礼した。
「がってんしょうちのすけです」
「どこにつくるかごしじください」
「あ。つぎのしざいがつきました」
「にあげにあげ」
 妖精たちのほとんどが、第二陣のイカダに向かっていく。
「……毎度のことながら、君ら賑やかだねぇ」
 ヒナセは呆れるような声を出した。
 肩に一匹、見える範囲に六匹、妖精が居残っている。これがあのわらわらを統率している“リーダー”たちだろう。
「まあ、それがわれわれの“しよう”なんで」
 肩に乗った妖精が言った。悪びれないところがまた、小憎たらしい。
「ところで、君たちの考えは?」
 ヒナセは残っている妖精たちに聞いた。
「どこに“かせつがん”をつくるかですか?」
「そう」
「あとでつくりなおします? それともつかいつづけますか?」
 それによって、仮設岸を作る位置が変わるらしい。なるほど。
「そうだねぇ……うーん……いいや。使い続けよう。ちょっと頑丈に作ること、できるよね?」
「できますけど、いいんですか?」
 肩に乗った妖精の、困惑した声が左側から聞こえた。
「うん。どうせしばらくは、明石くらいしか使わないでしょ。あとは『間宮』さんくらいかなぁ」
「ていとくは、つかわないんですか?」
 つまりはヒナセが現旗艦である駆逐艦『電《いなづま》』に乗艦する際、接岸するところが必要ではないかと言っているのだ。
「今はね」
 電は本体である駆逐艦に変化《へんげ》できない。だから、駆逐艦を接岸することを今は考えなくていい。建造なりドロップ回収で別の駆逐艦が来ても、係留場所にはボートで行けばいいし、駆逐艦よりも大型の艦になれば別の乗艦方法もある。少しはずかしいが、この基地なら艦娘以外の誰が見るわけではないから、そこは自分が我慢すればいいだけの話だ。
「『明石』を接岸して資材が直接下ろせるようになればいいよ。『明石』が接岸できるなら、『間宮』さんも他の駆逐艦も、十分使えるでしょ。今はそれでいいです」
 ヒナセは明石の書いた図面を、指の裏側で軽く叩いた。ぺし、と小さな音がした。
 方針が決まればあとは早い。ヒナセは七匹の妖精をともなって、係留岸を作るのに最適な場所を見に行った。
 自然の岸壁をある程度利用したほうが頑丈だし水深も稼げるが、司令部棟カッコカリ(これもあとで建て直さなければならない)にある程度近くなければならない。だったらいっそ、仮じゃない棟を建設する場所も一緒に探すのがベストだろう。ヒナセは肩や頭の上に妖精を乗せて、近隣を歩き回った。
「てーとく」
「なんですかー? どこかいいところありました?」
「てーとくは、このしまをしってるんですか?」
「……なんでそんなこと思うの?」
「あまり まよいがなくあるいています」
「なるほど」
 妖精たちはなかなかにするどい。
 ヒナセはそっと人差し指を立て、その指先を軽く唇に当てた。
「……艦《ふね》たちには、しばらく黙っててくれる?」
「がってんしょうちのすけです」
 素直なのもよろしい。妖精たちは嘘をついたり約束を破るようなことはしないので、こういうときは下手な人間よりも信用がおける。
 ほどなく予定地が見つかった。妖精たちがわらわらとヒナセから離れて、岸の頑丈さや水深など、目的のものが作れるかどうかの測量と検討をし始める。妖精たちの議論が白熱し始めたのを確認してから、ヒナセはその場をいったん離れた。資材を陸揚げしている浜へ行き、必要なことを指示してまた戻ってみると、妖精たちの結論が出ていた。
 是。
 ここに係留岸を作る。
 ヒナセは簡単な命令文とそれに対する了承のサインを、明石が書いた設計図の端っこに書いた。
 これで妖精たちと正式に契約が完了し、工事開始の体制が整った。
 なにごとにも、形式というものは必要なのである。
 結局、島に着いた日は一部の機材資材の陸揚げのみで作業は終わり、本格的な工事は次の日から始まった。とにかく“仮”でいいから、『明石』からダイレクトに重機や資材が下ろせる場所を作るのだ。
 工作艦『明石』に所属している(住んでいると言うほうが表現的には正しいかもしれない、とヒナセは密かに思っている)ほとんどの妖精が出てきての、大がかりな作業になった。
 係留岸については大部分の妖精たちと明石に任せ、ヒナセは残りの妖精たちと、司令部(仮)の移設を行うことにした。
 本格的に資材が陸揚げされれば、ちゃんとした司令部も建てられるだろうが、それでも土台部分を作る程度の資材しか持ってきていないのだから、明石たちがいったん引き揚げたあと、次が来るまで電とふたり、雨風夜露日光がしのげてそこそこ生活もできる詰め所は必要だ。そのために例のプレハブ小屋を、まずはもっと海から遠ざけたところに建て直さねばならない。
 こちらの作業はすぐに終わった。なにせプレハブ小屋である。バラすのも組み立てるのも簡単。ただ案の定、先行して建てられてた場所があまりに海に近かったために何度も床上浸水をしていたようで、床材はぶよぶよにゆがみまくって使いものにならなくなっていた。仕方がないので、予備資材を使って新しい床に貼り替える。これでとりあえず終了。あとは『明石』が接岸できるようになり、本隊基地から追加の資材を運んで来てからでいい。台風シーズンが近いので、それでも急ぐ必要はあるのだが。
 係留岸建造の進行を観察しながら、ヒナセは新しく建てた仮設の司令部(仮)小屋(棟じゃない。小屋だ!)をふり返って見た。
 緑の草っ原に埋もれたようにぽつんと立つ小さなプレハブ小屋がひとつ。
 この島に“戻って”きたら、なにか感慨深いものがあるかと思ってたのに、これからの大変さのほうが十分に予想できて、そんなものを感じる余裕はどこかにぶっ飛んでいってしまっていた。
(あとなにしなきゃ、いけないんだっけ?)
   簡易自家発電機の設置と電気の引き込みおよび屋内配線。
   司令部機能の簡易設置。
   生活設備の設置。
   ほかには、ほかには……?
 指折り数えるのを途中でやめて、ヒナセはまた高い草に埋もれた司令部(仮)小屋の方を見た。
「……まずは、草刈りからだなぁ」
 ここまでひどいとは思ってなかったから、そのための機材を用意していない。次の便で持って来てもらうとして、とりあえずは今ある機材で何とかしなければならない。
「ま、しゃーないか」
 ため息をひとつつくと同時に風がさらりとヒナセの頬を撫でていった。
 ヒナセは思わず空を見上げた。今日もピーカンの空が広がっている。
 工作艦『明石』の方を見た。『明石』は昨日の場所から移動して、建設途中の係留岸のほど近いところに錨を降ろしている。『明石』の甲板上には、昨日と同じ場所に、電が座っているのが小さく見える。
 ヒナセは電に手を振って笑った。たぶん、電はヒナセをじっと見つめてる。
 思ったとおり、電が小さく手を振り返すのが見えた。
「そろそろお昼にしましょかねぇ」
 口の中でつぶやく。それから、重ねて一緒に巻き、ケースに入れて腰に下げていた赤白二本の旗を、広げて電に信号を送る。
 曰く『お昼にしよう。手伝って』
 電が、今度は大きく手を振るのが見えた。
 ヒナセは満足げにうなずいて、明石たちが作業をしている係留岸建設地へと、軽い足取りで歩き出した。
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